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第1話 燈子4

 その日は幸いそれ以上魔族が出てくることもなく、辰也と燈子は家に帰ってくつろぐことができた。女子トイレ侵入事件のせいで明日学校へ行くのが憂鬱だが、今考えても仕方ない。辰也は午後を早退した分机に向かって過ごした。燈子には「どんだけ勉強好きなのよ」とあきれられたが、他にやることもないしさぼると気分が悪い。これも両親の調教の賜物だろう。

 そろそろ勉強をやめて晩ご飯でも作ろうかというところで、玄関のチャイムが鳴った。訪問販売か何かだろうか。辰也は玄関を開けて、目を丸くする。

「こ、こんばんは、辰也さん」

「え、翔子!?」

 立っていたのは翔子だった。翔子は旅行にでも持っていくような大きなトランクを抱えて恥ずかしそうにしていた。

「えっと、ふつつか者ですがよろしくお願いします……」

「ええっ!?」

 翔子の言葉に、思わず辰也はのけぞった。何か悪いものでも食べてしまったのだろうか。そこにひょっこりと後ろから燈子が顔を出す。

「あ、やっと来たの? 遅かったじゃない、翔子」

「準備に時間が掛かってしまって……」

 普通に会話を始める二人に辰也は慌てて割り込む。

「ちょ、ちょっと待ってよ。どういうこと?」

「あら、言ってなかったかしら? 今日から翔子も一緒に住んでもらうことにしたのよ」

「初耳だよォ!」

 辰也はほとんど悲鳴のように叫んだ。


 リビングに上がった翔子は机に何やら六芒星の書かれた紙を広げ、その上に振り子を設置する。振り子は微妙に振動していて、翔子が手を離しても動き続けていた。

「何これ?」

「魔族探知の術式です。魔族が近づくと振り子が知らせてくれます」

 翔子の説明を聞いて辰也は納得する。翔子が『竜の瞳』を使えない今、探知のために術式を組むのはおかしなことではない。しかし翔子が辰也の家に泊まる必然性がないのではないだろうか。

「私がいないと術式が動いてくれないので」

 翔子の家で術式を作って携帯で知らせてくれればいいのに、と思ったが狙われているのは辰也である。辰也の家に術式を設置するのは理に敵っていた。

「そっか。まぁ、ゆっくりしててよ。晩ご飯、何か希望とかある?」

「あ、いえ、特には……」

「そう」

 辰也はメニューを考え始める。メインは今日の昼に買ってきたアジを焼くとして、あとは味噌汁ともう一品つければいいだろうか。ご飯を炊く前に翔子が来てくれてよかった。量は確保できる。

 辰也は冷蔵庫に向かい、食材を取り出し始める。見れば思ったよりジャガイモが多くあった。ジャガイモを消費した方が良さそうだ。

「わ、私にも手伝わせてください」

 翔子はおずおずと辰也の後ろに立ち、申し出た。冷蔵庫の中を物色しながら辰也は答える。

「ん? 気にしなくていいよ」

「いえ、他にすることもないので……。何を作るんですか?」

「焼き魚と味噌汁と……あとジャガイモでもう一品くらい作ろうかと思ってるんだけど」

「なら肉ジャガとかどうでしょうか? ジャガイモとニンジンがあれば簡単に作れますよ」

 ニンジンも肉も残っていたはずだ。辰也は食べられればいいや、と適当な料理をすることも多いが翔子も燈子もいるのだ。ちゃんと作るべきだろう。

「じゃあじゃがいもの芽をとって、皮剥いててくれるかな」

「はい!」

 辰也はじゃがいもの入ったビニール袋を翔子に渡した。翔子は家から持ってきたのかネコの絵がプリントされたかわいらしいエプロンをつけ、手を洗ってからピーラーを手にする。すぐに辰也もいくつかの野菜を持ってキッチンに立ち、二人は並んで作業を始める。

 翔子は作り慣れているのか料理の手際はかなりよかった。辰也の拙い指示でも一を聞いて十を理解し、サクサク進めてくれる。やがてキッチンには香ばしい臭いが漂うようになった。

