第7章
俺はいま、『絶望の間』の玉座のような椅子に座り、死刑宣告を待つ罪人のような心境でいた。
スマホの画面に映る、燃えるように猛々しい魔法少女マジカル・ヴァルカン。
そして、隣の席で、不機嫌そうにモンブランを突いていた、現実世界の女子高生。
目を閉じれば、リオの罵倒する声と、ヴァルカンの好戦的な笑みが、俺の脳内で悪魔合体して襲いかかってくるのだ。
「では、対魔法少女作戦会議を始めます」
女王のようにテーブルの最奥に座る氷室サヤカさんの、涼やかな声が響く。
今日の彼女は、身体のラインがくっきりと浮かび上がる、深紅のワンピース姿だ。
その胸元のVネックは、俺の視線を吸い込むブラックホールのように深い。
俺の隣では、同僚の灰咲シノが、いつも通り虚ろな目で、スケッチブックに何か呪詛のようなものを描きつけている。
「本日のターゲットは、マジカル・ヴァルカン。極めて攻撃的な近接戦闘タイプ。小細工は通用しないでしょうね」
サヤカさんが、ちらりとシノに視線を送る。
シノは、顔も上げずに、ボソボソと呟いた。
「……感情の起伏が激しく、自己防衛本能が異常に高い。プライドを傷つけ、精神の安定を崩すのが有効……例えば、彼女が最も信頼する人間の姿をした怪人で、目の前で裏切らせる、とか」
「また陰湿なこと考えてるな、この子は!」
俺は思わず叫んだ。
「……あなたよりはマシ」
シノの冷たい視線が俺を貫く。
「少なくとも、あなたの頭の中みたいに、安っぽい煩悩で満ちてはいない」
「安っぽいだと!? 俺の煩悩は、哲学なんだぞ!」
そうだ、恐怖で足がすくんでいる場合じゃない。
俺には、俺だけの哲学がある。
震える手で必死に考え抜いた、最高の作戦が!
俺はバンッと立ち上がり、サヤカさんに向かって宣言した。
「サヤカさん! 俺に、俺にやらせてください!」
「あら、自信満々ね、黒崎君」
「はい! 俺は彼女を徹底的に分析し、その結果、俺はこの結論に達しました! マジカル・ヴァルカンは……典型的な『ツンデレ』です!」
俺がビシッと言い放つと、会議室が静まり返った。
シノが「は?」と、初めて素っ頓狂な声を上げた。
「つまり! 彼女の弱点は、物理的な快感でも、精神的な苦痛でもない! 彼女のその鉄壁のプライドと、その下に隠された……乙女の心なんです!」
俺は再び自作のプレゼン資料を巨大モニターに映し出す。
今度の資料は、キラキラした星と薔薇の素材がふんだんに使われた、少女漫画風のデザインだ。
【対ツンデレ魔法少女用・精神的飽和攻撃プラン:『プリンス・ロマンス』による羞恥心過負荷作戦】
「彼女のようなタイプに、ぬめり侯爵は逆効果! 快感を与えれば与えるほど、怒りでパワーアップする可能性があります! そこで俺が提案するのが! 少女漫画の世界から抜け出してきた、このイケメン怪人! その名も『プリンス・ロマンス』です!」
画面には、銀髪で瞳をキラキラさせた、九頭身の王子様系怪人の3Dモデルが映し出される。
「彼の仕事は、戦うことではありません! ひたすら、愛を囁くことです! 例えばこうです!」
俺は、会議室の壁際まで歩いていくと、シノの冷たい視線をものともせず、一人芝居を始めた。
「まず、プリンス・ロマンスは、ヴァルカンを路地裏に追い詰めます! そして、逃げ場を塞ぐように、壁にドンッ!と手をつく!」
俺は実際に壁をドンッと叩く。
「ヴァルカンは『な、何すんのよ、この変態王子!』と動揺するでしょう! 彼女が顔を背けようとした瞬間、すかさず第二段階! プリンスは、彼女の顎にそっと指を添え、無理やり自分の顔の方を向かせる! 必殺の『顎クイ』です!」
俺は、何もない空間で誰かの顎をクイッとするジェスチャーをする。
「そして、耳元でこう囁くんです! 『そんなに顔を赤くして……俺に恋してるって、認めたらどうだ?』『乱暴な君も可愛いけど、俺の前では素直な女の子になってほしいな』と! この少女漫画お約束の甘いセリフの連続コンボが、彼女の脳を! 自意識を! そして乙女の心を! 直接攻撃するんです!」
俺は熱弁する。
「物理的なダメージはゼロ! しかし、羞恥心と自己嫌悪、そして生まれて初めて向けられるであろう熱烈なアプローチによって、彼女のツンデレ回路はショート!『べ、別にアンタのことなんか……!』と強がりながらも、顔は真っ赤、身体はヘナヘナになり、戦闘不能に陥る! これぞ、愛による完全勝利です!」
ハァ、ハァ……。プレゼンを終えた俺は、やりきった満足感に包まれていた。
会議室は、前回以上の沈黙に包まれている。
社員たちは、もはや俺を人間として見ていない。
何か、新種のUMAを見るような目だ。
シノは、完全に理解を放棄したようで、スケッチブックに「わけがわからないよ」とだけ書き込んでいた。
サヤカさんは、長い指を自身の赤い唇に当てたまま、しばらく黙っていた。
やがて、その唇がゆっくりと弧を描く。
それは、獲物を見つけた肉食獣のような、妖艶で、サディスティックな笑みだった。
「くすくす……乙女の心を攻撃する、ね……。黒崎君、あなたはただの変態じゃないわ」
彼女は立ち上がると、俺の肩をポンと叩いた。
「あなたは、詩人よ」
そして、会議室全体に響き渡る声で、高らかに宣言した。
「決定ね。このロマンチックコメディ、特等席で見物させてもらうわ!」
その言葉に、俺は勝利を確信すると同時に、背筋を冷たい汗が伝うのを感じた。
これから俺は、あの怖い女に、少女漫画の主人公をけしかけるのだ。
……俺、生きて帰れるだろうか。