魔法のランプ
地図の端っこの方に、ぽつんと描かれた広大な砂の海。
なだらかな丘陵と僅かな生物の営み以外ほとんど何も存在しない世界。
誰も興味をもたず。
誰も訪れることのない。
枯れた土地。
それだけの場所。
そこで
少年は一つの宝物を見つけました。
『一つだけ、君の望みを叶えてあげよう』
古びたランプ。
打ち捨てられたランプから現れた。
願いを叶える魔神。
誰もいない砂漠で
ずっと変わらない世界で
『さあ、願い事をいってごらん』
待っていた宝物。
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少年は、ある王国にいました。
遠い昔、冒険好きの王様が創ったという大きな大きな王国。
城下町の広場に並べられた数々の冒険の証は、幾多の逸話とともに美しい姿を並べる。
興奮に鼻を鳴らすのは、今に一旗あげてみせようと考える冒険家の卵たち。
立派に着飾られた王様の、雄々しい像に自らの姿を重ね合わせて、輝かしい未来を思い描く。
少年も、その一人。
懐に忍ばせたランプの感触を感じながら、ぐっと拳を握りしめ、決意に身を固める。
望むのは、誰もが羨むような英雄の物語。
その主人公として、語られること。
踏み出した一歩目。
青年は、船の上にいました。
前人未踏の島へと続く危険な航路。
歴戦錬磨の荒々しい船乗りたちの中。
ぐらぐらと、まるで地震にでもあっているような甲板を、必死になって走り回る。
下働きに。誰かの手伝いに。
何度も転び、傷だらけになりながら。
それでも、未だ見ぬ世界への憧れに瞳を輝かせる。
青年は、夜は一人。
胸にあるランプの暖かさにふっと目を閉じて、船倉の隅の寝床で微睡んだ。
望むのは、わずかな眠り。
進んでいく、勇気と元気を得ること。
できなかったことができるようになった。
知らなかったことを知ることができた。
青年は、森を歩いていた。
鬱蒼と茂る葉々で満ちる暗い獣道。
時折ザワザワと音を立てて揺れる草花。
その度に訪れる恐怖と興奮を、深く深く息を吐くことで落ち着ける。
風の音。鳥の鳴き声。
ほんの僅かななし膳の息づかいに耳を澄ませながら。
ゆっくりと、少しずつにでも進んでいく。
青年は、ただ一人。
大事に仕舞い込んだランプを取り出して、焚き火の灯りに照らしている。
覗くのは、いつかの決意。
夢に描いた、自分の姿を信じること。
難しさにぶつかった。
厳しさに苦しんだ。
それでも、進んでいる。
それでも、歩んでいる。
少年は、夢を見た。
青年は、望みを持った。
ずっと一人だったけれど
そんなとき、ずっと一緒にいた。
そうやって、ずっと一緒にいた。
願い事は、一つだけ。
望みは、星の数。
だから、一緒にいた。
老人は、椅子に座っていた。
古びた家具が軋んだ音を立て、明々とした暖炉から薪炭が崩れ落ちていく。
火の消えたパイプの残り香が、いつかの記憶と重なって、また一つまた一つと思い浮かぶ懐かしい日々のこと。
夢の先。望んだ世界。
今は昔となった遠い少年を思い出しながら。
のんぼりと、過去を想う。
老人は、一人だった。
隣に置いたランプはずっと暖かく、微かな灯りを与えてくれている。
望んでいたことは、ずっと。
夢を見ていたことは、ずっと。
少年は、独りだった。
ずっとずっと、独りだった。
けれど、いつからか。
あの広大な砂漠でそれを見つけたときから。
少年は、一人になった。
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ランプの精は、ずっと疑問だったことを尋ねた。
最後の最後に、ずっと一緒にいた少年に尋ねた。
「君に願い事はなかったのかい?」
老人は、笑って呟いた。
「ありがとう。ずっと一緒にいてくれて」
長い長い時間を経て、ランプの魔神は眠りについた。
今までで一番長く一緒にいたご主人に、別れを告げた。
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ある夜。
町外れにある小さな家の灯りが消えた。
その家には、歴史的な大発見をした老人が住んでいた。
とてもとても偉大な冒険家が住んでいた。