街の姿2
洞穴の入口付近に戻って、投げ出した荷物袋を抱えて戻ると、金貨や武器などをその中に放り込んでいく。
そしてふと、広場の隅に小さな鉄の檻が置かれているのが目に入る。
ランプの灯りから外れた影の場所にあって、気付かなかったようだ。近くに寄って中を見てみると、一匹の怪我をした動物が檻の中からこちらを睨んでいるのが見えた。
ランプの近くに檻を持って行くと、中の動物の姿がはっきりと見えた。中に居たのはキツネだった。いや、キツネに似た動物だ。
頭から尻尾の先まで六十センチ程だろうか、尻尾が身体の半分も占めており、その尻尾はまるでタンポポの綿毛の様だ。頭はキツネの特徴のままで、大きな三角の耳が警戒の為かこちらにジッと向かって耳を澄ませている。身体の前脚と後脚には被膜の様な物が付いており、その姿はまるでムササビみたいな印象を受ける。
柔らかそうな毛皮は、ランプの灯りで少し判り辛いが薄い草色の翠の毛が背中全体を覆い、腹の毛はどうやら白いようだ。
檻の中のその生物は大きな綿毛尻尾を逆立てながらも、こちらを視線から外そうとはせずに静かに唸っている。前脚に浅い傷と後脚に深い傷が見え、柔らかそうな毛には紅く血が滲んでいる。
とりあえず回復魔法を掛けて傷を癒してやろうと、檻の閂を外し出入り口を開けてやる。
しかし、中の草色キツネは警戒して一向に外に出ようとする気配がない。これでは埒が明かないと、檻の中に手を伸ばしてそのキツネを外に出そうとする。
「ぎゃう!」
草色キツネは短く吠えると、檻に突っ込んだ手の指に噛み付く。指の先まで覆われた鎧のおかげで痛みは全くないが、草色キツネは噛んだ指を一向に離そうとせず、喉の奥で唸り声を上げている。
「ほら、怖くない……」
風の谷の少女のような台詞を言いながら、噛み付かれた指を檻から引っ込めると、噛み付いた草色キツネもそのまま檻の外にずるずると引き摺りだされてくる。どうやら自分には動物を落ち着かせるという力はないようだ……。
「【治癒】」
指に噛み付かれた状態で回復魔法を唱えると、柔らかな光が溢れて怪我の場所に光が収束していき、弾ける。基本職業の僧侶の定番スキルだ。
草色キツネはその光景に吃驚したのか、綿毛尻尾をさらにぶわっと広げて後ろに飛び退いた。大きな目をぱちくりしている。
「きゅん?」
そして何やら不思議そうに首を傾げて、自分の怪我をした後脚を見ようと顔を後ろに向け、ぺろぺろと怪我していた場所を舐める。そしてその後、前脚を舐めると猫の様に顔を洗い出す。
毛繕いがきちんと完了したのか、その場でお座りのポーズをとり、大きな綿毛尻尾をゆらゆらと揺らしながらこちらを見上げてくる。
どうやら逃げ出す気はないらしい。
そこで荷物に入っている物を思い出す。荷物袋から今朝買ったドライベリーを取り出すと、匂いで何やら気になったのか、草色キツネは鼻をひくひくさせてこちらの手元をじっと見てくる。その様子を見て笑いながら手にベリーを載せて差し出す。
最初は警戒してなのか鼻をひくひくさせて、手の上のベリーの匂いを嗅いでいたが、意を決したのかベリーを一粒噛むと少し離れた場所に駆けて行き、そこでむしゃむしゃと咀嚼し始める。食べ終わるとまたこちらに、てとてとと歩いて来てまたベリーを一粒噛む。それを何往復かすると、慣れたのか手の上のベリーを元気よく食べ始めた。
さっきまでの警戒心などはまるで無く、逆に野生動物としては大丈夫かと思いたくなる手の平返しだ。
買って来たベリーを全部食べられてしまい、苦笑しながらも草色をしたキツネの頭を一撫でしてやると、きゅんと鳴いて擽ったそうに目を細める。
もうここには目ぼしい物がないのでお暇しようと立ち上がって、洞穴の入口に向って歩き出す。すると、後ろから一緒に草色キツネもその短い脚を高速回転させて、せかせかと付いて来る。
