道を歩けばトラブルにあたる
特徴的な風景というのは描き易く、作業自体はなかなか捗った。
「うむ、なかなか上手く描けたな」
描きあがった風景と後ろに広がるドラントの里の遠景とを見比べて、満足できる出来に一人自画自賛の言葉を漏らす。
それを隣で座って欠伸をしながら待っていたアリアンが聞きつけて此方に視線を向けてきた。
「なに、終わったの?」
先程の欠伸で目尻に涙を溜めた彼女が大きく伸びをしてから、その形のいいお尻に付いた土埃を
払って立ち上がった。
そこに近くの大きな木に登って周囲を見張っていたチヨメも下りて来る。
「出発ですか?」
静かな声で尋ねてくるチヨメに軽く首を振って応えると、彼女は訝しむように首を傾げて此方の顔を仰ぎ見てきた。
そんな彼女に弁明するように手を振って答えを返す。
「いや、すぐに出発するつもりだがもう少しばかり待っていてくれ」
そう言って自分は、彼女達から少し離れた場所へと移動して長距離転移魔法である【転移門】を発動させた。
そこにすかさずポンタが近くへと駆け寄って来て、此方の身体に飛びついたと思ったら、いつもの指定席である兜の上へと鎮座する。
足元では既に光る魔法陣が生み出され、次の瞬間には目の前が暗転したかと思うと、自分が今まさに座標として設定した記憶の中の風景と同じ場所に立っていた。
そこは見上げれば空を覆うかのような巨大な樹木の樹冠が広がっており、その巨大な樹冠の隙間から多くの木漏れ日が差して足元の世界を照らしている。
目の前の巨樹は龍冠樹だ。
そして今居る場所は、絶賛改装中の遠く離れた社跡だった。
周囲を見回して出発前と変わらない風景に一息を吐いてから声を張り上げる
。
「おーい、紫電! いるなら来ーい!」
そうやって周囲に鬱蒼と広がる森の中に向かって声を上げると、頭の上で先程まで静かにしていたポンタが此方の呼びかけに同調するかのように鳴いた。
「きゅ~ん! きゅ~ん!」
そのポンタの声に誘われたのか、はたまた先に掛け声を入れた自分の成果だったのか──奥の森の中から木々や草叢を掻き分けながら一匹の乗騎が姿を現した。
社跡に留守番として置いてきていた疾駆騎竜の紫電だ。
自分とポンタの姿を視界に収めると、嬉しそうな声で鳴いて一直線に草叢を踏み越えて来る。
「ギュリィィィィン」
紫電の突っ込んでくる巨体を腕力全開で受け止めて、足元に溝を作ってようやく止まった。
一応紫電的には慕ってじゃれついて来ているようなのだが、普通の者なら小型トラックに軽く追突されているような状態だ。
虎人族から友好の証として貰ったが、これを手懐けるにはそれ相応の力が要求される。
見た目からして小型竜のような迫力のある姿を誇っているが、こうして懐かれると不思議と愛らしく見えるのは何故だろうか。
「きゅん! きゅ~ん」
そこにポンタが此方の頭の上から紫電に話し掛けるように鳴くと、紫電もまたそれに答えるように身を震わせて白い鬣を振って鳴く。
自分はそんな二匹の友情的やり取りの横から口を挟むような形で参加する。
「お前もここの暮らしに慣れてきてはいるだろうが、この山頂付近だけでは息苦しいだろう。少しばかり遠出でもしようか。久しぶりに思いっきり走らせてやれるぞ」
そう言って紫電の首筋を撫でて、社跡にしまってあった紫電用の鞍を取り付けると、早速とばかりに紫電の上に跨った。
紫電は大きく一度首を震わせると、鼻息を吹き出して自分が言った事を理解しているかのように嬉しそうに前足を掻いて催促するような仕草をとる。
そんな紫電を落ち着かせるように首筋を撫でて宥め、再び【転移門】を開いた。
次の瞬間にはまた周囲の景色が暗転して、アリアン達の前に戻っていた。
「きゃ!?」
