表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第五部 新たな大陸
124/200

終章

 北大陸東部域を支配する、神聖レブラン帝国。

 その中心都市である帝都ハバーレンには、その広大な国土の様々な場所へと到る為に長大な街道が幾本も整備されており、それこそが広大な帝国を支える礎ともなっていた。


 そんな帝国を支える街道の一つ、南西方面へと伸びる街道に物々しい一団の姿があった。

 先導する騎馬の数は少ないが、その後ろを隊列を組んだ歩兵が整然と並び、さらに後方には荷車を牽く馬の姿も数多く見受けられる。

 全員が武装した姿で街道の上を長大な列を作って進むその光景は壮観でもあった。


 その一団の中央付近には四頭立ての豪奢な箱馬車が兵士に守られるような形で進んで行く。

 豪華な装飾に飾り立てられた黒塗りのその場所には、神聖レブラン帝国の皇家であるヴァレティアフェルベ家の紋章が掲げらている。


 しかしその豪華な馬車の車内には普段から皇帝に仕える二人の侍女の姿しかなく、肝心の皇家の者の姿は無い。

 そんな空っぽの馬車が進む中央付近から随分と前に進むと、三十騎程の立派な鞍に跨った騎馬隊が街道を進む姿があった。


 その一団の中に、立派な黒い毛並みの馬に跨り手綱を握った一人の男が居た。

 くっきりした目鼻立ちに赤茶けた髪はやや癖毛、引き締まった身体に周囲の轡を並べる騎馬隊の者達より幾分飾り気の少ない軍装を纏った青年。

 彼の名はドミティアヌス・レブラン・ヴァレティアフェルベ。

 この東の大国、神聖レブラン帝国を統べる若き皇帝だった。

 そんなドミティアヌスの隣で肩を並べるようにして馬を進める大柄な壮年の男は、少々困ったような顔をして隣の若き皇帝に耳打ちをする。


「陛下、宜しいのですが? 領内とは言え、陛下が自ら手綱を握って行軍するなど、密偵や伏兵にでも狙われれば事ですぞ?」


 それを聞いたドミティアヌスは笑って返した。


「お前も言った通り、ここはまだ領内だ。そんなにピリピリする事じゃないさ。それに、あんなに大きく名札を下げている箱の中に居るよりは、ここで兵に混じっていた方が存外見つからんかも知れんぞ? ククク」


