天騎士アーク
緩やかに下る街道、その先へと続く道の先には遠目に大きな街の姿が目に入る。
そして同時に、その街の周囲に群がるようにして蠢く無数のそれも目に飛び込んできた。
それはまるで大きな餌に群がる蟻の姿のようだ。
ここからではそれが無数の豆粒の蠢動にも映るが、その一粒一粒が鎧に身を固めた不死者兵士であると考えると、こちらの今や百五十名弱の勢力など誤差のような数だ。
大地の上を蠢くそれら不死者兵士らの鎧が、既に天高く上った日の光を受けてチラチラと輝き、王都ソウリアの壁の外周を覆いつくしている。
時折、王都の街壁上に人の動きのようなものが見えるのは、まだ彼らがそんな無数とも思える不死者に抗い、奮戦しているという事なのだろう。
「……本当に、これだけの数を兄様達の率いて来る援軍だけで倒せるのじゃろうか」
リィル王女がその光景に目を釘付けにされながら、小さく擦れた声が漏れる。
「姫様、あれらは数だけの烏合の衆と同様です。攻城兵器も持たない数だけの不死者などに我らが王国兵が後れをとる事はありません」
王女を後ろから支えるようにして力強く言い放つニーナに、彼女も力を込めて頷き返した。
「そうじゃ、何としてでも!──兄様達が援軍を率いてお戻りになるまで、わらわ達は王都が陥落せぬように出来る事をせねばならんのじゃ!」
力強く宣言するリィル王女の言葉に、周囲で呆然と王都の様子を見ていた騎馬隊の兵士らが振り返り、動揺したように揺れていた瞳に意思が戻った。
それを見てリィル王女は満足そうに頷くと、傍らに控えていたザハルに目をやった。
「ザハル! わらわ達はこれからどうすれば良いのじゃ?」
王女の問いに、ザハルは馬上で一礼してからしばしの沈黙を保つ。
「……先程の奇怪な化け物、あれも今回の敵の駒であるなら、ここと同様に主要な街道付近に敵を伏せさせている可能性があります。援軍の出鼻を挫かれぬ為にも探索と排除は急務かと」
そのザハルの進言に、リィル王女は大きく頷いた。
「では先行の騎馬隊には、王都へと入る主要街道沿いの敵を掃討するのじゃ! 近衛隊から幾人か案内役を付ける故、王都を迂回して街道を廻って貰うのじゃ」
そう言うと、ザハルが二人の近衛兵を指名して最初に向かう街道を選出するべく、騎馬隊を率いる隊長らを交えて王都周辺の地図を広げる。
部隊に覇気が戻り、戦闘前の高揚がこちらにも伝わってくるようだ。
しかしそんな時、紫電に乗って王都を見つめていたチヨメが、帽子の下の耳を動かしたのか、僅かに帽子が浮いたと思った瞬間、緊張したような声が漏れ出した。
「っ!? 空気が変わりました」
その彼女の言葉の意味を図りかねて、思わず何がと尋ねようとして、王都の方面から悲鳴ともとれるような喧騒が響いて、遠くに位置するここまで伝わってきた。
それに周囲の兵らも気付いて皆の視線が一様に王都へと向かう。
そこでは先程まで固く閉ざされていた街門の一部に大穴が開いており、そこに群がるように無数の不死者の軍勢が群がっているところだった。
「南門が突破されたぞっ!!?」
誰かの悲鳴のような声に、全員に緊張と焦燥が走る。
「不味いな……」
小さく呟くザハルの声がいやによく通り、リィル王女の小さな肩を震わせた。
「そんな……まだ兄様達が来るまで、どれだけ……」
声が枯れ、その灰色の瞳が大きく見開かれる。そんなリィル王女を落ちつかせようと、背後のニーナが彼女の肩を抱きとめた。
「これは至急何か手を打たなければ、タジエントの惨状を上回りますね」
蒼い瞳を細めたチヨメが、冷静な声で呟く。
