表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第一部 初めての異世界
14/200

通りすがりました1

 ディエントの東に位置する広大な森。その遥か向こうから朝日が昇り街壁を照らし出すと、静かに街が覚醒していく。


 街の中心部に位置するディエント侯爵の居城、堅牢な城塞の一室で初老の男が頭を抱えていた。

 白髪を後ろに流し、白い髭を蓄えたでっぷりしたその男こそ、この居城の主、トライトン・ドゥ・ディエント侯爵その人だった。


「何故だ? ジャイアントバジリスク二匹をルビエルテ領内に放ったと言う話だったではないか……。あれ程の魔獣なら領内は今頃かなりの混乱を強いられる筈ではなかったのか?」


 トライトンを項垂れさせていたのは、今朝方届いたルビエルテ領内に潜り込ませていた密偵からの報告であった。


 密偵の話では、流れの傭兵団により一匹を討伐され、さらに目撃されていた二匹目を領軍の兵百五十を(もっ)て討伐せしめたとの報告だった。ただ二匹目の捕捉に派遣された、領軍の斥候と流れの傭兵団の五人が甚大な被害を出したとの報告だった。しかし、領軍の本隊は軽微な被害で済んだと言う話だ。


「まぁ東の使者殿も、あれはまだかなり実験的な試みで、魔獣使役士の手を離れた状態では十分な成果を期待しない方がいいとも言われておりましたので……。しかし運がなかったのは、一匹を流れの傭兵団に倒されてしまった事ですね。二匹同時なら倍の兵数でも結構な被害が出たでしょうに」


 痩せた神経質そうな青白い顔のもう一人の男はそう言って溜息を吐くと、薄くなった頭を髪で隠す様に撫で付ける。

 ここディエント領の執政官、セルシカ・ドーマンだ。


「まさか魔法抵抗の高いミスリル製の盾を三十も持っているとは……」


 トライトンは恨みがましく呟く。


「それとこちらの報告なのですが、”商品”の捕獲の為の餌なのですが、街にいる連絡係から報告がありまして……。先方の入荷先からの接触がなく餌の入手が出来ないそうです。今回の分はいいとしても、次回以降の餌が不足しますね。早急に手を打ちませんと、亜精霊などなかなか経験のある者でないと捕獲する事自体が困難と聞きますので」


 セルシカの次の報告を聞いたトライトンはさらに苦い顔になる。ここ最近上手くいかない事が頻発し、苛立ちが募っているようでその白髪を自分の手で乱暴に掻き乱す。


「くそっ! 次から次へと! 奴らの根城はカルカト山群の麓の森だった筈だ。奴らと直接連絡は取れんのか?!」


「あそこの森も南北に長いですからね。奴らの根城が何処にあるかまでは……。あそこは大人数の討伐隊が展開できる地ではありませんから、討伐されたとは考え難いですが……。そうするとカルカト山から強力な魔獣が降りて来たか……推測の域は出ませんね」


「街にいる連絡係と再度接触して、餌が入荷しないなら取引先を変えると言ってやれ! 別に亜精霊の捕獲自体は違法でも何でもないのだからなっ!! それとセルシカ、新しい餌の確保できる取引相手を探しておけ!」


「宜しいのですか? 奴ら、我らが王都に向う一部の行商隊の情報を渡していた事を脅しに使って来るやも知れませんよ?」


 セルシカは神経質そうな顔に懸念を浮かべて進言するも、トライトンにとって盗賊団の一つや二つに脅迫をされようとも、さして痛痒には思っていないらしい。

 声を荒げて反論する。


「ふん! それなら盗賊のゴミ程度、持てる兵力で完膚無きまでに叩き潰してくれるわ!! 盗賊を本気で潰すのだから領民にもいい宣伝になるだろ。ハハハ」


 トライトンはでっぷりとした腹を揺すって厭らしく笑い、セルシカに下がるように言うと、それを受けてセルシカは静かに退出して行った。




 朝の鐘に起こされて、宿のベッドの上で目を覚ます。


 ベッドの毛布の上にはポンタが自分の綿毛の様な翠と白の尻尾に顔を埋めて寝ている。時々、喉の奥で鳴きながら口をもぐもぐさせているのは、何か美味い物を食べてる夢でも見ているのだろう。

