第2話 翔子1
カードの効力が切れ、辰也は元に戻る。
辰也の目の前で、燈子の剣を受けたハルマンはガソリンでもかけられたかのように激しく炎を上げながら、火を消そうとしているのか翼をばたつかせていた。カード消費の必殺技を受けても、死んではいないのだ。それも辰也と燈子で二回である。こんな相手にどうやって勝てばいいのだろう。辰也はハッとして呼びかける。
「燈子! 燈子!」
辰也の声は虚空に響くばかりで、返事はなかった。力を使い果たして、消えてしまったのだろうか。辰也は敵前であるにもかかわらず茫然自失と立ち尽くす。
「辰也さん、こっちへ!」
見かねた翔子が声を掛ける。辰也はのろのろとハルマンから距離をとった。隣に翔子が駆けてくる。
「ぐっ……このままでは終わらんぞ……!」
火だるまのままハルマンは怨嗟の声を上げた。炎は徐々に収まりつつあり、ハルマンが回復しているのが見てとれた。
辰也と燈子は敗北したのだ。
「翔子、逃げて……!」
辰也は声を絞り出す。自身の力を使い果たし、燈子も失った辰也はもう助からない。今の辰也にできるのは翔子だけでも逃がすことのみである。
震えながらもその場に留まる辰也に、翔子は申し出る。
「辰也さん! 私と契約してください!」
「だめだよ、無理だ……」
辰也は首を振った。心情的にというのももちろんだが、物理的に無理である。翔子が今使っている体は燈子のものなので、契約が成立しないのだ。
「私じゃだめなんですか……? 姉さんじゃないから……!」
翔子が今にも泣き出しそうな顔で震え声を絞り出す。そうではないと伝えたいが、翔子の体について教えるわけにはいかない。敵の目の前で長々と説明はできないし、何より翔子にとって姉の体を使っていたなんて、あまりに残酷な現実だ。知らないままでいてほしい。
ハルマンは全身を覆う炎の消火を待たずして立ち上がる。炎の中で、ハルマンの憎しみに満ちた赤い目だけがぎらぎらと輝いていた。辰也は翔子を背中に隠すが、辰也に戦う力はない。体の震えを抑えるだけで精一杯だ。
ハルマンはよろけながらもこちらに近づき、拳を振り上げる。辰也は翔子を後ろに突き飛ばして、目を瞑った。
しかし、ハルマンの拳が辰也に届くことはなかった。辰也の背後から飛び出した人影が、跳び蹴りをかましてハルマンを弾き飛ばしたのである。ハルマンはもんどりうって転倒し、地面を転がる。
「間に合ったようですな」
そう言ってこちらを向いた人影を見て、辰也は目を見開いた。どうして彼がここにいるのか。全く意味がわからない。
「お、小野寺君……!」
学校で辰也の前の席に座っていて、いつも話しかけてくる小野寺優がこちらを向いて涼しい笑みを浮かべていた。
「無事でよかったよ。ドラコ、例のものを」
「かしこまりました」
優の胸から小箱を抱えたドラコが出てきて、辰也の所まで飛んでくる。辰也は小箱を受け取った。
「グッ……魔王……! 生きていたとはな……!」
ようやく全身を包む火が消えたハルマンが黒焦げの体で立ち上がり、優をにらみつけて言う。優が魔王……?