城門に穿たれた大穴は、周囲に群がる不死者の軍団を飲み込むには小さ過ぎるようで、未だに多くの不死者兵士らが殺到して他の不死者兵士らに進路を妨害されて弾きだされている。
だがそれも時間の問題だ。
さらには王都の他の場所に散らばっていた不死者達も、まるで誘蛾灯に誘われるが如く、大穴の開いた街門へと引き寄せられていく。
王都の構造を把握していない自分では先の展開が読めないが、街中にあれらの侵攻を食い止める構造があるならばまだ問題はないが、それが無ければ王城に立て籠もるか、備蓄などの事を考慮するならば追撃戦を覚悟で突破された反対側から王都脱出が次の手だろうか。
そんな事を考えていると、動揺したような兵らを落ち着かせようとザハルが声を張った。
「狼狽えるな、まだ第二街壁が越えられたに過ぎん! 第一街壁が健在な内は王都は落ちん!」
どうやら王都にはまだ内側に街壁が存在するようだ。
これならばもう少しは持ち堪える事が出来るだろう。
兵士らを安心させるように語るザハルだったが、王都に向けられる彼の目にはそれ程余裕があるようには見えない。
「ふむ、ここらで一肌脱ぐとするかな」
「きゅん?」
此方の呟きに反応して、ポンタが振り返って小首を傾げる。
「本気でやる気なの?」
そんな此方を肩越しから問い掛けてくるアリアンに向き直って、頷き返した。
「ここまで来て、このまま王都が陥落しているのを黙って見ていては何も得られんからな。多少派手にはなるが、まぁ何とかなるであろう」
「ギュリイィイィィン」
そう言うと紫電は大きく武者震いするように、その巨体を揺らして吠えた。
その頑強な威容とは裏腹に、高い声で吠える紫電の声に皆の注目が此方に集まる。
「アリアン殿、チヨメ殿はここでリィル王女の事を頼む、我は少し先行して王都を目指す。なに、アリアン殿らの手を煩わせる程のものでもなかろう、先に行って少々露払いをしてこよう」
此方のそんな言葉に、アリアンは無言で紫電から飛び降り、チヨメもそれに倣う。
「アーク殿、其方一人であれに突っ込む気なのか!?」
そんな此方の様子に呆気にとられていたリィル王女が、慌てて声を掛けてきた。
自分はそんな彼女の問いの意味を理解しつつ、わざと別の答えを口にした。
「心配召されるな、リィル殿。其方にいるアリアン殿やチヨメ殿は我よりも手練れ、リィル殿の護衛に支障はないと断言しますぞ」
そう言って返す自分に、アリアンは軽い溜め息を吐いて肩を竦めた。
チヨメは黙って此方を見上げると、小さく頷く。その彼女に紫電の頭の上に張り付いていたポンタの首根っこを持って、彼女に渡す。
「きゅん?」
そんな此方の意図を掴めず、ポンタが此方に目を向けて小首を傾げる。
「今回は少し派手に動くのでな、チヨメ殿の所で留守番をしていてくれ」
「きゅん!」
此方の事情説明を理解してか、ポンタは行儀良く鳴いてそのままチヨメの腕の中に収まる。
それを後ろから見ていたアリアンが何やら複雑そうな視線で見て、此方に抗議の目を向けてきた。
──そこはポンタとチヨメに相談して貰いたい。
「では、ちと行って来る!」
そう言って紫電の手綱を引いて、進路を王都ソウリア──その街門に群がる不死者の群れへと向けて走り出した。
「ギュリィィィィィイイィィィィィン!!」
紫電が勇ましい咆哮を上げて、力強い六脚の足が大地を踏み鳴らし、その速度をぐんぐんと上げて一直線に王都へと疾駆していく。
風を押しのけるようなゴォゴォという音が耳に鳴り、背中で『夜天の外套』が風に煽られてはためく音が風の音に混じる。
