13.酒狂いドワーフ
翌日。
お金を用意できたタケルたちは、あのドワーフのいる酒造店に向かう。
タケルは親方の目の前にドンとお金の入った袋を置く。
「一千万ゼニー用意したぞ」
「……もう用意したのか」
親方は袋を開けて中身を確認する。
「ふっはっはっはっは! まだ一日しか経ってねーぞ! お前さん、案外金持ちなんだな!」
「バカ言え。必死に金策したんだよ」
「つっても、そう簡単に用意できる金額じゃねーだろ。そう言えば、まだ名乗ってなかったな。俺はブロムだ。よろしくな!」
「タケルだ」
タケルとブロムは握手をする。
「で、俺のところで死ぬまで酒を造ってことでいいんだよな?」
「……本当に俺でいいのか? お前の知っての通り、今の俺はクソまずい酒しか造れてねーんだぞ」
ブロムはいざ金を用意されると内心ビビっていた。かつてはうまい酒を造れていた。しかし、今はマズい酒しか造れない。タケルのところでもまたまずい酒しか造れなかったらと考えると不安でいっぱいになったのだ。
「なんだ? ビビってんのか?」
「そうじゃねー! 俺がまずい酒を造っちまうったらお前さんは大損だぞ? その覚悟はできてるのかって聞いてんだ!」
「ぐだぐだうるせーな。そんな下らねーこと考えねーで、酒造りに没頭すりゃあいいんだよ」
「……分かった」
そう答えたあと、ブロムは目をつぶる。そして決意する。
「俺は残りの人生を酒造りに捧げることをここに誓う」
決意に満ちた目でタケルの目を見る。
「それでいいんだよ」
タケルはニカッと笑って答える。
「じゃあ、いつ出発する? 俺たちはいつでもいいぞ」
「とりあえず二、三日待て。本気でやるなら、いろんな職人がいる。そいつらも連れて行くけどいいか?」
「別にいいぞ」
「ちょっと待って。この町から何人も職人を引き抜いても大丈夫なの?」
フィリーが質問をする。一般的に技術者は他の領に移動するのは難しい。技術を持っている人が領の財産になるからだ。一人や二人移動するぐらいならごまかせるかもしれないが、何人もとなると、領主と揉める可能性があるのだ。
「確かに、貴族と紐づきの技術者を引き抜くとなると、最悪殺される。だが、連れて行こうと考えているのは引退したか、引退間近の爺ばかりだ。こっそり出ていくなら……きっと大丈夫だろう」
腕のある奴なら厳しく対処されるが、もうあまり働けない爺さんばかりだから、ギリギリ許されるかもしれないというライン。
「危ない橋を渡ることになるわよ」
ブロムは腕がない職人だとは言わなかった。つまり、それは腕がある職人を引き抜くつもりだということ。それを察したフィリーはこの町の領主と揉める可能性があることをタケルに告げる。
「まあ、いいじゃねーか。多少のリスクは飲み込むさ」
フィリーに忠告されるが、タケルとしては多少のこの町の領主と揉めるぐらいで止まるつもりはない。
「つか、その前に引き抜けるのか?」
「任せろ。最高の酒を造るためには必要な奴らだ」
「じゃあ、任せた」
◆
ブロムはその日の夜。顔なじみの職人たちを五人呼び集めた。こいつらは、落ちぶれた今でも一緒に酒を飲んでくれる仲のいい職人たちだ。
「で、話ってなんだ?」
「まず金が用意できた。借金はすべて返す」
そう言って、一千万ゼニーが入った袋を置く。
「おい、どうやってこんな金集めたんだ? 危ないところから借りたんならやめとけ。別に今すぐ返せって話じゃないんだから」
「違う。……変な奴ではあるが……まあ危ない奴から借りたんじゃない。いいから、受け取れ。そうじゃないと本題を話せん」
集まったドワーフたちは顔を見合わせたあと、うなずき合い、少し戸惑いながらもお金を受け取る。何やらブロムの様子はいつもと違うことだけは分かるからだ。
ブロムは何か言いづらそうにしており、しきりに髭を触っている。
「まず俺はお前さんたちの期待を裏切っちまった。すまん!」
そう言ってブロムは皆に頭を下げる。
「おいおい、いいってことよ。昔からのダチだろ?」