「あらあら、新婚さんみたいね」

 臭いにつられてやって来たのか、燈子がちゃかすように言った。辰也は適当にあしらう。

「はいはい。燈子、そこの塩とって」

「翔子にやってもらいなさいよ」

「いいから燈子、やって」

「もう、人使いが荒いんだから……」

 燈子はぶつぶつ文句を言いながら棚に手を伸ばし、塩の入った小瓶を取って辰也に寄越した。辰也は塩をアジに塩をかけてグリルに入れる。後は焼き上がるのを待つだけだ。

「翔子、お疲れ様。後は僕が見るからいいよ」

 味噌汁と肉じゃがも煮込んでいる最中だが、それくらいなら辰也だけで十分だ。

「本当に助かったよ。翔子って、料理上手いんだね。驚いたよ」

「あ、ありがとうございます!」

 翔子が表情をほころばせる。翔子はうちに来てからずっと緊張気味なようだったが、これで多少は緊張が解けただろうか。燈子も自慢げに小さな胸を張る。

「ま、うちの料理はいつも翔子が作ってるからね。嫁には最適よ?」

「ちょ、姉さん!?」

 燈子はそう言って翔子のお尻を軽く叩いた。料理を翔子に任せきりな燈子はどうなのだろうと辰也は思ったが、口にはしなかった。

 すぐに夕食はできあがり、その後は魔族が出てくることもなく、その日は平和に終わった。


 次の日、普通に学校に行かなければならない。辰也は翔子とともに登校し、普通に授業を受けた。

 昨日辰也が女子トイレに突撃した件は、さっそく広まっているようだった。いつものように真面目に授業を受けていると、ひそひそ話が聞こえてくる。

「……それでオカマみたいな喋り方して、逃げたんだって」

「それマジでやばくない? 先生に言った方がいいんじゃ……」

「オカマって、やっぱり凱胴ってホモだったの? いつも小野寺君としか話さないし……」

「馬鹿、なんで女子トイレに入ってホモなんだよ」

「そういえば昨日小さい子連れてスーパーで買い物してたって……」

「えっ、ロリコン?」

 覗き、ホモ、ロリコン。全て誤解の三重苦である。もう泣いてしまいたい。


「辰也、ちょっとは元気出しなよ」

「うん……」

「私はあんたが変態じゃないってわかってるから」

 昼休み、屋上前の踊り場で辰也は燈子に慰められていた。ここなら人通りがほぼないので燈子も辰也の外に出られる。ドアの立て付けが悪いせいか隙間風が冷たく、少々埃っぽいが背に腹は代えられない。昨日の残り物で構成された弁当をつつきつつ、辰也と燈子は二人で昼休みを過ごしていた。翔子は先生に呼ばれているのでいない。そのうち来るだろう。

 それにしても十歳くらいの姿の燈子に、高校生である辰也が慰められる図は情けない。せめて翔子が来るまでには立ち直らなくては。辰也はポジティブになろうと頭を回転させる。

「……いつまでも落ち込んでいられないよね。いつ敵が襲ってくるかわからないし! ……って敵が来たらどうしよう」

 よく考えれば、あの恐ろしい吸血鬼に燈子の力があっても勝てるとは限らない。負けて燈子共々殺される可能性を頭に入れる必要がある。今のうちに身辺整理などをした方がいいのではないだろうか。遺書を残すなどしておかないと失踪扱いになり、一応の保護者になっているおじさんに迷惑が掛かる。パソコンのHDの中身も消しておいた方がいいかもしれない。

 万が一辰也が死んでしまえば、葬式には誰が来るだろうか。きっと翔子は来てくれるだろう。優も多分来ると思う。他はというと、親戚が嫌みを言いながら参加するくらいだろうか。クラスメイトは強制参加で文句を言っているかもしれない。

 そこまで考えて思考が全く前向きになっていない自分に気付き、辰也はため息をついた。やはり生まれながらの負け組思考は変わらないのか。

「……! 来たわよ、敵!」

「えっ!?」

 辰也は取り乱し、目の前の弁当箱を階段から落としかける。辰也が立ち上がる前に燈子が動いた。

「ここよ!」

 燈子は屋上へのドアに回し蹴りを叩き込む。老朽化していたドアは開くどころか蝶番がはずれてばたりと倒れた。ドアから飛び出る燈子に続き、辰也も屋上に出る。給水塔の上に立っていたのは、前足に鋭い刃物が生えている、イタチのような生き物だった。体長は一メートル半ほどであり、外見はイタチでも化け物であることは一目瞭然だ。

