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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第六部 王国の危機
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ブラニエ辺境伯

 サルマ王国東部辺境ブラニエ領。

 かつてノーザン王国の所領だったウィール川より東の地。


 今この地を治めるのはサルマ王国の貴族の一つ、辺境伯の爵位を持つブラニエ家だ。

 一家で治めるにはかなり広大なこの土地は、今より七十年前に現当主の二代前にあたる当時騎士団長であったブラニエ家当主が、東征での先陣を切るなど勲功著しいと称されてサルマ王家から下賜された地だった。


 しかしそれは平民上りであった騎士団長の躍進を嫌った中央貴族らが、激しい戦闘で破壊された耕作地や住民との軋轢、またノーザン王国の報復などの脅威に晒された厄介な土地を押し付けたというのが実情であった。


 だが元々土地はなだらかな平野部で、ソビル山脈側からの強力な魔獣流入を除けば比較的豊かな土地であり、先々代の根気強い復興と騎士団上がりの徹底した防衛と治安の向上により、徐々にその地力を増していった。


 そうしてブラニエ家は王家より辺境伯の爵位を賜り、今ではサルマ王国の有力貴族の一つとなったのだが、それを面白く思わない他家の貴族からはますます煙たがられる結果となった。


 他家から文字通りの“辺境”と揶揄される地の中心、そこに置かれた領都ブラニエは、かつてのノーザン王国の領主が建てた元々の屋敷を領主城と定め改築したものだ。

 元々の優美な造りの屋敷はそのままに、その周囲を武骨な城壁と城塔で取り囲んだそれは、少々他所の領主城とは違った趣となっている。


 そんな独特の様相を見せる領主城の中心に建つ屋敷。その広い屋敷の一室では初老に差し掛かっているであろう一人の男が、大きな執務机で書類仕事をしていた。


 初老と言ってもその姿に明確な老いを感じさせるものは少ない。

 仕立てのいい服はその人物が高い地位にいる事を示す物だが、その下には鍛え抜かれたがっしりとした体格が収まっており、鼻の下には白い髭を蓄えて、書類を睨む目つきは鋭くむしろどこか悪人顔にも見える。

 白髪頭がやや後退して額が広い所を除けば、その人物に明確な老いを見出す事は難しい。


 ウェンドリ・ドゥ・ブラニエ辺境伯。


 先々代がサルマ王家より拝領したブラニエ領を受け継ぎ、今日(こんにち)までその地位を維持し治める大領主であり、長年ノーザン王国の反攻を抑えてきた武勇に優れた貴族でもある。


 そんな彼が黙々とペン先を走らせる音だけが響く執務室に、その出入り口となる扉を静かに叩く音が響いて、ブラニエ辺境伯はペンを止めて顔を上げた。


「入れ」


 低く静かな、それでいてよく通る入室許可の声に応え、一人の若い女性が一礼して入ってきた。

 貴族社会の中ではあまり見ない出で立ちの彼女は、落ち着いた仕草で辺境伯の前へと進み出る。


 普通、こういった場に姿を見せる女性というのは使用人であるか、または着飾ったような貴婦人などである事が殆どだが、その彼女の姿は何処か秘書を思わせる格好をしていた。


 ブラニエ辺境伯はそんな彼女の姿を認めると、ただ黙したままペンを置いて、彼女の用件を促がすように顎で示した。


「ウェンドリ様、先程領内の巡回兵らの下に気になる報告が寄せられました」


「ほぉ、何だ?」


 彼女の言葉に、ブラニエ辺境伯は自慢の髭を撫でながら鋭い視線を向けて、さらに先を促がすように相槌を打つ。


「ここより南西の地で、馬車を率いた武装集団が見た事もない化け物に襲われているのを、地元の住民が目撃したそうです」


 その彼女の返答に、ブラニエ辺境伯の眉根が上がる。

 辺境伯が反応するのはもっともな話で、ブラニエ領は元々がノーザン王国の領土に侵攻して得た土地である為、隣国のノーザン王国から度々領土回復を図る部隊が投入される事があった為だ。