紫電の速度は驚く程速く、みるみる内に視界一杯に王都の壮観な景色が広がってきた。
自分は手綱を放し、後ろの荷物から自らの武具、『聖雷の剣』を抜き、『テウタテスの天盾』を構えた。
紫電の鞍の上に跨り、鐙に乗せた足でしっかりと挟み、正面を見据える。
すぐ目の前には地鳴りを響かせて駆る紫電の存在に気付き、此方を振り返る幾万もの不死者の群れが迫ってきていた。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハァァ!!!」
戦闘前の気分の高揚だろうか、何やら意味の分からない笑いが口から漏れだし、風に溶けて後ろへ後ろへと流されていく。
次の瞬間──紫電が固まっていた不死者兵士らの一団に頭から突撃し、その悉くを頑強な二本の角で弾き飛ばし、その巨躯からなる体重と六脚もの足で全てを蹂躙していく。
不死者兵士らとの衝突の度に、鈍い金属音を響かせて次々と撥ね飛ばしているが、さすがに相手の物量が多すぎる。
よく見れば大量の不死者兵士らの中に交じって、あの蜘蛛人の姿も確認できた。
自分も鞍の上から周辺に向かって剣を振りぬいて、不死者兵士らを砕いてはいるが、その終わりが全く見えない。
そろそろ紫電の足が相手の物量の壁に阻まれて止まりそうだと思い、紫電の背中を叩く。
「転進だ、紫電!」
その言葉に紫電が一啼きして、真っ直ぐに街門へと向かっていた進路をゆっくり弧を描くようにして街壁から離れていく。
さて、そろそろ頃合いか──。
街門へと殺到していた後方半数程、不死者兵士らの注意が突如として現れた此方に向いたのか、追い掛けて来る様子を見せた。
「紫電、先にアリアン殿らの所に戻っておれ!」
一度背中を大きく叩き、自分は紫電の背を蹴って地面へと降り立った。
「ギュリイィィィィン!!」
紫電はそんな此方を一瞥すると、そのまま地響きを響かせて走り去って行く。
「ふむ、では我もそろそろ本気を出すとするかな……クククク」
走る生体装甲車である紫電から降りた所を、絶好の機会だとばかりに周囲の不死者兵士らが武器を振り上げて押し寄せてくる。
そんな圧倒的な光景を目の当たりにしながらも、妙な笑いが兜の奥から漏れていた。
『聖雷の剣』を構え、そんな押し寄せる亡者の群れに向かって戦技スキルを発動させる。
「【飛竜斬】!」
一薙ぎで振りぬかれる剣閃に衝撃波が伴って前方に撃ち出される。
それが前方に群がり押し寄せてきていた不死者兵士らに衝突し、悉くを蹴散らしていく。
だが、その後ろからは無数の不死者兵士らが湧いて出てきて、砕け散った仲間である不死者を踏み荒らしながら迫って来る。
「【飛竜斬】!!」
そんな不死者らを再び吹き飛ばすように、切り返した剣を振り抜く。
衝撃波を纏った剣閃が再び不死者兵士らに襲い掛かり、それに追従させるように駄目押しのもう一撃を放つ。
「【飛竜斬】ゥゥゥ!!!」
前方一帯を巻き込んだ衝撃波の衝突で、周囲の不死者兵士らが木端微塵となって周囲に吹き飛んでいく。
土煙がもうもうと舞い上がり周囲の様子が見えなくなった一瞬を突いて、その中から一体の大きな影が飛び出してきた。
二本の曲刀を握り、二枚の盾を携えた異形の存在。
蜘蛛人が異様な嗤い声を上げてその曲刀を振り下ろしてくる──一撃を左の盾で弾き、もう一撃を剣で受け流して払う。
単純な力押しだけの剣技、グレニスやアリアンらのそれに比べるべくもない。
「【強打盾】!」
僅かに燐光を纏ったような盾を、目の前の蜘蛛人の胴体部分──人型と蜘蛛の接合部に力の限りを込めて打ち込むと、蜘蛛人は苦悶の表情を浮かべて後ろへと吹き飛んだ。
