7-3 三者構造の成立
7-3 三者構造の成立
派遣制度の本質的な変化は、労働力を供給する仕組みそのものよりも、その構造にある。
派遣制度は、従来の雇用関係とは異なる三者構造を生み出した。
企業(実際に労働を利用する側)、派遣会社(労働者を雇用する側)、そして労働者(実際に働く側)。
この三者が分離したことが、最大の転換点である。
従来の日本型雇用モデルでは、「雇用」と「利用」は一体だった。企業が労働者を雇用し、その労働を利用する。賃金を支払い、社会保険を負担し、将来の配置転換や育成を含めて責任を持つ。
雇用=責任である。
この構造は長期的安定を前提としていた。企業は人材を内部資源として抱え込み、教育し、将来の成長と結びつける。労働者もまた、企業への帰属を前提に生活設計を組み立てる。
しかし派遣制度では、この一体性が分解された。
企業は労働を利用するが、直接雇用しない。雇用契約は派遣会社との間にある。賃金の支払い、社会保険の手続き、契約更新などの形式的責任は派遣会社が負う。
ここで初めて、雇用責任と労働利用が分離された。
この分離は合理的である。企業は必要なときに必要な労働を確保でき、不要になれば契約を終了できる。雇用リスクは限定される。派遣会社は人材を集約し、複数企業へ供給することで効率を高める。
三者それぞれに合理性が存在する。
だが構造は変わった。
企業は労働を利用する主体でありながら、長期的な雇用責任を直接負わない位置に立つことが可能になった。派遣会社は雇用契約を担うが、労働現場の決定権を持たない。労働者は実際の業務に従事するが、評価や配置の決定権が分散する。
責任が一箇所に集約されない構造が成立したのである。
これは単なる契約形態の違いではない。
「雇用=責任」という従来モデルを、制度的に書き換える変化である。
この三者構造は当初、限定的な領域で運用されていた。その範囲内では、経済合理性と安定性のバランスが保たれていた。
しかし制度は固定されたまま残る。
そして適用範囲が拡張されるとき、構造の意味は変わる。
次では、この三者構造が一般職へと広がったときに何が起きたのかを見ていく。




