帰郷と永劫回帰
読み専でしたが、昔書いた作品が履歴にあったので初投稿しました。
若い剣士ロビンはふと思った。
長い年月が経ってしまった気がする……。と
勇者……相棒であるバルトと一緒に冒険の旅に出てから。魔王を倒してから。
……故郷を統治する権力者から自分の故郷から追い出されてから、魔王の故郷である魔界に来てからいったいどれだけの時間が過ぎただろうか。
地上から離れて大分経ってしまっただろうか?そんな疑問が頭をよぎった。相棒であるバルトにふと頭の中に浮かんだ悩みを打ち明けると少しの無言の後にこう返された。
「……一度、故郷に戻ってみるか?誰にも気づかれないようにこっそりとでも」
その返事をしてもらえることをずっと待っていた気がする。いや、待っていたのだろう。この疑問も実はずっと前から思っていて……自分でも答えは出していたのかもしれない。ただそれを打ち明けるタイミングを探っていた、いや少し違う気がする。気づいて欲しかっただけなんだろう。
相棒は自分よりも体格の大きな男性だ。今は旅人用の安い服を着ているが、これはある理由のためだが今は置いておこう。冒険の旅に出た時からの長い付き合いで、魔界に行くと言った時もなにも言わずについてきてくれた。
しかし普段は鈍感なところがあった。旅の途中ある女性がバルトを誘惑しようとした。その結果は失敗に終わった。それに自分のことにも……。
最近では、深く考えずに直感だけで生きているだけなのではないかと考えるようになった。旅をしていた時もよく魔術師のグリンと口喧嘩をしているのを見た。分かれ道なんかでの内容が多く、その結果いいように転んだのは50:50だった。今回もその5割の直感を……いやこれ以上考えるのはやめよう。考えても答えなんか出てくるわけがない。
相棒が今まで住んでいた居住場所の留守番をある魔物夫妻に頼んでいた。こちらに来てからずっと生活を補佐してくれていた魔物だ。見た目は黄緑色の肌をした小鬼のような姿……いわゆるゴブリンと呼ばれるものであった。
彼らに一礼すると、彼らはこちらに向けてその顔からは似つかわしくないような、というよりも想像することができないほど穏やかな笑みをしながら手を振ってくれた。
「別れはすんだか?まぁそれほど長い旅にはならないだろう」
相棒は欠伸まじりに言った。時刻はこちらではまだ夜更けにもなっていないとはいえ、地上での時間は夜明け頃だ。地上と同じような生活をしていれば徹夜とまではいかなくとも寝不足にはなっていた。
元勇者であるバルトは地上のことを考えると不安にもなったが、その何倍にも楽しみに思った。
最初、彼は、自分よりもやや小さな相棒の悩みに対してある提案が浮かんだが、すぐさま自分で否定しようとした。しかし、否定したところで、この提案をせずともそのうち、ロビンはひとりでも戻るだろう。そうなると長い別れになるかもしれないということを考えたため地上へ戻るという提案を出した。彼はロビンの受けた仕打ちを思い出すだけで腸が煮えくり返るようだった。
……もしも、地上が何者かの手によって滅んでいたならば「ざまぁみろ」とあざ笑い、また魔界で生活をするなり地上をうろうろしていればいい。戦火の真っ只中ならば自分たちから関わる必要性はない。そう考えていた。
しかし相棒は違う。生まれつきの自身の悩みよりも人助けを優先するようなやつだ。急に地上に戻りたいと思ったのは、小さな疑問なんかではないのだろう。一番の理由は故郷の両親のことが恋しくなったのだろう。それに……いや、相棒が決めたことをこちらからとやかく言う権利はない。自分にできることは小さな相棒にやりたいようにできる限りのことをさせてやることだけだから。
暗い道を二人は歩き続ける。魔界と地上の境界線となる場所まではもう少しかかりそうだった。魔界と地上を自由に行ったり来たりするためには方法がふたつある。ひとつは魔界の門を開き地上に出る方法。だが魔界の門を開くためには膨大な魔力を消費するだけでなく魔界に住む者たち……その中でも血の気の多いものから、地上に出るだけで問題になるものが存在する。一部のオークなどがこれに分類されるが魔物全般が血の気が多い訳ではない。
