プロローグ
とある日の金沢競馬場。セミが鳴くにはまだ少し早い時期、一頭の若き牝馬は確かに未来の輝きを宿していた。
馬名はタフカノベコ。
父はダートの強者を何頭も輩出した名種牡馬シニスターミニスター。
母はボンセジュール。母父はダイワメジャーと軽視はできない銘銘の娘がベコだ。
砂の上を力強く捉えるその蹄音は、誰もが彼女の華々しいデビューを予感させるに十分なものだった。
調教時計を計る。
「来週の能力試験を迎え仕上がりは良好。この時計ならば合格だ。」
「私も騎乗できる日が楽しみです。」
彼女の走りはいつか北陸の被災地を照らす希望の光になる――ファンは、そして陣営は、彼女に「北陸復興姫ベコ」という愛称を贈り夢を託していた。
しかし、運命の女神は残酷だった。
そのような会話が交わされた数時間後、厩舎でシャワー時に足を痛がるベコ。
「骨折?!」
告げられた診断名は、競走馬にとって死線をも意味する絶望の宣告。まだ一度もレースの舞台にすら立っていない。ファンと描いた未来予想図は一瞬にして千々にむしり取られた。
「もう、走れないのか……?」
重苦しい絶望が包み込む中、彼女を救ったのはあきらめない人々の「声」だった。
『ベコたん、がんばれ』『待ってるよ』『もう一度、あの砂の上へ』
小さなファンの絆が大きなうねりとなり彼女を支える魔法となった。
「ヒビなので療養すれば復帰も可能だな。ただ3ケ月、いあや半年か・・・」
獣医の声と共に再び光を宿した。
舞台は福井県の乗馬クラブへと移る。
痛む脚をかばいながらじっとリハビリに耐えるベコ。
その瞳はまだ死んでいなかった。かつて金沢の砂を蹴り上げた記憶、そして自分を待つ見えざる陣営たち、ファンたちのぬくもりが彼女の小さな身体を突き動かす。
一歩、また一歩。
絶望の底から這い上がる足取りは、かつておとぎ話の少女がガラスの靴を履いて階段を駆け上がった姿そのものだった。
そして今、奇跡が幕を開けようとしている。
怪我を乗り越え再び競馬場へと向かう彼女の背中には数え切れないファンの夢と北陸の復興という大きな使命が宿っている。
地方競馬の片隅から世界を揺るがす本物のシンデレラストーリー。
タフカノベコが再びゲートを飛び出し先頭でゴールを駆け抜けるその時本当の魔法が完成するのだ―
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