しかし戻った瞬間、アリアンが目の前に急に姿を現した紫電の巨体に驚いて、思わずよろけて尻もちをついてしまう。
そうして目の前の正体に気付くと、此方に非難の視線を向けてきた。
「ちょっと、連れて来るなら先にそう言ってよね!? もう……」
普段あまり女性らしい悲鳴など発しない彼女が、不意を突かれたとは言え油断した自分を誤魔化すかのように此方に文句を投げてくる。
「アーク殿、紫電に乗って人族の国に入るのですか?」
そこへチヨメが寄って来て紫電の巨体を見上げながら、当然の疑問を口にした
。
「此奴もたまには広い場所を走らせてやらねばと思っておったのでな。それに、人族の領域に入ったとしてもそれ程人目にはつかぬだろう」
この世界の人の住む領域というのはかなり狭い。
水源があり、耕作などに適した平地などには多くの人族が住んではいるが、それも魔獣の跋扈するこの世界では、人の暮らしは殆どが壁に守られた内側に存在する。
壁の外に広がる耕作地も、住居のある中心地からあまり遠く離れては開拓出来ない事もあって、人の領域とは言ってもその実、人の目が届く場所というのは驚く程狭い。
それはこの異世界へと来てから、人族の街などを幾つも訪れた中で肌で感じた印象だ。
紫電が今の十倍の大きさの四十メートルもあるような龍王級の大きさならばいざ知らず、今のサイズでの移動ならば思いの外目立たないと踏んでの事だ。
それに今回はヒルク教国合わせた四ヶ国の大きさはローデンの国土を超えるというのだ。
紫電の踏破力ならば多少の林や草叢なら道を切り拓きながら進む事も可能だろうし、長距離を走破できる体力は長い旅路にはうってつけだろう。
それをチヨメも理解してか、納得したように頷いて紫電の鼻面を撫でた。
「宜しくお願いしますね」
彼女のその言葉に応えるように、紫電が大きく鼻息を吐く。
「それじゃぁ、ドラントの里の連中がまた絡んでくる前に森を出ましょうか」
そんな彼女達のやりとりを余所に、先程までの動揺を一切見せずにアリアンが荷物を紫電の鞍に括りつけながら此方を促がしてきた。
その意見には自分もチヨメも意見は同じなので、紫電の手綱を握ってその首を教えられた道の先──森を抜ける方角へと廻らせた。
「うむ、では行くとするか」
そう言うと鞍の後ろにアリアンが飛び乗り、チヨメは自分の前に腰を落ち着けた。
「きゅ~ん!!」
紫電の頭の上、白い鬣の林の中でポンタが出発の合図のように鳴くと、紫電もそれに同調して鳴いてこちらの合図を待たずに駆けだし始めた。
猛然とその速度を上げる紫電は、森の中に通る細い道をまるで全てを押しのけるような勢いで突進する角で切り拓きながら進む。
時折張り出した枝木などが紫電に乗騎している自分達に容赦なく襲い掛かるが、チヨメはそれを身を低くして躱し、自分は身に纏う全身鎧の防御力を頼りに衝突と共に木端微塵に変えていく。
アリアンはそんな自分を盾にして背中側で身を縮めている。
「ワハハハハハハハハハハハ!」
そのあまりにも乱暴な森の走破に、不意に笑いが込み上げてきて鎧の隙間から兜の中に響く声が漏れ出してルアンの森に木霊する。
傍目から見れば不気味な笑いを垂れ流して、角を突き立てながら森を疾駆する巨体はかなり危険な生物にしか見えないだろうなと、そんな事を考えている内に森の木々が疎らな数へと変わり、やがて森の切れ目が視界の先に広がり始めた
。
森の中であっても普通に自動車並みの速度を出す紫電だが、森の切れ目が思ったより早い。
紫電を駆ってまだ一時間も経っていないくらいではないだろうか。
森を抜け切るとなだらかな丘陵地帯が地平まで続く景色に変わり、少し紫電の手綱を引いてその速度を落とさせて後ろを振り返る。
