これは薬草ですか? いいえ魔獣です2
駆け寄って来たマルカに反応したのか、それとも自分の大声に反応したのか、コブミの木の向こうにあったそれは、のそりと立ち上がると大きな身体を揺らして固まった身体を解す様に身震いする。
それは体長が頭の先から尻尾まで優に六メートルは超える蜥蜴の様な身体で、太くて逞しい脚は六本、全体に灰色がかった緑の鱗を全身に貼り付け斑の模様を描き、頭の大きさに比して大きな目玉はまるでカメレオンの様にグリグリと辺りを見廻して、こちらを窺う様子が見てとれる。
頭の先には王冠の様な緑色の鶏冠が付いており、背中の中心には鱗が変化したのか、棘状の突起が規則正しく尻尾の先まで並んでいる。
それは口を大きく開けて、びっしりと並んだ牙を見せながら喉の奥から奇怪な声で鳴いた。
「クロロロロロォォォオォォオォ!」
その姿にはゲームで見覚えがあった。
ジャイアントバジリスク。
レベル帯は百五十から百七十くらいのモンスターで、体力、攻撃力共にそれ程高くないので慣れればどうと言う敵ではない。ただ中級になりたてのプレイヤーにはキツイ相手で、石化の眼差し、毒の霧、麻痺の爪と状態異常攻撃のコンボを喰らうと、あっさりと体力を削り殺されてしまう。
さすがに危険な森と言うだけあって、普通の村人では対処に困るモンスターだろう。いや、こちらでは魔獣と言うのか?
コブミの木に向って走り出していたマルカはその姿を見るや、踵を返して慌てて駆け戻って来る。
それを追う様に、ジャイアントバジリスクは六本の脚を器用に動かしてこちらへと迫ってくる。すると不意に少し離れた場所で立ち止まると、頭をすっと上に持ち上げ上下に振りはじめると、緑色の鶏冠が赤く色を変え始めるのが見える。
この予備動作はゲームと同じか!
範囲状態異常攻撃の石化の眼差し。眼差しと言いながら、前方に扇状の広範囲にダメージ判定を伴う衝撃波を繰り出す攻撃だ。
手に持った荷物を放り出し、背中に担いだ盾を左手に装着する。そこへ駆け込んで来たマルカを右手で受け止めて盾の裏側に滑り込ませる。
神話級装備、【テウタテスの天盾】。レベルに応じた状態異常耐性値を付加する能力でレベル差があれば大抵の状態異常を防げる代物だ。その盾を構えて防御態勢を取る。
次の瞬間、パァンと辺り一帯の空気が弾ける様な衝撃音がして盾に鈍い衝撃が走る。盾の影に入れたマルカを見るとぎゅっと目を閉じて耳を押さえている。見た所どこにも異常はない。無事に石化攻撃を打ち消した様だ。
ゲームでは再発動に一定の時間があったが、ここでもそうだとは断定できない。また攻撃パターンを探る為にわざと敵の攻撃を喰らう様な真似も出来ない。
素早く前に出て、マルカを自分の背中の後ろに隠す。腰に下げた剣を引き抜くと片手で上段に構える。マルカもいるので、とりあえずは遠距離攻撃型の戦技で一撃を叩きこむ。
聖騎士の戦技スキル【審判の剣】!!
