サスケとチヨメ
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タジエント市街地、その屋根の上を二つの影が疾駆していた。
先頭を駆けるのは、黒の外套に身を包み、さらには黒い装束を身に纏った猫人族の少年と言って差し支えない年の頃だろう。赤い瞳と青白く無表情な顔から、まるで幽鬼のようだ。
そしてそんな彼を追うのは、同じく黒い忍び装束を身に纏った猫人族の少女だ。
蒼い瞳の中に映す少年の背中を追って、何とか引き離されまいと屋根瓦を踏み砕く。
追い掛ける相手はかつて兄弟子として共に鍛錬し、両親を失い兄弟もいなかった彼女を妹のように可愛がってくれ、彼女もまた彼を本当の兄のように慕っていた。
刃心一族を取り纏める六忍の一人、まだ幼くしてその地位を拝命した自慢の兄──サスケ、しかし今目の前を走る彼は、もう彼女の事を覚えてはいないだろう。
行方が知れなくなってから、ようやく再会したその者には既に生の息吹は無く、この世でも忌むべき存在の一つとなって彼女の前に現れた。
不死者──それはこの世に在らざる者。生ある者を妬み、死を振り撒く存在。
魂の無い屍、本当にそうなのか。
チヨメの目に映る彼は、以前と何ら変わった所はない。
一緒にハンゾウ様に怒られて、一緒にすいとん汁を食べた──あの頃とちっとも変っていない。
「サスケ兄さん! 待って!」
前を走るサスケの足元に向かって、チヨメは忍術で水手裏剣を投げるが、それに反応してサスケが風手裏剣を使ってそれを弾き返した。
しかしその僅かにサスケの足が止まった隙を突いて、サスケの後方から幾条もの炎の矢が空を焦がしながら迫る。
「!?」
その炎の矢が飛んできた先に視線を向けると、そこには彼女と同じく屋根の上を疾駆するアリアンの姿があった。
彼女から放たれたであろうその炎の矢はチヨメの前を走るサスケへと迫るが、それに対してもサスケは慌てる事無く、身軽な動作で躱していく。
炎の矢が空しくサスケを掠めて屋根の上に炎の幾つもの飛沫を弾けさせる中、今度はその死角を狙うように真上から炎の槍が一本、落下してきていた。
炎の矢に気を取られていたサスケは僅かにその攻撃に対処する為の初動が遅れはしたが、崩れた態勢から空を蹴ってその着弾地点から逃れる。
それと同時に炎の槍が着弾した周辺の屋根瓦を吹き飛ばして、その場所に大きな穴を穿ち、周辺に瓦礫の雨を降らせた。
そのアリアンの行為に、チヨメが抗議の声を上げた。
「待って下さい、アリアン殿! サスケ兄さんに当たったら──!」
そんな彼女の声を制するように、アリアンの鋭い眼差しがチヨメを見据える。
「チヨメちゃん、分かってるんでしょ? 彼はもうあなたが知る人とは別物よ」
アリアンの鋭く静かな声と共にその金の双眸が真っ直ぐ、チヨメの蒼い瞳へと向けられた。
その言葉にチヨメは目の前にいるサスケと、アリアンとの間で視線を彷徨わせる。
そして彼女の迷いを見て取ったのだろう。サスケは次の一瞬で間合いを詰めて、腰に差した双剣を抜き放って彼女に襲い掛かった。
最初の一撃を何とか躱し、追って来る二撃目を短剣で弾くが、そこにサスケの鋭い蹴りがチヨメのお腹に突き刺さり、屋根瓦の上を跳ねるように吹き飛んでいく。
「っうつぅ!」
口から血を吐き出して、チヨメが立ち上がろうとするそこへ、止めとばかりにサスケが猛追してくる姿を、彼女はぼんやりと眺めていた。
そのサスケの後ろからは、アリアンが全身から淡い焔を揺らめかせながら、幾つもの炎の矢を身の回りに生成して、それらをサスケの背中へと向けて射かける。
しかしサスケはそれを宙を蹴って躱し、少し態勢の崩れた状態から自らの懐から金属製の手裏剣を取り出して投げつけて来た。
鋭く、しかし変幻自在にその軌道を変えるサスケの得意技。
チヨメは自らの胸へと迫る手裏剣を見つめながら、ひどく時の流れが遅くなっていく様を感じていた。
そしてかつて手裏剣を的に当てられずにいた彼女に、その投げ方を教えてくれたサスケの優しそうに笑む顔が脳裏を過った。
日が暮れるような遅くまで、一緒に鍛錬に付き合ってくれた──かつての兄弟子の姿。