「……何あれ?」

「カマイタチよ。見ればわかるでしょ!」

 言われてみればそう見えないこともない。辰也は燈子をチラ見する。

「危険なの?」

「普段はちょっと人間を傷つけて血を吸う程度だけど、あの様子だとハルマンの魔力に当てられて興奮してるみたいね……。そもそも昼間から姿を見せてることがおかしいし」

 カマイタチは前足の鎌を構えて全身の毛を逆立たせ、こちらを威嚇しているようだった。今にも飛びかかってきそうな勢いである。

「……辰也、あんたやれそう? 今回はあんたの方が相性いいと思うわ」

「……やってみる」

 辰也は手首に『魔王の心臓』の外部デバイスを浮き上がらせ、カードを取り出して額に当てる。

「『黒鱗丸』!」

『Form up!』

 黒い竜の鱗が現れたカードを読み込ませると辰也の全身が光に包まれ、辰也の体が竜の鱗のコートに覆われる。辰也は腰の刀──『黒鱗丸』を手にし、カマイタチに向けて構えた。

「来るわよ!」

 燈子の警告と同時にカマイタチは鎌を横に振りかぶり、飛びかかってくる。辰也は『黒鱗丸』で鎌を受けるが、頬が切れて痛みが走る。軽傷だが、突然の負傷に辰也は混乱する。

「馬鹿、風で切られたのよ! 距離をとって戦いなさい!」

「そんなこと言われても……!」

 相手は結構機敏でうまく逃げることができず、辰也は近距離での戦いを強いられる。『黒鱗丸』は魔力による攻撃を無効化できるが、風は目に見えないのでうまく打ち消すことができない。竜の鱗のコートが敵の攻撃を防いでくれてはいるが、手など肌が露出しているところを負傷してしまう。

「何してんのよ! いったん距離をとって、ヒットアンドアウェイよ!」

「わ、わかってるよ!」

 ヤケクソで辰也は後ろに大きく跳ぶ。跳躍している間はいい的だが、刀とコートで理論上防げるはずだ。足首が切り裂かれて鋭い痛みが走ったが致命傷はなく、なんとか距離をとることに成功する。

「ほら! 次は敵に向かわないと!」

 燈子の言葉の通り、辰也は刀を振りかぶってカマイタチに斬りかかる。カマイタチは風を飛ばして攻撃してくるが、辰也には細かい傷が増えるだけだ。

「うわあああっ!」

 辰也は上体から突っ込みながら、カマイタチに向かって刀を振り降ろす。だがあっさりとカマイタチは辰也の一撃を避け、辰也はそのまま前に転がる。再度辰也は突撃しようとするが、敵はこちらに背を向け、ドアから校舎の中に遁走してしまう。

「えっ、嘘!?」

「追いかけるのよ、早く!」

 燈子が叫んだのとほぼ同時に、階下で「きゃあっ!」という悲鳴が響く。辰也は慌てて校舎に入る。階段を降りてすぐ下にいたのは、翔子だった。すぐに辰也は駆け寄る。

「翔子! 怪我はない!?」

「怪我はありませんけど、その……」

「えっ」

 うつむく翔子につられて、辰也も下を見る。翔子のスカートがずたずたに切り裂かれ、下半身が丸出しだった。どうやらカマイタチにやられたらしい。

「え、あ、ご、ごめん……」

 白と黒の横縞のストライプが一瞬目に入り、辰也は目を逸らす。

「それより、その……」

「わかってる。ドラコ!」

「なんでしょうか、辰也殿」

 翼を羽ばたかせて子竜が辰也の胸から出てくる。

「敵の位置を追える?」

 本来なら学校でドラコを呼び出すのは御法度だが、今は非常事態である。幸い人通りもなかった。ドラコは小さな手足を慇懃に動かしてかしこまる。

「お任せください」

 被害が出る前に敵を倒さなければならない。ドラコの先導に従って辰也は階段を駆け下りた。


 燈子がついてきていないことに気付いたのは、校舎裏に走るカマイタチを見つけてからだった。よくよく考えれば子どもの姿の燈子が校舎内をうろつくわけにはいかない。辰也自身も遠目になので大丈夫だとは思うが、この姿で何人かに遭遇してしまっていた。校舎に入る前に、燈子に辰也の中に戻ってもらうべきだった。