「いや、それは、……むぅ、どうでしょうか」


 その皇帝の言葉に壮年の男は言葉を詰まらせて、その可能性を考え首を捻る。

 そんな真面目な対応を返す男に、ドミティアヌスは肩を竦めて見せた。


「馬車の中は退屈なんだ、察しろ。それにもしもの時の為に、お前達がいるのだろう?」


 そう言って皇帝は壮年の男に向かって悪戯めいた笑みを浮かべて見せる。


「はっ! 勿論です、陛下! 我々一同、身命に賭しまして──」


 それに対し男達は馬上ながら皇帝であるドミティアヌスに礼をとって、口上を述べ始めた所を皇帝の馬上鞭で腿を(はた)かれた。


「やめろ、やめろ。お前は密偵に私の場所を教えるつもりか? くくく」


 皇帝の呆れたような笑いに、男達は僅かに頭を下げてそれに応えた。

 そうして話題を変えるべく、視線を少し後ろにやって、街道を埋める戦列に目を細めた。


「一軍、予備を入れて二万二千ですか、壮観ですな……」


 その男の声に、皇帝も薄く笑みを浮かべて頷いた。


「私自らも出るのだ、ティシェン以南を今回の戦で確実な物にするぞ。西の爺は尻に根が生えて前線に出て来る事はない。奴の時代を終わらせてやるさ」


 皇帝のその言に、周囲の者達も同調するように首肯する。

 しかし壮年の男は眉根を寄せて唸った。


「まずは南皇軍のキーリング将軍が出張って来ますな……」


「ふふふ、久しぶりの前線だ。帝都で留守番をしているヴェルモアスに将軍の首ぐらいは手土産に持って帰ってやるさ」


 そんな男の言葉に、ドミティアヌスが不敵な笑みを浮かべて自らの腰に下がる剣の柄を叩く。

 その仕草の意味するところは、東の皇帝は自らの手で将軍を討ち取ろうと言うのだろう。

 若く勇ましい皇帝のその行動に眉尻を下げながらも、男はさらにこれからの激戦になるだろう西の空に視線を移して口を開いた。


「しかし他の皇軍と合流されると、流石に二万の兵と言えども厳しいかも知れませんな」


「ふっ、今回の遠征の動きはそれとなくアスパニアにも流してある。奴らはこれを機に、裏から様子を探りに動く筈だ。そうなれば西は当分の間、他の皇軍を動かす事は出来なくなるさ」


 皇帝ドミティアヌスはそう言って、戦列が進む街道の遥か先を睨み据えて口角を上げた。



 ◆◇◆◇◆



 北大陸に住む人族の多くが信仰を寄せるヒルク教。


 そしてそんなヒルク教の頂点に立つ者、教皇が治めるヒルク教国という国は、周囲をデルフレント王国、ノーザン王国、サルマ王国という三国に国境を接しており、さらには内陸へと入り込んだ内海であるビーク海を境界にレブラン大帝国とも隣国の関係である。


 そのヒルク教の信仰の中心は、レブラン大帝国とのもう一つの境界であるルーティオス山脈、その中にあるアルサス山と呼ばれるミスリル鉱床を有する山の裾野に置かれていた。

 山の中腹に人の手によって均された広大な広場が造られ、その周囲を巨大な回廊のような建物が取り囲む形で築かれ、そしてその広場の正面に聳える白く荘厳かつ巨大な聖堂。

 それがアルサス中央大聖堂。


 ヒルク教の全てを握る教皇タナトス・シルビウェス・ヒルクが居を構える場所でもあった。

 しかしその信仰の頂点である大聖堂の床を踏める者は極一部だけである。

 まるで権力を誇示するかのように豪奢な内装に彩られた大聖堂──その大聖堂の奥に築かれた部屋もまた豪華絢爛といった様相を呈していた。

 普通の家屋の三倍以上あるかという吹き抜けのような天井、床には精緻な刺繍の施された敷物が敷かれ、その上に並ぶ家具はどれも腕のいい職人による芸術的な一品ばかりだ。


 そんな部屋の中央には巨大な円卓が置かれ、そこにはこの部屋の内装にも見劣りしない豪奢な出で立ちの者が六人、それぞれの席に着いて話を交わしていた。


「何でも、南の大陸に置かれた西の帝国領タジエントを取り纏めていたインダストリア枢機卿が何者かの手によって討たれたそうじゃないか?」


 そう言葉を発したのは、黒い髪を綺麗に整髪料で整え、聖職者が身に纏う法衣より一段豪奢で派手な法衣を身に纏った温和そうな笑みを浮かべる三十代ぐらいの男だった。

 彼の名はパルルモ・アウァーリティア・リベラリタス枢機卿。

 このヒルク教国において、教皇に次いで高い地位である枢機卿を拝命しており、その名にリベラリタスを名乗る事を許されている。


 だが枢機卿の座に就く者は彼だけではない。

 彼の発言に、つまらなそうに鼻を鳴らしたのはこの中でもかなり体格のいい男だ。

 身長は百九十センチ程もあり、整えられた金髪に無精髭を生やし、恵まれた体格を豪奢な法衣で身を包んでいる様は何処か聖職者というよりは軍人を思わせる。

 しかしその顔は少しやつれたような表情をしていて、目の下にも隈があった。


「ふん……。チャロスなど、所詮我々七枢機卿の中では最弱……。何処の誰とも知れない奴に討たれるなど、枢機卿の面汚しでしかないわ。そもそも奴は何かにつけてやる気のない男だった。インダストリアの席が空いたなら、教皇様に今度はもっと有能な者を就けるよう進言したい」


