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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第六部 王国の危機
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這い寄るなにか2

 丘陵地に谷間から姿を現したそれは、蜘蛛人などよりも大きな体躯を誇っていた。


 赤茶けた鎧のような鱗を全身に纏い、巨大な二本の白い角が張り出し、背中には白い鬣が風に靡いている。

 そんな巨体を誇る生物が谷間から猛然と姿を現したと思ったと同時に、武器を振り上げて固まっていた蜘蛛人の横合いを突いて、激しい衝突音と共に異形の化け物を弾き飛ばしていた。


 白い頑強な二本の角に抉られたのか、化け物の胴体部である蜘蛛の横腹に大きな穴が開き、そこからどす黒い液体が漏れ出している。

 恐らく化け物の体液なのだろう、その蜘蛛人は恨めしげな声を震わせて吠えた。


『何者ダァァアァァ!!? 目撃者モ殺スゥゥゥ!!!』


 裂けた口元から粘液のような涎を撒き散らし、武器を構える蜘蛛人に対し、突撃をしてきた巨躯の生物──その背中に独特の意匠が施された鞍に三人が跨っていた。


「アリアン殿、チヨメ殿、もう一匹の方の始末を頼む」


 そう言ったのは、鎧竜のような乗騎の真ん中に乗っていた一人の騎士だ。


 全身を覆う白と蒼を基調とした白銀の鎧、まるで神話か英雄譚に語られるような精緻な意匠に彩られた鎧に、夜空を切り抜いたかのような漆黒の外套が風に靡く。

 背負った剣を抜き放つと、その剣身は薄く蒼色の怜悧な光を湛えた神々しい程の剣で、構えた円盾も複雑な紋様で飾られていた。


 そんな威風堂々とした出で立ちの騎士の頭の上には、何故か草色の毛並みと綿毛のような尻尾を振った小動物が張り付いており、忙しなく尻尾を振って鳴いている。


 その不可思議な白銀の騎士の言葉に返事をして乗騎から降り立ったのは二人。

 一人はまだ少女のような年頃で、黒髪に大きな帽子を目深に被っていた。手足に簡便な黒塗りの防具を身に纏い、腰には短刀を帯びている。


 そしてもう一人は長身の女性だった。

 灰色の外套にすっぽりと身を沈めてはいるが、その身体の豊かな曲線は成熟した女性のそれである事が窺える。

 その二人の女性はそれぞれが武器を抜き放つと、並みの脚力を凌駕する速度でザハル達が奮戦している蜘蛛人の元へと駆けて行く。


 長身の女性がその身に周りに炎を現出させ、それがまるで意思を持つかのようにうねりながら、彼女が持つ剣へと絡みついて炎の剣が形作られた。

 風に乗って流れてくる熱気に混じり、彼女の口元から祈りにも似た言の葉が紡がれ、振るわれる炎の剣の輝きが増して、手負いとなった蜘蛛人へと襲い掛かる。

 まるで蜘蛛人の巨体である全身を舐めるように炎の軌跡が走り、付けられた傷を内側から容赦なく焼き焦がすと、鼻を突くような悪臭が立ち込めた。


『アアアァアアアッァアアァアァァアウッゥァ!!!』


 悶絶する異形の化け物に止めを刺したのはもう一人の小柄な少女だ。


 片手で印を結び、何事かを唱えてその蒼い瞳を見開くと同時に、彼女の傍に水で出来た狼が二匹現れて追従する。

 さらに彼女の短刀からは白い冷気が噴き上がり、まるで尾を引くようにして彼女の剣筋が縦横無尽に空間を走り、次々に手数でもって蜘蛛人の身体を刻んでいく。


 傷を受けた蜘蛛人が抵抗しようと持っていた武器を振ろうとするが、そんな攻撃をことごとく無力化しているのは、先程彼女の手によって作られた水の狼たちだ。

 蜘蛛人が間合いを詰めようとすれば足に食らいつき、武器を振ろうとすれば腕に噛み付く。


 そんな光景を目の当たりにして、ザハルや護衛の近衛兵らもしばし呆然としている。


 二人の女性の剣筋は、腕に覚えのあるザハルから見ても相当に手練れのそれである事が窺えた。

 対して膂力に優れた蜘蛛人の一撃の破壊力は脅威だが、捌きと間合いの取り方に熟達した二人には、その攻撃はむしろ隙の大きい反撃し易いものでしかない。


 やがて全身を炎と氷に蝕まれた蜘蛛人は、その蜘蛛の脚を力無く折ってその場で頽れ、まるで泡沫の夢であったかのようにその巨体が崩れ落ちていった。


 そんな彼女達の活躍が繰り広げられている場から離れて、白銀の鎧を纏った騎士は手に持った神々しい剣を無造作に振り被っていた。


「【飛竜斬(ワイバーンスラッシュ)】!」


 鎧騎士のくぐもった低い声に、まるで轟風が吹き荒れるかのような巨剣の振り──その振りぬいた瞬間に閃いた剣閃が真っ直ぐに蜘蛛人へと襲い掛かる。


 人の胴回り程もある樹木すら容易に斬り裂く斬撃の剣閃──それを蜘蛛人はすんでのところで回避しようとしたが、先程の乗騎の突撃で貰った傷が原因なのか、僅かに蜘蛛の脚にふらつきが起こって飛竜斬(ワイバーンスラッシュ)をまともに脚に受けてしまう。


