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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第六部 王国の危機
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辺境伯軍、相対す

 サルマ王国ブラニエ領南東部域。


 北東部には魔獣の棲むイルドバの森、南西部には人族を拒むエルフ族の住まうルアンの森、そして南部にはノーザン王国ディモ伯爵領を守護する堅固な境界壁の築かれた城砦ヒル。

 これらに周囲を囲まれるようにしてある南東部域は、ウィール川近くの耕作地帯とは違いあまり多くの集落の数は無く、広い丘陵地が地平まで広がっている。


 そんな丘陵地を三十名程の武装集団が整然と列を成して移動していた。


 道の無い平原を二台の馬車を率いて進むその集団は、ブラニエ辺境伯家の紋章旗を掲げていた。

 馬車の荷台には集団の胃袋を満たす為の食糧や、替えの武器、大型の盾などが積まれ、その馬車の周りを揃えの鎧に身を包んだ兵士らが槍を携えて周囲を警戒している。


 彼らの正体は領都ブラニエから派遣されてきた辺境伯軍の一小隊であり、辺境伯の命に従い、現在は行方知れずとなった所属不明の武装集団と謎の化け物の探索にあたっていた探索部隊だった。

 その小隊の先頭に一人、指揮官らしき壮年の男が馬上の人となって周囲を見回している。


「所属不明の武装集団は、ノーザン王国関係者である事が濃厚と聞かされていたからこちら方面の担当である我々が当たりかと思ったが……それらしい痕跡も特に見当たらんな」


 溜め息混じりに指揮官の男が呟くと、それを聞いていた傍近くに侍っていた年若い男が同意するように頷いて辺りを見回した。


「そうですね、もしかしたらここより少し南寄りを担当した小隊の方が当たりを引いたかも知れません。あとは噂の化け物とやらの姿らしきものも一切見当たらないですしね」


 指揮官の傍に控えるように並ぶその青年は、この小隊の副官であり、指揮官を守護する為の盾を持ち、指揮官が騎乗する馬の横を並ぶように歩いている。


「まぁ手柄は欲しいが、それを追っかけ回していたっていう未知の化け物と鉢合わせするのは御免被りたいがな……」


 そう言って軽口を叩きながら、指揮官は懐から任務出立前に渡された一枚の羊皮紙を取り出して、そこに描かれた未知の化け物の覚書に眉を顰めた。


「こんな気味の悪い化け物が本当に存在するのかね?」


 誰ともなしに零す指揮官の言葉に、副官も乾いた笑いを発して後方に付いて回っている馬車の荷台に積まれた大型の盾などの物資を見やる。


「大型の魔獣討伐並みの装備を渡されての探索、しかも相手は今迄に遭遇した事のないような未知の存在となれば小隊規模では少し心もとないですね」


 そんな副官の不安の声に指揮官は快活な笑みを浮かべた。


「だから一班が後ろに付いてるだろ? 俺らが全滅した際には迅速に後方に伝令が走るようになってるんだ、だから安心しな」


 そう言って大声で笑う指揮官の男には、副官は肩を竦めて(かぶり)を振った。

 そんなやり取りをしている所に、後方の周囲を警戒していた部隊の者から声が上がった。


「北から謎の影が高速で接近してきます! 繰り返します! 北から謎の影が接近中!」


 見張り役の兵士のその一報に皆が一斉に北の方角に向く。

 行軍する兵らの視線の先──北側のやや下りの坂の斜面となった場所を、一体の見慣れぬ異形の生物が馬が駆ける程の速度で真っ直ぐに向かってくる姿が指揮官の目に入った。


 それは王都で渡された覚書に記された異形の化け物そのもので、下半身は巨大な蜘蛛に、二対の人型の上半身が生え、四本の腕を持つ──まさに異形としか言いようのない姿。


 しかしその異形体は覚書には記されていない特徴があり、それに指揮官以下、兵士らが目を見開いて言葉を詰まらせた。


 指揮官は新種の魔獣の類と踏んでいたその異形体は、人型である上半身に兵士らが身に着けるような金属製の鎧を纏い、四つの腕の先には二枚の大盾、二本の大振りの曲刀が握られていたのだ。