「意外と森が浅いですね。たまたまこの方面が薄かったのでしょうか?」
手綱を握る手元側で此方を見上げるチヨメの言葉に、自分も背後に広がるルアンの森から視線を移して目の前の丘陵地へと戻して辺りを窺う。
「さて、ルアンの森を抜けたはいいが、サスケ殿の足取りを探すと言っても広大な土地で一人の足跡など探しようもない──となると問題のヒルク教国を目指すべきだろうか?」
今後の方針に関して口に出して呟きながら目の前のチヨメへと視線を落とすと、彼女もそれに同意したように頷いて返した。
「そうですね、進路先に人の街などあれば情報も集められるかとは思いますが」
「ではとりあえずの目的地としてヒルク教国を目指すとするか。サスケ殿の件もあるのであまり油断は出来んが、ここで思案していても何も始まらんしな」
僅かに思案する顔を見せるチヨメに、自分なりの意見の整合を確認するように口に出して今後の方針にあたりを決める。
そうした後に左右を見渡して、目の前のどこまでも広がる似たような風景に首を傾げた
。
「しかし、向かうと言ったところでヒルク教国はどの方角へ向かえば良いのやら……」
そんな呟きを後ろに座っていたアリアンが聞き留めてある方角を指す。
「チヨメちゃんの話だとそのヒルク教国はデルフレント王国の西にあるんでしょ? 私達は南側の海岸方面から上がって来てるから北西の方角じゃないの?」
彼女の理路整然と導いた答えに、やや方向音痴の気がある自分にはその答えに疑う余地もない。
紫電の手綱を引いてその鼻先を彼女が示した方角へと向けて、再び走り始めた。
背の低い草葉がなだらかな起伏のある丘陵全体を覆った草原、そこを一匹の疾駆騎竜が気持ちよさそうに六本の足で土を蹴り、土煙を上げながら疾駆する。
流れる景色は殆ど変わり映えせず、長閑で雄大な自然の中を進んで行く。
しかし自分の手元で前を見据えていたチヨメが何かを発見し、鋭い声を上げて彼女はその方角を指し示して此方に視線を上げた。
「アーク殿! 右前方に疾走する騎馬と、あれは例の蜘蛛の化け物です!」
走る紫電の鞍の上からチヨメの差し示す方角へと視線を向けると、遠くに疾走する複数頭の馬の姿を捉えた。
先頭近くの一頭には女性らしい騎手と、今の自分と同じように鞍の手前に一人の少女を乗せている。そして他の者はしっかりと装備を身に纏った男達の騎馬隊だ。
その少女を乗せた馬を守るような形で周囲を取り囲んで猛然と疾走する騎馬隊の後ろから、例の化け物の姿が目に入った。
下半身は巨大な蜘蛛、上半身にはまるで枝分かれしたような二人分の人の半身が生え、四本の腕にはそれぞれ盾や武器を握り、その異様な姿形でありながら馬と変わらぬ速度で走る。
昼間の、それも遠くから見るそれはまるでどこかのB級パニック映画のような光景だが、追われている本人達にとっては悪夢以外のの何ものでもないだろう。
「これは僥倖! 手掛かりが向こうからやって来たようだな!」
手綱を鳴らして紫電に此方の意思を伝えると、それを察知して紫電はすぐに方角を修正する。
本当に賢い乗騎だ。
「とりあえず追われている者達を助け、あの化け物の出処を尋ねるとするか!」
「はい!」「ええ!」
自分の声に同意を示したチヨメとアリアンが同時に返事をして、紫電の地を駆ける六本の足に力が漲ると、疾駆騎竜の巨体がさらに加速してその距離がみるみる内に縮まっていった。
「骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中」のコミカライズ版、メインビジュアルも刷新され、第二話も本日「コミックガルド」で公開されました。是非ご一読頂ければと思います。
健気なマルカちゃんが可愛いです。(*'ω'*)