王都の危機
ノーザン王国の中心地、王都ソウリア。
突如姿を現した謎の不死者軍団に対して、王国側は王都籠城戦を強いられていた。
街を守護する堅固な第二街壁の外には、十万にもなる不死者の兵士が間断なく壁に取りつき、壁を破壊しようとする者や、仲間の不死者を足場に壁を越えようとする者などの対処に追われ、日夜喧騒が鳴りやまない日々が続いている。
当初敵が不死者という事で、その力が増すとされる夜には防衛の為の厳戒態勢がしかれていたのだが、何故か夜に入ると不死者の兵士らは、それまで攻め寄せていた壁際から離れて、それぞれが思い思いの行動で周辺の耕作地や平原をただただ彷徨うという奇妙な行動をとっていた。
最初は敵の突然の行動変化に何かの罠かと疑っていた首脳陣だったが、それが二日、三日と続くと敵側に何かしらの制約らしきものがあるのではと推察されるようになった。
しかし、警戒していた夜間の不死者兵士らの猛攻の可能性が低くなったからと言って、決して楽観視できる状況でもなかった。
無数の不死者兵士らに交ざって、蜘蛛と人との異形体である蜘蛛人はかなりの数の個体が存在し、それらは夜間であっても明確な攻撃意思を王都に向ける者も存在したからだ。
それでも大半の蜘蛛人は、やはり夜間になると周辺に散らばる不死者兵士を叩き潰すなどの半ば暴走した姿が目撃されており、それが結果今まで王都が持ち堪える切っ掛けにもなっていた。
だが少数となっても力の増した異形の蜘蛛人の攻撃力は、徘徊する不死者兵士などの比ではなく、その蜘蛛の下半身からなる機動力とも相まって籠城戦における脅威の対象であり、今もって昼夜と続く戦闘に於いて最も油断できない存在でもあった。
そんな化け物達と攻防を繰り広げる第二街壁から街中へと入り、雑多な街並みを進んだ先にもう一つの街壁が街中に姿を現す。
それはこの王都ソウリアのかつての街壁であり、今ある外周の第二街壁まで街が拡張される前の守りの要となった存在だった。
しかし街が拡張された今でも、戦乱の多いこの地においてその第一街壁は、街中に敵が侵入した際の内防壁としての役割を持たされ、今日までその姿を保っている。
そんな第一街壁の旧市街地が広がる内側、壁際に築かれた角櫓は石造りの堅固な造りを有しており、平時は衛兵らの詰所として使われていた。
だが王都全体で籠城戦を繰り広げる現在、そこにはノーザン王国の頂点である国王アスパルフ・ノーザン・ソウリアを始めとした、国の主だった者達が狭い室内にひしめき合って、目の前に広げられた王都全体を記した地図を前に難しい顔をしていた。
誰もが口を噤み、重苦しい雰囲気の中で最初に口を開いたのは、この国の最高権力者、国王アスパルフであった。
「……援軍要請の使者を送って何日になる?」
昼夜を問わずに攻め寄せる無数の不死者との攻防に、時間の感覚を失った国王がやや張りの無い声で近くに座る宰相へと問い掛けた。
「……確か、今日で七日目かと」
その宰相の答えに、大きく溜め息を吐いた国王が眉間の皺を揉み解すようにして唸る。
「七日か……王子らが援軍をすんなりと用立て出来たとしても、それを率いて戻ってくるにはあと最低でも七日は必要だろうな……。リベラリタス枢機卿が教国に援軍の派遣要請をしてくれたらしいが、あれはさらに時が掛かるだろう」
「……」
国王のその言葉に、宰相の眉間にも皺が深く刻まれる。
場の重苦しくなった空気を受けて、国王は一度頭を振ってから話題を変えた。
「ところで第一街壁傍の住居の撤去作業、進捗状況はどうだ?」
「今のところ八割方、そろそろ九割程にはなっているかと……」
宰相は目の前に広げられた地図の第一街壁の外側、その傍に立つ住居などを示しながら答える。
これは、もし現在戦場となっている第二街壁が突破された場合、一旦防衛線を第一街壁まで下げる事を検討していたのだが、その際に問題になったのは街が拡張された際に第一街壁傍に建てられた住居の問題だった。
機敏な動きを見せない不死者兵士らが相手ならばあまり問題にはならなかったのだが、異形の蜘蛛人であればその蜘蛛の機動力を以て住居を足掛かりとして第一街壁を越えて来る可能性が指摘され、急遽それら該当する住居を取り壊すなどの対処に当たる事になったのだ。
