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第1章

「――ああ、クソッ!まただ!わかってねえ!全然わかってねえんだよッ!」


 俺、黒崎くろさきマコトは、薄暗い六畳一間の自室で床を転げ回りながら絶叫した。

 インスタント麺の容器が積み上げられた机の隅で、唯一神聖な領域を保っているのはPCモニター。

 その輝きだけが、この部屋の生命線だった。


 壁という壁には、雑誌の切り抜きやポスター、そして棚にぎっしりと詰め込まれた限定アクリルスタンド。

 そのすべてに描かれているのは、今まさに俺のPCモニターの中で戦う、一人の少女の姿だ。


 純白とベビーピンクを基調とした、天使の羽のように幾重にも重なるフリルとリボン。

 きゅっと引き締まったくびれから、パニエでふわりと広がったスカートが信じられないくらい眩しい。

 その下からスラリと伸びる純白のニーソックスに包まれた脚は、まさに神の造形物としか言いようがない。


 彼女こそ、この日本に、いや世界に降臨した女神――魔法少女マジカル・リリィである。


 モニターの中で、彼女は光り輝くステッキを構え、またしても悪の組織『ジェネシス』が送り込んだ、センス皆無のサイ型怪人と対峙している。

 ったく、ジェネシスの怪人開発部は本当に仕事が雑なんだよな。

 

 もっとこうあるだろ! 女の子が本当に喜ぶ、夢のような怪人が!


 怪人の無粋な突進が、リリィちゃんの華奢な身体を吹き飛ばした。


「きゃあっ!」


 悲鳴と共に地面に叩きつけられ、自慢のフリルドレスの肩口がビリッと破れる。

 白い肌に、痛々しい擦り傷が赤く浮かび上がった。


「違う、そうじゃないんだよぉぉぉぉっ!!」


 俺は再び床を転げ回る。頭をかきむしり、壁のリリィちゃんのポスターに後頭部をゴリゴリと押し付けた。

 不敬だとわかってはいるが、この憤りをどこにぶつければいいのかわからない。


「なんでわかんねえんだよ、ジェネシスのボンクラどもは! ただ暴力で蹂躙したって、彼女の心は手に入らない! 恐怖で支配したって、そこに真のコミュニケーションは生まれないんだよ!」


 そう、俺の哲学はただ一つ。


『合意形成型快楽支配論』。


 つまり、相手を暴力や恐怖で屈服させるのではない。

 至上の快楽によって思考も身体も完全に支配し、脳の髄まで快感でトロトロに溶かし尽くし、最終的に相手自身の意志で「あなたに身も心も捧げます」と涙ながらに懇願させること。

 これこそが、愛の、いや、支配の究極形態なのだ。


「想像してみろ! 今リリィちゃんが戦っている相手が、あんな鉄の塊じゃなくて、巨大な、ぷるっぷるの、極上のカスタードプリンだったらって!」


 俺は立ち上がり、部屋の中をぐるぐると歩き回りながら、一人で熱弁を振るい始める。

 脳内に溢れ出す、甘く、官能的な妄想が、もう止まらない。


「まず、プリンがその弾力性のある身体で『ぷるんっ』てリリィちゃんに優しくぶつかるんだ! もちろん衝撃はゼロ! 彼女はバニラビーンズの甘い香りに包まれて、全身がほろ苦いカラメルソースでベトベトになって、『ひゃんっ! なにこれ気持ち悪い! でも、いい匂い……』って絶対に混乱する!」


 声色を変え、脳内で完璧に再生されるリリィちゃんのセリフを自分でアフレコする。


「そして次の瞬間、プリンがほんのり人肌に温かくなって、ひとりでに『ぷるぷるぷるっ』て小刻みに震え始めるんだ! その振動が、服の上からでも彼女の柔肌にじんわり伝わって、全身をくまなくマッサージし始める! 最初は『や、やめてよヘンタイプリン!』って必死に抵抗するリリィちゃんだが、その振動はただの振動じゃない。人間の最も感じやすい周波数に完璧にチューニングされていて、筋肉の疲れを癒し、血行を促進し、そして脳の理性を司る部分を直接トロトロに溶かすんだ!」


 俺は両手を天に突き上げる。

 妄想のクライマックスは近い。


「『んんっ……ぁ……だ、だめぇ……こんな、変なプリンに……身体が、言うこと、きかなくなっちゃう……』」

「そう! それだ! その表情! 俺が見たいのは! その!『いけないことってわかっているけど、感じちゃう!』っていう、あの背徳感に濡れた表情なんだ!」

「『もう……だめ……足に力が入らないぃ……』って、その場にへたりこんで、潤んだ瞳でこっちを見上げるんだ! 頬は上気して、桜色の唇はわずかに開いて、そこから甘い吐息が『はふぅ……』って漏れるんだ! 最高じゃないか! 最高の芸術じゃないか!」


 ハァ、ハァ、ハァ…。


 妄想の奔流が過ぎ去り、俺は荒い息をつきながらその場にへたり込む。

 モニターの中では、相変わらず無粋な戦闘が続いている。

 リリィちゃんが勝利を収めたようだが、俺の心には何も響かない。


「ダメだ。あいつらに、俺のリリィちゃんを任せてはおけない。俺が、俺自身がジェネシスに入って、最高の怪人を作ってやる!」


 俺は決意を固め、机に向かう。

 そして、長年連れ添った相棒である大学ノートを開き、その1ページ目に、神への祈りの如く、力強くペンを走らせた。


【対魔法少女用お菓子怪人:ぷるるんプリンス 設計案】


 俺の歪んだ、しかし純粋な戦いは、今、この瞬間、始まったのだ。

 

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