ここにいるドワーフたちはブロムがうまい酒を造れなくなってからどれほど苦しんでいたかを知っている。だからこそ、そんなことは気にしないと優しい言葉をかけた。
「ああそうだ。それはそんなダチに甘えて金を借りた。そこまではいい。でも、俺はこの場所で再びうまい酒を造ることができなかった。お前たちに飲ませてやることができなかった。……それが悔しくて惨めなんだ」
ブロムは酒飲み友達とうまい酒を飲みながらバカみたいな話をする。そんなことが好きだから、ブロムは今まで酒を造っていた。クラウン・レッドなんていう称号はおまけでしかない。
「ブロム……」
そんなブロムを見てドワーフたちはしんみりする。
「俺はこれから新しい雇用主の町に行って酒を造ることにした」
「……そうか、それは寂しくなるな」
この世界では簡単に町の移動はできない。人によってはずっと同じ村や町で生きていくというケースもある。それに互いに歳なので、これが最後になるかもしれないのだ。
「その雇用主ってのは、どんな奴なんだよ」
「ちょっと変わって兄ちゃんでな。そいつは自分が作った農作物に誇りを持っている。わけーのに肝が据わってやがる。俺はあいつとなら今までに作ったどの酒よりもうまい酒を造れるんじゃねーかって予感がするんだ。もちろんそれは簡単に道のりじゃねー。……でも、俺はそれに残りの命を懸けるつもりだ」
そこには覚悟の決まった目をしている一人の男がいた。
「ただ、最高の酒を造るには俺一人では無理だ。お前たちの力がいる。俺はただ酒を造るだけ。道具も建物も作れねーからな。だから、頼む! 俺と一緒についてきてくれ!」
この場に沈黙が走る。いきなり別の町に行こうと言われても、そう簡単には決断できないのは当然だ。しかし、扉の向こう側から声が出てくる。
「いいじゃねーか。儂は行く」
「バルド!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はあんたを呼んでねーぞ」
ブロムは焦った。このバルドという男は、この町一番、いや国で見てもトップクラスの腕を持つ鍛冶師だ。引き抜くとなれば当然問題になる。場合によっては国が動く可能性すらある。
「うるせー。儂はお前に金を貸してるんだ。こまけーこと言うな」
「金なら返す! だが、さすがに名匠あんたをこの町から引き抜くとなると問題になる!」
「知らん。もう儂は引退する。元々半分くらい隠居してるようなもんだし大丈夫だろ」
「しかし……」
「儂はお前が最高の酒を造るのを何年も待ってるんだ。よそで最高の酒を造るって言うんなら、儂も行くに決まってるだろ」
「ははっ、こうなったバルドは止められねーな」
「で、お前たちはどうする? ついてこないなら酒は飲めんぞ」
「いや、どうしてそうなる?」
「こいつが作る最高の酒だぞ? 一般に出回るわけがないだろ」
その場にいる皆が一斉に確かにと納得する。クラウン・レッドの酒は酒飲み友達という縁で飲むことができた。当たり前のように飲むことができたからこそ忘れていた。ここでついて行かなければもうその縁は切れるので、その最高の酒を飲むことはできないだろう。
ここにいるみんなブロムなら最高の酒を造れると信じている。だからこそ、金も出した。今、目の前にあるのは最高の酒を飲むことができるというチャンスなのだ。
「俺も行く」
「儂も」
「俺もだ」
この三人はすでに引退した身だ。だからこそ、簡単について行くことができる。
「俺も引退してついてく」
残り一人は悩んでいる。これからの人生を決める決断だ。悩むのは当然だ。
「……俺も引退してついて行くか」
こうして最後の一人もブロムについて行くことを決断する。
「皆、ありがとう」
ブロムは全員に深々と頭を下げる。
「最高の酒造れたら飲ませろよ。それが条件だ」
「分かってる。その時はここにいるメンツで飲もう」
ここにいるみんな酒が好きだ。だからこそ、最高の酒という誘惑には誰も勝てなかったのだ。