優は飄々とハルマンの言葉に応える。
「今の僕にあるのは『魔王の心臓』のレプリカだけさ。とても魔王とは言えないよ。辰也、それを使って早く契約を!」
確かに今は驚いている場合ではない。辰也は優の指示に従って小箱を開け、ギョッとする。箱の中に入っていたのは金色に光る目玉だった。
「神泉さんの『竜の瞳』だ! 今ならお姉さんの方も間に合う!」
叫ぶ優の胸に再びドラコが吸い込まれ、ハルマンに対して素手で構えをとる。
「その姿で私に勝てると思っているのか、ドラコ!」
叫ぶハルマンにドラコは冷静に応じた。
「今の私では力不足ですが、できる限りはやらせてもらいましょう」
優が所持しているのはあくまで『魔王の心臓』のレプリカである。憑依はできても変身はできない。
ドラコは憑依しただけの状態なのに機敏にハルマンの魔法を避け、優の体で拳を叩き込んでいく。ドラコは魔力をほとんど使っていない。というより、使えないのだろう。
「貴様……魔力を使えないのになぜ……!」
何かアクションを起こそうとするたび、ドラコに先手を打たれて行動を潰されるハルマンがうなる。
「あなたの筋肉の動きや魔力の流れから、だいたいの行動は読めます。伊達に数千年を生きてはおりません」
ドラコは自らの力不足を経験で補っていたのだ。魔力がほとんど伴っていないためハルマンにほとんどダメージは与えられないが、時間稼ぎぐらいはできそうだ。
「翔子!」
「……はい!」
翔子は辰也の前に来る。
「君には本当に申し訳ないけど……僕と契約してほしい」
「……私はいつでも構わないと思っていました」
神妙な顔で翔子は言った。辰也は左手に『魔王の心臓』の外部デバイスを浮かび上がらせ、白紙のカードを取り出して『竜の瞳』の上にかざす。
「……我が心臓に宿りし古の竜の覇王よ、この者を我が血肉とし、我が刃とする。この者を受け入れよ。この者こそ我が選ばれし運命の眷族なり」
デバイスが反応して電子音と共に竜の目が光り、カードの色が変わっていく。
『Take up,spirit of wind!』
緑になったカードは辰也の胸の中に吸い込まれ、同時に翔子の魂が移動した。空っぽになった肉体を辰也は手を伸ばして支える。ほどなくして辰也の肩で支えられていた肉体は、目を覚ます。
「あれ、辰也……私……?」
「もう大丈夫だから……」
燈子の体が空いたため、燈子の魂が本来の体に戻ったのだった。倒れそうになる燈子を辰也は抱き上げ、木の陰に隠れさせる。まだ魂が本来の体に戻って間もないため、なじむのに時間が掛かるのだ。体力が回復するまで動くのは無理だろう。
「しばらくじっとしてて……」
「辰也、一体どうなってるの……?」
状況が飲み込めていない燈子は、弱々しい声で訊いてくる。辰也は何も言わずに燈子に微笑み、立ち上がる。
「翔子、いける?」
(やってみます)
胸の中から響いてきた声を聞いて、辰也はカードを取り出す。今のハルマンになら、勝てるはずだ。
きっとハルマンも己の不利を悟ったのだろう。優を振り払い、ハルマンはボロボロの翼で空へ上がる。
「次はこうはいかんぞ、人間……! 覚悟しておくがいい!」
ハルマンは捨て台詞を残して去っていった。やる気満々になっていた辰也はぽかんと遠くに小さくなっていくハルマンを見送る。優の体からドラコが出てきて、
「深追いはしない方がいいでしょうな」
と言った。優もうなずき、
「神泉さんのお姉さんの方を何とかしないと」
突然出てきて話を進められ、釈然としないところもあったが、優の言うことももっともだった。
「僕んちに連れてくってことでいいかな……? 小野寺君たちもついてきてくれるよね?」
燈子と翔子の家はすぐ近くだが、鍵を持ってきていなかった。鍵は辰也の家にあるので、連れて帰る他ない。優には事情を話してもらわなければならないので、一緒に来てもらわないと困る。優は即答した。
「もちろんだとも」
辰也は燈子をおぶって、家へと急いだ。
○
