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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第六部 王国の危機
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再びの船出

 翌日、カナダ大森林最南端。

 南央海に張り出したような形のその地に、エルフ族最大の港を持つ里がある。


 南の大陸にある獣人族の国、ファブナッハ大王国との交易が盛んなこの里は、自分が現在所属するララトイアの里より遥かに大きく、そこに暮らす人の数も多い。

 その人の中には、エルフ族との交易をする為に訪れた南大陸出身の獣人族の姿もある。

 ララトイアではあまり数の多くない大樹を住居とした建造物が幾本も立ち並び、その大樹同士を繋ぐように空中回廊が設けられて、そこを多くのエルフ達が行き交っていた。


 こういった自然と都市が融合した大樹の建造物が立ち並ぶ様は、幻想的であると同時にどこか新しい未来都市を見ているような気分にさせる。

 そんな独特の風景を生み出している大樹の足元には煉瓦(レンガ)によって綺麗に舗装された街路が延び、そこをエルフや獣人達が雑多に往来する流れを切り拓きながら進む。


 先頭に立つ自分はといえば、白銀の鎧に漆黒の外套、頭の上にポンタを乗せて背中には大剣と円盾を担ぐ姿は相変わらず周囲からの耳目を集めるようで、人々の視線が鎧越しに刺さる。

 以前訪れた際にも似たような状況だったので、あえてそれらを無視して後ろに視線を向けた。


「まさか、こんなに早くにまたランドフリアの里に来るとは思っていなかったな」


「きゅん!」


 自分のその言葉に、頭の上に乗って尻尾をわさわさと振っていたポンタが相槌を打つように鳴く。

 そんな自分の後ろに続くのは旅する際のいつものメンバーだ。


 自分のお目付け役がすっかり板についてきたアリアンに、諜報活動はお手の物チヨメ。そして今回はララトイアの里の長老であるディランの姿もある。

 ディランは今回のドラントの里へ向かう救援隊のまとめ役として同行するらしい。

 救援隊の数は治癒魔法などを使える者や戦士としての実力を持った者など、二十数名ほどが選抜されて先に港の方に既に集結しているという。


 大樹の建造物群を抜けて、港近くまで来るとそこはエルフ族特有のマッシュルーム型の家屋が多く立ち並ぶ区画へと出る。

 ここは以前にも訪れたいわゆる商業区画というやつだ。

 ファブナッハ大王国との交易で齎された雑多な品々が軒先に並べられ、行き交う人々の喧騒と客引きの声とが混じって里の中にあっても独特の雰囲気を漂わせていた。


「きゅん! きゅん!」


 南の大陸から渡って来たであろう多くの食べ物も並んでいる事から、頭の上でポンタがしきりに匂いに反応してあっちこっちへと向いて鳴いている。


「ポンタ、今日は悪いけど港へ真っ直ぐに向かうから、寄り道できないわよ?」


 そんなポンタの様子に笑みを漏らしながらアリアンが注意すると、ポンタは明らかにしょんぼりとした様子で、その大きな綿毛のような尻尾を垂れさせた。


「心配するな、ポンタ。船で食べる物なら用意しているぞ」


 そう言って腰元に下げた少し大きめの革袋を下げて見せる。すると、ポンタは再び嬉しそうに尻尾を振って頭の上でぐるぐると回った。

 そんな此方のやりとり見ていたチヨメが形のいい鼻を少しひくつかせて、頭の上の猫耳をピンと立てて目を輝かせる。

 いつものようにあまり表情は変えないが、尻尾が左右に大きく振れている様子を見るに、どうやら革袋の中身が何か嗅ぎ当てたようだ。


「この間アーク殿が作った“鶏の照り焼き”なるものとよく似た匂いがします」


 彼女が出した推測通り、中に入れられているのは昨日作った醤油擬きを使用したもので、今回は照り焼きではなく持ち運びし易いようにした“焼き鳥”のタレ焼きだ。

 普段焼き鳥はもっぱら“塩派”だが、今回は醤油擬きでタレを作って、それを串に刺した鶏肉に塗って焼いてタレ焼きにしてみた。

 流石にタレを付けて食べるタイプは液が袋内で垂れるのでちょっと変則だが。

 あとはポンタには味が濃くて無理な場合として、乾燥の果実も持ってきている。

 革袋の中身を重さで確かめながら、ふとこれからの船旅の事に思考が移って肝心な事を聞いていなかった事に思い至った。


「ディラン殿、今回の船旅の日数はどれほどかかる予定なのだ?」


 その自分の質問にやや憂鬱そうな顔をした長老のディランが口を開いた。


「今回の船旅は四日程だね。あまり船は得意じゃないから、今から少し不安だよ」


 前回の南の大陸へと渡る船旅がだいたい一日程度だったので、単純計算で距離は前回の四倍程になるという訳か──結構な距離のようだが、船の旅程と考えればそうでもない気がする。