というのも先程のゴブリン夫妻のように魔界から出たがらないものたちも存在するからだ。彼らが倒した魔王は内側と外側……地上と魔界の二ヵ所で門を開いた。故に、彼らが地上から追放されて魔王城の門へと入った瞬間にタイミングを見計らったかのように地上に通じる門は閉じてしまった。門を開くことは彼らにとっては簡単なことだが、武力がなければ地上との戦いになる可能性が大きいため強靭な王がいない今では使用することはないし長く魔界で過ごした彼らが開くことはしなかった。
もうひとつの方法が今の彼らがしているように境界線を探す方法だ。元々魔界と地上は表裏一体の存在。触れ合うことのない世界であった。しかし、場所によってはその場所に境界線が生まれ、地上と魔界の線引きがあやふやになる。そのため霊的な存在はそのタイミングでよく外に出ていってしまう。霊的存在でない場合は門を開かなくとも少し力のあるものならばそこから出ることができる。ならば、魔王は何故、境界線から外に出なかったのかという疑問もあるだろう。
その理由として、境界線がある場所というのは基本的には一定ではない。日によって、地上と魔界の線引きがあやふやになっているために境界線からでることができる場所もできない場所も決まっていない。その日その日の気まぐれにあやふやな場所に境界線が生まれる。軍を率いる魔王にとってはその気まぐれに任せる訳には行かず、境界線を探す必要性はなかった。
「今日の朝ぐらいにこの辺りに境界線が出来ていたらしい。まだあるといいのだが……」
バルトは眠そうに、ロビンに言った。
「眠いのかい?眠いなら少し休んでから行くかい?」
ロビンがバルトにそう提案する。しかしバルトは、大丈夫だと返事をすると境界線を探しはじめた。ロビンも同じように探しはじめる。境界線は目に見えるものではなく、感覚で見つける必要があった。少し力のあるものならばそこから出ることができるという理由がこれである。
この見つけるための感覚は二人ともあまり得意ではなかった。いや、ほんの少しだけロビンのほうが感知する力があった。
魔界に来るときは、魔王の城にあった門からだったことがここにきて裏目となっていた。いや、魔界に来たこと自体がもしかしたら間違っていたのかもしれない。
「見つけたよ!ここが境界線になってる!」
とロビンが叫んだ。バルトはその方向へと歩いていった。
「……本当に戻るんだよな?今からならまだ引き返せるぞ」
とバルトは思ってもないことをいった。
「こっそりだとしても地上に戻るよ。追放されてしまったけど、地上は、あの村は僕にとって大切な故郷なんだ」
バルトはこう返されることはわかっていた。ロビン=ガルシアという自分の相棒だから……。ここで引き返したりはしないだろう、そうわかっていた。
ロビンもわかっていた、バルトのこの質問の意味を。地上に戻れば、またあの怒りに満ちた目やまるで自分たちに怯えるような目。それに罵声や自分たちを人として見ていない言葉や態度をとられるだろう。見知った人たちから手のひらを返される態度をとられたことはとてもショックだった。
そのことから逃げるためにここに来た。地上に戻れば次に魔界に戻れるのはいつになるかわからない。一日で魔界に戻れるかもしれない、一生魔界には戻れないかもしれない。その間、またあの暗い渦の中にいることを耐えなくてはならない。逃げ場なんてない状態だ。その事を心配してくれているということはわかっていた。
しかし、時間が経っていればそんな渦はもう消え去っているだろう。もしかしたら、自分たちは死んだ扱いになっているかもしれない。そうであるならば、故郷には戻りにくいが地上で生活することができる。それを確認しに行きたかった。
「じゃあ、行くか」
「うん」
彼らは境界線へと進んでいく。足が、体が境界線を通っていくと光のようなものに包まれていった。
この時、まだ彼らは知らなかった。前にも後ろにももう二度と戻ることができなくなっているということに……。
光の中を通り出てみると、そこには自分たちの知る世界ではなかった。
「なに、これ……」
建物も見知った建築物ではなく未知のものであった。
「どうなってるんだ、これは……」
彼らが冷静になるにはまだ、時間がかかりそうだった。
バルトにとってもロビンにとってもこのような状況は予想外であった。
まさか、こんな訳のわからない場所になっているとは……。バルトは内心戸惑っていた。一度引き返そうにも多分魔界との境界線はここにはないだろう。そんな気がしていた。恐らくその事は、ロビンも理解はしているだろう。
