10.口減らしの子
最近、農場ではなぜかホワイトウルフの数が増えてきている。タケルの記憶によると、カリュネラが仲間になった後ぐらいからだ。時折ラグナがどこかに消えると、戻ってくるときには数匹のホワイトウルフを引き連れてやってくる。連れてきたホワイトウルフはラグナが管理している。農場の警備員が増えて何よりだ。
今日はそんなラグナと森の探検に行くことにした。
「よし、ラグナ! 今日は森の探検に行くぞ」
「わんわん!」
ラグナは嬉しそうにしっぽを振る。今日は昼を挟んで森を探検する予定なので、リュックに食料を入れて持っていく。そして、出発しようとしたところ、カリュネラの子供が二匹やってきた。
「お前たちも一緒に来るか?」
その二匹はうなずいた後、ラグナの背中に乗った。どうやらラグナに乗って移動するらしい。
「じゃあ、ラグナ前回とは違った場所を案内してくれ」
「わん!」
こうしてタケルたちは森の中を前回とは違うルートで歩いていく。タケルはこの森のことはほとんど知らないが、ラグナは庭を散歩するかのように歩いていく。どこに行くかはラグナにお任せだ。
先導していたラグナが立ち止まり、こちらを振り返ってくる。どうやら目的地にでもついたかのようだ。
そこは前回の川よりも大きな川だった。川面から魚が飛び跳ね、この川に魚がいることは明白なようだ。
タケルは川を見ていると以前の屈辱を思い出す。一匹も取れなかった魚。びしょ濡れになるタケル。そして、タケルをあざ笑うかのようにマウントを取るラグナ。そんな前回の屈辱をどうにかしなければならないという想いが湧いてくる。
もしかしたらラグナは再びマウントを取るために俺を連れてきたんじゃないかという考えがタケルの頭の中によぎる。
タケルはラグナを見つめ宣言する。
「……リベンジだ」
「わん?」
何の話だと言わんばかりの表情をするラグナ。ラグナは前回川に連れて行って欲しいという要望があったから、今回は別の川に連れてきただけの話でマウントを取るためではなかった。
そんなラグナのことを構うことなく、タケルは靴を脱ぎ、ズボンの裾をまくり川に入っていく。
「進化した俺の突きを見よ」
タケルは真剣な表情で前回と同じように足を開き水面に向かって突きを繰り出す姿勢で身構える。そして、そこに一匹の魚がやってくる。その魚に向かって目にもとまらぬ速さで突きを繰り出す。そして、突きを繰り出した姿勢のまま数秒経ったところで、
「ふぅ~ここの魚もなかなかやるようだな」
当然のように魚を捕まえることはできなかった。
そんな様子を温かく見守るラグナ。その隣で何かを作っているカリュネラの子供たち。それに気づいたタケルは近づいていき、何かを作っている様子を見ていると
「もしかして、それ網か?」
そうだよとでも言うかのように手を上げるカリュネラの子供たち。若干目が粗いが、カリュネラの子供たちの糸の強度なら問題なく魚を捕まえることができるだろう。
「いやいやいやいやいや、俺はそんなズルはしないぞ! 俺はこの手で掴み取りたいんだよ」
そういって再び川の方に戻っていく。ラグナも川で遊び始めた。
それからしばらく経ったあと。
「よっしゃああああ!!!!捕まえたああああああああ!!!!」
上に突き上げられた手には魚が握られていた。
「いざ捕まえてみると、たいしたことなかったな。ぬるっとするからな適度な力で掴むのがコツだな。そのコツを掴んじまえばあっという間よ!」
魚をゲットしたことで上機嫌になり、一人饒舌になるタケル。
タケルが一人で魚と格闘している間に、カリュネラの子供たちは大きな網を作った。長方形のような形をしており、端をラグナに渡した。ラグナは網の端を咥えたあと、川に飛び込んで大きく半円を描くような形で移動する。ちょっと深いところもあるようだが、ラグナは問題なく犬かきで泳いでいく。
タケルが遠くの方で、それはずるいぞーと言っているがそれを無視してラグナは突き進む。
そして、あっという間に三十匹近くの魚を捕まえることに成功した。
「ぐはぁっ」
一匹だけのタケルと、数十匹を捕まえたラグナとカリュネラの子供たち。それを目の前でまざまざと見せつけられたタケルは地面に倒れ膝をつく。
「その魚はいったん川の水に入れておけ。俺は休憩した後、まだまだ捕るぞ」
タケルは休憩のときに食べるために持ってきた食料を取りにリュックを置いた場所に向かおうとするが、そちらの方に目を向けたときにリュックがないことに気が付いた。
「あれ? お前たち俺のリュックは知ってるか?」
「わん?」
カリュネラの子供たちは首を横に振る。
「お前たちが知らないってことは……盗まれたのか!?」
タケルは魚捕りに夢中で周囲への警戒を怠っていた。ラグナも川遊びで夢中、カリュネラの子供たちも網作りに夢中で気付かなかったようだ。自分自身に向けられた殺気であれば、対応できただろうが、置きっぱなしにしたリュックまで警戒することはできなかった
「ラグナ、匂いを追えるか?」
「わん!」
「よし、犯人をとっ捕まえて後悔させてやるわ」
自分たちが警戒を怠っていたとはいえ、盗みをする奴は許せない。人か獣かそれも分からぬが、必ず後悔させてやると心に決めたタケルだった。
