ドラントの里
エルフ族や獣人族を差別的な教義でもって迫害するヒルク教。
そしてサスケが不死者となった理由がその教えを広める宗教国家──ヒルク教国にあるとすれば、あの死霊兵士らもその教国が生み出したのではないのか。
そして目的を持って行動する不死者の集団をもう一つ、自分達は目撃している。
風龍山脈を越える際に潜った龍の咢に開いた洞窟、その地下深くの先に広がっていた大空洞で遭遇した大量のスケルトンと四本腕の蜘蛛と人の融合したような異形の化け物。
あれらも何かの目的があってあの場に居た不死者の集団だった。
──なにやら自分の知らない所で大きな事が起こっている、そんな気がするのだ。
それとも単なる気の回しすぎだろうか?
自分の思考に埋没していたところに、アリアンがチヨメのその申し出に自ら名乗りを上げた。
「私も! 私も付いて行くわよ!? アークだけだと心配だし、それに友達の頼みなんだしね」
そう言って大きな胸を張るアリアンに、ふと疑問に思った事を尋ねてみた。
「……そう言えばアリアン殿は、中央の森都メープルの戦士だったと思うのだが、ずっとララトイアの里に居て大丈夫なのであるか?」
「!?っ……え、その」
自分のそんな質問に、アリアンは何やら返答に詰まって口ごもりながら視線を逸らした。
すると横から満面の笑みを湛えたグレニスが、アリアンを背後から抱きすくめて此方に意味ありげな視線を投げ掛けて来た。
「あれぇ、アリンちゃん? あの事まだ彼に話してなかったのぉ?」
そう言って意味ありげな含みを持たせた彼女の言い回しに、アリアンが何やら小さく抗議するような声が届く。
二人のそんなやりとりに首を傾げていると、
「アリンちゃん、最近里変えで名前変わったのよ? アーク君と同じ、ララトイアにねぇ?」
グレニスのその言葉に、アリアンは無言で彼女を押しやる。
どこかアリアンの尖った耳の先が赤く差して見えるのは気のせい──ではない筈だ。
「ほぉ、では我とアリアン殿はこれで同郷の徒というわけだな」
彼女にそんな含みを持たせた言葉を掛けると、ふいと視線を外されてしまった。
「……別に、これはあなたが正式な里の一員になるまでの監視の意味を込めた異動よ。変な勘繰りはやめてよね」
そんな二人のやりとりを見て反応したのは、長老のディランだった。
「それはあれかい? アーク君がララトイアの名を名乗る事になったという事は、グレニスから誘いを受けたという事かな?」
「うむ、少し前にグレニス殿より誘われる形でな。しかし正式な承認は長老であるディラン殿が戻ってからという事だったのだが──」
ディランの確認するような視線を受けてこれまでの経緯を交えてそう返すと、彼は満足そうな笑みを浮かべて大きく頷いた。
「そうか、それは良かった。私としてもアーク君がこの里に入ってくれるのであれば、多少なりとも便宜を図るなどして力になれる事もあるだろうしね。それに特殊な体質の事もあるだろうから、それを知る身近な者が傍にいるのは何かと都合がいいだろう」
そう言って彼は、自分の娘であるアリアンに視線を向けてその目を細める。
どうやら自分もこれで無事にララトイアの里の正式な一員として入れるようだ。
「そうそう話が少し逸れたが、チヨメ君の依頼を受けてヒルク教国を目指すならば私達と一緒に南海岸沿いのサルマ王国の方面から入ってはどうだい?」
ディランのその申し出の言葉に、グレニスが僅かに首を傾げて口を挟んだ。
「私達? あなた、まさかまた出掛ける事になったの?」
やや不機嫌そうな声音をしたグレニスの言葉に、今まで笑みを浮かべていたディランが慌てたように弁明を口にした。
「いや、それがね、森都に戻った際にドラントの里から救援要請があったらしくて、一応向こうの長老と面識がある私がその要請に応える形になってしまってね。大長老らからの直々の要請って事もあって断れなかったんだ。すまない」
眉尻を下げて少し頼りなげな顔をするディランに、グレニスが溜め息を吐いた。
「いいわよ、もう。文句は大長老を務める父の方へ持っていくから」
そう言って唇を尖らせてそっぽを向くグレニスの様子に、ディランは力無く肩を落とした。
そんな両親のやりとりに割って入ったのは娘のアリアンだ。
「ドラントの里から救援要請って、何があったの? あそこは独立独歩の気風で、あまりそういった事をこっちに言ってこないと思ってたけど?」
エルフ族の里の一員となったばかりで内情などに詳しくない自分はアリアンの話に黙って耳を傾けていると、ディランが眉根を寄せて難しい顔を作っていた。
「実はここへと戻る途中でチヨメ君からの話を聞いて気付いたんだけど、どうもドラントの里を襲ったのが不死者らしく、それが伝え聞いた話を総合すると君達が龍の咢の洞窟で出会ったという蜘蛛と人の化け物らしくてね……」
その彼の言葉に、自分とアリアンが顔を合わせた。
「あれがドラントの里にも出たの?」
「三匹ほどに加えて、他にも多数の鎧を纏った兵士風の不死者を連れていたみたいでね。ルアンの森に突然現れて、結構な被害が出たらしいよ。なので怪我人などを治療できる者や、空いた戦士の席を埋めれるような者を率いて、明日ランドフリアの港から発つ予定だ」
その彼の言に皆が一様に驚きの顔を作った。
「明日とは、また急であるな。治癒魔法ならば我も多少心得ておるが、力を貸した方が良いか?」