 しかし船を苦手と公言したディランにとっては、その四日という距離は十分に彼を憂鬱にさせる原因とし働いているのだろう。


 そうしてこれからの船旅のあれこれを想像していると、視界の端にチヨメの姿が入る。

 革袋の中から香る匂いが気になって仕方がないという風なチヨメは、年相応な少女のようにも見えるが実際はどうだろうか。


「そう言えば他の里の者は同行させずともよいのか?」


 刃心(ジンシン)一族の中でも特に優れた実力を持つ“六忍”、その一人でもあるチヨメは、それが当然かのようにだいたいが単独行動をしている事が多いように見受けられる。

 そんな事を思ってチヨメに尋ねると、彼女は革袋に奪われていた視線を上げ、先程までの表情を消して此方を見上げた。


「大丈夫です、里の他の者達は引き続きサスケ兄さんの足取りを追ってデルフレント王国側からの経路を模索しています。もともと今回の要請はボクが発案したもので、アーク殿の助力を得られるかどうかに拘わらずボクは別口でヒルク教国までの経路を確保するつもりでした」


 チヨメはその透き通った蒼い瞳に静かな決意の炎を宿らせ、そう言って力強く返してきた。


 自分が慕っていた者の悲惨な末路を見て、打つ手が無かったとは言え自らの手にかけたのだ。

 何故そのような顛末をサスケが辿ったのか──それを知りたいと願う彼女の気持ちは誰にも止められはしないのだろう。

 むしろ何かをしていなければ彼女は自身が許せないのかも知れない。


「そうか、ではその彼らとは何処か途中で合流する可能性もあるのだな」


「どうでしょうか? ヒルク教国と周辺三国を合わせた国土はローデン王国より広大です。他の者は拠点の無い中を進む事になるので、アーク殿の“足”には追い付かないかも知れません」


