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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第六部 王国の危機
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強行軍

 紫電の六脚の速度を以てすれば、リィル王女らに追いつくのは容易だった。


 方向感覚の怪しい自分に代わり、蜘蛛人との戦闘で一瞬姿を見失ったリィル王女らの追跡を紫電はその野生の鼻を利かせて、いとも簡単に後を追って合流する事に成功してみせた。


 まさか疾駆騎竜(ドリフトプス)に自動追跡運転が標準装備されているとは、この先ますます紫電を手放す事が出来なくなりそうだ。

 そんな下らない事を考えていると、リィル王女を乗せたニーナの馬が再び此方へと寄せくる。


「どうじゃった? 首尾よくブラニエ領軍の救出を遂行出来たのか?」


 リィル王女のその第一声に、自分は頼まれていた事は成し遂げたと彼女に頷いて返した。


「先程の繰り返しになるが、あれで良かったのか?」


 そう言って今一度、先程彼女が発した依頼の内容に言及すると、馬の手綱を握っていたニーナも同意するような視線を自らの小さな主に注いだ。


 そんな此方とニーナの視線を受けて、リィル王女は難しい顔をして口を開いた。


「ブラニエ辺境伯は武勇にも優れた人物じゃが、同時に知恵者でもあると聞いた事があるのじゃ」


「ふむ?」


「あそこでわらわ達が不死者(アンデッド)と交戦中のブラニエ領軍と鉢合わせした時、あのまま彼らを見捨てて、もし彼らのうちの誰か一人でもあの場で生き残れば、その者からわらわ達の存在を語られ、不死者(アンデッド)との関係を疑われかねないと思ったのじゃ……。わらわ達、ノーザン王国の者が糸を引いたとな」


 そう真剣な眼差しで語るリィル王女だったが、自分とニーナは互いに視線を合わせて首を捻る。


「流石にそこまで邪推をしたりするものだろうか?」


 彼女の言うように、ブラニエ辺境伯が本当に知恵者であるならば、例え彼らの誰かが生き残ってリィル王女の存在を告げたとして、不死者(アンデッド)と共闘した訳でもないあの状況で、辺境伯が不死者(アンデッド)の差し金がノーザン王国であると判断するのはむしろ無知蒙昧な判断だ。


 自分の言葉に同意を示したように頷くニーナだったが、リィル王女の頬が僅かに膨れたのを見て取って、彼女は慌てて首を横に振って弁明した。


「姫様、私は何も姫様のお考えを否定したい訳ではなく、ブラニエ辺境伯は私達から領土を奪った憎き仇でございます。何も敵に情けを掛けなくとも……」


 そこまで言ってニーナは、大きく首を振ったリィル王女の仕草に言葉を飲み込んだ。


「あの不死者(アンデッド)共は明らかに誰かの指示を受けて、目的を持って動いておるのじゃ……。統率者が誰かは知れぬが、この場合少なくとも隣国領のブラニエ辺境伯は候補から除外されるのじゃ」


 その彼女の言葉に、自分やニーナを含めたその場の全員が少なからず驚かされた。

 アリアンやチヨメも感心したようにその小さな少女に視線を向けている。


「成程、確かにあの偶然の場──ブラニエ辺境伯の領軍が襲われていた時点で、不死者(アンデッド)はその者の指揮下にあるとは言えぬか」


「それにじゃ、辺境伯が首魁でないなら、報告を受けた伯はあの不死者(アンデッド)の対処に必ず乗り出す筈じゃ。わらわとしては彼の者が大元の存在に辿り着いてくれれば言う事はないんじゃが」


 そう言って言葉を切るリィル王女に、自分の手前で話に耳を立てていたチヨメが、その透き通った蒼い瞳を意味ありげな視線に変えて此方へと向けた。

 その彼女の視線の意味を何となく理解して、自分は首を左右に振った。


 不死者(アンデッド)がヒルク教国の手駒であると自分達はサスケの最後の言葉から推察してはいるが、まだこれといって確たる証拠はないのが現状だ。


 ヒルク教は人族の社会の中で、さらに言えばお膝元であるヒルク教国の隣国であるこの地ではかなりの権威を持っている事が容易に想像できる。

 そんな彼らへの疑惑など、異種族である自分やアリアン、ましてやチヨメのような獣人種族の言葉をこちらの単なる推察だけで指摘するのは危うい。

 リィル王女ならば一定以上の芯のある内容であれば話自体を聞いてはくれるだろうが、その周囲の者が異種族から齎された、それも教国を中傷するような話を聞けばどういった行動に出るか。