そう言ってディランを見やるが、彼は軽く首を横に振ってそれに答えた。
「いや、申し出はありがたいんだけどね……ドラントの里は余所者をあまり里に入れたがらないんだ。チヨメ君のような山野の民はもちろん、ダークエルフ族であってもいい顔をしなくてね」
ディランは力無く笑ってから、ふっと肩を竦ませた。
どうやら同じエルフ族でも色々と考え方の違いがあるようだ。
だが考えてみればそれはごく当たり前の事で、自分がララトイアの里に迎え入れられたのは、アリアンの理解とその伝手である彼女の父、長老ディランに因るところが大きく、日が浅い自分はまだこの里内だけに限っても受けれ入れられたとは言い難いのが現状だろう。
そして気になる事はまだある──。
「そのルアンの森とやらだが、ランドフリアの港から発つという事と合わせて考えると、今回の一件はカナダ大森林外のエルフの里からの救援要請と考えて良いのか?」
「アーク君の言う通り、ドラントの里のあるルアンの森はここから西──南央海に面した場所で、このカナダ大森林からは独立した里なんだよ」
「我はてっきりエルフ族は例の初代族長に率いられて、ほとんどこのカナダ大森林に移住したものと思っていたのだが、そうでもないのだな」
ディランの答えを聞きながらそんな事を漏らすと、傍で立って聞いていたアリアンが蟀谷を押さえるようにして頭を振って口を開いた。
「ドラントの里は初代様の招集に応じなかった一族が暮らしているのよ。その習慣は大陸中に散って暮らしていた時の古いエルフ族の考えそのままらしいわ。昔は武闘派な一族だったらしいけど」
そう言って何やら不機嫌そうに肩を竦ませる。
どうやらアリアンはあまりドラントの里を快く思ってはいないようだ。
「しかし武闘派の一族が強敵とはいえ、あの蜘蛛人三匹に余所者嫌いの里が他里へ救援を要請する程の被害を被るとは、本当にその被害を与えたのは我らが対峙したあの蜘蛛人なのだろうか?」
あの蜘蛛人は確かに常人の手には余る驚異的な化け物だが、カナダ大森林の中心である森都メープルで戦士をしていたアリアンや、忍者集団である“刃心一族”の実力者、六忍の一人のチヨメの二人でも対処出来た──とそこまで思考して頭を捻った。
──いや、この場合は二人だから対処出来たのか。
そんな自分の疑問にディランは困ったような笑顔を浮かべるだけで答えを口にしない。
しかしその隣で口を開いたのはグレニスだった。
「武闘派なんて昔の事なのよ。そもそも里の人数もそんなに多くないから、数の多いこちらの方が戦士の質は高いしね。それに向こうの里は女性を戦士に据えたりしないのよ、掟破りだからと言ってね……。ダークエルフ族にも当たりが厳しいしね」
そう言って口を尖らせるグレニスに、アリアンも同調するように相槌を打っている。
親子そろってドラントの里の印象はあまり良くないようだ。
確かに、質を維持する上でも人の数というのは重要だ。それに女性を戦士をしないというのは、さらに選択肢を狭める結果になる。
一見女性に対して危険職である戦士の登用を禁止しているのは優遇措置にもとれるが、グレニスやアリアンのように男性顔負けの実力を持つ者からすれば余計な掟なのだろう。
それに危険職から遠ざけるからといってそれが本当に優遇措置であるかどうかは、ドラントの里の内情を知らない自分では判断が付かない。
「ボクが聞いた話ですが、その里のエルフ族の魔道具はこちら程の品質はないとも聞きました」
そこに今度はチヨメがドラントの里の噂を持ち出して話に加わった。
「まぁ……」
「……それは」
「ねぇ?」
そんなチヨメの話に、アリアン、ディラン、グレニスがお互い視線を交わし合って、何やら歯切れの悪い曖昧な返事をする。
どうやら魔道具に関しては何かしら理由があるようだ。これもカナダ大森林で暮らすエルフ族の総数が多い事も原因の一つだろうが、彼らの反応を見る限りそれだけでもないという事か。
──きゅるきゅるきゅるぅるぅ……。
そんな事を考えていると、何処からか可愛らしいお腹の音らしきものが鳴って、皆が一斉に視線を周囲に彷徨わせた。
アリアンは自らのお腹が鳴ったと思ったのか、僅かに頬に朱をのぼらせて自分の腹を押さえた。
「きゅ~ん……」
しかしそこへアリアンの足元に居たポンタが、その綿毛のような尻尾を力無く振って、ふらふらと此方へと寄って来て侘しそうに鳴いた。
どうやら腹の虫の音の主はポンタだったようだ。
「どうやら少し話し込み過ぎたようだな。漬け込んでいた肉をあとは焼くだけだから、早速昼食を作ってしまうとするか。話はまたそこですればいいだろう」
そう言って醤油擬きに漬け込んでいた鶏肉を取り出して、竈へと移す。
するとそれを見ていた全員が同意を示すように頷いて、昼食までの時間をそれぞれの仕事をこなし始めた。
竈に吊るした炙り照り焼きは、漬けダレが炙られる事によってその醤油独特の香ばしい香りが屋敷内に充満して、何とも言えない気分になる。
足元ではポンタがしきりにウロウロと円を描いては、時折足に噛り付いて竈の中を見ようと首を伸ばしたりしていた。
醤油擬きだったが、火が入る事によってより醤油らしい香りがするようになった。
これは出来上がった照り焼きを食べるのが一段と楽しみになったなと、一人竈の中を睨みながら口元の歪みを抑えられなくなっていた。
骸骨の身体で胃の無い自分だが、そろそろ空腹で胃が悲鳴を上げ始めそうだ。