だからといって自分が焦るような態度をすることはロビンの心配を煽ることになる。自分のするべきことは現状を理解することが先決だと、気持ちを切り替えることにした。
ロビンは最初、地上の変化に驚いたが、すぐに驚きは好奇心へと変わった。もちろん、両親や友人。旅の途中出会った人たちやかつての仲間がどうなってしまったのかは気がかりだったが、それ以上にこの場所のことが気になっていた。
あの建造物はなんだろうか、どんな風になっているのだろうか。この土地の偉い人はどのような人物なのか?という長い間忘れかけていた冒険の時のワクワク感がロビンの脳内を、心を駆け巡っていた。
「流石に引きこもり過ぎたみたいだな……」
「なにかのおとぎ話みたいなことになっちゃったね」
「とりあえず、周囲を散策することにするか」
「そうだね」
二人は見たことない建物の列の近くを歩いた。道も土ではなく、また固い感じがした。旅の間にも魔界にもこんな道ではなかった。それに、何故かこの場所からは奇妙な感じがしていた。
「ねぇ、バルト。さっきから人も魔物も見てないんだけど、そっちはなにか見た?」
「……なにも見てねぇよ。だけど一応用心はしておけ、何がでてくるかわからんぞ」
バルトにそう言われたロビンはローブについているフードを被り直し、荷物入れから目元だけ穴の空いている仮面を取りだし、つけることにした。
この仮面は、ロビンの故郷の村では魔除けとして使われているものであった。その効果は確かなものであり、魔物が近づいてきても仮面をつけている間は感知されなくなるというものだった。長い冒険の間にも、この仮面は幾度となくロビンの身を守ってくれていた。……魔物がロビンに気がつかなかったのは、ロビンのある力と相棒であるバルトや魔術師グリンのおかげなのだがそれはここで語ることではない。
……今のところ人はいない。馬や犬も通りかかる気配もない。バルトはこの無人であり未知の建物のあるこの場所から離れたくて仕方なかった。地面は歩く度に今までとは違う音を鳴らす。それがこの場所で反響していく。それが、ただ寂しいような、物悲しいような感覚を与えてくる。
冒険していた時も、魔物によって寂れた村はいくつも見てきていた。しかし、その時の感覚とはまた違ったもの寂しさがこの場所にはあった。
……まさか、こんな寂れた場所が天国みたいな場所ではあるまい。そう思っていると、いつの間にか前方にひとつの影が立っていた。
「どうする?近づいてみる?」
ロビンが不安そうにこちらに尋ねてきた。ロビンの胸中にあったワクワク感はどこかへと霧散していき今は、ただただ不安でいっぱいだった。
「近寄ってみなきゃ危険かどうかわからんだろう。念のためいつでも戦えるようにはしておくぞ」
そうバルトは返事をした。
コツリコツリと足音だけが響く。少しずつ彼らは人影の方へと近づいてみると……
バルトはその影の正体に驚愕した。先ほどから、隣にいるはずの人物が目の前に立っていた。違う点としては、フードを被り、仮面をしていたかしていないかの違いだけで、ロビン=ガルシアであった。
「……何者だ、お前」
神経を尖らせながら、バルトはロビンそっくりの人物に話しかけた。
「そう、ピリピリしないで下さいよ。ちゃんと説明しますから」
その声色は、ロビンのものよりも高かった。しかし、どことなく人の声とはまた違ったように聞こえた。感情的なものという感じではなく……。それに、全く隙のない立ち方に油断できそうになかった。
「いやぁ、この場所に転送されてくるとは運がいいのか、悪いのか。ようこそ私たちの英雄。このすばらしき別世界へ。私の名前は……そうですね、『アイ』とでも名乗らせてもらいますね」
ロビンの姿をした人物は自身のことを『アイ』と名乗ると深々とお辞儀をした。しかし、その行動をバルトはどこかで見たことがあるような、そんな気がしていた。首を傾げながらバルトは質問した。
「名前はわかったが……、一体ここはどこなんだ?なんで誰もいない?」
そんなバルトの質問に対してよく聞いてくれたという風に大きく動いたかと思うと
「そのような質問は実に嬉しいのですが、相手が名前を名乗ったのならそちらもまずは名前を名乗るのが礼儀というものでしょう?」
先ほどの声とは違った声色で……高かった声が地の底から響くような声となった。思わず、半歩ほど身を引いてしまっていた。先ほどからは感じていなかった殺気があった。