 見た目キツネだけあって雑食だったのだが、どちらかと言うと肉よりは木の実や果物の方が好きなようだ。


 ポンタを起こすと、耳の後ろを後足でかりかりと掻いた後に、口を大きく開けてくあっと欠伸(あくび)をする。そして肩に飛び乗ると、そのままそこからいつもの定位置である頭の上に飛び乗って貼り付く。この綿毛狐は種族的にどうやら高い所が好きなようだ。


 ポンタを頭に乗せたまま、近くに置いてあった黒の大きな外套を鎧の上から羽織る。これはこの街の露店で見つけたので買った物だ。派手な鎧を隠すのに便利で、隠密行動にも向いているかもと思い購入したのだ。

 しかし、たしかに鎧の派手さは消えたが、黒の外套に鎧兜は怪しさ満開で、傍から見れば暗黒面に落ちたベイダー卿みたいな感じがしないでもない。


 ただやたらと豪奢な鎧姿よりは、こちらの恰好の方が人混みに紛れればそう悪目立ちしない分、マシとも言える。


 一階に降りて酒場の奥の厨房で仕込みをしている親父に一声掛けて外に出る。ここの一階は夜にしか飯を出さないので、朝は必然的に外に出て露店で買った物を食べる。


 街の通りのあちこちには露店が出ており、それぞれが威勢良く客引きをしている。そんな中を歩いていると急に鎧の視界が綿毛の尻尾で埋め尽くされて前が見えなくなる。

 ポンタが気になる物を見つけたのだろう。こうなると視線がそちらに釘付けになるので、気になる物の前を通り過ぎるとポンタの視線が後ろに向うに従って、尻尾が視界を遮るのだ。


 頭の上のポンタの位置を戻して、その気になる視線の先の露店へと向かう。どうやら最近のお気に入りのナッツを売っている露店のようだ。

 ナッツは薄茶色の殻に包まれ、割れた殻の中から緑のナッツが見えている。見た目は完全にピスタチオだ。


「きゅん!」


 買ってくれと言うおねだりらしい。露店のおばさんから銅貨五枚分を買い小袋に入れる。二、三粒を殻を剥いて頭の上のポンタにやると、嬉しそうに鳴きながら咀嚼する。殻ごとやっても器用に殻を割って食べるのだが、何せ頭の上にいるので殻を砕くと上から殻の破片が降ってくるのだ。


 ここ数日は、ポンタを頭に乗せて街の散策をしていた。

 エルフの男が匂わせていた囚われたエルフの情報がないか、街のあちこちを調べていたのだ。ただ、エルフが囚われている場所を知りませんか、などと正直に聞いて回れる様な事案でもないので、単に街を当ても無く彷徨っているだけなのだが……。


 それに、国で拉致監禁が違法とされているエルフの捕獲とそれの売り先となれば、売る側も買う側も高額になる為に、必然的に権力者側の領分になる筈だ。

 そうなると一般街ではなく、領主城の近くの中心部付近にある貴族街が怪しいが、この目立つ姿ではあっと言う間に目を付けられそうだ。貴族街は衛兵の数も多く、しかも一般街ほど人通りが多いわけではない。


 別に正義感から行動している訳ではない。不謹慎かも知れないが単にやる事がなくて暇なのだ。何か目的がないと一日中宿の部屋に籠ってポンタとじゃれ合っていたかも知れない。


 囚われているエルフを見つけて、どうするのかなども特に考えてはいない。とりあえずひっそり目立たずを指針にしているので、もし助けれる状況であれば、こっそり助けてあげられればとは思う。


 せっかくの異世界でエルフを見つけたと思ったら、迫害に遭っているとは何とも言えない気分だ。

 そう言えばまだ獣人の姿を見ないが、こちらの世界には存在しているのだろうか? エルフの口ぶりから、居たとしてもエルフ同様に迫害されているんだろうと思うとなんだか切ない……。


