わたくしが最強ヒロイン? その通りかもしれませんが。
わたくしはなんでもできた。
剣術も魔法も、わたくしの右に出る者はいない。
最強の称号をほしいままにして、自由気ままに生きてきた。
古の時代に倒された魔王が復活してからも、私のスタンスは変わらない。
魔王を打ち倒さんとする勇者のパーティーに誘われることは多々あったけれど、そのすべてを蹴った。
「君の力が必要だ!」
そんな風に誘われても、わたくしの心は動かない。差し出された手を一瞥して、酒をあおる。
酒場の一角で、今日もまたパーティーへの加入を断って、酒を飲んでいた。
ああ、でもそろそろ酒代が尽きるから働かないといけないなぁ。
よいしょ、と立ち上がったわたくしが向かうのは魔王城に通じる洞窟の前。
ここで待っていると魔王に負けてぼろぼろになったパーティーが撤退のためによく通るのだ。
今日も今日とて、魔王に挑んで負けたパーティーが通りかかる。
わたくしをパーティーに誘ったリーダーがぼろぼろの仲間を抱えていた。
「き、君! 治癒術は使えるか?!」
「お金をもらえるのなら、癒してもいいわよ」
「いくらでも払う! だから頼む!!」
泥と血でぐしゃぐしゃの顔に涙まで付け足して。
あえぐように頼んでくるリーダーを一瞥し、わたくしは回復魔法を紡ぐ。
魔王の放つ瘴気によって腐り落ちた大地に緑が戻り、与えられた傷をふさいでいく。
流した血は戻らないため、ぐったりとはしているが、それでも頬に赤みが戻る。
リーダー格の男が安堵したようにその場に膝をついた。
「ほら、代金は?」
「ああ。ありがとう……」
疲れたように笑みを浮かべた男から、しっかりと治療費をせしめてわたくしはにこりと笑う。
「毎度あり♪」
ここで暫く商売をすれば、また酒代には困らないだろう。
そんな風に魔王に負けたパーティーを癒してはお金を回収していたのだけれど。
もちろん、回復費を踏み倒そうとする輩もいる。
そんな奴らは持ち前の剣術と魔法でもう一度傷つけて放置していた。
わたくしから逃げようなんて百年早い。
大人しくお金を渡しておけば、痛い思いをしなくて済むのに。
せっかく回復してあげたのに、回復費を踏み倒して逃げようとしたパーティーを懲らしめて、やれやれと酒をあおっていると、そのパーティーのリーダーが心底悔しそうに顔をゆがめて吐き捨てた。
「お前『最強』を自認するなら! 魔王の一人くらい倒して来いよ!!」
完全な八つ当たりだ。けれど、ふむ、と考え込む。
そろそろヒーラーにも飽きてきた。
ここで負けたパーティーに回復魔法をかければお金は無限に回収できるだろうけれど、先日魔王討伐の報奨金が倍になって、一生遊んで暮らしても余るくらいの金額にはなった。
そろそろ頃合いかもしれない。
「そうね、倒しちゃってもいいかも」
にこりと微笑んで、唖然としている男を放置してわたくしは軽い足取りで宿屋へと戻ることにする。
準備はきちんと整えなくっちゃね!