振りかざした剣に光が集まり輝き出す、それを一気にその場で振り下ろす。瞬間、ジャイアントバジリスクの足元の地面に魔法陣が展開すると同時に、そこから光の剣が上方に向って聳立する。
「グロロォロロォォオォオォ!!!」
光の剣はジャイアントバジリスクの巨体をあっさりと貫き、その切っ先を五メートルも上に掲げた。空間にまるで金属をぶつけた様な響きが鳴り、光の剣がまるでガラスが砕ける様にその形を崩す。
辺りに静寂が戻ると、間を置いてジャイアントバジリスクの巨体が、地響きを立てながらその場で崩れ落ちた。しばらく剣を振り下ろした体勢のまま様子を窺っていたが、ピクリともしなくなっていた。一撃で倒せる様な威力の技ではなかった筈だが……。
それに【審判の剣】はあんなに巨大な光の剣が出る技だったか? 戦技スキルを使用する時に力んだが、それが技の威力を押し上げたのだろうか? たしかに現実なら同じ技でも力の入れ具合によって威力が変わるだろうが……、考えてもよく判らないな。
マルカは背中にしがみ付きながら、倒れた魔獣の様子を覗きこんで、「すごい!」を連呼している。
「マルカ殿。此奴が最近村に出たと言う魔獣か?」
「ううん。こんな大きなの、私も初めて見た。それに村に出たのはおっきな牙の生えたファングボアだったよ?」
マルカはその後ろのおさげを横に振りながら否定の仕草を取る。そして何かに気付いて指を斜面の先を差して声を上げる。
「あ! あっちにも同じのがいる!!」
その言葉と示された指の先を見ると、傾斜の向こう側にある大岩にもう一匹のジャイアントバジリスクが鎮座してこちらを窺っているのが見えた。目が合うと、向こうはそそくさと踵を返して姿を晦ました。
「あ、どっか行っちゃった」
仲間が倒されて警戒したのかも知れない。とりあえず他の気配もなくなったので、目的の薬草採取を再開しなければ。
「マルカ殿。薬草のコブミはよいのか?」
そう尋ねると、あっと言って慌ててコブミの木に駆けていく。木の根元まで行くと、広がった下枝に付いた白い花を摘んで籠に入れていく。
そんな様子を見ながら、倒したジャイアントバジリスクに視線を戻す。六メートルの巨体が地面に横たわっている。こいつも魔獣だろうから心臓に魔石があるはずだが、肝心の心臓の位置がわからない。これだけ図体がデカいと闇雲に探すのは大変だ。ワニやトカゲと同じ様な位置にあるのだろうか?
ひとまず俯せに横たわる巨体を力一杯押して、仰向けに転がす。すると巨体が嘘のように簡単に仰向けに転がる。
ワニの心臓の位置を参考にするなら前脚付近の腹部の中心近くだったか? 荷物にある短剣では歯が立たなさそうなので、聖雷の剣を抜いて心臓のありそうな場所に突き立てる。バジリスクの腹を開くと丁度心臓の部分だったのか、赤子の拳程の大きさの石が転がり出てくる。日の光に翳すとすこし光を透して紫色の輝きが目に映る。これが魔石かと少し歓心を得る。
バジリスクの巨体はさすがにオークの様に食べないだろうから、このまま森の養分だな。オークの方は百歩譲って豚として、こっちはグロテスクなカメレオンだ。どう見ても美味そうには見えない。持って帰るのも大変そうだし……。
「騎士様~、上の方のお花取って~!」
ジャイアントバジリスクの処遇を思案していたら、マルカから救援の要請があった。魔石を荷物袋に入れて、マルカのいるコブミの木の傍に向う。
コブミの花は枝一杯に広がっており、一つの花に五つの花弁が配置された小さい花だ。花からは何とも言えない芳しい香りがする。
マルカは下枝の方に付いてる花を一生懸命採取している。
「これには何の薬効があるのだ?」
「ん~、お父さんが教えてくれなかった。大人しか使わない事と、乾燥させて粉にした物が高く売れるって事くらい? 薬草だから病気を治す為よね? 騎士様は大人がかかる病気って何かわかる?」
マルカは花を採取する手を休めずに、そんな質問をしてくる。
大人がかかる病気……、成人病とかだろうか? しかし、あれは偏った生活習慣が引き起こす疾患の総称であって、子供がかからない訳ではないって事で改名された。パッと思い付くのはない。
「いや、我にも病名の心当たりはないな」