家に着く頃には燈子もなんとか歩ける程度になっていたので、さっそく優から事情を聞くことにする。燈子をソファーに座らせ、翔子も辰也の中から出てきてもらう。
「翔子、出てきて」
「は、はい! あれ……? 私……?」
出てきた翔子は六歳くらいの姿で、自分の姿に戸惑っているようだった。ほとんど消える直前の燈子と同じくらいの大きさである。翔子は小さな手でぺたぺたと自分の体を触りながら、辰也に尋ねる。
「あの……辰也さん……なんで私はこんなに小さいんですか?」
「さぁ……。どうしてだろう?」
燈子は魂が摩耗した後ならともかく、最初に出てきたときはもっと大きかった。今の翔子は身長110センチくらいしかなくて、未就学児にしか見えない。左目のものものしい眼帯が全く似合っていない。辰也が優の隣でちょこんとソファーに座っているドラコに目を向けると、ドラコが解説してくれた。
「燈子殿と翔子殿の魂の強度の差でございます」
「つまり、燈子は魂が強いから大きな姿で出てこられたけど、翔子は最初から消耗した燈子くらいの強さしかないってこと?」
「そういうことでございます」
燈子と翔子の人間のときの魔力差が、契約して辰也の外に出たときの体格差という形で現れているのだった。魂の強さなら竜であるドラコは人間を遙かに超えるが、ドラコの場合は逆に魂の強さに辰也の魔力が追いつかない。
「すみません……私が弱いばかりに……」
申し訳なさそうな顔をする翔子を見て、辰也は苦笑いする。
「ははは……別に困るわけじゃないから」
辰也はソファーの真ん中に座り、優と向かい合う。翔子は辰也の左隣に座ろうとするが、身長が足りないためそのまま座ることはできない。
「あっ……辰也さん……」
「いいから」
辰也は翔子を抱き上げ、そっと隣に座らせた。翔子は恥ずかしそうにして、燈子は「やっぱりあんた、ロリコンなんじゃないの?」。
「そ、そうだ。本題に入ろうか。小野寺君、君が僕に『魔王の心臓』をくれた……。それで間違いないの?」
「そうだよ」
優は笑顔で首肯した。辰也は優の反応にあ然とする。
「なんで僕なんかに……」
「そりゃあ君なら『魔王の心臓』を絶対悪用しないと思ったからさ」
「そもそもどうして『魔王の心臓』を手放す必要があったのよ」
剣呑な目つきで燈子が尋ねた。復活したてで調子が良くないこともあり、燈子は目に見えて不機嫌だった。
「そりゃ、持っていると面倒だからさ。魔族の旗印に担ぎ上げられたり、逆に狙われたりさ。魔王なんて呼ばれても、楽しいのは最初だけだよ。だから適当な人を見つけて『魔王の心臓』を譲ってたわけさ」
人間ならどうせ『魔王の心臓』を扱いきれないしね、と優は気障に笑った。なんと無責任な、と燈子は眉をひそめる。
「いらないなら破壊してしまえばよかったのに……」
辰也は思わず呟いた。それに対して優は釈明する。
「『魔王の心臓』は不死身の竜の心臓を幾つも使って作られたんだ。たとえ魔族でも破壊することはできないよ。かつて魔王と呼ばれた僕でも、分割することしかできなかった」
優の説明に小さく息をついて、燈子が話を変える。
「じゃあ私と翔子の体を入れ替えたのはなぜ? あんたの仕業でしょう?」
優は頷いた。
「そうだよ。僕の正体は隠しておきたかったからね」
今の優でもどさくさに紛れてダメージを受けた魂を操作するくらいならなんとかなる。肉体的にも燈子と翔子は非常に似通っていたため、入れ替えなどという無茶が成立したのだ。
優の言葉を聞いて、燈子は声を荒げる。
「だからってどうして……!」
「簡単な話さ。神泉さんが辰也の眷族になると、『竜の瞳』を完全に使えるようになるからね。ま、結果的にこうして正体を見せなきゃならなかったし、君たちに迷惑を掛けて申し訳ないと思ってるよ」
優は飄々と答え、燈子は激昂する。
「だったらもうちょっと申し訳なさそうな顔をしなさいよ!」
「ちょ、燈子……!」
燈子は優に殴りかからんと腰を浮かせるが、よろけてうまく立てない。体がついていかったのだ。辰也は燈子の肩を抱き、座らせる。