「辰也殿、あちらです。後はご武運を祈っております」

 ドラコは辰也をカマイタチの前まで誘導し、辰也の中に戻った。場所は校舎裏の林に面した所だ。林とはフェンスで区切られた、ごく狭いスペースである。ここなら人通りは全くないので、安心して戦える。

 辰也は『黒鱗丸』で敵に斬りかかった。カマイタチは鎌で辰也の刀を受けつつ、つむじ風を辰也の顔や首に飛ばしてくる。いくら一発一発が弱くても首の動脈などを切られたらまずい。間違って致命傷を受ける前に決着をつけなくてはならない。

 やはり燈子が指示したようにヒットアンドアウェイで、しかも一撃で決めてしまうのが正解だろう。あまりだらだら戦っていると、また逃げられてしまう。辰也は今まで斬撃だけで攻撃していたところを突きに切り替えて一瞬敵をひるませ、間合いをとる。

「ここで決める……決めるんだ!」

 辰也は『黒鱗丸』を地面に突き刺し、空いた右手で左手の『魔王の心臓』の外部デバイスにはめられていた黒のカードを取り出す。外部デバイスにカードを読み込ませると、竜の鱗の模様がキラリと輝いてカードは消滅し、地面に刺さった『黒鱗丸』の刀身に巨大な魔力が渦巻き始める。

『Charge up!』

「うおおおっ!」

 辰也は両手で『黒鱗丸』を地面から引き抜き、カマイタチに斬りかかる。カードを消費する攻撃は『魔王の心臓』の最大出力による攻撃であり、いわば必殺技だ。出してしまえばすぐに変身は解け、しばらく変身できなくなる。

 『魔王の心臓』は常に人間の身に余る魔力を供給してくれるため、魔力不足になることはまずない。にも関わらず変身不能になるのは、あまりに魔力が巨大すぎて、魂への負担が大きいからだった。全開攻撃を何度も放つと、魂が耐えられずに消滅してしまうのだ。

 よってこの攻撃ははずせない。辰也は気合いの声とともに『黒鱗丸』を振り降ろす。敵は前足の鎌でガードしようとしていたが、その上から叩き潰せるはずだ。

 しかし、辰也の攻撃はカマイタチに届くことはなかった。カマイタチは風を辰也の足下に出し、辰也を転けさせたのだ。転倒した辰也は塀に激突して大穴を開けるが、カマイタチには一切ダメージを与えられずに終わる。

「あ、う……」

 口の中に土埃が入り、辰也は咳き込んだ。よろけながら立ち上がる辰也に、カマイタチが迫る。刀を構え直そうとした瞬間にカードの効力は切れ、刀もコートも消滅してしまった。丸腰になった辰也は尻餅をつく。辰也の頭上で、鋭い鎌がキラリと輝いた。



 自分のミスに気付いたのは辰也が階段を降りてしまってからだった。小気味よく階段を降りる辰也を今の燈子の体力では追えないし、この姿を誰かに見られるのもよろしくない。戦闘が始まると同時に辰也の中に入っておくべきだった。

 燈子は屋上から下の様子を伺う。翔子が座り込んでいて、辰也と会話していた。辰也はすぐに翔子と別れ、階下に降りていってしまう。燈子は翔子を呼ぼうと身を乗り出すが、慌てて体を引っ込める。騒ぎを聞きつけたのか、廊下から教師が走ってきたのだ。

 教師はなぜかスカートのない翔子に上着を貸して二、三のやりとりをかわす。その後翔子も階段を降りて行ってしまった。大方教師に保健室にでも行くよう指示されたのだろう。教師は辺りを見回し、やがてドアがはずれた屋上の方を見る。燈子は舌打ちした。屋上に隠れる場所などあるはずもない。