組手で一撃も入れる事が出来ずに不貞腐れた彼女に、困ったような笑みを浮かべた──当時のサスケの顔を思い出し、そして目の前で淡々と武器を振るう存在を目にする。
金属同士がぶつかり合う音が響いて、サスケの投げた手裏剣が屋根の上から落ちて、下の通りの石畳を響かせた。
「チヨメちゃん!!」
アリアンの声に我に返ったチヨメは、自らの短剣を握り締めて構えていた事に気付く。
無意識で手裏剣を打ち落としていた自分のその反応に、チヨメは口元に微かに笑みを浮かべる。
そうして短剣の切っ先に視線を落としていた蒼い瞳が、相対する男の赤い瞳へと向けられた。
二人の間に風が吹き、遠くで起こる争いの音が微かに流れてくる。
そこへアリアンが二人の間に割って入ろうと、チヨメの傍に駆け寄って来て声を上げた。
「チヨメちゃんは下がって! 彼は私が何とかするわ!」
しかしその彼女の声に引かれたのか、突如として二匹の黒巨人が三人を挟むような形で屋根の上へと姿を現し、街中に響くような咆哮を上げた。
『ヴぁふぉふぉヴヴぁあぁぁあ!!!』
巨人の胸部にある黒目がギョロリと覗き、それと同時に二匹の黒巨人が中央にいたサスケを目指して、自らが持つ巨大な石斧を振り回して走って来る。
かなり体重が重いのだろう、巨人が走る度に住居の屋根が抜けて、かなり走り難くそうだ。
だがそれもお構いなしとばかりに、怒りに任せて周辺の建物を石斧で吹き飛ばしていく。
そしてとうとう足場にしていた住居が崩壊して、辺り一帯に瓦礫の雪崩を発生させる。
巨人達が崩壊した住居の瓦礫と一緒に落ちていく中、アリアンは土の精霊魔法を使って足場を作ってその難を逃れ、チヨメは崩壊直前に別の住居の屋根へと退避して下に降り立った。
そして先程まで彼女らと戦闘行為を行っていたサスケは、宙を蹴って跳びながらその場で留まり、そんな彼女らの動向を眺める様を見せていた。
しかしそれもすぐに興味は無くなったとばかりに、視線を別の場所へと向けて宙を蹴って脱出しようと動きを見せる。
そこに金属製の星形手裏剣が弧を描くように、そして死角から入って行くように投げられて、その虚を取られたサスケの足に深々と手裏剣が突き刺さった。
肉体に異物が入り込み、宙を蹴る際の平衡感覚に支障をきたしたのか、サスケはそのまま瓦礫の山の上へと落ちて土煙を上げた。
「チヨメちゃん」
その一連の動きを見ていたアリアンが驚きの声を上げて、その手裏剣を投げた相手に視線を向ける。
その手裏剣を投げたのは、チヨメだった。
「大丈夫? 私、これでも結構慣れてる方よ?」
チヨメを気遣うように声を掛けるアリアンに、チヨメは頭を振って答えた。
「ボクがやります。ボクはチヨメです……六忍を拝命した時から、他の六忍を見送る役目があります。アリアン殿には、暫く巨人の足止めをお願いしてもいいですか?」
少しぎこちない笑みを浮かべたチヨメは、左右の住居跡の瓦礫の山から立ち上がった二匹の黒巨人を視界に入れて、アリアンに援護の願いを申し出た。
「いいわよ。足止めと言わず、先に終わらせておくわね!」
そう言って笑みを浮かべると、軽やかな足取りで瓦礫の山を駆けて行く。
彼女の足元にはまるで生き物のように足場が生まれ、その上を走る彼女は瓦礫の山に足を取られる事はない。
剣を抜き放ち、刃を目の前に翳し金色の双眸を見開いた。
彼女の全身に淡い光が纏わり付き、それが全体を覆って光の粒子が周囲に零れ落ちていく。
そしてその光が朱く、赤く、紅く、変容していくと彼女の口から朗々とした歌のような呪文が紡ぎ出されていく。
『──焔よ舞い踊れ、焔よ舞い散れ、全ての物を、全ての魂を塵へと還せ──』
その彼女の紡ぐ言霊にのって、彼女の周囲に幾つもの紅い光の塊が生まれ、それが徐々に紅く輝く蝶のような形をとると、それは幾匹も生まれて彼女の周囲をひらひらと舞う。
そんな紅く揺らめく焔の蝶を従えて、アリアンは黒巨人へと迫る。
黒巨人はアリアンを見て咆哮を上げると、手に持った石斧を振り被った。
大上段から振り下ろされた石斧は、下に堆積していた瓦礫の山を吹き飛ばし、視界を遮る程の土煙を上げる。
獲物を見失った黒巨人が自らの手で土煙を払おうとすると、突如としてその巨人の手が燃え上がり、まるで松明のように炎が噴き上がった。
