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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第六部 王国の危機
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遭遇戦

 少し冷えた空気の中で馬たちが吐く息が白くなる。

 空にはまだ月と無数の星々が瞬き、辺り一帯は静寂の夜の気配が満ち満ちて、もうすぐ夜明けを迎える時間帯であるとは思えない。


 そんなまだ夜中にしか映らない景色の中、城砦ヒル内に設けられた中庭に集まるのは馬に跨り、揃いの鎧に身に纏うディモ伯爵の騎馬隊だ。


 出発前の彼らの緊張が周囲に染み出すかのように、控えめに鎧が擦れる音や、その場で足踏みする馬蹄の音に紛れて囁くような人々の話し声の中に、糸の張ったような一種独特の空気が混じり溶ける。

 そうして城塞ヒルの門──普段は開く事の無いサルマ王国側への門が静かな早朝の平原に重々しい音を響かせて、ゆっくりと開いた。


「ハッ!」


 それを合図にするかのように、騎馬隊の先頭の男が気合いの声と共に馬の腹に踵を入れると、馬が嘶き、土を踏みしめるような馬蹄を響かせて城砦ヒルの城門から飛び出していく。


 そんな先頭を追い掛けるように、後続の百騎余りの騎馬隊がそれぞれに鞭を入れて駆けだしていくのを、静かに見守っていたリィル王女と彼女を同乗させた護衛騎士ニーナが後方に控えていた近衛兵らに合図を送った。


 城砦ヒル内に焚かれた篝火の明かりに照らされて見た限り、ニーナの顔色からは今のところ体調の悪化を思わせるような兆候は見られなかった。

 これは何も自分が施した治癒魔法による施術が効いたという訳ではない、恐らく魔法を掛けた後に気が付いたニーナが、失った血の分だけ食事を胃に流し込んで回復を図ったのが功を奏したのかも知れない。


 そう思って彼女の昨日の鬼気迫る勢いで飯に食らいつく姿を思い出して、思わず寒くもない骸骨の身体が身震いを起こした。


「きゅん?」


 そんな自分を不思議そうに振り返るポンタに何でもないという風に首を振る。


 成人男性でもあんな食事の摂り方をすれば戻してしまいそうだが、この世界の女性は何かと逞しい者が多いなと、紫電の鞍の手前に腰掛けるチヨメと、後ろで欠伸を噛み殺しているアリアンとに視線を移す。


「アーク、今何か失礼な事考えてたでしょ?」


 そんな此方の視線の僅かな変化を見て取ったのか、背後から金色のジト目が肩越しに注がれる。

 ──何故骸骨の、しかも鎧を着た姿でこんなにも心を悟られるのだろうか?


 これが武芸の達人が持つという気配読みの成果なのだろうか、と──そんな益体もない事を思いながら、紫電の手綱を引いて、前を走り始めた王女一行の後を追うように指示を出す。


「我らも行くぞ」


「ギィリイィィン!」「きゅん☆」


 アリアンの言葉を誤魔化すように、乗騎である紫電に声を掛けると、紫電はその巨体を一度大きく揺すって吠えると、その反動で首筋から滑り落ちそうになっていたポンタが楽しそうに鳴いて紫電の首筋に貼りついていた。


 そんなポンタをチヨメが首筋を掴んで引っ張り上げると、自らの胸元に抱え込むようにする。

 ポンタは尻尾をもぞもぞと動かしながらも、そのまま黙ってされるがままだ。




 街灯も道すらも無い平原を真っ直ぐに北、ノーザン王国へと向かって進んで行く──。


 夜風に靡く草の葉が、押し寄せる百騎もの馬蹄に踏み抜かれて辺りに舞い散る。

 後ろを見やれば、地平を這うように延びる城砦ヒルの城壁はすっかり大地の影に染まって姿が分からなくなっていた。


 やがて向かう進行方向の右手から太陽の光が夜空の色を徐々に薄め、それまで駆け抜けていた黒々とした大地が緑の色に変わり始める。

 何度か馬の休憩を挟みながら、一行は何事も無くサルマ王国の真っただ中を駆け抜けて行く。


「案外順調ね」


 日が中天に差し掛かる昼頃、馬の休憩ついでに軽い保存食を齧る程度の昼食を済ませ、一行は代わり映えのしない景色の中を一路北へと駆ける。


 そんな様子を後ろの鞍に跨るアリアンが目深に被った灰色の外套を風に靡かせながら、欠伸を噛み殺したような声で呟いた。

 景色は変わり映えのしないとは言っても、周囲はいつの間に平原ではなくなり、緩やかな傾斜が断続的に続く大地に皺を寄せたような丘陵地に変わっている。


 ──今はどの辺りを走っているのだろうか?