 指揮官は今迄に多くの人の形をした魔獣を屠ってきた経験があり、それはゴブリンやオーク、そして人型の中でも最も凶悪だとされるミノタウロスですら、持っている武器は倒木を適当に加工した棍棒であったり、又は人から奪った手入れのされていない武器の類が殆どで、切れ味の良い、整備された武具と、戦術を駆使して戦う知恵などが魔獣に膂力で劣る人族の唯一の武器であった。


 しかし目の前に迫る人と蜘蛛の異形体は、頑強そうな金属製鎧に錆の無い分厚い大盾、刃毀れの一切を窺わせない程に鈍く光る刃の曲刀とを持ち、まさに人族が魔獣に対して用いれる最大の武器を魔獣側が所持するという悪夢のような光景が映し出されていたのだ。


「あれは!? 一体どういう事ですか!? 化け物が人と同じ武具を使うなんて!?」


 動揺したような副官の声に、ようやく指揮官は我に返った。


「狼狽えるな!! 今はそんな事を考えている場合ではない!! 全員陣形を組め! 菱形陣形!! 盾隊は速やかに展開せよ!!」


 指揮官の大音声による指揮に、混乱していた小隊が一気に激しさを増して動き始める。

 後続に付いていた馬車の荷台から対大型魔獣用の大盾を持ち出し、ぐんぐんと迫り来る異形体に向けて菱形の先を向けるように部隊が編制されていく。


「槍隊は盾の後ろ投槍を準備! 衝撃に備えろ!! 弓隊は化け物の進路を限定しろ!!」


「弓隊、放て!!」


 指揮官の指示に従って、副官が斉射の合図を発すると、盾の後ろに控えていた幾人から山なりに矢が発射されていく。


 弓は走り寄って来る異形体には当たらず、進路上の両脇へと突き刺さる。

 異形体の両脇に次々と刺さる矢の間を抜けるように、弓隊が誘導する方向へと向けられていく。

 異形体との距離がもう一息で小隊とぶつかるという段階になって、再び副官の声が上がる。


「今だ、放て!!」


 その声と同時に盾の影から次々と槍が投擲され、真っ直ぐに向かって来ていた異形体の下に降り注いだ。

 鈍い金属音を響かせて異形体は持っていた盾で槍を弾き返すなど、およそ人のような対応をとって見せて、兵士らの間に動揺するようなどよめきが起こる。


 しかし、流石に大盾が二つあると言っても、異形体の身の丈はミノタウロス程もあり、下半身にいたっては巨大な蜘蛛の姿となれば全てを防ぎきれるものでもない。


 何本かの槍は蜘蛛の下半身へと突き刺さり、一本はその蜘蛛の足付近に突き立って相手の速度も相まって嫌な音を立てて折れ曲がり、異形体の口から地獄から轟くような叫び声が上がった。


『ウッグゥゥアアァアアアァ!! 許サンゾ、虫ケラ共ガァ!!!』


 苦悶の声を上げる異形体のその人の言葉を聞き、指揮官を始めとした小隊の兵らに衝撃が走る。

 今迄に人型の魔獣が人の言葉を語る姿など見た事が無く、それはまるで御伽噺などに出てくる悪魔を彷彿とさせ、兵士らの間に戦慄と恐怖が沸き上がったのだ。


 しかしそんな芽生えた恐怖に怯える暇も無く、速度ののった異形体は投槍によって態勢を崩した姿のまま、まるで投げ出されたように展開していた盾隊に衝突していた。


 轟音と悲鳴、骨を砕く音に鉄錆の血の臭い、そして巻き起こった土煙に小隊が混乱に陥る。


「体勢を立て直せ!! 盾は化け物を押さえろ!! 槍はとにかく奴の脚と胴体を狙え!!」


 指揮官の男は、守りの固い上半身の人型部分より、剥き出しの下半身の蜘蛛部分に狙いを定めて攻撃するように指示を下した。

 