それを見てその場で立ち止まると、向こうもお座りポーズでその場で止まり、大きな綿毛を揺らしてこちらを見上げてくる。
「一緒に来るか?」
返事を期待した訳ではない問い掛けに、草色キツネはきゅんと一声鳴いて足元に寄って来て尻尾を揺らす。まるでこちらの言ってる事が理解できているような素振りを見せる。
生物的な種類名はわからないが、草色キツネでは忍びない。何か名前でも考えてやった方がいいだろうと頭を捻る。
──緑のきつね……、
「オアゲとテンプラ、どちらがいい?」
名前を提案してみると、綿毛の尻尾がへんなりと垂れてしまった。どうやらお気に召さなかったようだ……。
──緑のキツネ……、
「では、ポンタ」
「きゅん!」
今度は気に入ったようだ、綿毛がぴんと立ってゆらゆらと揺れる。
「ではポンタ、行くか?」
そう尋ねると、ポンタはきゅんと一声鳴くとぱっとその場でジャンプする。
するとポンタの周辺に風が巻き起こり、それを被膜を広げてその風に乗り、まるで見えないエレベーターに乗るようにゆっくりと空中を浮き上がって来る。
「おおおっ!?」
あまりにも吃驚して、大声を出して目がポンタに釘付けになってしまう。どうやら風魔法を操っているようだ。でなければ洞穴の中でこんな局地的な上昇気流など発生する筈がない。
ポンタはそのまま風に乗って高度を上げると、自分の鎧兜の上に飛び乗ってきた。向き合った状態でポン太が頭の上にライドオンした為、尻尾の綿毛が視界を遮って何も見えなくなる。その綿毛を手でわしゃわしゃとしてやると、ポンタが頭の上で位置調整したのか視界が開ける。
それにしてもさすがはファンタジーと言わずにはおれない生き物だ、まさか魔法を使って自ら飛ぶ生き物がいるとは……。ムササビの様な身体だから樹上生活で滑空するだけと思っていた。
少し興奮して昂ぶった気を落ちつけ、荷物を肩に担いで洞穴から出る。
入口付近に散らばった盗賊の残骸は、変なものを引きつけても困るので【火炎】で焼いて処理していく。頭の上のポンタは最初は炎に驚いていたが、暫くすると慣れたのか尻尾を兜の後ろで揺らして、大人しくしている。
粗方残っていた物が炭になったのを確認してから、盗賊達の根城を後にする。
今回は色々と戦利品が手に入ったので、一人と一匹なら当分仕事をしなくても過ごせそうだ。
黙々と歩きと転移を繰り返し、ようやく森の切れ目までやって来る。
空を覆っていた木々の葉がなくなり、少し赤みが差し始めた空が一面を覆う。結構な時間を森の中で過ごしていたようだ。
遠くの方にディエントの街壁が見え、手前にぽつぽつと広がる耕作地にはもう人気がない。
しばらくライデル川沿いに上流に向かって歩いていると、遠くに背中をこちらに向けた人が立っているのが見えた。
麻色の外套を纏い、フードを下したその頭には翠がかった金色の髪が風に靡く。体格的には男のようだが、その男にはひとつだけ他の人間と違う特徴がはっきりと見える。後姿からもはっきりと見えるその長く尖った耳は、物語やゲームでよく目にする種族の特徴だ。
「お初に御目に掛かる、エルフの方よ」
ちょっと嬉しくなって【次元歩法】で一気にそのエルフの背後まで転移して、思わずそんな声を掛けてしまう。
するとエルフの男はその場から飛び退き様、後ろに振り返りながら腰に提げた細身の剣を抜き放つと、剣を構えてこちらを睨みつける。
翠の鋭い眼光に翠気味の金髪は肩にかからない程度、細身だがしっかりした身体には革の軽鎧を着込み、構える剣先は真っ直ぐぶれる事無くこちらに向いている。そこらの盗賊共とは物腰や雰囲気がまるで違う、かなりの戦士である事が見て分かる。
「何者だ、貴様」
エルフの男は油断なく構えて、少し間合いを開けるように下がりながら低めのよく通る声で誰何してくる。しかし男の視線はある一点を凝視して固定されている。視線の先は自分の顔のさらに上、頭に乗っているポンタのようだが……?