 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか傭兵組合所の前にまで来ていた。数日ぶりだが、なにやら久しぶりの気分だ。

 これ以上街を練り歩いても大した成果は得られないだろう。久しぶりに依頼札でも眺めるかと思い立ち、組合所に入る。


 依頼板の前には依頼札を選ぶ傭兵がちらほら見受けられる。自分もその前に行き、何か面白い依頼でもないかと依頼札を眺め回す。

 そこである一つの依頼に目が止まる。人探しの依頼だ。


 内容は、ライデル川上流にある森に出掛けて既に五日経っても帰って来ない人の捜索願いだ。


 ライデル川上流にある森は風龍山脈の麓に広がる森で、通称風龍の森。ラタ村近くの森も同じ風龍の森だった。ここから北東に見える風龍山脈の麓の森はかなり広大な面積を誇る様だ。

 ただライデル川上流の対岸からは、同じ風龍山脈の麓だが森の名前が変わる。”エルフの森”叉は”迷いの森”。人々からそう言われ、さらに広大な森が広がっている。

 強力な魔獣が跋扈(ばっこ)し、さらに住んでいるエルフに見つかれば只では済まないと言う話だった。


 しかしこの依頼は今受ける気はない。

 こういう依頼を受けてしまえば見つかるまで、または生死の確認が可能な物でも持って来ない限り依頼完了にならない。こういった依頼は他の依頼を受けている際などに頭の隅に入れて置き、何かしらの収穫があればついでに組合所に報告が基本だと、新人の傭兵に熟練の傭兵が教えているのを聞いた。


 自分もそれに倣い、川の上流の探索の序でに気を付けてみよう。


 組合所を出て、風龍の森に一番近い東門へと向かう。街道を行く隊商などが良く使う北門や南門と違って、こちらの門は割と小さく幅は馬車一台分といったところだ。しかも東門周辺はこの街の歓楽街が広がっており、道もあまり幅がなく、怪しい路地やら店が盛り沢山だ。昼間はそれ程人通りは多くないが、日が暮れるにつれて女達が道を行く男達に声を掛けて店に引っ張り込んで行く。

 面倒事は極力避けたいので、夕方近くはここにはあまり近付かないようにしている場所だ。

 それに、ここに来ても自分の今の身体ではやれる事が特に無いのも理由の一つか……。


 東門を出て、街壁外にある街を通り越し、掘りに渡された木製の橋を二つ渡って、右手に見えるライデル川沿いを上流に向かって歩く。東側には風龍の森が迫り出しており、二十キロメートル程も行けばすぐに森だ。【次元歩法(ディメンションムーヴ)】で行けば五分も掛からない距離だ。


 森に入ると、頭の上のポンタが嬉しそうに尻尾をわさわさと振るのを鎧越しに感じる。

 薄い草色の翠の毛はやはり森で暮らす為の擬態なのだろうか? この森にポンタ以外の綿毛狐がいればこいつも群れに帰るかも知れないなと、少し寂しく思いつつも森の奥へと入って行く。


 森の中はあまり暗くなく、割と奥まで見通せるが、下草の丈は長く足元はあまり見えない。右手は切立った崖で、その崖下にはライデル川が流れる水音が森の中に響いているのが聞こえる。鳥の(さえず)りと吹き抜ける風が木の葉を揺らし、大きな癒しの空間を演出していた。人から恐れられる魔獣も特に姿を見ない。

 木漏れ日と水音を楽しみながらハイキング気分で上流に進んで行くと、森の奥の下草から茶色の毛皮の背中が覗いているのが見える。


「きゅ~ん……」


 ポンタが情けない声で鳴いて頭の上から降りて、首の後ろ側に隠れる様に首筋に身体を巻き付けてくる。傍から見たらキツネの襟巻をした何処かのおばさまみたいだ。


 動く毛皮はかなり大きく熊程もある。時々なにかを噛み砕く音が辺りに響いている。不意にこちらの気配に気付いたのか、その茶色い熊が後脚で立ち上がった。


 しかし立ち上がった熊は、自分のよく知る熊とは全く違った。

 身体はたしかに熊の様だが、頭は狼だったのだ。しかも耳は細長く、まるでロバの耳の様な形をしている。その長い耳をパタパタとさせながら、こちらを睨みつけると、血で滴る口元を剥き出しにして唸り出す。食事の邪魔をされて気が立っているのだろうか?


