虎人族
遅くなって申し訳ありませんでした。
第五部、終章まで十三話を予定しています。
それと書籍版の5巻が11月25日発売予定です、宜しくお願い致します。
翌日の早朝。
シーラ川の河原で朝を迎えた一行は、いよいよ川を越えてクワナ平原へと入った。
本来ならば比較的幅の広いシーラ川を越える為には、キンレイ山脈の麓から下流へと向かって下り、渡河し易い場所を探す必要があるのだが、【次元歩法】があれば対岸へと渡るのは一瞬だ。
虎人族が暮らすというクワナ平原は、今迄横断してきたシンガリーカ平原と大した違いは感じられなかった。
川を越えた先、アリアンの言では北西から西に掛けて──その方角に大きな円錐形の山が等間隔で四つ、平原の中に並んでいる風景が印象的だったぐらいだろうか。
その平原に聳える四つ富士を横目に北の方角へと走りながら、旅は順調そのものだった。
平原に入る前に言われていた肉食獣との遭遇も無く、ただただ広大な平原を乗騎に乗って駆けるだけの、少し退屈な旅と言ってもいい程だ。
前に座るチヨメは猫耳を常にぴこぴこと周囲に向けて、気配を探るようにしながら珍し気な視線で平原の景色に見入っている。
後ろに乗るアリアンも既に疾駆騎竜の速度に慣れたのか、静かに周囲の景色に目を配る余裕がある程だ。
時折、「お尻が痛い」と言うアリアンの要望に応じて休憩をとるぐらいで、あとは特にこれと言って語る程の事もない。
だが、そんなのんびりとした旅の終わりの合図を告げたのは、頭の上で綿毛の尻尾を風に靡かせていたポンタだった。
「きゅん!」
頭上で何かに気付いたのか、警戒するような鳴き声を上げたポンタのその様子に、答えを示したのは背後に座っていたアリアンだった。
「向こうかから誰か近づいて来るわ」
彼女が示したのは進行方向から右側面、やや遠く離れた平原の彼方から二つの影が土煙を上げて近づいて来る姿が目に入った。速度はかなりあるようだ。
チヨメも警戒するような目でそちらを見やり、その蒼い瞳に警戒の色を宿す。
このまま走り続けても追いつかれるのは目に見えている。
疾駆騎竜の手綱を少し引き、速度を緩めながら相手の方へと視線を向けて様子を窺っていると、此方がその正体を認識するよりも早くアリアンがその正体に気付いた。
「向こうも同じ乗騎に乗ってるわね……あれ、虎人族じゃないの?」
近づいて来るその二つの影に目を凝らしながら、手綱を引いて乗騎の足を止める。
まだ自分の視力では遠くて確認出来ないが、計らずして虎人族に会える事が出来るとはやはり普段の行いが良いからだろうか。
そんな事を思って期待に胸を膨らませていると、近づいて来る相手の気配が途中で変わり、何やら向こうから攻撃的な雰囲気が漂い始めた。
相手も此方を認識しているのだろう、近づくにつれて速度を緩め、観察する風な様子が見える。
向こうはアリアンが言う通り虎人族で間違いないだろう。
二人の虎人族はそれぞれの疾駆騎竜に跨り、柄に飾りを付けた槍を手に構えている。
乗騎している関係から正確な身長は分からないが、同じ乗騎に跨る自分よりも頭の位置が高い所を見るに、身長は二メートルと五十程だろうか。
以前王都で見掛けたチヨメの仲間である刃心一族のゴエモンに負けず劣らずの筋骨隆々な体躯に、金と黒の斑な髪色はまさに虎を思わせる配色だ。
上半身は鍛え抜かれたその身を晒し、籠手や脛当てなどを装備している。
猫人族との身体的特徴の違いをあげるとすれば、まずは平均的な体格差だろう。
ゴエモンのような例外を除き、猫人族は比較的男女共に細めでしなやかな身体を持つ者が多いように見受けられる。
対する相手の二人の虎人族は、いずれもゴエモン並かそれ以上の巨躯の持ち主だ。
そして猫人族のそれより少し丸みを帯びた獣耳と首筋から肩に掛けて髪と同じ体毛に覆われた容姿が、より獣人という雰囲気を漂わせている。
そんな二人が乗る疾駆騎竜がこちらの手前五メートル程の所で足を止めた。
大振りの槍を此方へと突き付け、虎人族の男の一人が大声で誰何の声を上げる。
「貴様らその乗騎は何処で手にした!? その鞍に施された意匠はこの平原に住まう六部族の一つ、エナ一族の所有である事を示している! 答え如何によっては貴様らをここで討つ!!」
その物々しい警告に、自分とアリアン、チヨメが目を合わせる。
どうやら疾駆騎竜が拾われた時に付けていた鞍の装飾には、その疾駆騎竜が何処の部族の所有であるかを示す機能があったようだ。