 そう言うとチヨメは商業区を抜けた先──目の前に広がる高台から見晴らせる大海原の水平線に視線を合わせて呟くように答える。


 彼女のそのどこか思いつめたような態度に、言い知れない危うさを感じる。

 それは横で聞いていたアリアンも同じだったのか、不安げな視線を向けて彼女の尖った耳先を僅かに垂れさせていた。

 自分は腰元に下がった革袋に視線を落とし、昨日の昼食時のチヨメの姿を思い返す。



 あの日、チヨメは自分が作った鶏の照り焼きを実に美味しそうに頬張り、口一杯にしていた。


「アーク殿、何ですかこれは? 今迄に食べた事のない味です。美味しいです」


 ハグハグと鳥の照り焼きに噛り付いていたチヨメが、その大きな蒼い瞳を大きく見開いてやや勢い込んで語る。

 その横ではアリアンが照り焼きを口に入れながら、少し驚いたような表情を作っていた。


「作っていた途中の匂いはあんまりだったけど、焼いたこれはすごい香ばしい味がするわね」


 二人の様子から、醤油擬きは割と好評を博しているようだ。


「あらぁ、なかなか面白い味付けになってるわねぇ」


 そしてもう一人、グレニスも新しい味付けに舌鼓を打って満足そうに頷いていた。


「醤油という物に味を似せた調味料を使った味付けなのだが。まだ改良の余地はあるが、第一弾としてはまずまずの出来といったところか」


 多少洋風ソースっぽくはあるが、醤油擬きが受け入れられた事に安堵の息を漏らす。

 これからエルフ族の新たな調味料として広まる事を大いに期待したい。


 そうこうしていると、チヨメは手元にあったものを食べ終わり、おかわりに手を伸ばす。

 二皿目の照り焼きを頬張りながら、チヨメは此方に視線を向けて僅かに口角を上げた。


「アーク殿。この味、是非とも里に広めたいのですが、作り方を教えて頂けますか?」


 チヨメのその問いに、自分は首肯してそれに同意を示す。


「かまわぬぞ? 是非他の里でも広めていってくれ」


 そう返すとチヨメは、頭頂部に立った猫耳を大きくバタつかせてその喜びを表した。

 美味しい物を食べている時に“美味しい”と感じて貰えているというのは、何とも形容し難い一種の高揚感のようなものを感じられる。


 久しく人の為に料理を作った記憶が無かったが、こちらの世界へと来てからは何かとちょくちょく作る機会に恵まれて腕を振るっていた。

 人の数だけは多かった現代社会よりも、人の数が圧倒的に少ないこの異世界での方が人と人との距離が近いのは一種の皮肉だろうか。

 そんな事を考えて自嘲気味な笑いが漏れた。

 美味しそうに頬張る少女の姿を目に映しながら、自分が作った料理で彼女の心の重荷が一時でも軽く出来ているのならばそれに越したことは無い。


 彼女はこの見知らぬ異世界で得た数少ない友人なのだ。もしかすると自分が一方的に友人だと思っているだけなのかも知れないが、そんな事は些細な事だろう。


 自分が持つ人並み外れた能力であれば、多少なりとも彼女の力になれる筈──これは驕りではなく紛れもない事実である。

 少々人並み外れ過ぎている箇所もあって持て余しているのが現状だが、少々の無茶が利くというのは大変ありがたい。


 自身が持っている能力(ちから)を過小評価するつもりもないし過大評価する気もないが、能力(ちから)に見合った経験というのは今一番自分に足りないものだとも思っている。

 だから南の大陸から帰って来てから、今まで以上にグレニスに剣の手解きも受けていた。

 拳を握り締めて力の感触を確かめ、チヨメの横に立って遥か水平線に視線を向ける。

 無言でいる自分とチヨメの背後から、アリアンが催促の声をかけて先を促がしてきた。


「二人とも、港には既に船が停泊しているらしいから、急ぐわよ」


 その彼女の言葉に振り返ると、ディランが先頭となって港湾近くに築かれた建物の中へと入って行く姿が目に入り、慌ててそちらへと後を追う。


 港湾施設である建物の中、そこに設けられた魔法で動作する昇降機に乗って地下へと下りると、そこには洞窟内に建造された地下ドックのような港が目の前に姿を現した。

 船が複数隻まるまる収まるような広い地下空間に港が造られ、何隻かの帆船の姿がある。

 その内の一隻にディランは真っ直ぐ向かっていく。


 向かった先の船は、以前南の大陸に乗船した交易戦艦リーブベルタ号より遥かに小さな船だ。


 しかし以前のリーブベルタ号が全長百メートル程もある巨大船だった為、その半分である目の前の帆船であっても他の船に比べて決して小さいという訳ではない。

 二本の大きな帆柱(マスト)が聳え、全体的に白っぽい金属質のようなツルリとした船体、舷側には砲門が幾つか並んでおり、その様はあのリーブベルタ号を彷彿とさせる。

 その船上には今まさに出港準備中なのか、多くの力自慢であるダークエルフ族の船員が忙しなく動き回っていた。


 そんな出航前の船が停泊している正面には二十数名の装備を整えたエルフ族が並んでおり、やって来てディランの姿を見て居住まいを正していた。

 これが今回、ドラントの里へと派遣される者達なのだろう。


 全員がエルフ族で、翠がかった金髪に尖った長い耳と整った顔立ちの男女の集団。そんな集団の中に顔見知りを見つけた。

 むすりと不愛想を絵に描いたような顔に、眉根に皺を刻んだ姿の彼は確かディエントの領主に囚われたエルフ族を助けに動いた際に、アリアンと行動を共にしていた戦士だ。

 名前は確かダンカ、だったか。


 アリアンも気付いたのか、彼に向かって会釈すると目礼だけを返し、視線を此方に向けてますます眉間の皺を深くした後にすぐに逸らし、長老のディランの方へとその視線を向けた。

 まぁ当時からあまり信用されていない節があったので、妥当な対応ではある。


 そんなこちらの温かくない再会のやりとりを余所に、ディランが集まった集団の前に立って挨拶を述べていた。


「諸君、今回は大長老会の指示の元、西方ルアンの森にあるドラントの里へと向かう。既に話は聞いていると思うが、これは向こうの里からの救援要請に応えた形だ。しかし向こうの者達は私達を疎む者も多い。だがあまり相手と揉めないでくれ、何かあれば私に直接言いに来て欲しい」


