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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第五部 新たな大陸
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新たな課題

遅くてすみません。

 北の大陸、南央海に面した東部には広大な森林が広がっている。

 人族の迫害から逃れて住むエルフ族が暮らすのその広大な森、その辺境に位置するララトイアの里は薄く煙る朝霧に包まれて、まだ外に人の気配はほとんどない。

 そんな里の中央付近にはこのララトイアの里を纏める長老の住む屋敷が置かれているが、その様式は普通の人の住む住居のそれとは違う。


 大きく広げた枝葉の下、その巨大な幹には幾つもの窓が設けられており、そこに嵌め込まれた綺麗なガラスが覗いている。屋敷全体はその巨大な大樹に融合するような形で悠然と建っているが、そんな不可思議な造形でありながらも周囲の長閑な景色の中にあっては幻想的な佇まいを見せていた。

 そんな大樹の屋敷の一室で、自分用にと宛がわれたふかふかのベッドの上でパチリと目が覚めて身体を起こす。

 エルフ族が身に纏う独特の紋様が描かれた着流しのような肌着がやや着崩れているのを直して、そこから覗いていた自分の骸骨の身体を隠す。

 部屋の隅に掛けられた鏡にはベッドの上で上半身を起こした骸骨がその眼窩に青い人魂のような灯を湛えて見つめているのが映っていた。


 この世界へと来てからほぼずっと付き合っている身体だが、やはり他の物に映っている姿を見ると未だにそれが本当に自分なのかという確証を得る為に時々奇妙な動きをしてその映りこんでいる姿の一挙手一投足を確認してしまう。

 一通り確認すると、枕元に置かれた革の水筒を引っ張り寄せて中に入れられていた温泉水──既に冷めて水と化したそれを一気に呷って口元を拭う。

 するとすぐに自分の身体に変化が現れた。

 服の下に収まっていた骸骨の身体がみるみるうちに変化し、水筒に収められていた龍冠樹(ロードクラウン)の水の効能である解呪の効果が示されたのだ。

 鏡の中に映るのは先程までの奇怪な動く骸骨の姿ではなく、きちんとした褐色肌の肉体を持つ青年の姿が映し出されている。

 年齢は三十代半ば程、少し長めの黒髪にアラビア系の精悍な顔には顎に無精髭を生やして、両の目は深紅の色、しかし長く尖った特徴的な耳の形は一目で人のそれでは無い事が窺えた。

 こちらの世界のエルフ族やダークエルフ族とは違った特徴を持つその姿は、あえて言うなら日によく焼けたエルフと言ったところか。

 戻った肉体を少し馴染ませるように動かしてから肩の凝りをほぐす。


「ふむ、問題なさそうだな」


 まだ薄暗い部屋の中、独りごちてベッドの上から降りる。

 ベッドの上にはまだスピスピと寝息をたてる緑の毛玉が、揺れたベッドの振動に反応して大きな綿毛のような尻尾を僅かに揺らした。


「ポンタもまだ寝ているのか……」


 体長六十センチ程のキツネにそっくりな顔つきと、前脚と後ろ脚の間にムササビのような皮膜を持つポンタと名付けたその動物は、偶然助けた時から着いて来るようになって今やすっかり旅の相棒と化していた。