 強烈な斬撃が蜘蛛人の足を斬り飛ばし、その巨体を支える一本が無くなって躰が傾ぐ。


『ウォオノォレェ!! オノォレェェ!!』


 苦悶の表情を浮かべる異形の化け物は、幾つもの血走った目玉を動かして、目の前に立つ白銀の鎧騎士を睨みつけた。


「す、すごいのじゃ……」


「うっうぅぅ……」


 その戦闘の様子を窺っていたリィル王女と護衛騎士のニーナは、目の前で繰り広げられる人外じみた力の戦いに釘付けになっていた。


 完全に足が止まった蜘蛛人に対し、今度は白銀の鎧騎士が盾と剣を構えてその距離を一気に詰めて相手に躍りかかる。

 互いの重量級の武器が火花を散らし、辺りに金属同士を擦り合わせる不快な音が響く。


 しかし蜘蛛人には四本の腕がある為に、剣同士を噛み合わせた瞬間を狙って他の武器を力任せに振るってきていた。

 だがそれは鎧騎士も読んでいたのか、左手に構えた円盾を用いて上手く弾くと、その開いた隙を突いて剣が二度、三度と振り抜かれる。


 鎧騎士の盾の扱いに関してはなかなかのもので、剣筋はやや粗削りなところも見られるが、その剛腕から繰り出される破壊の一撃は、小手先の技など全て捻じ伏せてしまうだけの迫力があった。

 現に蜘蛛人に躱され、当たらなかった剣撃の一撃がそのまま地面を抉り、大地に深い爪痕を残してしまう程だ。

 あんな攻撃をまともに受けてしまえば、たとえ両手で頑強な盾を構えていても、人程度であればその上から叩き潰されてしまうだけの力はある。


 しかし相手も見てくれからも分かる人外の怪物だ。

 その両者共に人知を超えた存在の戦いは、人の力が入る余地など一切無い。


 鎧騎士と蜘蛛人の両者の人外が何度か打ち合いという名の衝突を繰り返し、その都度、蜘蛛人の躰に致命傷となる程の傷が増えていく。


 すると、蜘蛛人は勝ち目がないと悟ったのか、防御を捨てて打って出て来た。


『ガァァァァアァァァァァァ!!』


 しかし相手の鎧騎士はそんな最後の捨て身の攻撃にも動じた素振りを見せず、冷静に間合いを図るように下がって剣を構え直す。


「【岩石鋭牙(ロックファング)】!」


 そうして次の瞬間に鎧騎士が唱えた魔法が突如、蜘蛛人の後ろ足付近に発動して、次々に岩の牙が固い表皮を刺し貫き、相手の意識が僅かに逸れた。


「【聖雷の剣(カラドボルグ)】!!」


 それを見越していたのか、相手の気が逸れた瞬間を狙って短くさらに魔法の言葉を発する。

 蒼い紫電が走り、光の帯のような剣身が通常の倍ほどにまで伸びて、その青白い光が蜘蛛人の上半身、人型の心臓が収まっているだろう胸元に深く突き刺さっていた。


 どす黒い血飛沫が辺りに飛び、蜘蛛人の背中から突き出た青白い光の剣が何の抵抗も見せずに上へと振り上げられると、化け物の人型部分が左右に両断される。

 まるで糸の切れた操り人形のように力を失い蹲り、溶け崩れる蜘蛛人の残骸が音も無くその姿を大地の大きな染みへと帰す。


「……まさかそうそうに此奴と出くわすとはな」


 独白するように呟く白銀の鎧騎士は、今や姿形を無くしたそれを一瞥した後、剣に纏った蒼い光を振り払うかのようにして消して再び背中に担ぎ直していた。

 そうして傷つき倒れたニーナと、あちこちに打撲傷を残したリィル王女に視線を向けた。


「ニーナ!! 姫様!!」


 そこへ先程まで蜘蛛人の化け物と死闘を繰り広げていたザハルが血相を変えて駆けこんで来て、片腕を無くして血溜まりに沈むニーナとその傍らで呆然としていたリィル王女を覗き込む。


 そんなザハルの様子にようやくリィル王女も事態が進展した事を理解し、そして傍らに自分を助けて瀕死となって倒れているニーナを見て慌てて彼女の元へと這い寄る。


「ニーナ! しっかりするのじゃ、ニーナ!!」


「……リィル姫、さま。ご無事で……なに、よりです……」


 苦痛に顔を歪めるニーナの姿に、リィル王女の熱を持った涙がはらはらと彼女の頬に落ちる。


「しっかりしろ! 今止血する! おいっ、何か縛れるものをっ!」


 顔を青褪めさせるニーナに大声で話し掛けるザハルは、彼女の無くなった腕の根本を押さえながら近くにいた近衛兵に怒鳴るように指示を飛ばす。

 それを受けて、周囲に駆け寄って来ていた近衛兵らが慌ただしく動き始めるが、そこに先程までの脅威であった化け物をあっさりと捻じ伏せた白銀の鎧騎士が姿を見せて割って入って来た。