「貴様と悠長に遊んでおれる程、此方も暇ではないのでな……」
地面に散らばっていた不死者兵士の上半身が動き出したので、それを無造作に剣を突き立てて粉々に砕く。
「【炎蛇招来】」
呟くようにして魔法を発動させると、足元から突如として炎が円を描くようにして噴き上がり、その炎がまるで柱のように成長して蛇の形を成すと、自分の周囲を回転しながら炎の大蛇が全て焼き屠っていく。
そして最後には起き上がった蜘蛛人に向かって突撃すると、その全身を炎の大蛇に絡めとられて、そのまま立ち尽くした格好で炎の柱へと変わった。
燃え落ちる炭の塊が吹き付ける風に煽られて崩れていく。
周囲に目を向けると、先程までの攻撃で自分の周囲には大きく円状に穴が開いたようになって敵の姿が消えていた。
かなりの数の不死者を倒したが、それはほんの氷山の一角だ。
──さて、発動までの準備時間はこれで稼げる筈だ。
一度大きく深呼吸をして前方を睨む。
恐れを知らない不死者兵士らは、先程の攻撃にも怯む事無く、開いた此方との距離を詰めるように押し寄せてくる。
「今まで使う機会など早々やってくるとは思わなかったが、ここでなら存分に力を振るえるな」
独りごちて持っていた剣を大地に突き立てる。
「来い! 天上の戦士! 天騎士の本領を見せてやろうぞ!!」
その言葉と共に魔法を発動させる。
今までの魔法発動などとは比べものにならないくらい、自身の身体から魔力が抜けていく感触がしっかりと伝わってくる。
自分の足元に巨大な、巨大な光の魔法陣が展開される。
「天の扉を開き、来たれ!【執行者焔源の熾天使】!」
光の魔法陣から朱金色の炎が噴き上がり、地面に巨大な紋様を描き出す。
そうしてその描かれた魔法陣から天へと向かって光が立ち昇った。
巨大な光の柱が王都ソウリアの傍の平原に聳え立つ。
光が収まると、そこには頭上高くに巨大な魔法陣が転写されており、そこから再び朱金色の炎が吹き出ると、転写された魔法陣──その奥から讃美歌のような声が周辺一帯に降り注ぎ始める。
天空の魔法陣から一際大きく炎が吹き出ると、その中心から一体の人型が音も無く姿を現す。
空に浮かぶように現出している為に、その大きさは正確には掴めないが召喚獣の【嵐神王】とほぼ同じくらい、五メートル程もある。
全身を朱金色に彩られ細かい紋様が浮き出た鎧を身に纏い、左手には羽を模した盾を持ち、右手には深紅の刃を持った豪奢な意匠の剣を携えている。
兜は頭の上半分を覆うような形状をしており、下からは艶めかしい女性の唇が覗く。
そして兜の裾から流れるように風に靡く深紅の長髪は、その髪の先が炎となって燃えており、周囲の空気を焼き焦がすかのように陽炎が立ち昇っている。
なによりも現れたその者の背中には、圧倒的な存在感を放つ三対六枚の大きな翼が美しく広げられており、その翼が羽ばたくと同時に舞う羽根は大地へと落ちて触れた不死者を一瞬にして光の粒子へと変えていく。
天騎士の四つのスキルの内、その一つ【執行者焔源の熾天使】
。
「……!?」
その姿に自分は息を飲んだ。
肌を焼くような圧倒的なまでの神聖──そして存在感もそうだが、自分の中で一番戦慄が走ったのはその天使の姿そのものだった。
ゲームでプレイしていた時の天使はあのような物々しい鎧装備ではなかったし、兜によって顔が隠れてもいなかった。
もう少しひらひらとした天女のような出で立ちをしていた。
しかし今目の前に存在するのは、明らかに自分の知っていたものとは違う、別の存在だ。
(……これはいったいどういう??)
