梅雨は嫌いですか?
思いつき短編第二弾。作者の地元が梅雨入りしたっぽいので、梅雨を題材にしてみました。
梅雨は嫌いですか?
五月下旬、平均より少し早めの梅雨入り。空は雲に覆われ、洗濯物がなかなか乾かない時期が今年もやってきた。
私は降りだした雨を眺め、下校する他の生徒たちの邪魔にならないようにしながら、ぼんやりと物思いにふけっていた。
朝の天気予報では、今日の午後には一時的に雨の止む地域はあっても、基本的に一日中雨だそうだ。
梅雨入りは数日前にアナウンサーが報じていた。それを聞いた母は露骨に嫌そうな顔をしていた。
それもそうだろう。何せ家事に携わっていない人でさえ、大なり小なり嫌な顔をするのだ。家の仕事を一手に引き受けている主婦である母からすれば、さぞ鬱陶しいのだろう。
かく言う私も、去年までは梅雨と聞くと少し憂鬱だった。
暗いし、じめじめするし、傘が無いと移動もままならないし、車がはねた水溜りの水にかからないよう、注意しないといけないし。何より湿気で髪はぼさぼさになるし。
だから、梅雨はあまり好きではなかった。
そう、好きではなかった。
いまでも梅雨のいやな点を思い浮かべればキリがない。でも今年はそんなことが気にならなくなるくらいに、梅雨を嬉しいと感じてしまう。
友達に理由を話すと、一様に似たような反応をされた。
はいはい、ごちそうさま。
あんた凄いわね、それだけでそんなにポジティブな考え方、普通できないって。
ごめん誰かコーヒー買ってきてー。
うう、あたしだって、あたしだってええぇ――――!
……一様に、似たような反応をされた。
まあ、ある意味当然の反応をされたかな、とも思う。何せ、惚気以外の何物でもなかったのだから。
思い浮かぶのは、大好きな恋人、雨宮先輩。
その整った顔が静かに手元の本を見つめている時の、私の大好きな表情。
思わず顔が熱くなる。憧れていた先輩が今は私の恋人なのだ。
「それにしても、雨宮先輩、遅いなぁ……」
「悪かったな、これでも急いだんだぞ」
顔の熱さをごまかすようにつぶやいただけの言葉に、予想していなかった返事がかえってきた。
と、同時に、後ろからぎゅっと抱きすくめられた。
「え、あ、わ、せせ、先輩!」
物静かで、周囲には少し怖い印象を抱かれていた雨宮先輩はその実、人を驚かすのが好きで、感情豊かな人だった。
まだ付き合いだして少ししか経ってないけど、もう何度も今みたいな方法で私を驚かせられたし、実は私も初対面のころは怖いかなと思っていた、と言うと本気でヘコんだりもした。
「もう、先輩、びっくりするじゃないですか」
「ごめんごめん、それよりほら、帰ろう」
そう言って雨宮先輩は大きめの傘を開いた。
誤魔化されたと感じながらも、素直にうなずき、先輩の持つ傘に入る。
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
帰りながら他愛もない会話に花を咲かせる。そんな中、雨宮先輩がぽつりと、それこそただ独り言を言っただけと言うような声音で呟いた。
「……ここ数日は本当に梅雨らしい天気だな」
「そうですね。うちのお母さんとか、雨降ってたり降るって予報がある度にあからさまに嫌そうな顔しますもん」
「うちと一緒だな」
「先輩は梅雨、嫌いですか?」
「微妙だな。雨そのものはわりと好きだ。雨の日の空気とか、濡れたアスファルトの匂いとかは特に好きだ。でも長く続かれるのもなかなかしんどい」
その雨宮先輩の言葉に、そうですかと相づちをうち、さらに言葉を続ける。
「私は結構好きですよ。だってほら」
言って、一瞬間を開ける。
その際にくるりと先輩が傘を持っていない腕の方に移動する。そしてその腕に抱きつき、私より頭一つ分ほど高い位置にある先輩の顔を見上げる。
「こうやって、先輩に甘えられますから」
「……はは、そうか。じゃあ、オレも好きだ」
一瞬ぽかんとした先輩だったが、すぐに私に同意してくれた。
なるべくさらりと言ったつもりだけど、きっと抱きついた腕から心臓が破裂しそうなくらいドキドキしているのが伝わっているに違いない。
こうやって先輩にくっつくには、こういう言い訳がないとまだ恥ずかしいのだ。
先ほどから少しずつ雨脚が弱まってきている。
お願い、どうかこのまま、家に着くまで止まないで。
いかがでしたか?楽しんでいただけたら光栄です。
誤字脱字の報告や感想をいただけたら非常にうれしいです。