 そう言葉を発したのはマルコス・インヴィディア・ヒュマニタス枢機卿であった。

 口をへの字に曲げたそんな男に、この中で唯一の女性が笑い掛けるように口を開く。


「あら、あなたは教皇様が選出した人選に不満があったって事なの? するとあなたは教皇様の人を見る目を信用しておられないって事なのかしら?」


 その女性は長く明るい金髪に楚々とした顔立ちながら、その雰囲気とは真逆の揺れる大きな胸元をまるで他者に見せつけるようにして開かれた白い服を身を纏っており、大きくスリットの入ったスカートの裾から白く長い足を魅せつける様に足を組んで座っていた。

 そしてその口元に蠱惑的な笑みを浮かべながら、彼女はヒュマニタス枢機卿の動揺したように揺れる瞳を覗き込む。


「わ、私は別にそういった意味で言ったのではなく、その……チャロスの不謹慎さをだな……」


 大柄な体格であるにも拘わらず、ヒュマニタス枢機卿は言葉を探しておろおろと周囲を見渡し、その視界の中に教皇タナトスの姿が確認出来ないと見るや、大きく息を吐き出した。

 そのやりとりを聞いていた白髪の老人は、眉間に皺を寄せて瞑目したまま言葉を吐き出す。


「ふん、我ら枢機卿の座に就ける者は猊下からの祝福に耐えられた者のみ。少ない候補の中で選ぶに到っただけで、猊下の人選による誤りではないわ。ここにも与えられた地位に見合わぬ奴も居る事がその証左であろうが」


 そう言って腕組みをしたその老人は、確かに年の頃で言えば優に五十は数える。

 しかし、豪奢な法衣を身に纏っていても、その首から下には嫌でも分かる程に鍛え抜かれた筋肉の身体が収まっており、それは大柄なヒュマニタス枢機卿をも凌ぐ体格を有していた。

 彼の名は、アウグレント・イーラ・パシエンティア枢機卿。


 そしてそんな彼の発言に、ヒュマニタス枢機卿は怒りを露わにして噛み付く。


「何だと!? 私がこの座にいる事が相応しくないと言うのか!?」


「誰も貴様とは言っておらんわ。そう思うという事は、少なからず何か自覚でもあるのか?」


 それをパシエンティア枢機卿が瞑目しまま、涼しい顔で尋ね返す。


「もうそこで止めてはどうかね? 頭の中まで筋肉が詰まっている君達なんて、私から言わせてもらえば何方も似た様なものだよ。そんな事より、私はそのチャロスを倒したという白銀の騎士の方に興味があるんだけどねぇ」


 舌戦、とも言えぬその二人の言い争いに、割って入るように口を挟んだのは先程の二人とは一転して細長い痩せ形の男で、黒縁の眼鏡を掛けて、髪の毛を全て剃り落として法衣を纏う姿はこの六人の中では一番聖職者に見える。

 名をバルトード・スペルビア・ヒュミリタス枢機卿。

 彼は自らの手元に置いた鈍色の鉄輪を弄りながら、件のチャロスを倒した人物について語った。


「言わせておけば、貴様ぁ!」


「ふん!」


 ヒュミリタス枢機卿の言に、ヒュマニタス枢機卿とパシエンティア枢機卿の雰囲気が険悪になり、それを見ていたチャスティタス枢機卿が肩を竦め、話題を別の方向へと誘った。


「ところで先程からあなたが弄っているそれは何かしら?」


 潤んだ様な流し目で、全ての仕草が男を誘うような彼女の質問に、ヒュミリタス枢機卿はまるで動揺する風も無く、質問の内容に喜色を浮かべて顔を上げた。


「これかい?これは東の帝国で私が作った代物でね、向こうでは『使役の鉄輪(エンプロイリング)』と呼ばれているのだよ。こう見えて、ある程度の魔獣なら操る事が可能な代物でね」


