街の姿1
ルビエルテを出てシプルト川の上流に向かって伸びる街道を【次元歩法】で移動して行く。街道の途中には木杭を束ねた壁で取り囲んだ小さい集落の様なものがいくつか点在しているが、あまり大きい規模ではない。
しばらくしてルビエルテの街を小規模にしたようなコルナの街が見えて来る。こちらは一応石壁の街壁で囲われた街の様だ。それを横目に見ながら通り越してさらに街道を進む。
やがて南西方面に見えるカルカト山群が大きく迫ってくると、シプルト川の本流、ライデル川に辿り着く。このライデル川はカルカト山群の東を舐めるように流れ、やがて王都にまで辿り着くそうだ。
そのライデル川をさらに遡ると、目的地のディエントの街が見えてくる。
馬車で三日以上の距離も、この移動方法だと半日もかからない。
ディエントの街は本流のライデル川がシプルト川と分かれるその少し前の上流方面にある。街の規模はルビエルテの三倍以上だろうか? 周辺の耕作地帯もかなり広大な規模だ。遠くに少し高くなった場所を立派な街壁がぐるりと取り囲んでいる。しかも街壁は二重になっており、その外側にも民家が立ち並んでいる。街壁が築かれている丘の手前、立ち並ぶ民家の周囲を今度は二重の堀が取り囲んでいる。ほぼ城塞都市の様相を呈している。
夕焼け色に染め抜かれた街壁と、その周囲を遮る物のない耕作地を眺め渡す。現代にこれだけの規模の街が残っていたなら、確実に世界遺産に登録される事請け合いの景色に、しばし時を忘れて魅入ってしまう程だった。
ぼんやり景色を眺めていた頭を再起動させて、ディエントの街へと歩を進める。街周辺の畑には農作業をしている者や、家路に急ぐ者など割と人がいる。ここからは自分の足で街まで歩かなければならない。人目のある所で瞬間転移など目立ちすぎる為使えない。
しかし、ここから遠くに見えている街までは結構な距離がある。
少し早足で歩くか。
そう思いマントを翻らせながらもの凄い勢いで競歩のように歩き出す。すると前の道を歩いていた人達が、足音に気付いてこちらを見ると悲鳴を上げて道を空けてくれる。
歩き易いのは歓迎だが、そんなに怯える事はないのに、と少し思わないでもない。
二メートルもの長身で全身甲冑の男が無言で早足で歩いて迫って来る……、悲鳴を上げても仕方ないかも知れないな……。
やがて、街門が大きく見えてくると、歩きの速度を普通に戻す。さすがにこの状態で門へ突っ込んだら確実に不審者扱いで一悶着起きるに決まっている。
街壁は高く七メートルくらいはある。街壁の上には歩哨に立っている兵士も見える。大きな門を潜ると、第二の街壁が見えてくる。
次の門は第一街壁の門から見て斜め前にある。緩やかな傾斜の坂を登り第二街壁の門へ到着する。見張りの兵士に傭兵証を示し、街の中へと入る。
街の中の建物は全て石造りの様だ。二階から三階建ての建物が立ち並んでおり、道には行き交う人でごった返している。威勢のいい物売りの声やら酒場で騒ぐ人々など、こちらの世界に来てから初めて煩い程の人の喧噪だ。
少し懐かしい感じがしないでもない。
街路もあちこち入り組んでいて、全体を把握するには時間が掛かりそうだ。近くの酒場に入ると、仕事終わりの酒に酔って、すでに出来上がっている者達が何名もいる。
奥のカウンターにいる店主だろう親父に宿の場所を尋ねる。
「すまんが、宿を探している。何処か良い場所を知らぬか?」
「宿ならうちの二階と三階が泊まれますぜ! 一泊2セクどうです、旦那?」
酒場の親父はそう言って自分の宿を勧めてくる。一階が酒場なら二階の部屋に食事を持って行って食べられるだろうか?