とりあえず男に聞かれた事を応える。
「アーク。旅の者だ。エルフ族を初めて見たのでつい声を掛けてしまった、すまぬな」
エルフの男は訝しむ様にこちらに視線を戻し、ほんの少しだけ剣先を下げる。
「……人族、なのか? ベントゥヴォルピーズが人族に懐くとは思えんが……」
「? ベントウ?」
「……通称、綿毛狐。お前の頭に乗っている精霊獣の事だ……。そいつは普通群れで生活する、何処で手懐けた?」
「ほぉ、精霊だったのか? ポンタは」
頭の上にいるポンタは不思議そうな声で鳴いただけで、そのまま頭の上に貼り付いたままだ。その様子を見ていたエルフの男は呆れた様な目でこちらを見詰めてくる。
「精霊ではない、精霊獣だ。精霊の力を宿した生き物の事だ。そんな事も知らないのか? 立派な鎧の下は中身が空っぽなのか」
男に少し馬鹿にされたように言われたが、こればかりは仕方がない。こちらの事情や、生態系など知る由などないのだから。
ただ鎧の中身は空っぽではなく、骨が詰まっているが──。
「すまんな。精霊獣など初めて見たものでな。此奴は盗賊の根城で怪我をしたまま囚われておったのを見つけて、解放してやったのだ。ただ怪我を治して餌を少しやったらそのまま懐かれてな……」
「ふん、普通精霊獣は警戒心が高くエルフ族ですらなかなか懐いたりしない。変わり者は何処にでもいると言う事か……」
男はそう言って、構えていた剣を腰の鞘に戻すと外套を整えてフードを被り、エルフの特徴である耳をすっぽりと覆い隠す。
変わり者、と言う男の言葉に視線をこちらに合わせた気がするが、気のせいだろうか?
「で、お主はこんな所で何をやっておるのだ? 街では全くエルフを見掛けなかったが、街へ行くのか?」
外套を目深に被ったエルフは呆れた様な溜息を吐く。
「貴様、本当に人族か? 人族は自分達と違う者、優秀な者を恐れ、嫌う。我らエルフ族は長命で魔法能力が総じて高いからな。我らと条約を交わしたこのローデン王国ですら、人目を忍ばねば忽ち奴らの狩りの対象だ。我ら森の民は大層な金になるらしいからな」
そう言った外套の奥の眼には怒りと憎しみが溢れていた。
恐らくこの国では表向きはエルフ族を狩るのは禁止なのだろう。しかし、その禁止にした条約とやらはちゃんとした効力を発揮してはいないようだ。彼の眼を見れば人が何をしてきたかなど、詳しく知らずとも自ずと想像できる。
狩りと言っても、殺す訳ではないだろう。彼らエルフが野蛮で好戦的ならそもそも条約など締結されないだろうし、国法で禁止されたものを、高い金を払って討伐させる人間はいないだろう。エルフの血が万病に効くとかでなければ、恐らく奴隷のような形で取引されていると言う事か……。するとこの男が人の街近くにいる目的は──。
「街にいるエルフ族の奴隷の解放か──」
そう呟くと、目の前のエルフが剣呑な眼をして警戒感を露わにした。
「ふむ、人族の誰にも何も言わぬよ。ここで話した事も、会ったエルフ族の事もな……」
少し肩を竦めて溜息を吐きながら、彼が懸念しているであろう事態を否定する。
「人族の言葉など本当に信用できるとでも──」
「きゅんきゅん!」
エルフが語気を強めて、再び腰の剣に手を伸ばそうとしたところへ、頭の上のポンタが抗議の声を上げるように鋭く鳴いた。
それを見たエルフの男はしばし体勢を止めた後、ゆっくり警戒感を緩め、剣から手を離した。
「ふん。曲り形にも精霊獣と心を交わした者と言う訳か。先程の言葉、忘れるなよ!」
男はそう言って、足早に擦れ違うと森の方へと歩いて行き、やがて姿が見えなくなった。
結局、エルフの男の名前は聞けず仕舞いだったな──。
せっかくの異世界での異種族との交流が出来るかと思ったが、人族の好感度がマイナス過ぎていきなりは難しそうだ。
まぁ、また縁があれば会うかも知れない。街にエルフが囚われていると言うなら、情報が入ればまた会った時にでも彼に流してやるのも吝かではない。
そんな事を思いながら再び足は街へ向けて歩き出す。
夕焼けに照らし出された街壁は、昨日と何ら変わることなくそこに佇んでいる。
しかし昨日と違ってその街壁は人々の欲望を覆い隠す衝立の様にも見えた。
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