該当住居に暮らす住民から恨まれるだろうが、今はこの国が存続しうるかどうかの瀬戸際であり、そんな些事には構っていられないというのが現状であり、本音だった。
「取り壊し、瓦礫の撤去作業などに当たらせた獣人奴隷達が思いの外しっかりと働いているようでして、彼らの高い身体能力のお蔭で作業の進捗が思ったより早く進んでいますな」
宰相の何処か希望のあるその声音に、国王アスパルフも力強く頷く。
「あれらを表に出すのは随分と賭けの部分が大きかったが、彼らもまだ不死者に蹂躙されて死にたくはない、という事だろうな……。配給食も一役買っているか」
「左様ですな、しかしこの局面を乗り切った際には、ヒルク教会からの物言いは避けられないでしょうな……。ましてや枢機卿が王都内にいては言い逃れも出来ませぬ」
王都内に個人が所有する獣人奴隷を国が一旦買い上げ、今回の住居撤去作業の為に表へと出して従事させるという少々乱暴なやり方だったが、住民が総出で手を貸してくれている現状でも手が足りないとなれば、無暗に労働力を余らせておくなど以ての外だ。
作業内容の都合上、表へと出てある程度の自由が許された状態では獣人が反乱を起こすのではといった懸念もあったが、王都の現状を彼らに突き付ける事で生き残る為の協力を取り付ける事に成功した、と言っても差し支えないだろう。
しかし表へと出した獣人達を見て、ヒルク教の教会や教国と直接結びついている枢機卿の前で教義に悖る行いが発覚したとなれば、後で獣人奴隷らの供出を求められるのはまず間違いない。
「全ては国があればこそだ……」
国王アスパルフが大きな溜め息と共に吐き出した言葉に、宰相も黙って頷き返した。
「これは何の慰めにもなりはしませんし、不謹慎だと謗る者もおりましょうが、今回の敵が不死者だったのは考えようによっては僥倖だったかも知れませんな……」
そう呟く宰相の言葉に、国王が面白そうな視線を向けて先を促がした。
「ほう、それは?」
「敵が道理の通らぬ不死者の軍勢だったからこそ、今王都に居る者達は一致団結して事に当たれているとも言えますな。これが他所の国家の正規軍の侵略であったなら、こちらが不利に傾いたと見るや、国を裏切る者が必ず出ますからな」
宰相のその言葉に、国王の暗い笑みが深くなる。
それは分裂と合併を長い歴史の中で繰り返してきたこの地ではよくある事であった。
敵へと寝返った味方の手によって落ちた城や街が、今までに幾つあったのか──歴史を紐解けばそんな話は枚挙に暇がない。
「確かにな……、民衆も生き残る為に必死だからこそ、獣人奴隷の件に関してもあまり大きく出る者はいなかった。そう考えれば、まさに敵が不死者であったのは僥倖だな」
そう語って国王は含み笑いを漏らす。
と、そこに外の様子が騒めくような喧騒に二人の耳が傾き、訝しげにそちらに視線を向けようとした時、一人の伝令兵が文字通りに転がるようにして入って来た。
普段ならば一国の主の前でそのような無礼な振る舞いを許す宰相ではなかったが、今はそんな事を悠長に語っている時ではない、と了解していた。
「何事だ!?」
手短に問い質す宰相の言葉に、伝令兵はその場で叩頭して事態が急変した事を告げた。
「第二外壁、南街門一部崩壊! 突破されました!!」
その伝令の報告に国王が勢いよく立ち上がり、その反動で椅子がけたたましい音を立てて倒れた。
「全部隊、不死者を牽制しつつ後退!! 作業中の住民にはすぐに第一街壁内まで撤退するように指示を出せ!! 急げ!」
国王のその命令に、周囲の者達や伝令が一斉に動き始めた。
そんな中で国王と宰相は目の前に広げられた王都の地図に視線を落とし、未だに街壁傍に建ったまま撤去されなかった住居のある箇所を睨む。
──間に合わぬか……。
国王は奥歯が噛み砕けるような力を込めて、歯軋りをしていた。
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