「食事を部屋で取る事はできるか?」
「別に構いませんよ。あ! 食べ終わったら器は一階にまた持って降りて下さいよ。一食3スクです、毎度!」
酒場の親父に銀貨二枚と銅貨三枚を支払うと、すぐに食事がトレーに載せられて出される。それを持って、指定された部屋へと脇の階段から上がる。
三階の部屋の一室に鍵を開けて入ると、前の街で泊まっていた宿より良さげな雰囲気の部屋だった。ベットはしっかりとした物で、毛布も置かれている。小さなテーブルと腰掛け程度だが椅子も一脚置かれていた。
持っていた食事をそのテーブルに置くと、椅子に腰かけ、鎧兜を脱ぐ。
久しぶりにまともな食事かも知れない。
テーブルに置かれた木のトレーの上には黒パンと豆のスープ、サラダとかなりシンプルな内容だ。見た感じでは肉がない。
黒パンを齧ると、以前食べたパンと似ている。ただ結構固い、スープに浸して柔らかくしてから食べる。豆のスープは鶏の肉で出汁を取っているようだ。なかなか美味い。サラダは二種類の生野菜に酢と塩がふりかけてあるだけだ。リーフレタスとエンダイブだろうか? 何故似たような葉野菜を合わせたのかは疑問だ。
食事を食べ終わると、鎧兜を被り、食器を持って一階に降りる。食器を持って行くと、酒場の親父に変な顔をされた。部屋で食事を摂っていた客が鎧姿のまま、また食器を返しに来たから不審に思われたのかも知れない。ただ特に何を言われる事もなかったが。
部屋に戻ってベッドに座ると、いつものように壁を背にして眠りについた。一応ベッドの上の毛布も被ったが、鎧の上からではまるで意味はなかった。
翌朝、朝早くに何処からか鐘の音が聞こえる。その音に起こされて、一階の酒場へと降りると、酒場の奥の厨房で親父が何か作業をしているのが見える。ここは前の宿のように、朝は無人と言う訳ではなさそうだ。
部屋の鍵をカウンターに置いて、厨房にいる親父に一声掛けてから宿を出る。
近くを歩く街の人に道を聞きながら、この街の傭兵組合所へと到着する。
石造りの三階建だが、中身は前の組合所とそう大して造りが変わらないようだ。ただこちらはカウンター内にいる職員の数が断然多い。檻の中には熊はいなかったが。
依頼板の前には多数の傭兵らしき男達が屯している。職員も傭兵もみんな厳つい男ばかり、現実的に考えて女で傭兵なんてそうそういるものではないのかも知れない。せめて受付くらいは女性職員を雇っても良さそうな物なのだが……。
潤いのない傭兵所の依頼板の前で、依頼札を眺めていると周りの傭兵達の会話が耳に入ってくる。
「うちの団の連中の五人が、狩りに出掛けてもう四日も帰って来てねぇんだよ」
「盗賊か魔獣にやられたんじゃねぇの? ここはエルフの森も近いからなぁ。あそこは魔獣も結構手強いのが多いし、いつもの事だろ?」
「いや、王都方面のカルカト山群の麓へ行った筈なんだが……」
この世界では街の中も外も命の危険で一杯だ。街から出たあと生死不明はよくある事らしい。
それにしても、ここに来てようやくエルフと言う種族がいる事がわかった。未だに街では普通の人間以外見た事がない。
エルフ族はやはり森の方に住んでいるようで、人間の生存圏内には入って来ないのかも知れない。
せっかく異世界にいるなら一目見てみたいなと、そんな事を考えながらも依頼札を一通り確認し終える。ここは人口も多いから依頼も多いが内容は以前と変わらず雑用が主だった。やはり傭兵団に所属していないと割のいい仕事はないのだろう。
今日もどこか森にでも入って、何か獲物でも狩って売るかと、考え傭兵所を出る。
近くの露店でドライフルーツを売っているのを見つけ、保存食として購入する。実はストロベリーと言われたが、見た感じでは野イチゴっぽい。西洋ではワイルドストロベリーと言うやつか。
小さい木の器に一杯掬って銅貨八枚、半年から一年程持つらしいが、この量では半日も持たない。
それを小さな袋に入れて手荷物に放り込む。
近くの人に道を聞いて、手近な門を目指す。
やがて第二街壁の南門が姿を現す。門兵に傭兵証を見せて門を潜ると、第一と第二の街壁の間を、壁沿いに斜めに下りながら第一街壁の門に出る。
そこには幅三百メートルはある川に六連アーチが美しい石橋が掛けられていた。橋の幅は馬車三台分の幅くらいか? 行き交う人は結構多く、馬車の出入りも多い。交通の要衝なのだろう。
橋を渡りきると右手にはカルカト山群と麓の森が遠くに見える。