「それじゃあ今の翔子は『竜の瞳』を使えるの?」
辰也の質問に優が答える前に、翔子が呟くように言った。
「とりあえず今は発動してませんけど……」
「眼帯で封印しているからじゃないの?」
「いえ、普段は眼帯をつけててもある程度は発動しているはずなんです」
『竜の瞳』は通常時でも周囲の攻撃予測を常に行っている。誰かが誰かに対して少しでも敵意を持てば、翔子の目には攻撃のビジョンが映るのだった。
「……そういえばこいつが人間じゃないってことも、わからなかったの?」
燈子が翔子に訊く。辰也、優と同じクラスに二人も人外がいたのに、『竜の瞳』は見抜けなかった。
「ええ……。小野寺君が誰かを攻撃するビジョンはたまに見えましたけど、蹴ったり殴ったりで、全然魔力を使う様子がなくて……」
「それはそうだよ。僕にもう魔力はほとんどないから。今持ってるのは、『魔王の心臓』のレプリカだけさ」
今、優が持っているのは最低限の魔力を放出して眷族を生かすだけの、『魔王の心臓』のレプリカだけである。『魔王の心臓』のレプリカは適当に魔族の心臓を集めて作ったものだ。戦闘には全く耐えられず、30年程度しか保たない劣化コピーである。眷族のドラコは憑依こそできるが、変身はできないので魔族と戦うのはかなり厳しい。
燈子は少し考え込む。
「……あんたを戦力に数えるのは無理ね。私もこんなだし……翔子、あんたがやるしかないわよ? 辰也の体でなら『竜の瞳』も使えるのね?」
「そういうことだね。人間だった頃よりうまく『竜の瞳』を使えるようになっているはずだよ。僕もまぁ、できる限りのサポートはするよ。『竜の瞳』も多少いじらせてもらったし」
「あんた、余計なことしたんじゃないでしょうね?」
「いやいや。まぁ、今はあまり意味がないけどね。そもそも『竜の瞳』を作ったのは僕だよ? 制作者を信じてくれよ」
『竜の瞳』は燈子たちの先祖が竜と戦い、譲られたものだ。優がその制作者とはどういうことだろう。
「じゃあ、私たちの先祖が戦った竜ってまさか……!」
燈子が顔を引きつらせる。ドラコはなんでもないことのように言った。
「魔王の体で変身した、この私でございます」
燈子はドラコを見て嘆息した。魔族にマジックアイテムを譲られるなど信じがたい話で、いかにも伝説だったのだが、この二人ならさもありなんだ。
「ということはもしかして『竜の瞳』って……」
辰也が尋ね、優は笑って答える。
「保存していたドラコの左目から僕が作ったんだよ」
「当時の竜神泉神社の巫女も辰也殿、翔子殿にそっくりな双子の姉妹でした。最初は戦ったのですが我々が手負いで追われていると知ると私たちをかくまってくれまして……。彼らには世話になりました……」
ドラコが遠い目をする。燈子は驚きのあまり目をパチクリとさせていた。
燈子の疑問が氷解したのを見て、優は発言する。
「他にも一応考えがあるから、もう少しだけ無事でいてほしい。僕の策には時間が掛かるんだ」
「わ、わかりました。絶対に辰也さんを傷つけさせたりしません!」
翔子は緊張しているのか、上ずった声で叫んだ。
「翔子、僕も戦うから気負いすぎないでね……?」
「大丈夫です……。きっとできると思うから……」
普段は絶対に言わなそうなことを口走る翔子を見て、辰也は苦笑いを浮かべた。
話合いを終えて優とドラコが帰った後、辰也たちはすぐに休むことにした。夕食も食べていなかったが、燈子は食欲がない、もう寝たいと言ったのだった。燈子は階段を昇るのが辛そうだったので、辰也が肩を貸す。辰也は燈子の体温と体重を感じて、燈子が元に戻ったのだと実感する。
「もう、いいって言ってるのに……」
ゆっくりと階段を昇りながら、燈子は顔を膨らませる。
「無理しないで。困ったときはお互い様だから……」
燈子には数え切れないほど迷惑を掛けて、数え切れないほど助けられた。燈子が大変なときは辰也が助けて当然だろう。