そう思った瞬間、現出した天使に動きがあった。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!』
まるで歌うような、それでいて言葉のような何か──圧倒的な情報量を持つその“何か”が怒涛の波のように地上に降り注ぎ、それが波紋のように辺り一帯に広がる。
たったそれだけの行為が、自分の周辺にいた不死者を消し飛ばし、光の粒子に変える。
今や自分の周囲三百メートル程に立つ存在はいなくなっていた。
呆気に囚われていると、天使の姿が蠢動する。
徐々にその姿を小さくしていき、それと同時に此方に向かって降りてきた。
姿形は違えども、その挙動はゲームと同じらしく、次の行程に入った事を窺わせる。
しかし、次の瞬間、全身に衝撃が走った。
「あぁああああぁあああっぐあぁぁぁぁぁああぁああああぁ!!!」
まるで自分という存在の内側に巨大な何かが潜り込んでくるような、存在そのものを内側から強制的に書き換えようとしてくるような不快感──それが全身を襲い、何かがガリガリと音を立てて削れるような錯覚を覚える。
この天騎士特有のスキルは全部で四つ。
四つ全て同じようなスキルで、各属性に由来した天使を自身に降臨させ、融合した状態で天の権能を操る──という補足説明が成された戦技召喚スキルだ。
レベルを最大にした自分でも魔力の三分の一を消費し、その行使時間は五分、そして再び使えるまでの待機時間は半日という、効率とは対極に位置するスキルだったのだが──。
この圧倒的なまでの存在を自身の中に降ろすという件、それがまさかこれ程の禁忌を侵したような仕打ちを受けるようなモノだったと思いもよらなかった。
確実に今なら言える。
たった五分しか持たない非効率な技ではない──これは五分以上は身体や精神が持たない。
そして、半日経ったからと言ってもう一度使う気など全く起きないという事だけは言える。
最終的に焔源の熾天使の大きさは身長二メートル程で止まり、そのまま自分の背中に背後霊のようにひっついた形に収まった。
「ぐはぁあぁあぁぁっ!!」
地面に突き立て剣を杖のようにして、ようやく立っているという状態だ。
しかしここで息を切らしていては、せっかく苦労して顕現させた力が無駄に終わる──そう思って未だに内側で膨れ上がるような存在と闘いつつ、前方を睨み据えた。
天騎士が降臨モードになった際に使えるのは、それぞれ降臨させた天使の権能だけだ。
そしてそのいずれもが大量破壊兵器の如く、ゲームでは全てを薙ぎ払っていた。
だが先程の薙ぎ払われた空間に目を向けると、既に此方を敵として認識をした不死者達が群がり始めていた。
『【滅炎焔円舞】』
焔源の熾天使の使える権能の内の一つ──それを発動させると、自分の身体が勝手に動き始めて、それに連動するように背後に浮かぶ焔源の熾天使も同じ動きをする。
まるで舞いを舞うように、軽やかな足取りで回転しながら移動する──すると踊った軌跡に沿って炎の道が生まれ、さらには身体の周囲から朱色の炎が噴き出してくる。
そうして回転して舞いを続けながら、大きくなった炎が辺り一帯の全てを飲み込んでいく。
炎の小波が地面を埋め尽くすようにして、迫り来る不死者の悉くを焼き屠り、一瞬で塵へと変えていく。
その様は炎の草原を優雅に舞う乙女だ──そう、自分の背後に浮かぶ焔源の熾天使だけを見ているなら、確かに美しいだろう。
しかし彼女と連動して同じ動きをしているのは、ごつい鎧に覆われた騎士の姿をした自分だ。
それは傍目から見てどう映るのだろうか。
あまりその事実に目を向けると、さらに内側から自身の存在を削られそうになる。
くるくると回転しながら辺り一帯の敵を一掃すると、ようやく一つ目の権能が終了した。
周囲に目をむけると、明らかに敵の数が減っている。
ざっとした目算でしかないが、先程の攻撃で一万近い不死者が消し飛んだようだ。
しかしその成果に満足している暇も、精神的余裕もない。
まだ平原には多くの不死者が溢れ、王都の周辺を埋め尽くしている。
だがだいぶ大穴の開いた街門へは近づいてきていた。