 宗教というのは何処に狂信者が紛れ込んでいるか分からない事が厄介だ。

 そう考えるとこの地で迂闊に異種族である事を明かしたのは少し軽率だっただろうか。

 しかし、今更そんな事を考えても何の意味もない。


 現状、近衛兵らや騎馬隊の兵らからは特に何か明確な敵意を向けられてはいないが、それは此方が全員化け物相手に完封するような実力を持っている為、とも考えられる。


 このままではリィル王女に提示した条件が履行される可能性がますます低くなっていくように感じるのは果たして気のせいなのだろうか。


 ──今できる事をするだけ、か。


 そんな事を思考しながら、前を見据える。

 この先に待ち受けるのは十万からなる不死者(アンデッド)の大軍と、それに必死に抗っているだろう王都の民衆、果たして彼らは窮地を救った者が異種族であった場合、どういった反応を示すだろうか?


「……采の目は振ってみるまでは分からぬか」


「なんじゃ?」


 一人呟く言葉に、リィル王女が怪訝な様子で此方を見上げてくるそれを、何でもないという風に(かぶり)を振って応えた。


 やがて何度かの休憩を挟んでひたすら北へと進む一行の頭上には、既に日が傾いて茜色に染まりつつある空が覆いかぶさるようにして広がっていく。

 そうして一行の進む先にようやく景色に変化が起こった。


 目の前に広がるのは広大な森だ。


 カナダ大森林のような大樹のひしめき合う太古の森──という訳ではなく、極々普通の森林が目の前に広がっている。

 今まで目にするのはなだらかな丘陵地に、草葉が靡く平原ばかりで、所々に集落を中心とした耕作地が広がるばかりだったのが、ここにきて最近はすっかり見慣れた森の姿に何故かホッとする。


 これは自分の本来の姿がエルフ族を模した事に起因しているのか、それとも単に最近森で暮らすようになって森に郷愁を感じるようになったのだろうか。

 先行する騎馬隊は森を避けるでもなく、まっすぐに森の中へと入って行く。


「森を抜けるのかしら?」


 そんな彼らの行動を後ろから覗き込んでいたアリアンが首を傾げる。

 やがて一行は森から少し入った所で馬から降りて、近くの木に繋ぎ止めてから野営の準備に入り出した。


 どうやら今日はこの森で一夜を過ごすようだ。

 この森はイルドバの森と呼ばれ、現在のノーザン王国とサルマ王国のブララニ領の境界線に跨って広がる森らしく、そこそこの広さがあるらしい。


 明日はこの森の外周を沿うように走れば、すぐにノーザン王国へと入れるそうだ。

 護衛騎士のザハルからそんな話を聞きながら、自分も紫電から降りてアリアンやチヨメ達と一緒に野営の準備を始める。


 野営と言っても、極力ブラニエ領の巡回兵などに見咎められないように隠れる為、煮炊きは出来ないし、基本は荷物として持ち込んだ大きな帆布を屋根替わりに交代で仮眠をとる程度だ。

 皆黙々と持って来た数少ない荷物の中から、乾燥した豆や保存食をもそもそと齧り、横になった。



 翌日、まだ夜の森と変わらぬイルドバの森を抜けて、騎馬隊は黒々とした影のような森の外周を縫うように走って行く。

 そんな彼らの後続にリィル王女とその近衛兵らが続き、今日も最後尾からそれを追い掛ける。

 リィル王女が王都を発ってから今日で実に六日目だそうだ。


 ディモ伯爵の騎馬隊連中や自らの近衛兵らに労いの言葉を掛けて回っていた少女だが、その横顔には時折焦燥の色が浮かび上がっていた。


 無理もない──。

 まだ十一程の歳にしかならない少女にとって、現在進行形で故国が失われるかどうかの瀬戸際を見せられているのだ。

 しかも彼女の父はその国の王だ。

 彼女が必死で父を救おうとする姿を見ていれば、人となりは分からなくても恐らく、窮地にある民衆を捨てて逃げ延びるというような方法をとるような人物ではないと思える。


 ならば国が無くなるというのは、彼女の前から父が居なくなるという事と同義なのだ。


 紫電の手綱を握りながら、その先にあるという王都ソウリアを幻視する。


 この世界の街や城は魔獣の侵入に備えて、何処も堅固な防御壁を築いている事が当たり前だ。

 例え十万を超える不死者(アンデッド)の大軍であろうと、それを突破するのは容易ではない。

 そうなればやはり一番の問題は食糧などの備蓄だ。

 王都の獣人種族の奴隷らの扱いがどんなものか知らないが、食事の供給が絶たれた場合どれぐらいの期間持ち堪えられるだろうか。


 リィル王女を連れて転移魔法で飛んでいけばある程度進行速度は上げられるかも知れないが、早朝や夜半に差し掛かると暗闇が邪魔で転移魔法で飛べる距離が極端に短くなる問題がある。