ラグナは時折匂いを嗅ぎながら、迷いなくリュックの方に向かっていく。
「わん!」
どうやらラグナは犯人を見つけたようで、一気に駆け出す。駆け出した先に目線を移すと獣の耳が見えた。害獣なら殺処分だと考えたタケルであったが、リュックの中に入れてあった食料を食べている姿が、どうにも獣ではなかったので、ラグナにストップをかけた。
「ラグナ、殺すな」
犯人はタケルの声に反応してタケルの方を見たあとに逃げようとしたが、回り込んでいたラグナに行く手を遮られる。
「うーわんわん!」
「うわぁ」
ラグナはうなり声をあげると、犯人は腰を抜かし、尻もちをついてしまう。そこにタケルはやってきてゴンとげんこつをくらわす。
「いっってぇ~!」
犯人は獣の耳としっぽを付けた人間のような姿をしている子供だった。一応、話はできるようなのでタケルとしては、獣認定せずに人の子供扱いすることにした。
「いってぇじゃない。人の物を盗むなって母ちゃんや父ちゃんに教わらなかったのか」
その子供はタケルの方をにらみつけたあと、うつむく。
「だいぶ昔に死んだ」
「……そうか、だからって俺は許さねーぞ」
親がいないことはかわいそうだと思うが、それはそれ。これはこれである。
その子供はうつむいたままで謝ろうともしない。
「まあ、いい。親がいないなら、保護者なり後見人なりがいるだろ。俺をそこに連れていけ。弁償させてやる」
獣には弁償させることはできないが、人であれば弁償させることはできる。それで今回の件をチャラに刺せようと考えた。
「それは無理。村は追い出された」
「どういうことだ?」
「眠っている間によく分かんない場所に連れていかれて、起きたときに一人で暮らして行けって言われて、大人たちは俺を置いて村に戻っていったんだ」
フィリーから周辺の村の状況を聞いた話を踏まえて想像するに、この子供は口減らしだろう。親がいない子供を養えるほどの食料の余裕がその村にはなかったという話のようだ。
「だから一人で生きるために盗んだ……と。なら、お前の体で払ってもらうしかねーな」
そういってタケルはその子供を脇に抱えると、腕の中で暴れ始めた。
「えっ! ちょっ、離せよ」
「ダメだ。もうお前は俺がこき使うことに決めた。まあ逃げてもいいが、うちのラグナから逃げ切れると思ってるのか?」
俺やったりますよというようなやる気満々の表情でラグナと子供の視線が交差した結果、逃げるのは無理だと判断した子供は、暴れるのをやめた。
「よし、農場に帰るか」
こうしてタケルは農場に連れて行くことにした。もちろん一度川に戻り魚も回収した後に農場に戻っていった。
「戻ってきたぞー」
フィリーはその声を耳にして、タケルの方を見てみると、魚の入った網を肩から背負い、わきに子供を抱えている姿が見えた。
「魚と獣人族の子供? いや子供の誘拐はマズいわよ。それに私は食べないわよ」
「いや、誘拐じゃねーし食べもしねーよ」
「ふふ、冗談よ。でも、どういう経緯で連れてきたのかは教えてちょうだい」
タケルはここまでのいきさつをフィリーに話した。
「なるほど、口減らしね。……それは十分ありうる話よね。それであなたはあの子供をここで働かせると」
「そういうことだ。ここなら食うには困らないからな」
「いいんじゃない。この森の中で子供が一人だったら、間違いなく死ぬし」
この森には様々な獣が住んでおり、当然人も襲われる。むしろ良く今まで生きていたという話だ。
タケルは一人体躯座りをしてうつむいていた子供のところに向かう。
「お前にはここで農作業の手伝いをしてもらう。きちんと働けば飯をくれてやろう」
子供に特に反応がないが、続けて伝えるべきことを伝える。
「周りをよく見て見ろ、ホワイトウルフにディープスパイダーの包囲網よ。逃げられると思うなよ」
この子供には同情の余地はあるが、タケルの大事な食料を盗んだ盗人でもあるので釘を刺す。
「……分かった」
「よし、今日はもう遅い。働くのは明日だからだ。おーい、飯にするぞー」
タケルはフィリーたちに向かって飯にするぞと声をかけて、一緒に準備を始める。そうして出来上がった料理を食卓の上に置いていく。
「よし、準備完了。何をしてる。飯だぞ」
一人遠くで突っ立ったままの子供に声をかける。
「まだ働いてないし……」
「おいおい、何言ってんだ。明日働くために食うんだよ。いっぱい食べていっぱい働け」
タケルがそう言うと子供はゆっくりと食卓に着く。タケルとフィリーは手を合わせる。
「いただきます!」
そういって各々食べ始める。
「そういえば、お前の名前はなんて言うんだ」
「……ジルフォード」
「そうか、ジルフォードか」
「じゃあ、ジルって呼びましょ」
「それはいいな」
こうして食事の時間が過ぎていく。
「あー食った、食った」
食べ終わったタケルは食卓から離れていく。そこに残されたのはフィリーとジルの二人。
ジルは農場に着いた当初からずっと不安そうにしており、それを見かねたフィリーは声をかけることにした。
「安心しなさい。あの人はそう悪いようにはしないから」
「……」
「まあ、そう言われても分からないわよね。でも時が経てば自然と分かるわ」
フィリーは何かを確信しているようにジルに伝えると、ジルの心は少しだけ軽くなったのであった。




