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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第五部 新たな大陸
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ランドフリアの里2

 ランドフリアの港までの案内として以前にもこの里に訪れた事のあるアリアンが先頭を行き、その後ろを自分とチヨメが周囲の里の様子を眺め回しながら続く。

 傍から見れば田舎から出て来たお上りさんの様な二人だが、この里の発展ぶりを見ればそれも致し方ない事なのかも知れない。


 里の人々の多くが暮らすのは大樹で出来た高層アパートのような建物で、七、八階建ての高さを誇るそれらは幾つも通りに沿って並んでいた。

 これら大樹の建物は、遠くから見るだけでは一見して背の高い大木の集まりにしか見えないが、間近で見ると現代社会の高層建築のような様相を呈している。

 他にも空中には大樹の建物同士を繋ぐような回廊まで設けられており、幾人ものエルフ族が建物の間を行き交っている姿が下の歩道からでも窺えた。


「随分と人が多いですが、この里だけでどれ程の数が暮らしているのですか?」


 周囲の様子を眺めていたチヨメが、珍しく思った疑問をそのまま口にする。

 その彼女の問い掛けに、先頭を歩くアリアンが振り返って僅かに首を傾げた。


「詳しい数は知らないけど、三、四万人くらいだったかしら? この里は人の出入りが多いから、もしかしてもう少し多いかも知れないけどね」


 その彼女の答えにチヨメが目を丸くする。


「大森林の奥に築かれたララトイアもかなり大きい里だと思っていたのですが、ここは規模が違いますね……。まさかこれ程の都市が築かれているなんて」


 そう言って彼女は感嘆の息を漏らす。

 チヨメが今の拠点としているカルカト山群の奥に築かれた隠れ里、その里の人口が現状千人程なので軽く三十倍以上の人口がこの里で暮らしている事になる。

 これ以上の規模の街となれば、自分が今迄に訪れた中ではローデン王国の王都ぐらいだ。


 やがて大樹のアパート群の林が途切れると、そこにはララトイアの里でも見たようなマッシュルーム型の木造の家屋が立ち並ぶ賑やかな場所へと出た。

 それらの建物の一軒一軒は商店なのか、軒先に幾種類もの品物を並べて通りを行き交う人々に向かって売り文句を並べている様子が其処かしこで繰り広げられている。

 その雰囲気は活気のある下町の商店街といった様子で、南の大陸から渡って来たのか人族の街では見かけなかったような色とりどりな品物が目に入ってくると同時に、潮風に乗って香しい匂いが通り全体に立ち込めていた。


「む、この匂いは……、香辛料系も充実していそうであるな」


「きゅん!」


 そんな雑多な匂いに混じって、鼻に刺激を与える様なスパイシーな香りを嗅ぎ付けて自分とポンタが周囲を見回していると、先を歩くアリアンが補足の為の説明を加えてくれた。


「ファブナッハからは多くの香辛料が入って来るから、ここの市場は独特な匂いがするのよ」


 その彼女の説明を受けて、ララトイアの里で出された香辛料の利いたハンバーグの味を思い出して、知らずの内に唾を飲んで喉が鳴った。

 兜の上に陣取るポンタも様々な匂いに惹かれてか、兜越しにあちこちに視線を向けて忙しなく動き回っている様子が伝わって来る。


 そんなそわそわと落ち着かない自分とポンタの様子を見てか、一人のエルフ族の店主が通りを歩く此方に向かって声を掛けて来た。


「ちょっとそこ行く両手に花の鎧の兄さん、先日南から入って来た新鮮なトマトはどうだい?」


 少し翠がかった金髪に長く尖った特徴的な耳、そしてエルフ族の多くに共通する若く整った顔立ちでありながら、その顔にはあまり似合わない何処か俗っぽい客引きの言葉に少々困惑しながらも、彼が手に持った代物に自然と目が吸い寄せれらていた。


 彼の手の中に──店の軒先に積まれていたそれらは紛う事無き、真っ赤に熟れたトマトだった。


「おお、この港でも新鮮な生のトマトが売っているのか」


 自分は思わずそのトマトを売っている商人エルフの元へと足が向く。

 ララトイアの里で見たトマトは全て干された後のドライトマトしかなかったので、南の大陸からのカナダ大森林の里に入って来る物は全てそういった加工済みの物ばかりだと思っていた。