「すまぬが、少し場所を開けて貰おうか……」


 ともすれば随分とのんびりとした彼の口調に苛立ちを覚え、ザハルは恩人であるはずの鎧騎士に向かって殺気の籠った目で睨めつけた。

 その彼はといえば、兜の隙間から覗く暗がりからでは何の表情をも窺わせない。


 しかし彼はいつの間にかニーナの斬り飛ばされた腕をその手に握っており、周りに集まっていた近衛兵らを押しのけてザハルの隣に腰を屈めた。

 そんな彼の行動を、リィル王女が泣き腫らした瞳で見上げる。


 それに白銀の鎧騎士は頷き返すと、持っていたニーナの腕を取り出した水筒の水で土埃を流し、すぐにその腕の切断面を彼女が血を流す切断面に合わせた。


「あぁあぁぁぁあぁぁああっぁぁぁ!!」


「!? なっ、貴様!!」


 その一連の処置が傷を抉られた痛みを彼女に齎したのか、悲鳴のような呻き声を上げたのを見てザハルが思わず声を荒げて掴みかかろうとした。

 だが彼女の止血で押さえた腕を離す訳にもいかず、かと言って怒りの矛先を納める事も出来ないまま一瞬の戸惑いが生まれたその隙を、目の前の鎧騎士は意に介した様子もなく、斬られた腕を彼女にあてがいながら魔法の言の葉を紡いでいた。


「しっかり彼女を押さえていろ。【大治癒(オーバーヒール)】」


 兜の隙間から漏れるその彼の言葉に反応するかのように、彼の手元──ニーナの切断された腕の周辺に明るい温かな光が溢れ出し、それが徐々に彼女の腕の切断面に集まっていく。


 その煌くような光は、魔法を発動させている騎士の白銀の鎧に反射して、まるでその騎士自体が神聖な者であるかのような、そんな幻想的な風景を目の前に作り出していた。

 リィル王女はその光景を大きな瞳をさらに目一杯に見開き、声を奪われたように固唾を飲んで眺めており、それは周囲にいたザハルや近衛兵らも同様であった。


 ニーナはそんな周りの光景に朦朧とした意識で自分の右腕に視線を向け、斬られた箇所がまるで別の生き物のように互いに引き寄せ合いながら繋がり始めていく様子を目撃する。

 やがて光が収まると、ニーナの腕は先程の傷が嘘だったかのように綺麗な肌を取り戻した彼女の腕がその場に投げ出されていた。


 ザハルはその光景の意味を息を飲んで見守っていた。


 先程、鎧騎士が見せたそれは、教会の司祭などが得意とする治癒の魔法の類である事は理解できてはいたが、その効力は目にした今でも疑うような代物だった。


 今まで彼が見てきた治癒魔法は浅い傷や腫れなどを消したり、目立たなくする程度のもので、音に聞く名高い治癒魔法の使い手であっても斬られた腕を繋ぎ合わせるなどという話は聞いた事が無かったのだ。

 普段は教会の司祭らが神の御業や奇跡と言って行うそれが、まるで児戯にも等しいまじない程度のものにしか見えなくなっていた。


 呆気にとられて顔を上げると、視線の先には鎧騎士の仲間であろう二人の女性の姿が目に入った。

 二人とも倒れ伏しているニーナと鎧騎士の行いを見守るようにしてはいたが、その両者の瞳には感心した色はあっても別段驚きの表情は見えない。

 恐らく彼ら、彼女らにとって今の風景はそれ程驚くような事でもないのだろう。


 そう思ってザハルは戦慄した。


 国の精鋭である近衛らにとっても脅威である存在を軽く退け、その行使する魔法は人知の及ばない遥かな高みにある彼らが、いったい何の目的でこの場所に居たのか。


 そうして今居るこの土地がどういった場所なのか──ノーザン王国から領土を奪い、その功績と武勇を以て長年ノーザン王国を阻んできたブラニエ辺境伯の治める土地。

 まるで芸術のような拵えの白銀の鎧、そんな鎧を一介の傭兵などが持てる訳もない。

 目の前の人物がブラニエ辺境伯の右腕となるような者であれば、ノーザン王国はさらに土地を切り取られる運命にあるのかも知れないと。


 そこまでの思考が脳裏を過り、思わず唾を飲み込むが、目の前の本人はさして気にした様子もなく倒れたニーナの具合を心配そうに覗き込んでいた。


「きゅん!」


 そこに今まで鎧騎士の兜の上に貼りついていた草色の毛並みの不思議な動物が下りて来て、倒れたニーナの様子を窺うように鼻を何度かひくつかせて鳴く。

 わさわさと綿毛のような尻尾を振って見せるその姿に、その場に張り詰めていた空気が霧散し、それを合図にしたかのようにニーナが気を失った。


いつもありがとうございます^^

「骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中」の六巻は4月25日、発売予定です。

宜しくお願い致します。

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