「そっかぁ~。今度、詳しい人に聞いてみる。売り物の効能を知らないんじゃ、足元見られるしね」
そう言って彼女は笑った。
二人で花の採取に励んでいると、すぐに籠一杯になったので、自分の持っている獲物用に使う大きな麻袋にもコブミの花を入れていく。やがて麻袋も一杯になると、それを肩に担ぎ帰り支度をする。
帰り道もマルカに後ろから付いて行く。マルカは森のどの辺にいるか地形などで覚えているらしいが、今日初めてこの森に入った自分には何処も彼処も同じ風景に見える。彼女がいなかったら確実に遭難しそうだ。
やがて木々の密度が疎らになってきて、もうすぐ村の畑が見えてくる頃という場所にまで戻って来た。
そこに一匹、かなり大きな黒いイノシシが周辺の土を掘り返して何かをしている。
「あ、ファングボア! この前に村の畑を襲ったやつだ。こんな近くまで来てるなんて」
マルカの声に気付いたのか、それとも気配を察知したのか、穴を掘っていたファングボアは徐に顔を上げて、唸り声を一声上げる。
ブルボアとは大きさがまったく違う。体長は二メートル以上、体高もマルカの身長くらいありそうだ。下顎から突き出た四本の牙は真っ直ぐ上に向って突き立っている。
後足に力を溜めた後、猛然とこちらに向って突進して来る。慌てて荷物を下ろして向き直った時には、ファングボアはもう目の前にまで迫っていた。
しかしその突進はあまり速くは見えない。突進を真正面から構えて、下顎から伸びる牙を両手で掴むと、そのままそれを思い切り地面に叩きつける。ファングボアは突進の恰好のまま、頭を地面にめり込ませて大人しくなる。
素早く剣で腹に一突きすると、また思い出した様に暴れ出す。ファングボアはかなりの力で四肢を暴れさせようとしてくるが、それ程苦も無くその頭を押さえ込める。
「マルカ殿。我が止めを刺しておく。村の猟師か誰かに頼んで、こいつを積める物を持って来て貰えぬか?」
「う、うん。わかった! 待っててね!!」
マルカは慌てて返事をすると、そのまま村の方へと駆け出して行く。それを後ろから転ばないか心配しながら見送る。
しばらくすると、マルカを先頭に村人数人が大八車の様な台車を引いてこちらにやってくるのが見えた。
手元のファングボアを見ると、かなりの出血をしたのか、もう動く力はないようで小さく息をするのみになっている。
村人たちは随分と驚いた顔で、仕留めたファングボアを見て、口々に感嘆の声を漏らしていた。村人の中の一人が猟師を名乗って、その猟師の指示のもと、獲物を台車に載せる。
「んで、こいつの処分はどうすんだい、騎士様? 毛皮も使えるし、牙も良い値がするぜ。あと肉も美味い。もし街まで運ぶなら村人何人か雇ってくんな」
猟師を名乗るその男は、台車に載った獲物を検分しながら、その処遇を聞いてくる。
「ふむ、こいつは魔獣と聞く。牙と魔石を報酬にして此奴の毛皮をなめしてもらえるか? なめした毛皮はマルカ殿に進呈しよう」
「え? いいのかい、そんなんで?」
「わっ、毛皮貰えるの?! 騎士様!」
二人は吃驚した顔をしてこちらを見る。いい値がすると言ってもそれ程高いとは思えないし、今のとこ毛皮の使い道もない。それならマルカにプレゼントして喜んで貰えれば十分な気がする。四十代のおじさん(設定)は小さい子には甘いのだ。
「かまわん。肉は村で分けるといい」
そう言うと台車を押していた周りの村人も歓喜の声を上げ、口々にお礼を言ってくる。最近この魔獣が頻繁に畑に現れるのでかなり困っていたらしい。村人の有志で狩猟するか、金を出し合って傭兵組合に依頼するか協議していたそうだ。
このファングボアが村付近まで出てきたのは、さっきのジャイアントバジリスクに追いやられて来たのかも知れない。
ファングボアは猟師の家の横にある解体場で解体する事になった。獲物を台車ごと運び込むと、噂を聞きつけた村人が入れ替わり立ち代わり覗きにやってくる。村長までやって来て、大変畏まって礼を言ってきた。
そうこうしているうちに、かなり日が暮れてきていた。
特にやれる事もないので、後は猟師と有志の村人に任せて、毛皮と肉の分配だけを頼んで、一旦マルカの家に戻る事になった。収穫用の麻袋に入っているコブミの花も引き渡す必要もある。