 エルフ商人が手に持っているそのトマトは元の世界で見るような大きく丸い物とは違い、少し小ぶりでやや縦に長い形をしている。


「ランドフリアの里で買えるならファブナッハまで行く必要もないんじゃないの?」


 トマトの店へと引き寄せられていた自分の後ろから、アリアンが覗き込むようにしてそんな事を口にする。そんな彼女の言動に自分は首を横に振ってそれをきっぱりと否定した。


「それはそれ、これはこれだ。せっかく新天地への足掛かりが出来たのだ、今更ここで引き返すなど勿体ない話。それにチヨメ殿達の同胞が築いたという国は是非とも一度目にしておきたいしな」


 そう言って返すと、後ろから付いて来ていたチヨメも力強く頷いて同調を示した。

 肩を竦めるアリアンを見やりながら、自分はトマト商人に向き直って注文を口にする。


「店主殿、味見用にトマトを一つ売ってくれ」


「え? トマトを、味見用に一つ……、ですかい?」


 自分のその言葉に、整った顔立ちのエルフ族の商人は訝しげな表情となって此方の注文をオウムのように聞き返してきた。

 その彼の表情の意味する所が分からず自分が首を捻ると、後ろでその様子を見ていたアリアンが何かを思い出したように店主に問い掛けた。


「あ、このトマト、処理前よね?」


「そうですよ、うちは加工前のトマトを卸しているから安いんですが」


 アリアンは此方の疑問に答えるでなく、トマトを売っていた商人へと話し掛け、商人の方もそれに答えを返してアリアンは納得したように頷く。


「ここのトマトは毒抜きの加工前なのよ、だからこのトマトは買ってもすぐには食べれられないわ。それと里では貨幣が金貨しか扱ってないから、四分の一金貨で支払っても一個だと割高になってしまうから、量で調整しないと駄目なのよ」


 そのアリアンの言葉に思考が一瞬止まり、市場のざわつきが急速に遠のくような錯覚を覚えた。


「アリアン殿、今なんと……? いや、トマトに毒があると言ったか!?」


 自分でもあまりの驚きに声が大きくなって、思わず自身の口を手で押さえる。

 そんな疑問に答えたのは、此方のやり取りを見ていたエルフの商人だった。


「何だい? 鎧の兄さんは普段あまり料理しない人かい? そりゃびっくりするかもな! トマトは元々毒があって、毒抜きをしてからでないと食べられないんだよ。まぁ毒って言っても、食べたら腹を下して便所に駆け込む程度のもんだがな! ハハハハ」


 エルフの商人がそう言って、持っていたトマトを手の中で転がしながら笑い飛ばす。

 その彼の言葉を引き継ぐように、アリアンがその補足を語って聞かせてくれた。


「元々トマトは南のファブナッハでは”腹下しの実”って呼ばれていて、便通に難がある人とかが口にする下剤的な物だったのよ。でもファブナッハ大王国を興した初代の王様がその実を”トマト”と呼んで腹を下しながら食べる程好んだらしいわ。それを見た当時のエヴァンジェリン様がトマトの毒抜きをする為の魔道具を作り出して贈ると、ファブナッハの王様にすごく感謝されて、それからカナダとファブナッハの親交がより深まったって話を聞いたわね」


 彼女の語るカナダ大森林とファブナッハ大王国の両国の馴れ初め話に相槌を打ちながら、店主の手にあるトマトに視線を落とす。


「……腹下しの実、なんとも身も蓋もない名前だな」


 そのあまりに不名誉で安易な名前に思わず(かぶり)を振って独り言を漏らす。

 トマトをそのまま生で食べると腹を壊すという事は、自分が今の身体の状態で口にしても腹を壊すのだろうか?