『ヴぁあぁぁぁヴぁぁぁぁああぁぁ!!!』
黒巨人が燃え上がる炎の腕を押さえて、瓦礫の山を転がり、周囲のまだ無事な住居にまで体当たりをしてさらに瓦礫を作り出し、瓦礫に腕を押さえつけて炎を消そうとする。
だがそんな事では炎は消えず、ますます強くなって腕を焼き焦がしていく。
そして今度は止めとばかりに黒巨人の口からも炎が噴き上がる。
巨人が声にならない声を上げてもがき苦しむ、やがて大きな目玉が萎み、落ち込んで眼窩から炎が揺らめき、中からは紅い焔の蝶が幾匹も飛び出して来た。
ますます増えたそれらの焔蝶が、剣をまるで指揮棒のようにして振るうアリアンの元へと集まっていき、ますますその紅を濃くしていく。
雪の様に白い髪だったアリアンの今の髪は、周囲を取り巻く焔蝶の紅を反射してまるで髪自体が大きな炎のように風に靡いてた。
その様子を見ていた残されたもう一体の黒巨人は本能的に恐怖を感じたのかも知れない。
六メートルはあるその巨体にしては短いその足を、後ろへと引いて踵を返そうとする。
「炎を怖がるっていうのは、あなたも動物だったのかしらね!」
そう言って凄惨な笑みを浮かべたアリアンは、焔の蝶を纏って逃げ出した黒巨人の背中を追い掛けて走り去って行く。
そんな一連の戦闘とも言えない、炎獄絵図を視界の端に収めながら、チヨメは怒った顔のアリアンを想像して身震いした。
そう、彼女は自分でアリアンに宣言したのだ。
自身の手で、かつては兄と慕った存在との決着を付けると。
傍には黒巨人が文字通り黒焦げとなって、巨大な松明とかして辺りに異様な熱と肉が焼け焦げる独特の臭気が立ち込めていた。
チヨメは五感を研ぎ澄ますように、大きく息を吸ってからゆっくりと吐き出す。
周囲の様子が鮮明に脳裏に浮かんでくる。
そこに鋭く空を切る音に反応して、右手に握った短剣が土煙の影から飛び出して来た手裏剣を弾く。
チヨメが先程、サスケに向かって投げた手裏剣だ。
そして手裏剣が飛んで来た方向とは逆側から、今度はサスケが飛び出して来た。
しかしその動きを事前に察知していたチヨメは、冷静に自分の短剣で一撃目を弾き、次いで流れるようにしてくる二撃目を後ろに躱して、その最中に牽制で横薙ぎを入れる。
だがサスケはそれを片方の剣で受け流すと、それを払って開いた胴に目掛けて、もう一振りの剣で間合いを詰めて斬り裂こうとした。
次の瞬間、サスケの足元──その瓦礫の下の影から二つの水手裏剣がサスケの足を狙って飛び出して来た。それをサスケは宙を蹴る技で態勢をわざと崩す事で水手裏剣の一つを躱す。
しかしもう一つの水手裏剣は、先に手裏剣で傷を負った方の足を貫いていた。
不死者は基本痛みというものを感じないというが、だからと言って肉体に支障が出ていればそれはそのまま身体の動きを阻害する事になる。
腕が折れていれば物を持ち上げる事が出来ないように、足に負担が掛かれば痛みは感じなくても足の動きに精彩を欠くようになるのだ。
あまり傷の影響がないような表情と動きだが、確実に持久と耐久は落ちている。
チヨメは短剣を構えたまま、相手のサスケに視線を合わせた。
彼女の脳裏に過る言い知れぬ何か──気付いてはいけない、考えていけないと思いながらも考えずにはいられない。
そうして彼女は一度頭を振って雑念を払うと、印を結んで相手を見据える。
『水遁、水狼牙!!』
彼女の足元から水が染みだし、二つの塊となるとそれは形を成して、二匹の狼となった。
しかしそれは以前にローデン王国の王都で使った際より一回り小さい。
相手は双剣、こっちは短剣一本、残すは術で手数を稼ぎ、止めの一撃を磨き上げる。
チヨメは自らにそう言い聞かせると、水狼二匹をサスケへと解き放ち、自分もその影に重なる様にして動いて機を窺う。
二匹の水狼が交差すようにサスケに飛び掛かり、サスケは水狼を双剣で攻撃する。
水狼は普通の剣では傷つけられない為、サスケの最初の攻撃は空振りするが、二撃目の攻撃は水狼が消し飛んでしまい、残りが一匹となってしまう。
サスケの双剣に風が纏わりつくようにして、剣自体に淡い光が宿っていた。
それは彼が生前から得意としていた風の精霊を使った術だ。