左手は放牧場だろうか、柵に囲まれた中で動物たちがのんびりしているのが見える。牛や羊、馬なんかもいるようだ。耕作地も広がっている。
ライデル川上流には森が迫り出しているが、川を越えたこちら側は結構開けている。
とりあえず近くに見えるカルカト山群の麓の方で何か狩れないか行ってみる事にした。街道を逸れて南西に進路をとり歩いていく。ライデル川は麓の森の中へとその流れを移し、その行く先が見えなくなっている。
疎らだった木々は急激にその密度を上げて、日の光と足場を遮ってこちらの侵入を阻んでくる。風龍山脈の麓の森と違い、一本一本の木の太さはそれ程太くないが、その分木々の間隔が狭い。ここでは腰に提げた両手剣など振り回せない。いや、振り回す事は出来るが、周りの木々を全て伐採してしまう。こういう場所では罠でないと獲物を捕らえるのは難しいかも知れない。
先程から小さい動物は見掛けるが、あっと言う間に藪の中に消えて行ってしまう。
木々が密生していると【次元歩法】もなかなか使いづらい。森の中を当てもなく、一時間程ウロウロしながら奥に進んで行くと、向こうから大きめの気配が五つ程こちらへとやって来るのがわかった。狼か何かだろうかと思い身構えていると、近付いてきた気配は周囲に散開して取り囲むようにこちらへと姿を現す。
藪の奥から現れたのは、野卑な笑みを浮かべた五人の盗賊達だった。無精髭を生やし、洗ってない髪は脂ぎっていて皆、手には短剣を抜いている。
「おっと、何処行くんで? 騎士様、ヒヒヒ」
「あんたが身に着けてる全部置いて行ったら命だけは助けてやるぜぇ? どうだ、安いもんだろ? ヘヘヘ」
「こんな森の奥で、こんだけ身形のいい騎士が一人でノコノコやって来るなんて、俺たちすんげー運がいいな! ハハハ」
そう口々に囃し立てる。どうやら地の利が自分達にある事で油断しているようだ。盗賊達は欲にかられた濁った目で、こちらの頭の先から爪先まで見て値踏みをしている。
こんな所では腰の剣は抜けないと思っているのだろうが、油断しているなら話は早い。
手近にいた盗賊の後ろに【次元歩法】で瞬間転移する。次の瞬間に一撃で粉砕するつもりで拳に力を籠めて、盗賊の頭を撃ち貫く。パァンとまるで風船が爆ぜるような音と共に頭が弾け飛ぶと、盗賊の身体は力を失い膝を突いて頽れる。力を籠めすぎたようだ、まさか頭が消し飛ぶとは思わなかった。
盗賊の顔が驚愕に歪む姿をまるでスローモーション映像を見るように眺めながら、さらに別の二人へと迫ると顎に立て続けに拳を叩き込む。顎を撃ち抜かれた者は、顎から頭蓋骨が砕けて眼や耳や口から血を噴き出して地面に沈み込む。
「ば、化物ぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
「た、たしゅけてぇぇぇぁぇごふぇっ!!!」
さらに少し離れた場所にいた盗賊が背中を見せた瞬間、背後から【岩石弾】を発動させると、拳大の大きさの岩石が一瞬で盗賊の背中を貫く。魔導師の基本魔法の一つだが結構な威力だ。盗賊が身に着けていた革の鎧に大穴が開いている。
これで四人。そう思って周りを見渡すと、一人の盗賊が猛然と木々の間を縫って逃走していた。
この密生した木々の中では【次元歩法】での移動は、猿の様に木々を巧みに躱しながら猛然と逃げる盗賊には追い付けない。
こちらも身体能力に物を言わせて、走って追い掛ける事にする。
藪を掻き分け、木々を躱しながら進むも、地の利のある盗賊の男の方がどんどんと距離を開けていく。
距離を詰めようと、木々の密集地帯を避けて少し開けた場所を選び走っていると、不意に足に何かが絡まる。
すると足に絡まったロープは、先に吊るされた重りの岩が地面に向って落ちると同時に、ロープを絞めながら足を掬おうとする。
「はっ! こんな初歩の罠に掛かるとは間抜けがっ!!」
逃げていた盗賊は獲物がまんまと自分の誘導に乗ったと得意げな顔をして、逃げていた足を止めてこちらを見る。
しかし、そんな重りの岩は重力に逆らって逆に勢いよく天空に向って吹き飛ぶと、括り付けられたロープを引き千切って明後日の方向へと吹っ飛んでいく。絡まったロープを強引に力だけで足を引き戻した結果だ。
さらにその勢いのまま走り出すと、またもや罠が作動したのか、槍衾の様な柵が勢いよく獲物を刺し貫く為に立ち上がって来る。それを真正面から全身鎧のタックルで全て粉々にする。