 そんな暢気な事を思いながら、紫電の鞍の上で空高くを飛んでいく鳥の影を仰ぎ見る。

 そこへ先行する騎馬隊が何かを発見したのか、騒めいた空気が前方から伝わってきた。


「何だ?」


 自分のその疑問に、後ろから覗き込むようにして前を睨んでいたアリアンが、前方の方角を指し示して声を上げた。


「見て! あれ、例の不死者(アンデッド)の化け物よ!」


 その彼女の声に反応して、前に座るチヨメの猫耳がピクリと動く。


「……さらに奥からもう一匹が接近中ですね。王女を狙った追手でしょうか?」


 チヨメは体勢を前へと乗り出し、前方を睨むように目を細めた。

 前後の女性陣が逸早く発見したその姿を自分も確認しようと目を凝らすと、丁度何処かの紋章を掲げた部隊が蜘蛛人と戦闘をしている最中の場面が目に入った。


「あれは……まさか隣国のサルマ王国の部隊か?」


 どうやらこちらの一行は丘陵地の影から抜け出した瞬間、開けた場所で戦闘を繰り広げていたサルマ王国軍の部隊と鉢合わせてしまったようだ。

 見晴らしのいいこの場所では、恐らく向こうもこちらの存在に気付いているだろう。


 しかし幸いな事に相手は例の蜘蛛人との戦闘で手一杯のようで、こちらの部隊に対して手が割ける状況ではないようだ。

 それは先行するディモ伯爵騎馬隊も承知しているのか、進行方向がその戦闘地域をやや迂回する進路へと変わったのが分かった。


 どうやらこのまま駆け抜けて行くらしい。

 その判断は至極当然のもので、国境を侵犯しているこちらは彼らにとっては敵でしかないのだ。


 しかし──、


「あのままでは、あの部隊は全滅かも知れぬな……」


 既にサルマ王国と思しき部隊の半数に打撃を受けているようで、残りの半数で何とか一匹の止めを刺そうかという所だが、背後の丘をもう一匹の蜘蛛人が駆け下りて来ていた。

 あれでは対処のしようがない。


 そんな事を思っていると、前方のリィル王女を乗せたニーナの騎馬がその速度を落として此方の紫電に並走するように下がってきた。


「どうしたのだ、ニーナ殿!?」


 鳴り響く馬蹄の音に負けないように声を張って目的を尋ねると、彼女は視線を自らの前に座るリィル王女に移してから口を開いた。


「アーク殿! リィル姫様からの依頼です!!」


 その彼女の言葉を継いで、目の前の小さな少女が目一杯の大声で此方に語り掛けてきた。


「アーク殿! すまぬが、ブラニエ領軍の援護に回って向こうの一匹を討伐して欲しいのじゃ!」


 その彼女の申し出に、自分の前後にいた二人は意外な顔をして小さな少女に目を向けた。


「リィル殿にとってあれは敵ではないのか?」


「そうじゃ! じゃが、今の状況であの者らを放置して通り過ぎるのはまずいのじゃ!」


 此方の質問に対してリィル王女は肯定するが、それでもブラニエ領軍の救出を嘆願してきた。


「あんまり考えてる時間は無さそうよ!」


 真意を測りかねている此方を余所に、後ろから割って入ってきたアリアンからの忠告に、自分はリィル王女に頷いて剣の柄に手を掛けた。


「了解である! 少し腹ごなしの相手になって貰おう!」


 そう言って紫電の手綱を引くと、紫電は此方の意を汲み取り、進路を丘から滑るようにして下ってくる蜘蛛人へと変更する。


「ギュリィィイィィン!!」


 蜘蛛人と紫電の進路が重なり、速度を上げた紫電が咆哮を上げて真正面に突っ込んでいく。

 自分はそんな紫電の鞍の上で荷物として括りつけていた剣を鞘から一気に抜き放ち、(あぶみ)を足場にして鞍の上で腰を持ち上げると、手綱を握ったままの状態で片手で大剣を構えた。


