表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第8章

 その日の夕方。

 ネオンの光が猥雑にきらめく繁華街の、ゴミの匂いが立ち込める薄汚い路地裏。

 ここが、俺の第二の舞台だ。


 指令車の中で、俺はモニターを見つめていた。

 心臓が、これから始まる最高のエンターテイメントへの期待に、ドクドクと大きく、そしていやらしく高鳴っている。


「プラン『ファースト・ロマンス』、始動!」


 俺がコンソールを叩くと、路地裏の中央に、突如としてピンク色の薔薇の花びらが嵐のように舞い散った。

 甘ったるい香りが、ドブの匂いを完全に上書きし、空間を支配する。


 その薔薇の中心から、一体の怪人がゆっくりと姿を現した。

 キラキラと輝く、腰まで届く流麗な銀髪。

 少女漫画の作画カロリーをすべて注ぎ込んだかのような、大きく潤んだ蒼い瞳。

 純白に金の刺繍が施された、王子様然とした軍服。


 俺の第二の傑作、その名は『プリンス・ロマンス』。


 その直後、空から一体の流星が降り注いだ。

 ドゴォン!という轟音と共に、燃えるような赤い魔法少女マジカル・ヴァルカンが着地する。


「ジェネシスめ! 今日はどんなキモい怪人かしら!」


 彼女の金色の瞳は、好戦的な光に満ち満ちている。

 引き締まったお腹、黒いホットパンツから伸びる、しなやかな筋肉を宿した太ももが、彼女の戦闘能力の高さを雄弁に物語っていた。


 だが、プリンス・ロマンスは動じない。

 彼は彼女の前にゆっくりと歩み寄ると、その場で優雅に片膝をついた。


「我が戦場のお姫様。あなたをお迎えにあがりました」


 吐息が混じるような、甘く、とろけるようなイケメンボイス。

 俺が声優データベースから選び抜いた、鼓膜を直接愛撫するような最高の声だ。


「…………はぁ?」


 彼女の美しい顔が、盛大に引きつった。

 

「ふざけないで! アンタみたいなキザな軟弱男、あたしがそのキラキラした顔面ごと、一秒でスクラップにしてやるわ!」


 彼女が炎をまとった拳を振りかぶり、プリンスに殴りかかる。速い!


「プリンス、ステップα-7で回避! そのままプランBへ移行!」


 俺は指令車の中で叫ぶ。

 

 プリンスは、まるで舞踏会でワルツを踊るかのように、最小限の動きで彼女の剛拳をひらりとかわす。

 そして、彼女の突進の勢いを利用し、その身体を巧みに壁際へと誘導した。


 ドンッ!


 鈍い音が響き渡る。

 プリンスが、彼女の顔のすぐ横の壁に、片手をついたのだ。


 伝説の『壁ドン』である。


「なっ……!?」


 至近距離で、キラキラしたイケメンの顔面が迫る。

 二人の間に、逃げ場はない。

 

 彼女の身体が、ピクリと硬直するのがモニター越しにもわかった。


「そんな乱暴なところも、愛らしい……だが、俺の前では素直になってもいいんだぜ?」


 プリンスの唇から、甘いセリフがこぼれ落ちる。

 彼女の顔が、首筋から耳まで、カッと一気に赤く染まった。

 

「ち、近寄るな変態! 誰がアンタなんかに……!」

「おや? 顔が赤い。照れているのか? 可愛いな」

「て、照れてない! これは怒りの赤よ!」

「そうか? だが、君の心臓の音、ここまで聞こえてきそうなくらい、速く、熱く打っているぜ?」


 そうだ、もっとだ! プリンス!

 彼女のツンデレの鎧を、甘い言葉の弾丸で撃ち抜け!


 俺は、興奮のあまりコンソールのボタンを連打しながら、次々とセリフを送り込む。


「その瞳……燃えるような宝石だな。俺以外の男を映すなんて、許さない」

「ひぃっ……!?」


 彼女の肩が、びくっと大きく震えた。

 彼女の呼吸が浅く、速くなっていくのがバイタルデータに表示されている。


 いいぞ、いいぞ!


「強がっている君も好きだが……俺の前だけで見せる、君の弱いところも見てみたい」


 プリンスは、空いている方の手で、彼女の頬を撫でるように流れる一筋の汗を、そっと指で拭った。

 

「な、な、なによ、いきなり触らないでよ!」

「汗をかいている。緊張しているのか? それとも……期待、しているのか?」


 プリンスは、さらに顔を寄せ、彼女の耳元に唇を近づけた。

 その熱い吐息が、彼女の耳たぶを直接愛撫する。


「あああああああんっ!」


 そうだ!耳だ!

 女の子の耳は最高に敏感なんだ!


 彼女の身体が、今度こそはっきりと、びくんびくんと痙攣を始めた。

 膝が笑い、立っているのがやっとのようだ。

 

「だ、黙りなさい! あたしに弱いところなんかないわ!」


 その声は、もはや怒声ではなく、涙声の悲鳴に近い。

 瞳は潤み、焦点が合っていない。


(よし、今だ! 最終フェーズへ移行!)


 彼女が、最後の力を振り絞って「くらえぇ!」と叫びながら、もはや威力のない拳を振り上げた、その瞬間。

 プリンスは、彼女の拳を優しく受け止めると、その手を引き寄せ、もう片方の手で彼女の顎にそっと指を添えた。


 必殺の『顎クイ』コンボだ。


「な、なにを……」


 至近距離で、潤んだ金色の瞳と、キラキラした蒼い瞳が交錯する。


 プリンスは、とどめの一言を、吐息と共に彼女の耳元へ囁きかけた。


「もういいんだぜ。そんなに強がらなくても。俺が、君の全部、めちゃくちゃになるまで、受け止めてやるから」

「―――――――――ッ!!」


 彼女の身体から、全ての力が、音を立てて抜けていった。

 彼女の脳のキャパシティは、連続する少女漫画的シチュエーションと、官能的な囁きによって、完全に焼き切れたのだ。


「も、もう……やめてぇぇぇ……!」


 炎のような勢いは見る影もなく、彼女は涙目のまま、その場にずるずると崩れ落ちた。

 両手で真っ赤になった顔を覆い隠しているが、指の隙間から、熱い吐息が「はふっ、はふぅ……」と漏れている。


「……もう……だめぇぇぇ……」


 か細い、か細い声でそう呟くと、彼女は完全に沈黙した。

 精神的戦闘不能メンタルブレイク

 完璧な勝利だ。


 プリンスは、そんな彼女に優雅な一礼をすると、無数の薔薇の花びらとなって、夜の闇に消えていった。


「よっしゃあああああああああああああ!」


 指令車の中で、俺は天を突き破るほどのガッツポーズを決めていた。

 

「見たか! 俺の理論は正しかった! ツンデレの弱点は、物理攻撃でも魔法攻撃でもない! 純度100%の少女漫画的展開なんだよ!」


 俺は、震える指で今回の戦闘記録を保存する。


 これを見ながら飲むコーヒーは、きっと世界一うまいだろう。

 俺は、自分の才能に打ち震えながら、次の作戦への妄想を、すでに膨らませ始めていた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