恐らく彼らは自分達がこの疾駆騎竜を不当な手段で手にしたと警戒しているのだろう。
そんな彼らに向かって両手を上げて、攻撃の意思がない事を示しながら事情を語った。
「我らは北の大陸、エルフ族の住まうカナダの森から来た。虎人族と会うためにこの平原に足を踏み入れた。我らに敵対の意思はない。この疾駆騎竜は東のフェルナンデスという街の商人が預かっていたものを譲り受けたものだ。こちらはこの乗騎を返す用意がある」
相手の出方を見る為、そこまで言って一旦言葉を切ると虎人族の様子を窺う。
二人の戦士らしき男は何やら胡乱気な目でこちらを眺め、何やらひそひそと言葉を交わす。
「我ら古き六部族が一つ、ウィリ一族の者! 貴様、我らへの用向きとは何だ!?」
再び槍を突き付けて声を張る虎人族からの問いに、仲間達からの視線が自分に注がれる。
とりあえず隠すような事でもないので、素直に話す事にした。
「フェルナンデスの露店で“悪魔の爪”なる物を見掛けてな。それを少しばかり我に融通して貰いたく罷り越した次第。話を通して貰えぬだろうか?」
そう言って理由を述べると、二人の顔がさらに懐疑的な色に変わった。
こんな緊張感のある雰囲気の中で、トウガラシが欲しくてやって来ましたと言うのはなんだか気の抜けた話で、何か咄嗟にでっち上げた言い訳のようにも聞こえなくもない。
これはいよいよどう説明したものかと考えあぐねていると、前で此方の話の成り行きを見守っていたチヨメが、何かに反応したように顔をある方向へと向けた。
「?」「何だ?」
その様子に、二人の虎人族も反応して振り返るようにしてその方角へと視線を向けた。
するとそこには先程と同じく、細い一筋の土煙が立ちぼっており、それが徐々にこちらへと近づいて来ていた。今度は一騎だけのようだが、同じく虎人族なのだろう。
何処か焦った様な表情の虎人族の男は、槍を片手で掲げ、合図を送るような仕草で駆けて来た。
「集落近くに巨人が二匹現れた! 見回り組もすぐに帰還して応戦しろ!!」
「何っ!?」「くそっ!!」
後から現れた虎人族の男は近くまで来て一方的にそれだけを言うと、返事を待たずに乗騎の手綱を引いて首を巡らせると、また別の方角へと猛然と走り去って行った。
そして残された二人の虎人族はこちらを一瞥した後、すぐに乗騎を引いて走り去った虎人族とは別の方向へと疾駆騎竜の首を巡らせる。
「貴様らのその恰好は戦士だな!? 族長に会いたくば付いて来い!!」
そう言って捨てると、気合いの声と共に手綱を鳴らして猛然と駆け出し始めた。
その後ろ姿を呆然と見送っていると、不意に後ろからアリアンが顔を覗かせる。
「どうするの、アーク? 流れから言って、こっちにも厄介事を手伝わせる雰囲気だったけど」
彼女のそんな問い掛けに思案するように、チヨメの方へと視線を向ける。彼女の視線が此方見上げて頷き返してくるのを見て、その視線をアリアンの方へと向けた。
どうやら自分の回答次第といった状況のようだ。
「ここまで来たのだ、我らも付いて行くとしよう」
そう宣言すると、手綱を鳴らして疾駆騎竜の足を駆け去っていく虎人族の方へと向けて走り出す。
先程の伝令役らしき虎人族の話によると、集落近くに巨人が現れたということだったが、いったいどんな姿をしているのだろうか。
普通の人族から見た虎人族もどちらと言えば巨人の部類に入ると思うのだが、彼らをもってして巨人と言わしめ、緊張が走った様子からもかなり警戒すべき存在だと推測出来る。
自分の脳裏に、先日遠目に見た巨大怪獣のようなトリエントの姿が浮かび、その想像を振り払うように頭を振って前を見据える。
あれ程の巨人だとすれば、今の自分の能力であっても対抗しうる自信はない。駆逐してやるなどと言ってる内に此方が一瞬で駆逐されるのがオチだろう。
「なんだかまた面倒臭い事になりそうな気がしてきたわ」
益体もない事を考えていると、後ろからアリアンのぼやくような声が聞えてくる。
「まぁものは考えようだろう。彼らの手伝いをして交渉が円滑になるなら、むしろ渡りに船だ」
そう言って笑うと、今度は大きな溜め息が聞えてきたような気がした。
そしてこんな時でもポンタは頭の上で尻尾を振って悠然と構えている。ポンタがこの調子の場合はまだ周囲にそれ程危険がない証だ。
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