 涼やかな金属音を響かせ腰の剣を抜き放つと、相手の熊狼はこちらを睨みながら間合いを測るように、ゆっくりと四本の脚で近付いて来るのが見える。


 先手必勝!


 【次元歩法(ディメンションムーヴ)】で熊狼の横手に転移すると、構えていた剣を一気に横合いから腹部に突き込む。そして瞬時にまた別の場所へと転移する。他の戦技スキルを別に試す必要がないくらい、確実な必殺の一撃だ。


「ガァァァァァアァァァァアァァァァ!!!」


 いきなり獲物を見失い、鋭い痛みを感じた事に吃驚したのか、半狂乱になって前脚を滅茶苦茶に振り回す。しかし暴れ回る度に刺し貫かれた腹から血が溢れ出している。こちらは暴れ回る熊狼から充分な距離を取って見ているだけで、後は勝手に弱っていくのを待つだけだ。

 十分程すると、熊狼はもう息も絶え絶えになってその場に(うずくま)ってしまった。まだ息はあるが、もう他の者を襲う力は残っていないだろう。


 熊狼を無視して先程転移した時に、一瞬見えた物の場所へと向かう。藪の少し開けた場所には、先程熊狼が食事していたであろう物がそこに転がされていた。

 あちこち齧られ、骨が噛み砕かれて原型がだいぶ損傷してはいるが、その特徴はすぐに見て分かった。

 その場所に転がっていたものは人間だった。


 しかし、かつて人間だったその肉塊には、個人を判別する為の一番必要な物が付いていない。周辺の藪を探していると、熊狼の撃沈で元気を取り戻したポンタが、いつもの定位置から一声鳴く。


「きゅぅん!」


 ポンタが見ている視線の先の藪を探ると、人間の頭が転がっているのを見つけた。こちらはまだ損壊も酷くなく、生前の顔もはっきりと区別ができる。ただこれが依頼札に書かれていた行方不明者かどうかまでは判らない。

 それにさすがに生首を持ち帰りたくない。とりあえず組合に情報を聞いて人相を確かめるしか無さそうなので、つぶさに人相を確認する。そこで奇妙な引っ掛かりを覚える。

 首の断面がかなり綺麗なのだ。野生動物に襲われて食い千切られたら、ここまで綺麗には切断されないだろう。それとも首を綺麗に斬り落とす事の出来る魔獣でもいるのだろうか?


 一番可能性が高いのは盗賊に襲われて殺されたという状況だろうか。現に身体や頭の周辺には武器も荷物も何も落ちてはいない。危険な森に手ぶらで出掛けるような人間はいないだろう。

 すると近くにまた盗賊の根城でもあるのだろうか? とりあえず周辺を探してみようと辺りを見廻すと、下草に転々と血痕が付いているのが見えた。血はもう固まって黒く変色してはいるが、森に道標を残すかのように続いている。


 それを辿って行くとライデル川の川岸に出る。ごろごろと川縁に転がる岩や川砂利にも血痕が続いている。この場所は上流にしては川幅が広く水深が浅い。どうやら川を渡って、川向こうから逃げて来たらしい。


 川向うはたしかエルフの森だ。あれはエルフにやられたのだろうか? しかし川を渡ってすぐの森からエルフが暮らしているとは到底思えない。ここは人の出入りする森と近すぎる、そう考えると普段滅多に人が入り込まないエルフの森の外周で、しかもエルフに見つかり難い場所なら盗賊にとっては格好の隠れ家になるのかも知れない。


「ふむ、少し偵察してみるか? ポンタ」


「きゅん!」

誤字・脱字等ありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