辰也は燈子を寝室まで連れて行き、ベッドに横たわったのを確認する。こうして見ると、六歳児の体からいきなり大きくなったと感じていたものの、やはり女の子だ。全体的にほっそりとしていて、男の体に比べると華奢である。
「……いつまで見てんのよ。恥ずかしいんだけど」
燈子が口元まで布団を被って言った。辰也は慌てて目を逸らす。
「え、あ、ごめん! ……えっと、何かあったら呼んでね? 遠慮しなくていいから」
辰也がそう申し出ると、燈子は布団の中で首肯した。
「悪いけどそうさせてもらうわ。まだ体が重いし」
「あと、ハルマンと戦った後からずっと嫌な気配がするんだけど……」
「それはハルマン本体の気配よ。あんたも魔力の気配が読めるようになってきたのね」
「そっか……。なら、ハルマンにこっちから仕掛けることもできるってことか……」
辰也は腕組みして考えるが、燈子はあっさりと否定した。
「馬鹿、あいつは『魔王の心臓』の最大火力を二回当てて死ななかったのよ。あんたと翔子だけじゃ絶対倒しきれないわ。私が回復してからにしなさい。ああ、それから」
燈子が布団から顔を出す。「何?」と辰也は燈子を覗き込む。
「翔子のこと、ちゃんと見てあげてね。体が小さくなって、困ってると思うから」
「うん。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
辰也は部屋を出る。訳もなくドキドキしている自分に気付き、辰也は頭を掻いた。
一階に降りると、小さな翔子が大根を持って立ち尽くしていた。料理しようとしたが、そもそもまな板まで手が届かないらしい。辰也は翔子の手から大根を取り上げて、言った。
「その体じゃ無理だよ。料理は僕がやるから。簡単なのしかできないけどさ……」
「あっ……すみません」
翔子はしょぼんと顔を伏せる。辰也は寂しく笑う。
「ごめんね。僕がうまくやれてたら……翔子をそんな姿にはしてなかったのに」
「いえ……私は、その……辰也さんの眷族になれてよかったかも……って思ってるんです」
顔を上げた翔子に、辰也は「どうして?」と訊き返す。端的に言えば、翔子は死んでしまったのだ。よいはずがない。
「これで私も、辰也さんの役に立てるから……。姉さんの足を引っ張らずに済むから……」
「足を引っ張るって……きっと燈子はそんな風に思ってないよ」
先ほども燈子は辰也に翔子のことを気に掛けるように言ったばかりだ。燈子が翔子を迷惑だなんて思っているはずがない。
「……私の『竜の瞳』は、本当は姉さんのものになるはずだったんです。お母さんが魔族と戦って死んだとき、姉さんも一緒に大怪我して、私が代わりに受け継いだ……」
その話は、辰也も燈子から聞いていた。
「でも私の魔力では、『竜の瞳』を使いこなせなくて……。私はずっと姉さんの足手まといになっていたんです。でも辰也さんの力を借りれば、私も姉さんの邪魔にならずに済みます。だから辰也さんは、私に謝る必要は全くありません」
大変なものを翔子に背負わせてしまったので、気を遣ってあげてほしいと燈子は言っていた。何のことはない、『竜の瞳』についてはお互いがお互いに対して申し訳ないと思っているのである。
「翔子、考えすぎだよ。多分燈子は、君が無茶をすることを一番心配してる。そんなに気張らなくていいからさ」
「姉さんが私のことを心配してくれているのは、わかっているつもりです。ただ、私は辰也さんには私に申し訳ないとか、そんな風に思ってほしくなくて……」
「いや……そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕には君たちに対して責任があるから……」
「責任なんて……。悪いのは、辰也さんじゃないじゃないですか。それに私、辰也さんと一緒にいられるのはとても嬉しいんです……」
頬を赤く染めながら翔子は言う。辰也を必死に慰めてくれようとしているのだろう。しかし辰也は静かに首を振った。