 下痢の骸骨など聞いた事もないが、だからと言って積極的に試したいとも思えない。


 しかし、そんな言わば下痢誘発薬とされていた実に”トマト”と名付けて、それを積極的に食べていたというファブナッハの初代王は、どうも自分と同じ境遇の人間に思える。

 カナダ大森林を築いたという六百年前の初代エヴァンジェリンも同じ存在である可能性が高い事から、二人はトマトを切っ掛けとして知り合い、何とかしてトマトを食べれるように改良したのかも知れない。

 確かファブナッハ大王国が興ったのは五百年前だったか。当時の親交が今もこうして南北間の交易として続いている事からも、その両者の仲を窺い知れるというものだ。


「しかしこのトマトの毒抜きとやらは、どのようにするものなのだ?」


 とりあえず商店に並べられたトマトから視線を外し、隣のアリアンに尋ねる。

 毒抜きしなければ食べるには適さないとなれば、この目の前に山と積まれているトマトは眺める事しか出来ない。


「トマトは確か”解毒晶玉(アンチドーツクリスタル)”と一緒に一、二時間水に浸けてから、そのまま調理するか、乾燥させて保存するか……だったと思うけど?」


 自分の質問に答えてくれたアリアンは、少し自信なさげに自身の回答の正否を問う様に店主の方へと視線を向ける。

 それに店主は満面の笑みで頷いて返し、彼女の答えを肯定した。


「今この場で生を口にする事が出来ないとはな……。しかしまぁ、その”解毒晶玉(アンチドーツクリスタル)”とやらを手に入れる事が出来れば生のトマトを食べる事が叶うと分かったのは収穫であるか」


 後ろ髪を引かれる思いで店主に別れを告げてその店を後にし、更に先に並ぶ商店の軒を冷やかしながら先へと足を進める。

 店先に並ぶ南の大陸から入って来るという香辛料などもかなり種類が豊富で、それらを見ていると食べたい料理などが頭に浮かんできて無い筈の腹の虫が鳴った気がした程だ。

 そんなもっぱら食材系統の商店ばかりに目を奪われていた自分だったが、ある露店に並んだ商品に目が留まった。

 そこは羊皮紙やパピルスのような紙などを取り扱っている店のようで、真っ新な巻物や紙束など幾種類もの大きさの商品が店先に並ぶ中で、それとは別に既に書き込まれた状態の紙などが飾られている一画に足を向けた。


「店主、この紙に描かれている風景は何処のものであるか?」


 店先で足を止めた全身鎧の此方を訝し気に見上げる店主に、自分はお構いなしとばかりに自分が関心を示した商品を指差してその店主に問い掛ける。

 自分が指し示した先にあった商品、それは一枚の紙に何処かの街の景色が精緻な筆致で描かれており、その風景画の様な物は一枚だけでなく、他の場所を描いた物も何点か店先に飾られていた。


「あぁ、これですか? これはファブナッハ大王国の王都を描いた物ですよ、それからそっちの数点は港街のプリマスを描いたものですね」


 商品に関心を示した質問に此方の事を客と認識してくれたのか、店主の男は此方の質問に丁寧に返してくれる。

 アリアンやチヨメも描かれた先の風景に関心を示したのか、店主の説明を耳に入れながら店先に飾られたそれら風景画を食い入るようにして見つめていた。

 あまり交通手段の発達していないこの世界では、こういった他所の風景や変わった生き物の絵などは一種の娯楽ような感覚なのだろう。


「どれか気に入った物がおありですか?」


 その店主の問い掛けに、自分は大きく頷いて店先に並んでいた商品の一つを指差して購入の意思を伝えた。


「なんでそれを買ったのよ? てっきり絵紙の方を買うと思ったのに」


 先程の露店を後にして暫くすると、アリアンはそう言って不思議そうな顔で尋ねてきた。

 彼女の言った通り、自分が先程の露店で買ったのは風景の描かれた物ではない。購入した物はと言えば、大きさはA4サイズ程の紙を何枚も紐で綴じた紙束と筆記具だった。


「アリアン殿、我の長距離転移魔法【転移門(ゲート)】は記憶した風景の場所へなら一瞬で移動する事が可能であるが、記憶に依存する限りそれは己の記憶力に応じた制限がかかる。しかし、この紙に行先の風景を描き留めておけば、それを手掛かりに記憶を掘り起こす事がかなり容易になる」


 自分は厚みのある紙束を繰りながら、先程の露店で絵紙を見て思いついた事を口にする。

 すると、その案にアリアンも素直に感心した風に大きく首肯して手を打った。


「成程ね、確かにそれなら多くの移動先を記憶する分にもいいわね。そうでないと、アークはその内目的の場所とは別の、記憶違いの場所とか飛んで行って帰ってこれなさそうだものね」