準備を整えて、わたくしは魔王城に突入した。
途中で襲い掛かってくる魔物は全て剣で薙ぎ払う。
特に苦労もなく魔王の前にたどり着いたわたくしに、魔王は少し驚いているようだった。
魔王城の奥深く、端におそらく魔王に挑んで負けたのだろうパーティーの死体が転がるそこに、魔王は鎮座していた。
暗い室内でも魔王の顔はよく見える。暗視魔法を自身に掛けているからだ。
魔王は額から人間にはない立派な角を二本生やして、私の二倍は身長がありそうな体躯をしていた。
「其方は一人でここまできたというのか」
「ええ、そうよ。酒盛りをしたくって!」
「酒盛り?」
戸惑う魔王の前に、ここまで重いのを我慢して運んできた荷物を置く。
背負っていたリュックから出てくるのは大小様々な酒類。
「さあ! 飲みましょう!」
明るく告げた私は、一番のお気に入りのワインを豪快に開ける。
ワイングラスも持参したので、二つのグラスに注いで魔王に片方を渡そうとすると、魔王は怪訝な表情で受け取ってはくれない。
「毒殺をしようというのか」
「毒が効く体質なの? 魔王って」
受け取ってもらえないので、ぐいっとわたくしがワインをあおる。
ああ、美味しい。鼻に抜ける芳醇な香りがたまらない。
「いいのよ、飲まなくても。わたくしが一人で飲むから」
「む」
「ああ~、美味しいわ。さすが国内きってのワイナリーの八十年もの!」
「むむむ」
眉間に皺を寄せて葛藤している様子の魔王の前で、ボトルから空になったグラスにワインを注ぐ。
くるりとグラスをまわして香りを楽しみ、口をつけたわたくしの前で、とうとう我慢できないとばかりに魔王が立ち上がった。
「吾輩にもよこせ!」
「もちろんよ」
用意していたワイングラスを渡す。
魔王はまだ警戒しているのか、あるいは単純に香りを楽しみたいのか。
用心深くグラスからの香りを楽しんで、それから一口ワインを飲んだ。
「……これは、美味いな……」
「でしょう? 貴方が唯一侵攻を避けている地域のワイナリーだもの」
「知っているのか」
「調べたの♪」
魔王軍の侵攻から逃れている地域に偶然ワイナリーがあったわけではなく。
ワイナリーがあるからこそ、魔王が侵攻をしていないのだと踏んだ。
予想は的中している。にこりと微笑んだ私は、ワインをすべて飲んだ魔王へさらにボトルから注ぐ。
「さあ、どんどん飲んで! 今日はたくさんお酒をもってきたの!」
どこまでも明るく告げたわたくしのことばに、魔王は「うむ」と満足したように頷いた。
「それでな、勇者が命乞いをしてくる。だから吾輩は容赦なくまずはヒーラーの首を獲った」
「ヒーラーから潰すのは鉄板よねぇ」
お酒が回って饒舌な魔王ににこにこと笑いながら相槌を打つ。
周囲には空になった酒瓶がごろごろと転がっていて、魔王はいい感じに出来上がっていた。
わたくしもちょっとだけ気分がいい。
魔王の血なまぐさい勇者討伐の話を聞きながら相槌を打てる程度には。
「警戒されると思ってしていなかったんだけど、お酒をもっと美味しくしましょうか?」
「む、これ以上酒が美味くなるのか」
「そういう魔法があるの。ひゅーひょい、って感じでね」
わたくしはそう告げて魔王に渡す前のワインに手をかざす。
魔力を込めた手のひらから、ワインに掛けるのは――睡眠を誘発する魔法。
「はい、どうぞ。きっとおいしくなっているわ」
「ふむ、味を確かめよう」
すっかり警戒心をなくしている魔王がぐいっとワインを煽って。
「う、む……」
ぐらりと、身体が傾いだ。そのまま倒れこんだ魔王の顔を覗き込む。
気持ちよさそうに眠っている。
「うふふ、せいこーう♪」
にこりと笑って私は腰に差しっぱなしだった剣を抜く。
ぐしゅり。
魔王の首を跳ねて、わたくしは上機嫌に笑った。
「これで一生遊んで暮らせるわ~」
魔王の首をもって王城に行き、報酬を受け取る。
魔王の首をそのまま運んだから周囲にはずいぶん驚かれたけれど、隠すのも面倒だったのだから仕方ない。
「其方が一人で討伐したと申すか」
「はい、その通りです陛下」
王城の奥。玉座の間で膝をつく。
私の横には安らかに眠っているように見える魔王の首が転がっていて、神官たちが慄いている。
「どうやって討ち取った。数多の勇者が敗れた魔王を」
「人も魔王も寝ているときは無防備です」
にこりと笑った私に、周囲がざわめく。
「悪魔だ」
「人の形をした魔では」
「人間ではない」
そんな囁きは気にならない。わたくしはにこにこと笑って報酬を要求する。
「陛下、魔王を打ち取ったわたくしに、報奨をいただけますか?」
「あ、ああ」
ちょっと及び腰の陛下の指示で、きちんと魔王討伐の報酬を受け取る。
持ち運べないくらいの金銀財宝。これで一生遊んで暮らせる。
「ああ、そうそう」
わたくしは立ち上がって周囲をぐるりと見まわして。それからひたりと陛下を見た。
「お金が惜しいからとわたくしを殺そうとするのはやめておいたほうが賢明ですよ。わたくしが死ねば、このお城一つは余裕で更地にできる魔法が発動しますから」
にこりと微笑んで告げたわたくしの言葉に、陛下の頬が引きつる。
殺気に気づかないほど馬鹿じゃないの。残念でした。
のちに魔王を倒した悪魔と呼ばれることになる勇者は、そうして誕生した。
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