 そう言って喜々として説明するヒュミリタス枢機卿に、チャスティタス枢機卿は彼が今潜入している場所を思い出して口を開いた。


「そう言えばヒュミリタス枢機卿は神聖レブラン帝国の魔法院に行っているんでしたね」


「私の方は到って順調なんだから、順調でない方面を担当している者だけで集まって欲しいよ」


 そんなチャスティタス枢機卿の相槌に、ヒュミリタス枢機卿はやれやれとばかりに大袈裟に肩を竦めて、円卓に並ぶ五人の枢機卿を眺める。

 そしてふとその視線が止まり、一人の人物に目を眇めた。


「ところで、君はいつまで食べる気なのかね?」


 ヒュミリタス枢機卿は僅かに下がった眼鏡を押し上げなら、先程から一言も発する事無く卓の隅に並べられた食事を頬張る一人の小柄な少年に声を掛けた。

 彼もまた、この円卓に座る事を許された七枢機卿の一人で、ティスモ・グーラ・テンペランティア枢機卿と呼ばれていた。

 しかし彼は掛けられた質問に答える気はないのか、一度首を傾げた後に再び食事を再開した。

 その彼の様子に、他の枢機卿達も肩を竦めて溜め息を零した。


「集まっているようだね……」


 そんな所に、部屋の中にまた別の低く落ち着いた声が聞こえてきた。

 その声を聞いた枢機卿達は六人全員が円卓の席から降りてその場で跪く。


「御機嫌麗しく、タナトス教皇様」


 まるで今迄気配を感じさせなかったその者は、六人の挨拶に軽く頷いて、円卓の奥にある一段高い場所に設けられた椅子に腰掛けた。

 手には教皇の威を示す飾り立てられた聖杖を持ち、枢機卿達が着ている法衣よりも一際豪奢なものに袖を通している。

 頭には教皇のみに許された聖印の記された大きな帽子を被っているが、その下にある教皇の顔は顔全体を覆った面布によって遮られ、その奥の顔を見通す事は出来なかった。


 六人の枢機卿が跪き、(こうべ)を垂れるその前で悠然と座っている彼こそが、このヒルク教国を統べる者、タナトス・シルビウェス・ヒルク教皇だ。


 タナトス教皇はその素顔の知れぬ面布の奥から全員の顔を見渡すと、徐に口を開いた。


「皆、揃っているようだな。もう聞いていると思うが南の地へ行かせていたチャロス、インダストリア枢機卿が何者かに討たれてしまった」


 そこで一旦言葉を区切った教皇は、再び部屋の中に居る面々に視線を向けた。


「だが彼なりに、きちんと仕事もしてくれた事は喜ぶべき事だろう。西の帝国のタジエント領は甚大な被害だそうだ。もう少し壊滅までいけば面白かったとは思うが、彼にそこまでは求めるべきじゃないだろうな」


 そう言って面布奥から擦れたような小さな笑いが起こる。

 それに他の枢機卿達は目を丸くして、驚きの顔をとった。


「これでまた少し、東西の帝国戦が東に傾く筈だ。今進めているノーザン、デルフレント、サルマへの工作ももう少し本格的に事を進めてもいいだろう。皆、頼むぞ」


「心得ております」


 教皇のその言葉に、枢機卿達は再び頭を下げて声を共にした。

 それに満足そうに頷いた教皇は椅子から降りると、そのまま背中を向けて部屋を後にする。

 部屋を出て行き一人廊下を歩く音だけが響く中、面布奥から教皇の密やかな笑いが漏れた。


「……いよいよ大きなイベントが動き出したな。フフフ」


 教皇が漏らしたその声に、廊下の窓辺に留まっていた小鳥が首を傾げて、何事も無かったかのように空へと舞い上がり、風に乗って山脈の空を飛んでいく。

 しかしその先に広がるルーティオス山脈の空には、暗く灰色の雲がかかり始めていた。


これにて第五部完結です。

お付き合い下さり、誠にありがとうございます。


第六部再開した時は、また宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