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7.ディープスパイダーとの交渉

 

 タケルは転生のときに一緒にあったリュックの中に今日一出来のいい野菜たちを入れ、ラグナと森の中を歩いている。


「作戦はこうだ。まずこの手土産の野菜を渡す。第一印象は大事だからな」

「わん」

「そして次に俺の農場で一緒に働こうぜって声をかける。」

「くぅん?」


 ラグナはそんなうまくいくのか?というような返事をする。


「おそらく断れるだろうな、だが、それでいい。俺の本当の狙いはその先だ。その提案が断られたときに、それなら物々交換で布をもらえないかと提案するんだ」


 初対面の奴の仲間になるかと言われたら当然断る。だが、その当然の判断を逆手に取るのだ。


「いいか、いったん大きな要求をしたあとにこちらが譲歩をすると、相手は交渉に勝ったと思い、譲歩した案を受け入れやすいんだ。だがな、それは見せかけの勝利。なぜなら、俺の本当の狙いはこの譲歩した案だからだ」


 ラグナはまさかそんな方法があるなんてと驚いた顔をする。別に仲間にする必要はないのだ。タケルは布さえ手に入ればそれでいいのだ。


「この天才的な頭脳を持つ俺様にかかれば、この手の交渉など朝飯前だ」


 ここから先がディープスパイダーの縄張りらしく、どことなく雰囲気が重くなる。その雰囲気に当てられてラグナはどことなく殺気を滲ませて身構えている。


「ラグナ。お前はここで待機だ」


 ラグナはどうして?というような困った表情を浮かべてタケルを見つめる。


「お前な、これからあいさつ回りがてら交渉に行くんだぞ。そんな殺気を出してたら、相手も警戒するだろ」


 のんきで自分の家で休んでいるところに、いきなり武器を持った男がやってきたら、誰でも警戒するし、交渉するどころの話ではない。ましてや異なる種族ならなおさらだ。なるべく警戒心は抱かせたくない。


「わん!」

「危険だって?」

「わん」


 タケルは周辺の森の様子をゆっくりと見回す。


「まあ、これくらいの感じなら逃げるぐらいできるだろう。だから大丈夫だ」


 そういってタケルはラグナの頭を撫でまわす。


「そう心配すんなって。別に戦いに行くわけでも、死にに行くわけでもないだから。パッて行ってパッて返ってくるわ」


 そういってタケルは一人縄張りの奥に進んでいく。すると、徐々に気配が増えていく。今はまだ襲い掛かってくる様子はないが、これ以上進むと攻撃を仕掛けてくる恐れがある。別に戦いに来たわけではないので、タケルの方から声をかけることにする。


「最近、近所に越してきたタケルだ。今日はうちで取れた野菜をおすそ分けしに来た」


 少し間が空いたあと、こぶし大くらいの蜘蛛が上から糸でぶら下がるように目の前に出てきた。


「ほら、こいつだ。食ってみろ」


 そういってリュックの中からジャガイモを渡すと、その蜘蛛はぱくりと一口食べてみる。


「!!」


 大変喜んでくれたようで、勢いよく残りも食べていった。


「うまいだろう。うまいだろ。ところで、お前さんがこの辺一帯のボスなのか?」


 首を横に振る。


「じゃあ、ボスのところに案内してくれないか?」


 蜘蛛はうなずいてついてこいと言わんばかりに、森の中を先導していく。タケルがおすそ分けしに来たことが分かったおかげか、周辺から殺気の気配が薄まっていく。

 蜘蛛の後についていくと、そこには一メートルを超えるような巨大な蜘蛛が蜘蛛の巣の上で待ち構えていた。


「なんだ、人間。ここに何しに来た」

(人語を話す魔獣か)


 タケルは蜘蛛のボスが話すことに一瞬驚きながら、会話ができた方が楽だと思い、内心で笑みを浮かべる。無礼なものの言い方だが、いきなり襲い掛かってこない知性も持ち合わせているというのはうれしいことだ。


「俺は最近、近所に越してきたタケルだ。今日はうちで取れた野菜をおすそ分けしに来た」


 そういってタケルはボス蜘蛛の近くに行って、リュックの中にある野菜をすべて出していった。


「何が食えるか分からんから、一通り持ってきた。さっきちびっこいのがこのジャガイモ食ってな。うまいぞ、お前も食ってみろ。飛ぶぜ」


 ボス蜘蛛はタケルが置いた野菜をちらりと見たあとに、タケルの方に視線を向けた。


「へえ、そんなに言うんだ。じゃあ、不味かったらお前を食うけどいいか」

「そんな話は食った後にしてくれ」


 ボス蜘蛛は少し脅しをしたが、全くひるむことなく佇んでいるタケルに対して評価を一つ上げた。案内をしてきた蜘蛛もおいしかったと伝えてきているので、毒はないと判断し、ジャガイモを手に取り口の中に運んでいった。


