0章 まえがき
少子化という言葉は、いまや日常語になった。
ニュースでは毎日のように出生数の減少が語られ、専門家は対策を論じ、政治は新しい支援策を掲げ続けている。
だが、その多くは結果に対する反応である。
子どもを産まない若者。
結婚しない若者。
恋愛離れ、価値観の変化、自由を優先する世代――。
こうした説明は、あまりにも簡単で、そしてあまりにも都合がよい。
本当に問題なのは、若者の心なのだろうか。
本書は、そうした問いから始まる。
ここで明確にしておきたい。
本書は、人の心を変えようとする本ではない。
恋愛観や家族観を説教するものでもなければ、道徳や倫理を論じるものでもない。
本書が扱うのは、制度である。
社会制度がどのように人々の選択肢を変え、気づかないうちに人生設計の可能性を狭めてきたのか。
そして、その積み重ねがどのようにして人口減少という現象を生み出したのか。
それを、因果関係の順番に沿って解きほぐしていく。
少子化は、自然現象ではない。
もちろん、誰かが意図的に人口を減らそうと計画したわけではない。
しかし、複数の制度が組み合わさった結果として、ある方向へ社会が誘導されてきたことは否定できない。
人は合理的に行動する。
生活が不安定であれば、大きな責任を伴う選択は避ける。
将来が見通せなければ、長期的な契約を結ばない。
そして、結婚や出産は、まさにその「長期的な契約」である。
つまり、結婚回避や出産回避は、誤った判断の積み重ねではない。
むしろ、多くの人にとって合理的な判断の結果である。
問題は、人々が選ばなかったことではない。
選べる状況が、制度的に失われていったことである。
本書では、少子化を「原因」ではなく「結果」として捉える。
高齢化という現象を再定義し、貧困を単なる所得水準ではなく「将来予測不能」という観点から読み直す。
さらに、派遣労働と消費税という、一見別個に見える制度がどのように組み合わさり、人生設計そのものを揺るがす構造を作り上げてきたのかを検証していく。
これは特定の世代や個人を責めるための本ではない。
若者が悪いわけでも、高齢者が悪いわけでも、企業が悪いと断じるためのものでもない。
社会は失敗したのではない。
ただ、別の目的で設計された制度が、別の結果を生んだだけである。
そして、設計されたものは、設計し直すことができる。
少子化対策とは何か。
その問いに対して、本書は「人を変える」のではなく、「構造を理解する」という視点から答えを探していく。
この一冊が、結果ではなく原因を見るための設計図となることを願っている。