 背中全体を草色の毛に覆われ、腹側と尻尾の半ばまでは白い毛色で纏められた柔らかそうな毛並みを少し撫でるが、口元をもごもごと動かすのみで起きる気配はない。


 部屋の隅に骸骨の身体を隠す為にいつも装備している白銀の全身鎧と大きな両手剣を目の端に留めて、着替えを思案するがそのままの恰好で部屋を出る。

 こちらの世界では日が昇ると共に人々が起き出して活動するのだが、まだその日も上がっていない時間帯の為、屋敷の中は静寂に満ちていた。

 時折屋敷を構成している大樹に身を寄せる鳥たちの鳴き声が小さく聞こえるだけで、あとは床板を踏みしめる自らの足音が響くのみだ。

 階下である二階へと降り、いつも食事をする食堂も覗くが人の気配はない。


「うーむ、早く起き過ぎてしまったか……」


 後ろ頭をぼりぼりと掻きながら、まだ火が入っていない厨房の竈の中を覗き込んでいると不意に後ろから声が掛けられた。


「あら今日は随分と早起きね、アーク君」


 その声に振り返ると、そこには薄紫色の肌に雪の様に白い髪を結って肩に掛け、金色の瞳と尖った耳を持つダークエルフの妙齢の女性が立っていた。

 豊かな胸を押し上げるような形で腕を組み、食堂でうろうろしている自分を訝しむように首を傾げている。


「おお、グレニス殿」


 彼女はこのララトイアの里を纏める長老の奥さんで、長老が所用で外に出ている現在は長老代理という立場にある女性だ。


「いつもの姿じゃないから一瞬誰かと思ってびっくりしたわぁ」


 そんな事を言って彼女はくすくすと忍び笑いを漏らす。

 いつもの姿は骸骨なので、むしろ普通はそちらの姿で部屋の中を彷徨っている方が心臓に悪いと思うのだが、そこは慣れの問題なのだろうか。

 すっかり呪われた骸骨の姿が板に付いてきているのかもしれない。


「それで? こんな朝早くにどうしたの?」


 再びのグレニスに問いに、自分の身体に落としていた視線を戻した。


「おぉ、そうであった。先日言っていたランドフリアから南の大陸へ行く交易船乗船の件、許可は下りただろうか? それが気になって目が冴えてしまってな……」


 そう言うとグレニスは多分に呆れの色を含んだ視線を此方に向けて肩を竦めた。


「さすがに昨日の今日で向こうの里の許可が取れないのは分かっているでしょ? 何? そんなに南の大陸に行くのが楽しみなの?」


 彼女のその言葉に、小学生が遠足を待ちきれずに早起きしたような気恥ずかしさを覚えてその視線を逸らし、食堂に設けられていた窓から外に視線を移した。

 いつの間にやら薄暗かった外には朝の日の光が僅かに漏れだし、朝靄の中に光の帯を垂らし始めていた。


「ん~、おはよう……。早いわね」


 するとそこへもう一人の女性の声がしてそちらの方へと振り返った。

 そこにはグレニスによく似た女性が寝惚け眼を擦り欠伸をしながら食堂へと入って来るのが目に映った。

 薄紫色の肌に白く長い髪はストレートのまま下し、金色の瞳に尖った耳、顔立ちも隣に立って呆れ顔をしているグレニスによく似た彼女はグレニスの娘だ。

 名はアリアン・グレニス・メープル。

 このエルフが暮らすカナダ大森林の中心都市である森都メープルに所属する戦士であり、自分がこの世界に来てから今日までの間、随分と世話になった人物でもある。


「おはよう、アリアン殿」


 未だに眠そうにするアリアンに声を掛けると、それを見ていたグレニスが何やら思いついたという風に手を打つ。


「交易船の出ているランドフリアへの立ち入り許可とかはもう暫くかかるだろうし、朝食もまだだから、その間アーク君はアリアンを相手にもう少し剣での立ち回りとかを稽古してきたらどうかしら?」


 そう言って彼女はアリアンの方へと向き直って笑みを浮かべる。


「うむ、我の方は相手をして貰えるなら有り難いが……」


 自分もグレニスのその提案に頷きつつ、その相手役になるアリアンの方へと視線を向けて彼女の返答を待つ。


 今の自分の肉体はゲームでプレイしていた時のアバターの能力をそのまま引き継いでる為にその能力値は無駄に高いが、肝心のそれを扱う自身が戦闘慣れしていない為に動きが単調で、グレニスのような手練れを相手にすると呆気なく打ち取られてしまったりする。

