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10.名酒造りのドワーフ2

 

「はっ! どうして俺がお前のところで酒を造らなきゃならねー。いくら落ちぶれていようと、どこぞの誰だか知らねー奴のところで酒なんか造る気はねーよ」


「まあ、そう言うなって。まずはこれを食べてみてからでも遅くはねーよ」


 そう言ってタケルはバッグの中からブドウを五個出す。


「なんだこれは?」


「いいから、いいから。こっちから順に食べてみてくれ」


 親方は訝しみながらもブドウの房から一粒取って食べる。


「む。うまいな」


「そうだろ、そうだろ。じゃあ次のを食べてみてくれ」


 タケルは嬉しそうに返事をする。親方は二つ目のブドウにも手をかける。


「これもうまいな」


 そう言って親方は三つ目、四つ目、五つ目のブドウを食べる。そして、五つ目のブドウを食べたところで一瞬止まる。


「ん? ちょっと待てよ」


 そう言って一つ目のブドウを再び食べる。


「これは誰が作った?」


「俺だ。そして意図的に並べている」


 どんな意図だと親方に問う。


「甘さがちげー。こっちから順に甘くなっていやがるな」


「正解だ」


 タケルはにやりと笑う。


「お前も食ってみろ」


 そう言って親方は弟子にブドウを食べさせる。


「ほんとだ。ほんの少しずつ甘くなっている」


 ブドウを食べた弟子は驚きを隠せないようだった。普通こんな風に甘さの違ったブドウを用意することはできない。たまたまにしても、それを正確に並べるというのは理解できなかった。酒造りに熟達したドワーフさえ食べて見なければ甘さは分からないからだ。


「で、これが何だってんだ」


「俺は狙ってそれぞれの甘さのブドウを作れる。いや、もっと別の注文を付けてもいいぞ。そんで俺が作った原料を使って最高の酒を造らないか?」


 親方は想像する。毎年仕入れる酒の原料の品質はまちまちだ。いい年もあれば悪い年もある。いくら目利きをしたところで、悪い年ではうまい酒は造れない。


 でも、目の前にいる男が本当に自分の要望する原料を作れるとするなら、それは職人として最高の環境を手に入れたと言っても過言ではない。


 そんな想像をしてしまい、思わず笑みをこぼしてしまった。しかし、慌てて首を振って笑みを消す。


「ダメだ。仮にお前さんが本当にこのブドウを作れたとしても、俺には借金がある。それを踏み倒して他に行くなんてことはできねーな」


「借金か……」


 タケルは親方が笑みをこぼしたのを見逃していない。もう一押しすれば落とせそうだと感じた。


「俺はな落ちぶれてからいろんな奴が離れていった。従業員に取引先、よく一緒に酒飲んだダチ、いろんな奴らがな。でもな、そんな俺とでも一緒に酒飲んでくれる昔馴染みがいる。そいつに金を借りてんだ。不義理はできねえ―」


 親方は自分なら立て直せると信じて金を貸してくれた友達を裏切ることはできない。


「じゃあ、金がどうにかなれば、俺のところで酒を造ってくれるか?」


「ふざけるな、同情ならいらん」


「同情? 誰がそんなお優しいことするかよ。単純な話だ。俺が金を払うから、お前は残りの人生を俺によこせ」


「っ!」


「俺のところで死ぬまで酒を造れ! 酒造りには一切妥協するなよ。作るなら本気だ。手を抜いたものしか作れねーってんなら、俺はお前を殺す」


 タケルはらんらんと輝いた目で親方の目を真正面から見て覚悟を問う。親方はその圧に一瞬ひるむ。それはまるでうまい酒を造れないのに生きている意味はあるのかと問いかけられたような感じがした。


 だからこそ、親方はすぐに踏みとどまった。当然だ。親方は酒造りに人生を捧げてきたからだ。そこにプライドを持っている。だからこそ、反論する。


「お前こそ、覚悟はあるのか? 俺は相当口うるせーぞ」


 タケルはニカッと笑う。


「上等だ! ぐうの音も出ねーほどの最高の原料って奴を用意してやるよ」


「くっはっはっはっは! おもしれー! 乗った! お前が金を用意するのを見てやろうじゃねーか!」


「言ったな! 借金はいくらだ!」


「一千万ゼニーだ! 色々な支払いがあるから一週間以内に頼むな」


「上等だ。一週間以内に一千万ゼニーを揃えてやる! よし、お前ら行くぞ! 今から金策だ!」


 売り言葉に買い言葉。ここには二人のバカしかいない。フィリーが口を挟もうとしたが、もう遅い。そんなのを無視してあっという間にタケルは出て行ってしまう。





 そしてその場に残るは親方と弟子。


「良かったんですか」


「何がだ?」


「……色々とありますけど、本当にお金を持ってきたら、あの人のところで酒を造るんですか?」


「……勢いだ。だが、後悔はねー」


「それに殺すとか言ってましたけど」


「……うまい酒を造れない儂に生きている価値はない。あいつが言っていたことが本当で、俺にうまい酒を造ることができなかったら、その時はもう俺は死んでいるのと一緒だ」


「親方……」


 この弟子は親方の一番弟子だ。クラウン・レッドを作った最高の瞬間も、落ちぶれていく過程も見た。だからこそ、親方の気持ちがよく分かった。


「安心しろ。お前の命は賭けていない。俺だけだ。お前は別のところにでも行けばいいさ」


「そんな冷たいこと言わないでくださいよ! 親方! 親方が行くなら、俺も行きます!」


「もうお前は十分に独り立ちできる腕前を持ってるんだがな」


 頭をガシガシしながら親方は言う。


「いいえ、まだです! まだ親方かららは学びたいことがたくさんあるんです!」


「そうか。まあいい。好きにしろ」


 弟子に対してそっぽを向きながら言うが、親方の表情はどこか柔らかかった。




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