 そんなアリアンの失礼な物言いを聞いている内に、商店の並ぶ通りを過ぎてランドフリアの港の玄関口らしき場所まで来ていた。

 目の前に広がる蒼い海が眼下に広がっている所を見るに、どうやらこの里は少し高台にあるようだった。船が停泊している港は入り江状になった場所に作られており、港に下りるには殆ど岸壁といって差し支えない急な斜面に築かれた階段を下りて行く様な造りになっている。

 しかし眼下に見える港には多くの人々が動き回っている姿が見えるが、港へと通じる階段を利用する者は少ない。


 そのかなりの高さの岸壁の階段を下りると、その港のある崖下には大きな空洞が空いており、中には港湾関係の倉庫や地下ドックのようなものまで併設されてあった。

 どうやらここは地上と地下の二層構造になっているようだ。

 空洞の岸壁に築かれた倉庫などはどうも中で地上と繋がっているのか、多くの人や荷物が出入りしている様子が窺える。


「まるで秘密基地のような港だな……」


 そんなわくわくした気持ちで港へと近づいて行くが、階段から通じていた場所からは港への侵入が原則禁止なのか、腰の高さ程ある柵が置かれてそれ以上の侵入が阻まれていた。


「この先は港湾関係者以外は立ち入り禁止になってるのよ。でも明日にはあそこに停泊しているリーブベルタに乗船するから中に入れるわよ」


 ちょっぴり残念な気持ちで港の中を首を伸ばして覗き込んでいると、隣に立ったアリアンが地下の港に停泊していた一隻の帆船を示して見せた。

 そのリーブベルタと呼ばれた帆船の全長は百メートル程もあるだろうか、この世界では地底湖で見た謎の帆船が今迄で一番の大きさを誇っていたが、その大きさをあっさりと超えていた。

 人族が造り出した帆船の様に装飾の類は多くはなく、どちらかと言えば機能美を追求したような形で、折り畳まれた帆を持つマストが甲板に三本聳え立つ姿はかなり威風堂々といった感じだ。

 船体部分は木製の類ではないのか、やや白っぽいツルリとした硬質な表面が波間の光を反射させてキラキラと輝いている。


「アリアン殿、あの帆船は何で出来ているのだ?」


 その何処か現代的な船の質感に思わずアリアンに尋ねてみるが、彼女も船舶関係には疎いのか、首を捻って唸った。


「ん~~、あたしも船の事はそんなに詳しくはないから……。でもたしか、船の耐久度を上げるのにドラゴン種の甲鱗を用いているとは聞いた事があるけど」


 そう言いながら、アリアンは停泊する帆船リーブベルタを見返す。

 船の装甲にドラゴンの素材を用いるなど、中々にファンタジー感溢れるその仕様に思わず自分もその停泊している帆船を食い入る様に眺める。

 ドラゴンの鱗系がどれ程の防御力を誇るのかは知らないが、言うなればこの帆船は装甲艦だ。

 この位置からでは遠くてあまりはっきりとはしないが、甲板には幾つか大砲らしきものも並んでいるのが見える事から、交易商船というよりは交易戦艦と称した方が合っているだろう。

 しかし鉄や鋼鉄などを用いた装甲艦という物は本来、敵方の大砲が使う炸薬系の砲弾に対抗して進化してきたと記憶しているのだが、あの装甲はいったい何を想定した物なのだろうか?

 以前地底湖で帆船に搭載されていた大砲を見た際のアリアンの口ぶりからして、人族などは炸薬系の砲弾どころか、大砲すらまだまとも製造していないような印象だったが……。


 そんな思考に埋没していると、突然アリアンに肩を叩かれて振り返った。


「そろそろ行きましょ、そんなにここから覗かなくても明日には嫌って程近くで見れるんだから」


 彼女のその言葉に頷き返して、港に停泊する交易戦艦リーブベルタを振り返る。

 今は難しい事など考えず、素直に明日の船旅に対する静かな高揚感に身を任せるとしよう。

 目下の懸念は、この遠足前の気分ではたして今夜は眠る事が出来るかどうかだ。



遅くなって申し訳ありません。

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