 そう言って言葉を切ると、集まった者達に視線を巡らせた。

 彼の話を聞いて相槌を打って理解を示す者もいれば、何とも難しい顔をしている者もいる。

 ドラントの里の事をあまり快く思っていない雰囲気が、肌の無い骸骨の身体でもあっても何となく感じ取れた。


「アリアン殿同様、あまり(くだん)の里を良くは思っていないようだな」


 そんな目の前の光景を見ながら、隣に立つアリアンに声を掛ける。

 すると彼女も大きく肩を竦めて溜め息を吐いた。


「まぁ色々とあったみたいだしね。向こうの長老はまだ話が分かる人物だ──とは父さんが言ってたけど、里全体が余所者嫌いだから……」


 何だろうか、このエルフ界の田舎社会へ行くみたいな雰囲気は。


「では皆乗船してくれ。全員が乗船次第出航する」


 ディランの号令に従い、それぞれが各自の荷物を担いで次々と船へと乗り込んで行く。

 それに自分やアリアンもついて行き、舷側に設置された橋板を渡って船へと上がった。


「アーク君らはこっちへ来てくれ」


 甲板へと上がると、先に乗船していたディランが此方に向かって声を掛けて来た。

 それに返事をして後に付いて船内に入る。


 船中は思ったより複雑な造りではないが、単純でもないようだ。幾つにも区切られた部屋や区画を通り過ぎ、奥へと向かうディランの後ろについて船内を歩く。


「きゅん!」


 船内で擦れ違う者に対して、頭の上からポンタが声を掛けるように鳴くと、相手はぎょっとした顔をして此方を物珍し気な視線を向けてくる。

 そうして船尾へと着くと、奥にあった扉を開いて後ろに居た自分やアリアン、チヨメを中へと誘い入れた。


 中はそれ程広くはないが、少し洒落た調度品が置かれ、両脇には二段になった備え付けのベッドが設けられている。

 ポンタは早速ベッドの柔らかさを確かめるべく、寝具の上に乗って前足を交互に左右に押すなどして何故か満足げな顔を此方に向けてきた。

 自分やアリアンは船室内を見回していると、前に居たディランがこちらを振り返った。


「すまないが、見ての通り今回の船はあまり大きくなくてね。部屋数も少ない為、アーク君とチヨメ君、あとはアリアンの三人でこの部屋を使ってくれ」


 そう言ってディランは屈託のない笑顔を浮かべると、彼は他にも用があると言って船室をそそくさと出て行った。


 そんなディランの背中を見送ったアリアンが、油の切れた機械人形のようにぎこちない動作で此方を振り返る。

 何やら色々と複雑な表情を浮かべては何事かを呻いていた。


 船内が狭い上に救援隊の船に便乗させて貰っている手前、ディランに文句などを言えない。そもそも今回のサスケの足取りの追跡調査はアリアン自らが名乗り出たのだ。

 そうして自分でも飲み込んだのか、大きく息を吐き出して此方を見やる。


「真ん中からこっちは私達の領域だから、アークはそっちね!」


 いつもは澄んだ薄紫色の肌をしている彼女だが、それを何やら紅潮させて捲し立てるように注意事項を言って、チヨメを自分達の領地である方へと抱き寄せた。

 当のチヨメはと言えば、そんなアリアンを不思議そうな顔で見上げてされるがままだ。


 忍者集団である“刃心(ジンシン)一族”が男社会で、そこに実力で並ぶ彼女は普段から男の中に交じって活動しているからか、それともまだそういった意識が低い少女だからか、同室になったからといってアリアンのような動揺は微塵もない。


 それを言えばアリアンもエルフ族社会の中で戦士の一団という、どう考えても男社会の中で生きてきた筈なのだが、彼女の反応は何処か乙女を感じさせる。

 普段は凛々しい雰囲気なのが今は微笑ましく見えるのは、これが所謂ギャップ萌えというやつだからなのか。


「きゅん! きゅん!」


 そんな中でポンタは船室の真ん中の境界線など気にせず、ぐるぐると周囲の様子を鼻で嗅ぎ回って嬉しそうに鳴いていた。

 しばらくして船が大きく揺れたのを感じて、船室に設けられた窓から外を見やると、外の景色が動き出していた。

 どうやら出航したようだ。


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