 今のリィル王女がのんびり日が昇るのを待って出発するなど出来はしないだろうし、そもそもが人族の前で転移魔法を使うという事に抵抗があるのも事実だ。

 前後に騎乗するアリアンとチヨメに視線を向けながら、彼女達の前では特に抵抗なく転移魔法を使っていた事実に首を捻る。


 本来の種族からくる同種族への親近感──そのようなものが存在するのだろうか。


 そんな事に考えを巡らせながら、やがて日の高さはじりじりとその高度を上げていく。

 中天に差し掛かった頃だろうか、騎馬隊はそれまでのような道の無い草地ではなく、明らかに人の手によって作り出された道の上を走り始めた。


 やがて土煙上げる騎馬隊の進行方向に中規模の街が見えると、騎馬隊の一人がノーザン王国旗と伯爵旗を掲げて一路その街を目指して一行の速度が上がる。

 この少人数で街を攻める訳ではないだろうから、既にここはノーザン王国へと入っていたようだ。


 街門の方角からラッパのような音が響き、騎馬隊はそのまま街門近くの牧草地の広がる厩舎の方へと誘導されていく。


 最後尾を走る疾駆騎竜(ドリフトプス)の威容が街を出入りする人々の関心を買うようで、それに配慮してか紫電に並走するように二騎の近衛兵らが両脇に付いて、自分達も厩舎の方へと入る。


 するとそこでは馬から降りた騎馬兵や近衛兵らが、馬に積んであった最小限の荷物を下して慌ただしい様子を見せていた。


「ここで馬を交換する! 各自出発前までに新しい馬の調子を見ておけ!」


 慌ただしい中で一人、中心に立って指揮しているのは護衛騎士のザハルだ。

 どうやらこの街で馬を交換していくらしい。


 乗ってきた馬はかなり走りづめで、いくらこちらの馬が体力に優れているからと言ってよくここまで持ったものだと感心する程だ。


「アーク殿、そちらの“馬”はまだいけるか? 何なら馬の都合をつけるが?」


 そんな中でザハルは此方の姿を認めると、歩み寄って来て紫電を一瞥してから声を掛けてきた。

 紫電の首筋を撫でてやると、「ギュリィイィィン」と小さく吠えて前脚で地面を掻く。

 どうやらまだまだいけるという主張らしい。


「大丈夫だそうだ」


「そうか、こちらの準備が整い次第出発する」


 此方の答えを聞いて満足したのか、ザハルはそう言って踵を返すと他の者達の様子を見に行った。


 騎馬隊の兵士らが、乗って来た馬から馬具などを外して新たな馬へと付け替える作業を、厩舎の隅で見学する事約三十分程。

 準備が整ったと思えば慌ただしく街を離れる事になった。


 しかし出発してから気付いたのだが、騎馬隊の数が若干増えており、見慣れない紋章旗を掲げている騎馬隊があった。

 聞くところによると、どうやら先程の街の領主の騎馬隊らしい。増えた数は然程多くはないが、疲労の無い騎馬隊の編入に全体の士気が上がったように感じられた。

 そうして日が暮れる頃まで一行はひたすらに北を目指して馬を駆けさせて行く。



 その日は途中の小さな街の傍で野営する事になったが、流石に自国の領地だけあって、その街の領主であろう人物から煮炊きされた温かい食事が配給された。


 いよいよ明日は王都ソウリアへと入れる距離まで来たとニーナが言っていた。

 ディモ伯爵の騎馬隊の兵士らは直に目的地だという事でその表情は明るいが、対してリィル王女付きの近衛兵らの顔はあまり芳しくない。


 護衛騎士のニーナに付き添われて温かいスープの器を渡されているリィル王女も何処か浮かない顔して心ここに在らずといった表情をしている。

 そんな彼らの姿から視線を足元に移すと、ポンタが綿毛の尻尾を大いに振って、柔らかく煮込まれた野菜の盛られた皿に顔を突っ込んでもりもりと口を動かして喜んでいた。


「きゅん☆ きゅん☆」


「お前はいつもマイペースだな……」


 すっかり皿を綺麗に舐めとった後に、食後の毛繕いを始めているポンタの顎下を撫でてやる。

 満腹になってご機嫌なのか、目を細めて大きな欠伸を漏らす。


「王都が陥落してなければいいですが……」


 そんなポンタの様子をじっと眺めていたチヨメが小さく呟く声に、アリアンの耳が微かに揺れる。

 こればっかりはまさに神のみぞ知る──だ。


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