──この勢いで不死者共を出来るだけ排除してやろう。
『【天焔朱雀鳴滅】』
自身の声と天上から降り注ぐような女性の声が唱和し、再び新たな権能を発動させる。
恐らく声の主は背後に浮かぶ焔源の熾天使なのだろう──威厳と神聖を同時に兼ね備えた厳粛な声と共に、自分の身体がふわりと空中に浮かぶ。
身体が再び勝手に動き、両手が一杯に広げられて、まるで天を仰ぎ賛美するような恰好になると、背後でバサリと炎の翼が膨れ上がり、それが羽ばたくと同時に炎の羽が空中に舞い散っていく。
そうして羽ばたきながら天を仰いだ姿で空中を滑るように移動して、周囲一帯に炎の羽を撒き散らしていくと、その羽に接触した全てが一瞬で燃え上がり、灰へと変わって再び炎の翼の羽ばたきで炎の羽根と一緒に空に舞い上がっていく。
その対象はまさに文字通り全てを灰に変えていき、不死者に踏み荒らされた畑の作物も燃え上がり、先程まで不死者だった灰と共に辺りに降り積もっていた。
今回の権能は発動時間が長かったのか、王都周辺にいた不死者の半数が消し飛び、周囲一帯を埋め尽くすような灰の雨に変わっていた。
そろそろこの天騎士のスキル活動限界時間も半分程過ぎた筈だ。
早めに残りの敵も掃討しておきたいが、身体や精神も限界に近い。
むしろ早く活動限界にまで達してくれと祈りつつ、歯を食いしばる。
『【紅焔執行剣】』
ようやく地上へと足を下した後に発動させた権能の効果により、今度は握っていた剣を前へと突き出すと、そこに巨大な深紅の炎が剣に纏わりつくようにして現れた。
一見するとアリアンが使う精霊魔法に似ているが、その威力たるや全く次元が違っていた。
深紅の炎を纏った剣を振ると、その纏わりついていた炎が膨れ上がり、さらにはまるで鞭のようにしなって何処まで伸びていき、遥か先にいた不死者達を巻き込んで吹き飛ばしていく。
さらにはその威力のせいで、長大に伸びた鞭のようにしなる深紅の炎が通り過ぎた周辺一帯の地面を全て捲り上げて、その一切合切を消し飛ばしてしまっていたのだ。
剣を少し振るたび、不死者が一瞬で消し飛んでいき、同時に周辺の地形も書き換えて行く様は、完全に厄災でしかない。
そして制御を誤った深紅の炎が街壁の一部を削り取り、さらには街門の半分を消し飛ばしてしまっていた。
だが同時にそこに群がっていた不死者も同時に消し飛ばせたのは僥倖だろうか。
ようやく権能の発動が終了し、一息吐いた時には王都周辺にいた不死者の数はもう数える程度にしかその姿を確認できないまでになっていた。
最後に少し失敗してしまったが、後は残敵を掃討するだけでいい筈だ。
街門を抜けて王都へと侵入した不死者がどれだけいるのかは分からないが、この権能を振るって王都へと入れば、まず間違いなく地図からこの街が消えてなくなる。
後ろを振り返って、自分が通った痕を見て思わず溜め息が出た。
そうしてようやく天騎士のスキルの活動限界時間がきたのか、背後の天使がゆっくりと浮上していき、最後には空中に描き出されていた魔法陣の中へと吸い込まれるようにして姿を消し、その魔法陣もまるで幻だったかのように薄くなって消えてしまった。
自分はそのまま地面に膝を突くような形で座り込み、持っていた剣を地面に突き立てた。
「……これは、流石にキツいな。もう一度使う気にはなれんぞ」
誰に聞かせるでもない愚痴を零しながら、自分は大きく開いてしまった王都ソウリアの街門を見上げて大きな溜め息を吐いた。
今日は「骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中Ⅵ」の書籍版発売日と同時に、電子書籍の解禁もすでに行われております。
内容は書き下ろし二本の他、書き足しのシーンなどもありますので、宜しければお手に取って頂ければと思います。
※今日はWEB版第六部の最後、「終章」をこの後21時頃に投稿予定です。
あとご購入者様対象のアンケートとそれのオマケとしての特典SSである「あとがきのアトガキ」の方も活動報告に追記してありますので、宜しくお願い致します。
(抽選で図書券や壁紙なども貰えるそうです(*'ω'*))