 しかし目の前の女性が上げた次の報告で、どうやらそれとは違うようだと理解する。


「武装集団の正確な数は分からなかったそうですが、馬車一台に騎馬が数騎との事。恐らく要人を連れた護衛隊かと思われます。目撃した人物が遠くに姿を見ただけで、所属を示す類の家紋や旗の一切は不明です」


「場所は南西と言ったな……。王都ラリサからの使者かなにかか? それで? その馬車の行方と、襲っていた化け物というのは?」


 ブラニエ辺境伯はその報告に顎を撫でながら独りごちて、さらに事の詳細を彼女に促がした。


「はい、馬車の一行はそこから東へと向かったとの報告を受けて、その周辺を探索しました所、バラバラになった馬車の残骸や幾人かの上級兵らしき武装をした遺体を発見しました。しかし馬車に乗っていたと思われる要人の姿は発見出来ず、恐らく逃走に成功したものと。それと、目撃された化け物に関してですが、こちらは目撃者の証言を元に簡単な姿絵をご用意致しました」


 そう言って秘書風の女性が、手元の書類から一枚の羊皮紙を取り出してブラニエ辺境伯へと手渡すと、彼はそれを受け取ってそこに描かれていた奇抜な姿をした絵に眉根を寄せた。


「下半身は蜘蛛に、上半身は……なんだこれは? 人が二人絡み合ったような姿に四本の腕だと? 新種の魔獣の類なのか……いや、それにしても──」


 ひとしきり化け物の姿絵を見て唸っていたブラニエ辺境伯は、やがてそれを執務机に投げ出して目の前の秘書風の女性に鋭い視線を向けた。


「それで、護衛隊の一員だったであろう者の身元は分かったのか?」


「いいえ、装備の質からして要人専属の護衛者であろうとの報告ですが、身元を明かすような一切を所持しておらず不明との事です」


 辺境伯からの問いに端的に返した女性は、彼の指示を待つようにそこで口を閉じる。


「身分を示す物を一切持たない、というのは怪しいな。儂の領内に身元を隠して入るなど、中央の貴族共がこちらの内情を探りに来たのか……? いや、ならば要人を連れて入るなどせんか」


 頭の中の考えを整理するようにぶつぶつと独り言を口にするブラニエ辺境伯だったが、やがて何かに思い至ったのか、その後退した髪を追い掛けるように自らの広くなった額を撫で上げる。


「……まさか、ノーザン王国の者がディモ伯爵領へと入ろうとした、のか? だが何故だ? クライド湾を船で渡れば済む話を、何故わざわざ危険を冒してまで陸路をとった? いや、それは後で推察すればいい話だな」


 そこまでを口にしたブラニエ辺境伯は、自慢の髭を一度撫でてから待機していた秘書風の女性に指示を出した。


「とりあえず行方を眩ませたその武装集団の捜索と、正体不明の化け物の討伐に部隊を編成する! 化け物から逃走を図る際に、村落を囮にされた可能性もある。六小隊を南部方面に派遣しつつ、それぞれの小隊に一班ごとの紐を付けて周辺域を捜索にあたらせろ!」


 そのブラニエ辺境伯の指示に、秘書風の女性が小さく首肯する。


「分かりました、至急、騎士団長にその旨伝えてまいります」


 そう言って彼女はその場で一礼すると、すぐに背を向けて足早に部屋を出て行く。

 その彼女の背中を見送った後、ブラニエ辺境伯は徐に椅子から立ち上がり、執務室に設けられた大きなガラス窓の傍に寄って、そこから外に視線を向けた。


「……ノーザン王国で何かあったのか?」


 窓から見える屋敷の手入れされた庭を眺めながら、ブラニエ辺境伯は誰ともなしに問いを投げ掛けるが、それに答える者はその場に誰もいなかった。


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