次に前方から丸太杭が空中から迫って来るも、それを強引に横腹を叩くように拳を振り抜くと、超重量の杭がロープを引き千切りながら木端微塵に砕け散り、周辺に木屑の雨を降らす。
どうやら少し開けた場所には罠がいくつも予め設置されているようだ。ならば素直に木々の密生地帯を力のみで突っ切るのみだ。
「あひゃぁああああぁぁぁぁぁ!!! ばけ、ばけものぉぉ!!」
罠を全て力のみで強引に突破したのを見るや、盗賊はあらん限りの悲鳴を上げながら再び逃走を始める。取り乱してはいるものの、木々をすり抜けながら走るのはなかなか見事と言える。
それを後ろから猛然と追い掛ける。正面に木々が立ちはだかれば強引に体当たりで粉砕し、岩があれば踏み砕き、まるで戦車の如くひたすら直進して間を詰めて行く。
「ハハハハ、何処へ行こうというのかね?」
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―ーーー!!!!」
盗賊を追い掛けていると変なテンションになって、何処かの大佐のような台詞が口を衝いて出る。
前を走る盗賊の股間が急に湿り出し、アンモニア臭がこちらへと流れてくる。どうやら恐怖の余り漏らしたようだが、そのまま逃げるとはなかなか器用な男だ。
やがて茂みを抜けると、目の前に高さ七、八メートルの崖面が姿を現す。視界の先には崖面に洞穴の様なものが開いており、手前には簡易の獣避けの柵が組まれて置かれていた。
洞穴は盗賊達の隠れ家なのか、見張りが二人地面に座って暇なのかぼんやりとしている。
見張りの盗賊達の元へ半狂乱で漏らしながら駆け込む盗賊の男。それを見た見張りも狼狽して一瞬思考が停止したようになる。
そこへ【次元歩法】で一気に近付いて腰の剣を抜き放つと、三人の盗賊を一刀の元に斬り伏せる。開けた場所ならば追い付くのは容易い。
三つの身体を斜めに分断し、洞穴前はその者達の血飛沫で染まり、鉄錆の臭いが辺りに立ち籠める。
洞穴の奥からは人の声と足音が幾つも響かせながら、こちらへとやって来る様子が窺える。手荷物を入口近くに放り投げ、改めて剣を両手で構え直し、残りの盗賊を待ち構える。ここまで来れば掃除してしまった方が世の中の為だろう。
やがて一際体格のいい禿げ頭が手に斧を携えて洞穴入口に駆けつけて来た。
「なっ! てめぇ!! 何者だコノヤロォ!!!」
禿げ頭が入口の惨状を目にして、一際大きく吠えると手に持った斧を振りかぶってこちらに飛び掛かってくる。
それを一瞬の踏み込みで間合いを詰めると、手に持った剣を相手の胴体に全力で突き込む。剣は何の抵抗も感じさせずに敵の腹を貫通し、突き込まれた剣を上段に振り上げる。
腹から上半身を真っ二つにされた禿げ頭は、まるで新種のモンスターの様相でその場に臓物をぶちまけながら崩れ落ちる。
それを後ろから来ていた他の盗賊達が驚愕の表情で見ていた。崩れ落ちた臓物のオブジェを踏み越えてさらに後続の盗賊達に迫ると、恐慌状態になって手に持った武器を振り回して突っ込んで来る。
その攻撃を難なく躱して、全てを一刀の元に斬り捨てていく。
洞穴の入口付近は三人がやっと並べる程度で、武器を持てばいいとこ二人程しか立ち回れないので、捌くのは造作もない。
やがて全ての盗賊が地面の血溜りに沈むと辺りは静かになる。
洞穴にはざっと十人以上は居た。血の臭気が辺りに漂うのを、森の木の葉を揺らす風が涼やかな音と共に流していく。
剣を振ると血脂が全て流れ落ち、剣身には薄い蒼い怜悧な輝きが妖しく光る。
そのまま洞穴の奥へと進む。
洞穴はそれ程深くなく、入口から左にカーブを描きながら百メートルも進まない内に行き止まりにあたった。一番奥は広間の様になっていて、明りの為のランプが幾つか灯され、そこには盗賊達が寝泊まりしていた痕跡が残っていた。
生活用品の雑貨類などに混じって、貴重品入れのような木箱が置かれているのを見つけた。見た目の雰囲気はなんだか宝箱みたいだ。
その中には今迄盗賊達が貯め込んできただろう多数の金貨などがかなりの量入っていた。手持ちの金貨と合わせればこれで五百枚を既に超えただろう。大きさこそ一円玉サイズだが、重さは五百円玉程の重さがある。それが五百枚以上ともなれば結構な重さだ。
他にも多数の武器なども置かれていたので、とりあえず目ぼしい物は回収しておく事にする。
誤字・脱字等ありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。