 辰也は何をやっているのだろう。必死で燈子は辰也の居場所を探る。この姿でも、それくらいはできるはずだ。

「!」

 案外近くにいた。校舎裏の方に辰也を感じる。燈子は屋上の端っこまで走り、下を見る。辰也の変身が解けて、今にもカマイタチに殺されそうになっていた。

「何やってんのよ、あのバカ!」

 背後からは教師が屋上に向けて階段を上がってくる足音がする。なんとか助けに行きたいが、飛び降りるわけにもいかない。何か手はないかと燈子は必死に周囲を探し、金属製の雨どいを見つける。しかし燈子にこれを辿って降りる体力があるだろうか。雨どいが錆びてボロボロなのも気になる。この体で地面に叩きつけられても死んでしまうが、辰也が殺されてしまってもやはりジ・エンドである。

「ええい、イチかバチかよ! ……って、ギャーッ!」

 燈子は雨どいに取りつく。老朽化していた雨どいはボロリと壁から外れ、燈子の体重でどんどん傾いていく。

「あー、もう、こうなったら!」

 燈子は辰也の方に狙いを定め、思い切り壁を蹴る。雨どいはバリバリと壁から外れて傾き、てっぺんに掴まっている燈子を辰也の所へ運んでくれる。どうやら雨どいを壁に固定する金具が老朽化していただけで、雨どい本体はそれほどでもなかったようで、雨どいはどんどん曲がりながらも空中分解することなく、燈子は辰也の頭上に辿り着く。

「うりゃあ~っ!」

 落下の勢いそのままに、燈子はカマイタチに蹴りを見舞った。カマイタチはたまらず横に吹き飛び、燈子も転がりながら着地する。無茶が過ぎたようで、足首を捻挫した。しかし辰也の体に入れば関係ない。

「と、燈子……!?」

 状況が飲み込めないのか、辰也はキョトンとしていた。

「体、借りるわよ!」

 辰也の了解を得ることなく燈子は、辰也の中に入る。ほとんどバーのような辰也の中の部屋に出て、燈子は鏡の方に飛び込む。辰也の体に憑依してから、ようやく辰也が落ち着きを取り戻す。

(と、燈子! どうやって……?)

「あんたが情けなさ過ぎるからショートカットしたのよ! 来なさい、『黒息火』!」

『Form up!』

 赤いカードを『魔王の心臓』の外部デバイスに差し込み、フランベルジェ──『黒息火』を呼び出し、同時に魔力で服を変質させて、真紅のドレスにする。やはり戦いは晴れ着でないと締まらない。すぐに燈子はカードを抜いて読み込ませ、倒しに掛かる。竜の絵柄が激しく火を吹き、カードは消滅する。

「一気に行くわよ!」

『Charge up!』

 火を押し戻す風の力を持つカマイタチに燈子の『黒息火』ははっきりいって相性が悪い。防具の類もないので傷も防げない。しかし地力はこちらが上だ。ゴリ押しで勝てる。

 燈子は火柱を上げる『黒息火』をカマイタチに向けて振り降ろす。生意気にも燈子の足を狙ってカマイタチは風を飛ばしてきたが、それくらいで怯む燈子ではない。カマイタチは為す術もなく炎に包まれた。



「ったく、あんた弱すぎ」

 カマイタチを片付けた後、異変に気付いた教師に捕まって事情聴取されること一時間、ようやく解放された辰也は帰り道に燈子を外に出すと、開口一番そう言われた。辰也としてはぐうの音も出ない。

「……ごめん」

 さすがに今回はやばかった。辰也の命も危なかったし、周囲に見られる危険も大きかった。というか、辰也はかなり目撃されていた。

 校内で刀を持った少年が徘徊していたという報告は十数件、少年が辰也だという報告もあった。ドラコなのかカマイタチなのか、妙な生物が辰也の周りにいたという目撃証言もあった。運良く戦っているところは見られなかったようだが、辰也が塀を壊したという証言もされていて、その現場で先生に捕らえられたこともあり、かなり言い訳に苦労した。もちろん学校は不審者出現と校舎損壊のコンボで休校だ。非常に申し訳ないと思う。