相手の剣の攻撃に鋭さが増して、チヨメは残った水狼と挟み撃ちにするような形で、サスケに追撃を掛ける。後ろから飛び掛かるようにして水狼が攻撃を仕掛ける、それをサスケは躱して片方の剣で水狼を倒そうと払いに掛かった。
しかしそこにチヨメが詰めて、その踏み込みを牽制して水狼を逃がすと、追撃のサスケの攻撃を躱して、再び手裏剣を投げる。しかし今度はサスケは受けもせずに身体を捻って躱すと、死角から攻撃を仕掛けようとしていた水狼の首を落とした。
そして水狼の首を落とした剣を返そうとした次の瞬間、そのサスケの腕にもう一匹の──最初の二匹より小さな水狼が噛みついて首を振る。
しかし質量が小さい為に決定的な傷を負わせられないかに見えた、だがそれを見越していたチヨメは水狼が噛みついた一瞬の隙を突いて、短剣をサスケの顔面へと投げる。
それをあっさりと弾き返すサスケだったが、その短剣が塞いだ視界の中に滑り込んでいたチヨメは、サスケの傷を負った足に右手を翳していた。
一瞬、チヨメとサスケの視線が、蒼と赤の視線が交差して赤い視線が閉じられた。
『水遁、水血針獄葬!!』
先の尖った円錐状に練り上げられたチヨメの忍術が、彼女の右手から発射されてサスケの足の傷の内側へと入り込む。
一瞬、サスケの足から身体に掛けてその形が膨らむように変化したかと思うと、彼の身体のあちこちから無数の水の針が体外へと飛び出し、さながら針鼠のような姿に変わる。
その透明な水の針の奥から血が混じるようにその色を赤く染めていくと、やがて大きくその身体が痙攣するように跳ねて、水の針が消えると同時にサスケはその場で崩れ落ちた。
目を閉じて、動かなくなったサスケをただ黙って見下ろしていたチヨメの目の端に涙の滴が溜まって一筋の線を引くように彼の顔に零れ落ちた。
「……サスケ、兄さん。何故、忍術をもっと使わなったんですか……」
本来ならばサスケはもっと多くの風の忍術を使えた筈なのだ。だが実際に使っていたのは基本となるようなものばかりで、宙を駆ける“空歩”もかつてはもっと切れがあった。
今のチヨメであっても、かつてのサスケはそうそう勝てる相手ではなかったのだ。
チヨメのその擦れるような声に、倒れ伏していたサスケの瞳が僅かに瞼の奥で動いた。
「…………妹に、本気で……斬りかかる訳には……いかな、い……からね……」
本当に微かな、周囲で燃える炎が爆ぜる音にすら掻き消されそうな小さな声。しかしその声は紛れもなく、かつてチヨメが兄と慕った者の声だった。
「兄さん……! い、今アーク殿を呼んで、すぐに治療を──!」
そう言うや否や、チヨメは涙を零しながら立ち上がろうとする。
しかしそれをサスケは残った僅かばかりの力で小さく首を振って押し留めた。
その彼の仕草の意味するところを理解したチヨメは、嗚咽を漏らすようにして視線を落とした。
「……泣くな……ミア、……お前の手で……逝ける事……感謝して……あり……と」
「……っ! ……兄さん……! うっ……」
その言葉にチヨメは涙を流しながら、しかし兄の言葉をしっかりと聞こうと、彼の傷だらけの身体に縋り付くようにして必死で声を押し殺す。
そんな彼女を体温を感じたのか、サスケは口元を僅かに歪めて、笑みを零した。
そうして彼女の様子を僅かに開いた瞼の奥で感じ取って安堵したのか、全身の力が抜けるように、そして深い眠りに落ちるようにその動きが消えていく。
サスケの身体は端から細かな塵へと変わって、風へと舞い上がり始めた。
(……教会に…………付け……ろ……)
そこにまるで風に乗って消え入るような声が、チヨメの頭頂部にある猫耳へと届いた。
「……! 兄さん、今なんて!? どういう意味!?」
それにチヨメが目を見開いて、横たわる兄へと向かって声を掛けた。
しかしその彼女の質問に答える事無く、サスケの身体は全てが塵へと変わって、夕闇に染まり始めていた空へと舞い散り、吹き流されて消えていく。
そしてチヨメの手の平には、虹色に光る少し大きめの菱形の宝石が一つ、手元に残されていた。
誤字、脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。