 パワーやスピードは抜群だが、カーブは曲がれない──そんな感じだ。


 まぁ彼女程の手練れがそうそう世の中に居るとは思わないが、先々の事を考えるともう少しまともに戦闘に慣れていた方がいいのは確かだ。

 アリアンは少し寝癖の付いた髪を手櫛で梳きながら、大きく溜め息を吐いた。


「わかったわよ……、あんまり汗掻きたくないから軽くだからね? アーク行くわよ」


 アリアンはそう言って此方を促して食堂を出て行く。

 厨房に残って満面の笑みで手を振るグレニスに会釈をして、自分もその後に続く。

 大樹の屋敷の裏庭、その大きな木陰の下でアリアンと対峙するように立って、練習用の木剣を構える。

 アリアンも森都メープルで戦士をしているだけあって、その剣術の腕は自分より格段に上で稽古をするうえでは申し分ない相手だ。

 逆に彼女の母親であり、剣の師範でもあるグレニスとでは実力に隔絶したものがあり、むしろ稽古に向かないのではと思える程一方的な展開で終わってしまう。

 まだ自分では彼女の稽古から学べるような段階ではない、まずはアリアンとの稽古でもう少しまとな仕合いが出来なければ話にならないのだ。


 いつもの『ベレヌスの聖鎧』を着けていないからか、今日は身体が軽い。

 手に持った木剣を握り直し、一気に間合いを詰めてアリアンへと木剣を振りにかかる。

 鎧の重量がないからか、いつもの踏み込みよりかは幾分素早く間合いを詰めれたと思うが、アリアンは此方の動きに対応して切っ先を僅かに滑らせて此方の打ち込みを弾く。


「ぬっ!」


 弾かれた反動を利用して身体を捻り、そこから次の攻撃へと繋げようと再び木剣をアリアンへと振り下ろそうとするも、そこに彼女の追撃を受けて後ろへと下がる。

 そんな隙を見逃す彼女ではない。

 一瞬の虚を突く形で前へと間合いを詰めて、最小限の動きで突きを放ってくる。


「くっ!?」


 その鋭い突きに身体が反射的に反応して大きく後ろへと飛んだ。

 自分ではそれ程強く反応したつもりはなかったのだが、木剣を構え直そうとして視線をアリアンに戻した時には軽く三メートル程後ろへと下がっている事に気が付いた。

 その事実に、自分と彼女の間に視線を落として再びアリアンの方へと視線を戻すと、彼女は明らかに不満そうな顔して木剣の切っ先を下げた。


「ちょっと、そんなに大げさに避けたら稽古にならないでしょ?」


「む、すまぬ。ついな……」


 彼女の抗議に素直に謝りつつも、自らの反応に首を捻る。


 再び構え直すと、今度はアリアンの方が先に仕掛けて来た。


 一振り一振り繰り出されるアリアンの鋭い打ち込みに、身体が反射的に動いてそれらを持っていた木剣で防御するが、いつもより身体が大げさに反応して四打目には既に態勢を崩して、そこを一気に攻められ彼女の木剣が脇腹に当たる。

「っぬ!?」

「ちょっと、いつももう少し小さく防ぐのに。今日はなんでそんな大振りで防ぐのよ?」

 やや納得いかないという風なアリアンの顔に、自分も少し混乱したような瞳を向けた。

 自分では普段と変わらないつもりだったのだが、結果を見ればいつもより動きが固い。

 その後も何度となく剣を交えるが、少し動きがマシになったとアリアンに言われたのは、飲んでいた温泉水の効果が切れて骨の身体に戻った頃だった。


「姿も戻って調子悪そうだし、今日はもう終わりにする?」


 アリアンが木剣を肩に担いだ格好で声を掛けてきたのを、首を振って応えた。


「いや、最後にもう一度だけ頼む、アリアン殿」


「はいはい」


 彼女がまた少し間合いをあけてるのを待って再度互いに構え直す。

 先程までと何ら大きく変わる事ない状況だが、自分の中に確信めいたものがあった。

 自らの木剣を持つ骨格だけとなった手に視線を落とす。


「では、参る!」


 気合いと共に間合いを詰めて一閃。

 アリアンはそれを焦ることなく剣の腹で滑らすようして返し、僅かに此方の切っ先が逸れた隙間を縫うように反撃を返してくる。

 一撃、二撃と打ち込んでくる彼女の攻撃を冷静に見極めながら、それらの攻撃を捌きつつ、反撃の糸口を掴む為に軸をずらして間合いを開けてそこへ相手の攻撃を誘う。

 目論見通りの攻撃がきたところをそれを弾いて相手の隙を生み、そこを突こうと攻撃に移るも、彼女もそれを見越して身体ごと間合いを詰めて来た。

 両者の鍔が競り合いする中、アリアンが微かな笑みを浮かべる。


「なによ、普通にやれるじゃないの」


「ぬうぅ」


 互いに鍔を競り合っている状態でいたそこへ、屋敷の窓からグレニスの声が掛かった。


「朝食の用意が出来たわよ」


「はーい」


 その声にアリアンが答えて、そこで朝の稽古がお開きとなった。


「は~お腹空いたぁ」


 そう言って背伸びしながら屋敷へと戻るアリアンの背中を見送りながら、自分は手に持った木剣を振って風を切った。

 先程のアリアンとの一戦で感じたものが、自分の中に甦ってくる。


「どうやら間違いないな……」


 そう独りごちて静かに息を吐き出す。

 温泉水の力で取り戻した肉体、それに伴って戻る感情は戦いの中においては相手の攻撃に対して敏感に反応していたのだ。

 相手の攻撃が迫る際に反射的に感じる”焦り”や痛みに対する”恐怖”、それら感情の波が攻撃を捌く際に身体の硬直や大げさな防御に繋がっている。

 それは考えれば納得のいく話だ。

 骸骨の身体でいる際には大きな感情が抑制され、相手の攻撃を冷静に見つめる事が出来るが、生身の場合は感情が普通に戻るので、少し前まで剣を握って戦った経験の皆無な自分にとって攻撃を見極めて打ち返すなんて真似は早々には出来ないのが当たり前だ。


 戦闘の際にいつでも骸骨でいれば、冷静に対処する事は出来るだろうが、しかしそれではいつまで経っても成長しないのも確かだ。

 これからも頻繁に生身の身体で過ごすなら、その状態での稽古をみっちりと重ねていかないと、いつ足元を掬われるか分からない。


「むぅ、これは思った以上に難儀かもしれん……」


 そんな自分のぼやきは、頭上に広がる大樹が風で鳴らす枝葉の騒めきによって掻き消されていた。


おかげさまで「骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中」の一巻が、この度台湾でも発売される事となりました。

献本も頂いたのですが、全文漢字でまったく読めませんでした。^^;


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