「チヨメ殿、少し頭を低くしてくれぬか!?」


 その此方の要望にすぐ理解を示した彼女は、紫電の背中に張りつくようにして身を伏せた。


「【飛竜斬(ワイバーンスラッシュ)】!!」


 振り被った剣閃が閃き、その衝撃波が一直線に飛び、真正面から滑り下りて来る蜘蛛人の下半身部分の前脚を綺麗に斬り飛ばした。


『グギャァァアアアァアアアアアァアァゥゥウァァア!!!』


 その前脚を失った衝撃に体勢を大きく崩した蜘蛛人は、人型の上半身である二つの頭からまるで悲鳴のような咆哮を上げて斜面を転がり落ちてきた。


 そこに紫電が狙いすましたかのように六本もの脚で速度を上げると、自らの巨大な二本の角を相手に突き立てるような恰好で、そのまま蜘蛛人を撥ね飛ばすように突っ込んだ。

 蜘蛛人が装備している鎧、剣などが紫電との衝突で弾き飛ばされ、その速度の乗った巨体の追突をまともに食らった蜘蛛人は、躰のあちこちの部位を周辺に撒き散らしながら地面を転がっていく。


 辺りは骨が砕け、肉が磨り潰されるような凄惨な音が響き、異形の化け物であった蜘蛛人は既に虫の息となって平原の中に横たわる。

 そこにさらに追い打ちとばかりに、自分の前後に座る二人から容赦のない攻撃が浴びせられた。


『──岩を纏いし礫よ、敵を穿ち屠れ──』


 アリアンの精霊魔法が発動し、幾つもの岩塊が空中に生み出されると、次々にその岩塊が蜘蛛人の下へと殺到する。


「きゅん! きゅん!」


 ポンタの周りに風が巻き起こって、生み出されたカミソリのような風の刃が蜘蛛人へと襲い掛かり、その表面に薄く傷がつく。


『水遁、水槍尖!!』


 印を結んだチヨメの手元に突如として現れた水の塊が、まるで槍のような形を模してその姿を形成すると、彼女はそれを力の限り振り被って、擦れ違いざまの蜘蛛人へと突き入れた。


 それが止めとなったのか、蜘蛛人はまるで黒い泡を全身から吐き出すようにして、その大地に黒い染みだけを残して形を失っていく。


「きゅん!」


 紫電の頭の上で得意げに大きな綿毛の尻尾を振っているポンタを、チヨメが無言で頭を撫で繰り回している。

 溶け崩れていく蜘蛛人の残骸を自分達は横目に見ながら、紫電に乗ったまま駆け抜けて行く。


 大剣を振り、後ろの荷物として括りつけられた鞘に剣を戻し、紫電の手綱をとる。

 ふと視線を移すと、丁度サルマ王国のブラニエ領軍の部隊も相手にしていた蜘蛛人に止めを刺したのか、黒い泡を吹き出しながら全身が溶けて消えいく様を呆然と見送っていた。


 そんな彼らを遠巻きにするように、紫電はその周囲を弧を描くようにして旋回し、再びリィル王女らが先行している一行の進路に戻る。

 途中、ブラニエ領軍の指揮官らしき男と目が合ったが、あの様子では何が起こったのかをまだ理解していないようだった。


 だがそれはこちらにとっても好都合だ。

 彼らがこちらを追って来る体制を立て直す前にできるだけ距離を稼げるのだから。


 しかし、あの部隊の被害ではすぐに追手を編成する事は難しいだろう。

 生存者が負傷者を抱えて後方へと下がり、後方の指揮所が何処にあるかによって変わるが、すぐに追撃隊の編成を行っても一日、いや半日は確実に身動きが出来ない筈だ。


「これで、リィル王女に頼まれたお使いは完了であるな」


 紫電の手綱をとって、後方に消えていくブラニエ領軍から視線を外して前方へと移す。


「奴らの目的はいったい何なのでしょうね?」


 ポンタの髭を摘まみながら、チヨメはふと考え込むような表情をしてポンタの髭を引っ張る。


「きゅ~ん」


 そんな彼女の行為に抗議するように、不満そうな声でポンタが鳴く。

 彼女は恐らく無意識なのだろうから、しばしの間だけ我慢をしてくれと──心の中でポンタに語り掛け、先行しているリィル王女一行の下に追いつく為に紫電の速度を上げた。


いつもありがとうございます。

感想欄でも既に書籍を手にして下さった方がいるようで、大変ありがたいです。


そしてオーバーラップノベルスの公式では六巻購入者様に対してのアンケートと、そのオマケとなる「あとがきのアトガキ」が更新されたようです。


以前の活動報告にそのオマケの詳細を追記致しましたので、参考にして頂ければと思います。

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