「鍛えれば強くなるはずなんだけどね……。あんた今まで何してたのよ?」

「……特に何も」

 辰也の答えを聞いて、燈子が隣でずっこけた。

 辰也の場合、体はほとんど魔族でも全く鍛錬していないため、身体能力は人間のときのままで、多少普通の人間より耐久力、回復力が強い程度である。上限値は高いが初期値は人間と同じということだ。

 燈子が辰也の体を使うときなら『黒息火』の力で腕力を中心に身体能力が強化されるが、辰也自身の『黒鱗丸』にそういった機能はない。その代わり『黒鱗丸』には敵の魔法を打ち消す能力があるが、『黒鱗丸』を振り回すだけで一杯一杯の辰也には猫に小判である。

「とにかくこのままだとまずいわ。何とかしないと……」

 燈子は腕組みして考え込む。基本的には燈子に戦いを任せるにしても、必殺技を使ってしまえばしばらく燈子は戦えなくなる。連戦になった場合に辰也が戦えなくては、戦わずして負けである。

「あんたを鍛えるしかないのかしら……」

 もう一つ手はある。それは眷族を増やすことだ。しかし辰也は、それを口にすることはなかった。


 家に帰ると、翔子がキッチンに立っていた。一足早く帰って夕食の準備をしてくれていたらしい。

「手伝うよ。何作るの?」

「えっと、シチューでも作ろうかなと……」

「わかった。野菜切ってるね」

 辰也はエプロンを着けて翔子の隣に立つ。ついてきていた燈子が、肘で辰也をつつきながら茶化した。

「またポイント稼ぎ? やるじゃない!」

「馬鹿なこと言ってないで、塩とって」

 付け合わせのサラダのブロッコリーを茹でるため、塩が必要だった。塩は棚の中にある。「はいはい」と燈子は塩の小瓶に手を伸ばす。

「ごめん、手が届かないわ」

 燈子は背伸びして棚に手を伸ばしていたが、ギリギリ届いていなかった。辰也は首を傾げる。

「あれ? 昨日は届いてたような……」

「奥に入れすぎたんじゃないの?」

 燈子がよたよたと椅子を持ってきて小瓶を取り、辰也に渡す。

「辰也さん、次はニンジンお願いします」

「了解」

 まあいいか。辰也は疑問を忘れ、料理に集中した。


 夕食が終わり、風呂から上がると燈子が待っていた。風呂なら燈子は先に入っているはずだが、どうしたのだろう。

「特訓します。あんたが戦えるようになるために」

「え……? でも僕、もう寝たいんだけど……」

 汗を掻くと、また風呂に入らなければならなくなる。もう遅いのに、いきなりすぎるだろう。

「わかってるわよ。今日は柔軟だけ。ストレッチは風呂上がりが効果的だからね! 明日からはビシビシいくから覚悟しなさいよ! ほら、座って!」

「う、うん……」

 言われるとおり、辰也はリビングで床に座って前屈する。手は膝の辺りまでしか届かなかった。昔から辰也は体が硬いのである。

「ほら! もっと気合い入れなさいよ!」

 燈子が後ろから辰也を押す。辰也の体の節々がバキバキと悲鳴を上げるが、燈子はお構いなしだ。未発達の小さな体で必死に辰也の背中を押す。燈子の薄い皮膚や筋肉越しに華奢な骨格を感じる。

「こ、これ以上は無理……!」

「うるさい! もうちょっといけるでしょ!」

 こればかりは体質なのでそうそう変わらないと辰也は思ったが、長時間押されると案外体は伸びてくれた。魔族化したことで体質も変わったらしい。

 余裕が出てくると余計なところまで気が回るようになる。背中の柔らかい感触に、辰也は気付いてしまった。

(燈子、胸が……)

「ふんにゅ~!」

 燈子が辰也の背中に密着しているため、膨らみかけの胸が辰也に押しつけられていた。堅いような柔らかいような感覚に、辰也は微妙な気分になる。

(僕はロリコンじゃないから……うん、気にならないはずだ)

「何ニヤニヤしてんのよ! 真面目にやりなさい!」

 辰也は後ろからはたかれた。

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