 先程の衝突でどれ程の被害が出たのか、正確な数は分からないが、今は負傷者に構っている余裕など微塵も無い事だけは理解できていた。

 盾隊が圧し掛かるように異形体の動きを抑えるのを、異形体は手に持った大盾を使って兵士らを弾き飛ばしたり、叩き潰したりともがく。


 しかし、そこに必死の形相をした兵らが、手に持った槍を全体重を乗せて突き刺しに突っ込み、深々と抉られた蜘蛛の体内からは、まるで炭を溶かしたような液体が漏れ出してきて、兵士達の姿を黒く染めていく。


 異形体の予想以上の身体能力に小隊の被害は甚大なものとなったが、指揮官はこのままいけば致命傷となるような傷を負わせられると踏んで握った拳に力が籠った。

 そんな彼の下に、一人の兵士の悲鳴にも似た報告が上がる。


「さらに北西より影!! もう一体の化け物です!!!」


 その報告に指揮官は目の前の戦闘から目を離し、北西と思われる場所に視線を彷徨わせた。

 そしてその姿を見て瞠目する。


 やや小高くなった稜線、そこにもう一体の異形体がゆっくりと姿を現し、死闘を繰り広げるこちらに視線を止めて、咆哮するような声を上げたのだ。

 目の前の異形体一匹だけでも小隊が半壊する程の被害を受けたにも拘らず、そこにさらにもう一体が増えたとなれば、その先の結果など火を見るより明らかだった。


「くそっ!!」


 指揮官の男が悪態を吐くのと同時に、そのもう一体の異形体が蜘蛛の脚を器用に動かしながら丘の斜面を滑るように駆け下りてきた。


 先程副官に対して放った冗談が目の前で現実になろうとしている──指揮官が奥歯を噛み締めて、ここからでは遠く見えない王都に残してきた家族の姿が脳裏を過る。

 しかし、そこにさらに部下の一人から報告が上がった。


「南部方向より土煙を視認!! 所属不明の騎馬隊です!! その数、百騎以上!!」


「何だとっ!?」


 その報告に指揮官と副官が同時に振り向いて、その先に視線を凝らす。


 そこには猛然と走る百騎余りの騎馬隊の姿があり、こちらの戦場を大きく迂回するような進路で走り抜けようとしていた。

 その進路の取り方から援軍では無い事は確かだったが、混乱しきった今の状況で相手が何者なのか正しく判断出来る要素は殆ど皆無だった。


 しかし指揮官の男には、それが出発前に申し渡されていた消息不明となっていた武装集団であるという直感が何故か働いていた。


 目撃された集団は馬車一台に護衛らしき数騎の騎馬、だが目の前を通り過ぎようとしている騎馬隊の数は十倍以上だ。


 考えられるのは隣国ディモ伯爵が持つ騎馬隊だが、何故この瞬間にブラニエ領の真っただ中に姿を現したのか──目の前の不可思議な異形体と、背後から迫るもう一体、その存在が頭の中で奇想天外な答えを結実させた。


 ──この化け物はノーザン王国の手駒なのか?


 古の邪法にでも手を出し、悪魔を使役する術を使う──そんな、まるで御伽噺のような結論に、指揮官自身が嘲笑する。


 ──そんな馬鹿な、と。


 それならば今ここで苦戦している小隊を化け物との挟撃で一気に殲滅出来るではないか、既に小隊が全滅する時が迫る焦燥の中で、指揮官の冷静な部分が荒唐無稽な考えを打ち消す。


「正体不明の乗騎が一騎、こちらに接近してきます!!」


 指揮官の思考が空転した一瞬、部下からの更なる報告にようやく我に返る。

 そしてその報告の上がった正体不明の乗騎の姿を見て、指揮官は目を見開き息を飲んだ。


「何だ、アレは……」


どうやら早くも一部地域では「骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中Ⅵ」が入荷し始めているようです。

公式の方では今日、特典情報などが公開されました。

特典の内容などの詳細を活動報告にもアップ致しましたので、宜しければ確認してみて下さい。

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