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第9章

 指令車からオフィスフロアに戻った俺は、奇妙な視線の集中砲火を浴びていた。


 男性社員たちからは、畏怖と、ほんの少しの嫉妬が混じったような生暖かい視線。

 女性社員たちからは、「ここにいるのも汚らわしい」とでも言いたげな、氷のように冷たい軽蔑の視線。


 そして、フロアの隅のデスクからは、俺の魂を直接呪い殺さんばかりの、灰咲シノの怨嗟に満ちた視線が突き刺さる。


 ……うん、めちゃくちゃ居心地が悪い。

 

 だが、今の俺の心は、そんな些細なことですら揺らがないほど、達成感に満ち溢れていた。


(完璧だった……! 俺の『ロマンス理論』は、正しかったんだ……!)


 脳裏に蘇るのは、マジカル・ヴァルカンの、あの姿。

 気の強そうな眉を情けなく下げ、真っ赤な顔を両手で覆い隠し、涙声で「もうやめてぇ……!」と懇願した、あの姿。

 

 暴力でねじ伏せたのではない。

 快楽で堕としたのでもない。

 

 ただ、純粋な「恥じらい」だけで、あの好戦的な魔法少女を完全に無力化したのだ。

 これぞ芸術。これぞ愛。


 俺が自分のデスクで、悦びの反芻に浸っていると、PCのメールソフトがピコン、と音を立てた。


『From: 氷室サヤカ』

『Subject: 業務評価について。至急、私の執務室まで来てください』


 背筋が、ピシリと伸びた。

 俺はゴクリと唾を飲むと、周囲の奇妙な視線を背中に浴びながら、女王が待つ部屋へと向かった。


 最上階にある、サヤカさんの執務室。


 そこは、俺の六畳一間とは何もかもが違う、権力者の空間だった。

 床から天井まで続く巨大な窓ガラスの向こうには、東京の夜景が星屑のように広がっている。

 

 部屋に置かれた調度品は、どれも俺の年収より高そうだ。

 そして、部屋全体に漂う、甘く、それでいて少しスパイシーな、彼女自身のものと思わしき香水の匂いが、俺の理性をじわじわと麻痺させていく。


「待っていたわ、黒崎君」


 サヤカさんは、巨大なマホガニーのデスクには座っていなかった。

 窓際で夜景を眺めている。

 深紅のワンピースが、彼女の完璧なボディラインを惜しげもなく描き出していた。


 彼女がゆっくりとこちらに振り向く。

 その瞳は、俺の全てを見透かすように、妖しく輝いていた。


「今日の指揮、見事だったわ。まるで傑作の映画を見ているようだった」


 サヤカさんは、ゆったりとした足取りで俺に近づいてくる。

 その動きは、獲物を前にした、優雅な雌豹のようだ。


「純粋で気高いマジカル・リリィちゃんは、甘く、ねっとりとした『快楽』でその純潔を溶かしてあげた」


 彼女は、俺の周りをゆっくりと回りながら、うっとりとした声で語りかける。

 

「そして、炎のように猛々しいマジカル・ヴァルカンちゃんは、くすぐったいほどの『純愛』でそのプライドを粉々に砕いてあげた」


 サヤカさんは俺の正面に立つと、その美しい顔をぐいと近づけてきた。

 吐息がかかるほどの至近距離。

 俺の心臓が、うるさいくらいに跳ね上がる。


「『快楽』と『羞恥』。女の子を最高に可愛くする、二つの偉大な感情。あなたはその両方を、本能で理解しているのね」


 その声は、囁きだ。

 俺の鼓膜を、脳を、そして魂を直接震わせる、甘い、甘い囁きだった。


「……あなたのような人材を、一兵卒のままにしておくのは、会社にとって、いえ、世界にとっての損失だわ」


 彼女はそう言うと、悪戯っぽく微笑み、デスクから一枚の、重厚な封筒を取り出した。

 

「読んでみて」


 促されるまま、俺は震える手で封筒を開ける。

 中に入っていたのは、一枚の辞令だった。


 そこには、こう書かれていた。


【辞令:黒崎マコトを、本日付で『対魔法少女作戦部隊・特務幹部』に任命する】


 …………とくむ、かんぶ……?


 俺の脳が、その言葉の意味を理解するのに数秒かかった。

 平社員から、いきなり幹部へ?

 

 サヤカさんは、呆然とする俺を見て、満足そうに微笑む。

 

「本日付で、君を『対魔法少女作戦部隊・特務幹部』に任命します」


 その言葉が、俺の心の最後のタガを外した。


 認められた。

 俺の、この、誰にも理解されなかった歪んだ欲望が。


 ただひたすらに女の子を「気持ちよくさせたい」「恥ずかしがらせたい」という、この純粋な煩悩が。

 この美しい女王に、正式に認められたんだ。


「さ、サヤカさん……!」


 気づけば、俺の瞳からは、熱い涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。


「ふふっ、嬉しい?」

「はい! 嬉しいです! 俺、俺、一生あなたについていきます!」


 俺は、その辞令を、まるで聖書のように胸に抱きしめた。

 サヤカさんは、そんな俺の姿を、心底愛おしそうに、そして、これから調理する極上の食材を見るかのように、妖艶な笑みで見つめていた。


「期待しているわよ、黒崎――特務幹部」


 彼女が初めて俺を役職で呼んだその声は、俺にとって、何よりも甘美なご褒美だった。

 

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