マルカは終始ご機嫌で、お肉が食べれると喜んでいた。
「ただいま、お母さん! 聞いて聞いて! 騎士様が村を襲っていた魔獣を倒してくれたよ!!」
家に帰ったマルカは開口一番、今回の薬草採取の成果ではなく、魔獣退治の方を大声で告げる。
「なっ!? あなた、魔獣に遭ったの!? 怪我は!? 怪我はしてないの?!」
母親が慌てて、自分の娘を掴むと引っ繰り返したりして一通り無事を確かめると、安堵の溜息を吐いて娘を抱き寄せる。心配させないでと母親が涙交じりの声で小さく呟くと、マルカも瞳を潤ませて「ごめんなさい」と謝っていた。下の妹のヘリナも母親の真似をして姉のマルカの背中に抱き着いている。
「娘が本当に大変お世話になりました。なんとお礼を言ったらいいか……」
「依頼通り、マルカ殿の護衛を務めたまで。マルカ殿、依頼完遂であれば完了札なる物を頂けるか?」
「あ、はい!」
そう言って彼女は自分の服のポケットから名刺サイズの小さな木札を出して渡してきた。木札には依頼番号等が書かれているみたいだ。
「今回は本当にありがとございました」
マルカが可愛らしく頭をぴょこんと下げてお礼を言ってきた、それを大仰に頷いて見せて、そっと彼女に近付いて声を潜めて囁く。
「マルカ殿、あの大きい魔獣に出会った事は二人の秘密にしておこう。これ以上、母上殿に心配を掛けてはいかんからな」
そう言うと、彼女は了解したと首肯して可笑しそうに笑った。彼女から受け取った木札を荷物袋に入れて、そんな彼女に手を振って家を出る。
家の外に出ると猟師の家の方から、まだ村人たちの談笑が聞こえて来る。まだファングボアを解体しているのだろう。空も夕焼け色に染まりつつあるなか、鳥の群れが編隊を組んで森の方へと飛んでいく姿が見える。
こっちも早めにルビエルテに戻らないと、門が閉まってしまう。【次元歩法】があれば外から一旦街壁の上に転移して、そのまま街中へ入る事もできるが、それは最終手段だ。
村の門から外へと出て、畑仕事から帰る村人たちとすれ違いながら、もと来た道を辿って行く。村の畑を越えると人影がなくなり、草木のざわめく音だけになる。
街へ帰るにあたって今回は【転移門】をもう一度試してみようと思う。前回はこちらへ来てすぐに試して、目の前数メートルしか移動できなかった。この魔法は恐らく明確に目標がイメージできる場所へ移動できる魔法なんだろうと思う。
ならば今回はルビエルテの東門側の街が見渡せる丘を目標地点に据える。あそこなら人通りも少ないし、明確に記憶に残っている。
今回の移動方法が確立すれば、行った事のある場所へとすぐ転移できてかなり便利になる筈だ。ただ似た様な風景の森の中や草原とかはたぶん無理だ。
とりあえずラタ村もしっかり記憶しておこう。振り返ってラタ村を見ると、遠く村の家々から夕飯の支度の煙が立ち上っているのが見える。そう言えば今朝買ったパン、食べずにそのままだった。
ラタ村に背を向けて、ルビエルテの街の目標地点である情景を頭の中に浮かべる。
「【転移門】!」
魔法を起動させると、足元に直径三メートルはある青白い光の魔法陣が浮かび上がる。ふっと目の前が暗転して、身体が浮遊感に包まれる。そして気が付いた時には目の前の景色が一変していた。
最初にルビエルテの街の全貌を見渡した丘に一人で立っている。どうやら【転移門】の移動は成功のようだ。これで行先を増やして行けばあちこちを気軽にぶらぶら移動できる。素晴らしい魔法だ。
ルビエルテの街へ東門から入り、傭兵組合所へと向かう。その後ろで閉門の鐘が辺り一帯に響く。どうやら結構ギリギリだったらしい。
組合所に行くと、相も変わらず檻の中から熊親父が凶悪な営業スマイルを向けてくる。マルカはよくこんな凶悪そうな人間のいる所へ依頼をしに来れたなと、少し感心してしまう。
「依頼完遂だ。確認を頼む」
荷物袋から依頼札と一緒に貰った完了札をカウンターに出す。熊親父はそれを確認すると銀貨を一枚渡してくる。これで今回の依頼は全て完了した事になる。
さて今日もいつもの宿に泊まって、明日からの事でも考えるか。
誤字・脱字等ありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。
 