……こいつからは底のわからない恐怖がある。とバルトは確信した。似たような経験としては、魔王に初めて対面した時以来だろうか?いや、魔王への恐怖とは別のものであった。未だに謎の多い場所、ロビン似の人物『アイ』……。そのふたつがバルトを少しだけとはいえ後退させる要因となった。下手にこいつに逆らうとどうなるかよくわからない……。今は従うしかなかった。
「勇者 バルト。もっとも今では元が頭につくが」
そうバルトが名乗ると『アイ』は少しだけ嬉しそうにした。相手が自身のいうことを聞いたという征服感からかそれとも……。
「もうひとりの方も、名前を教えてくれるとありがたいのですが」
「おい……」
お前も名乗っておけ。とロビンに言いかけたが、ロビンはバルトの服の裾を摘まんだまま、じぃっと、どこかを見つめていた。或いは怖がっているようにもバルトは受けとることができた。自分でさえも恐怖を感じる相手であったため無理もないことだろう。そう考えた。
「……こっちは相棒のロビンだ」
そうバルトが代わりに名前を伝えると『アイ』は地の底から響くような声ではなく、最初の高い声となった。
「はい、バルトさんとロビンさんですね。改めましてようこそ、このすばらしき別世界へ。先ほどの質問の答えを言わせてもらいますと、今あなたたちがいるこの場所は現実世界ではありません。だからといって、夢の世界というわけでもありません」
「どういうことだ?」
「ここは仮想世界『IF』その中の実在した国々をモチーフにした場所。ここはそのエリアのひとつ、『N』です」
「……かそうせかい?」
生まれてはじめて聞く言葉であった。仮想世界というのがなにかというのは、きっと理解することができるものではないだろう。ただ理解できたのは自分たちが魔王を倒すために旅をしていた『×××地方』という場所ではなく、また別の場所。あるいは実在しない世界であり、二度とあの場所に帰ることができないことだけはわかった。
「あなたたちには戦ってもらわなくてはなりません。あなたたちと同じような英雄もしくはその対義的な存在と」
「もしも、断るといったら?」
「その時にはこの場所から出ていってもらいます。もっともあなた達には拒否権が存在していないということは充分にわかっているはずですよ」
その通りだった。もしもこの場所以外に人の住んでいそうな地域があるかもしれないという一抹の希望がなかった訳ではなかった。しかし、その希望は見事に打ち砕かれてしまったようにバルトは思った。
……ふと、服の裾を掴んでいたロビンの掴む力が強くなっている気がした。強く掴まれたことによって、バルトはハッと我に帰りロビンの方へと目をやった。先ほどまでロビンが怖がっているのだと思っていたがそうではないことに気がついた。怖がっているというよりも威嚇……いや警戒しているようだった。
警戒心自体はバルトにもあった。しかし、ここまで表面的に出すのは異常なことだった。
「……どうしたんだ、そんなに強く掴まれたら破れるだろ?」
バルトは小声で少し冗談のように言った。しかし、ロビンの表情は強ばったままであったが、落ち着いた様子で一点に指をさしながらこう返した。
「ねぇバルト、きみはいったい何と話をしているの?」
指を指す他方向にはなにもなかった。おそらくバルトが話している最中の相手である『アイ』を指差したのだろう。しかし、ロビンが指を差した方向は『アイ』のいない見当違いな方向であり人影のない空間だけがただただ広がっていた。
バルトはロビンの様子に気がついていなかったことを後悔していた。ロビンにはこの目の前に存在するロビン=ガルシアの姿をした『アイ』という存在が見えていなかったのだ。そうなると、この場所のルール次第では残れるかはわからない。市民……観客として残してもらえるなら大助かりだが、戦いを拒否した場合に追い出そうとするような相手だ。自分だけを残して追い出そうとするかもしれない……。見えていないことに気がつかないでくれ……と内心で祈るしかなかった。
しかし、残酷なことに『アイ』は二人の様子の変化に気がついていた。そのことに気がついたのは、バルトにこの言葉をかけられた時であった。
「相棒の方……えーと、ロビンさんでしたか。もしかして、私のことが見えていないのですか?」
バルトはこの時の『アイ』の表情を忘れることはないだろう。あの勝ち誇った、邪悪な笑みを……。