「うわああああああああ!なんだこれええええええええ!」


 ボス蜘蛛はその食べ物のエネルギー密度に驚いた。


「これはどこで手に入れた!」

「それは俺が作ったんだよ」

「嘘じゃないな」

「なんでそんな嘘つかなきゃいけないんだよ」


 ボス蜘蛛は、話をよそに他の野菜も食べ始める。相変わらずうまそうに食べているので、タケルの作った野菜にドはまりしているのは間違いない。

 そしてタケルは交渉のタイミングはここだと思い、交渉に乗り出す。


「俺の農場で働けばいくらでも食わせてやるぜ」


 これは罠の誘い。これを断っても全然かまわない。次の要求がタケルの真の狙いだからだ。そう内心ほくそ笑んでいると


「働く!」

「えっ」


 若干食い気味で了承され、タケルの交渉プランがすべて吹き飛んだ。あまりに交渉がうまく行きすぎて驚いた。


「まさか……冗談なのか?」

「いや、あまりに返答が早くて驚いただけだ。……でも、本当にいいのか? 俺の言うことちゃんと聞けるか?」


 農場で働くと言ってもちゃんと言うことを聞いてもらえないと困る。好き勝手やられても困るからだ。


「聞く聞く。ちゃんと僕の主として認めてあげるよ」

「よし、分かった! 今日からお前は俺の農場の仲間だ!」

「やったー」


 交渉プランは台無しになったが、どういうわけかボス蜘蛛は喜んでいるのでよしとする。もしかしたら天才的過ぎて交渉する必要がなかったのかもしれない。自分ほどの天才になると交渉する前に結果は決まっているのかもしれない。

 こうしてタケルはボス蜘蛛を仲間にして、拠点である農場に戻ってきた。


「おーい、戻ったぞー」


 フィリーは声がする方を向くとそこには、タケルとラグナ、そして大きな蜘蛛がいた。


「まさかその蜘蛛って……」

「ああ、フィリーが言っていたディープスパイダーとか言う蜘蛛のボスだ!」

「よろしくー」

「どうしてそんなことに……」


 フィリーの中で常識が崩れ愕然とする。ディープスパイダーは人に懐かない。使役したって話も聞いたことないし、糸を採取するだけでも命がけという話を聞いたこともある。しかも、人の言葉を話す上位の存在というのも追い打ちをかけた。


「これで小麦粉をいっぱい作っても保存できるな!」


 常識が壊れて一時停止しているフィリーをよそにタケルはボス蜘蛛とどんどん話を進めていく。


「それじゃあ……ってお前に名前はあるのか?」

「ないよ」

「俺が決めてもいいか?」

「いいよ」

「うーん、それじゃあ……カリュネラはどうだ?」

「悪くない響きかも」


 タケルが提案した名前に納得するカリュネラ。


「じゃあ、決まりだな。カリュネラはこの小麦粉を作る袋を作ってくれ」

「分かった! それが終わったらまた食べさせてくれる?」

「ああ、いいぞ。あとカリュネラはこの農場の周辺の警戒も頼むな」

「はいはーい。うちの子たちにやらせておくよ」


 今はラグナ達にも周辺の警戒をして害獣対策をしているが、蜘蛛による警戒網を作ればより万全な形になるだろう。タケルは自分の作った野菜を盗む奴を絶対に許さないのだ。

 カリュネラはあっという間に袋を作っていく。


「ほい、できた」


 フィリーはそれを受けており小麦粉を袋の中に入れようとするが、手が震えていて作業が進まない。


「ねぇ、小麦粉なんかをディープスパイダーの糸でできた袋に入れていいのかしら」

「小麦粉なんかとか言うなよ」

「だって、これ、王侯貴族が大枚はたいて手に入れるようなものなのよ」

「それしかないんだから入れるしかねーだろーが」


 タケルはフィリーから袋を取り上げて、雑に袋に入れていく。


「ああ、ああ……」

「よし、これで保存できるし、収穫の時の野菜の持ち運びも楽になるな!」


 外での価値を知っているフィリーはあまりに雑な扱いに正気を失うが、タケルには外での価値など一切関係なかった。



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