「この場所には残念ながらあなたの居場所にはなることができないようです」
そう、『アイ』が告げると少しずつこちらに、まるで氷の上を滑るかのように近づいてきた。
バルトはロビンを守るためにも身構えようとした。しかし体が見えない紐で縛りあげられたかのように全身が動かなかった。咄嗟に
「早く逃げろ、ロビン!!」
と叫ぶしかなかった。バルトは自身のこの状況が悔しくて仕方なかった。守るために戦うことができず、逃げろと叫ぶことしかできないことに。逃げ場などないとわかっているのに逃げるという選択肢を選ばせてしまったことに……。
しばらくは辺りを逃げ回っていたロビンだったが剣を抜き戦おうとした。しかし、剣を振り抜くよりも先に『アイ』に捕まってしまった。
「……追放しようかと思いましたが、気が変わりました」
『アイ』からバルトへと向けられたその表情は先ほどと同じ邪悪なものを感じとることができた。
「あなたにとってこれが大切なことはよくわかります。なので、大切な人質にさせてもらいます。これであなたには拒否権と逃げ場の両方がなくなりましたね」
最初から逃げ場はなく選択肢もないことをわかっているはずであった。それなのに『アイ』は人質を取るという行動に出た。もしも、この時に冷静な判断のできる人間がひとりでもいればあることを指摘しないにしても少し不審に思っただろう。人質にしなかったとしても既に拒否権や逃げ場はない……。それはバルトも理解していたはずであった。しかし、ロビンが人質として捕らわれたことで冷静な考え方ができなくなっていた。
「ロビンを離せ!」
「それはできませんよ。もしも、人質を手放してこの場所から逃亡。その後飢え死にしたなんてことになったらこの世界に私たちの英雄を召喚した意味がなくなるじゃないですか」
お前がこの場所に呼んだのか……!そう言おうとしたが、今はそんなことを言っている時ではないことに気づいた。既に相手に交渉の手綱を握られてしまっている。今さら喚いたとしても人質となったロビンを解放なんてことを今はしないだろう。諦めて気になっていたことを尋ねてみることにした。
「どうすれば、相棒を解放する」
「あなたがこの世界で行われている『ファイト・ゲーム』でトップになれば解放しましょう」
「分かった。それと……最後にひとつ聞いていいか?」
「どうぞ」
「なぜ、お前の姿はロビンと同じなんだ……?」
この質問がくることは前提としてあったのだろう。少しの間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。
「私の名は『アイ』すなわち、あなた自身でもある。今あなたが見ている私の姿はあなたが好意を抱いている異性の姿です」
あぁ、そういうことだったのか……。と納得する一方で、ロビンに『アイ』の姿が見えないことを少し残念に思った。
もしも、こんな状況でさえなければロビンには誰に見えたのか聞いてみることもできたかもしれない。見えていないのはもしかしたら、好きな人が見えたことによる照れ隠しなのでは……なんてからかってみることも……。
いや、そんなことを考えたところでなんの意味もなかった。
「……ロビンに何かしたらお前を殺してやるからな」
バルトは威嚇するようにロビンそっくりな人物である『アイ』に言った。
「そんな手荒な真似をするつもりはないですよ。もっとも、あなたがゲームから逃げ出したりしなければですがね」
「そうか、なら安心できる……か?」
そうやり取りをした後、バルトの足下が崩れていったような気がしたかと思うと、バルトは暗い闇の中へと落ちていった……。
目が覚めると、知らない部屋であった。いや、知っていた部屋だった。清潔感からはかけ離れた、汚れた部屋。床にはこの世界について書かれた本が積み重ねて置いてあった。壁にはびっしりとさまざまな世界の新聞記事が張りつけられていた。
「また、あの時の夢か……」
そう呟くと彼はゆっくりと起き上がった。彼の住居スペースとなっている部屋で気だるそうにコーヒーを入れると無気力そうにすすった。
戦いはまだ終わらない、どれほど戦ったかも分からない。だが、ロビンを取り戻すまでは逃げる事は出来ない。
「惚れた相手すら救えなくて何が勇者だ」
部屋の中で自嘲する様に呟いた。
勇者は今日も戦う。見知らぬ地で、大切な者を取り戻す為に。