第9話 念願のジョブをゲットしてもらえばよくない?
放課後。
昨日とはまた違う、別のFランクダンジョンを訪れた。
一度帰宅してから来る西園寺に合わせ、のんびりと待つことにする。
「ふんふふ~ん」
イヤホンをつけ、スマホをダラダラと操作。
好きなアニソンやらアーティストの曲を聴きつつ、ネット記事を流し読む。
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『Aランククラン【不止の掟】ヒーラーを公開募集』
主に首都圏で活動するAランク冒険者クラン【不止の掟】は9月21日、冒険者サポートアプリ【ダンサポ】にてヒーラーを募集することを公表した。
定員は3名。
ジョブは問わず。
冒険者ランクはD以上で、回復系のスキル・魔法を使える者が条件とされる(=ダンサポ掲載文を引用)。
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「あ~。あの有名なクランね」
実力ある冒険者を多数抱え、数々の高難易度ダンジョンに挑戦している。
メディアにも多く取り上げられるような、知名度の高いクランだ。
……確かここのクランマスターと副マスターだったっけ、冒険者着チェーン店のCM出てたのって?
西園寺が着ているのも、あそこのチェーン店の季節品って言ってた。
「……ふむふむ」
再び、宙からスマホへ視線を落とす。
関連記事ではこの件と結び付け、独自の考察を書いていた。
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『高ランククランでもヒーラー需要。冒険者業界の慢性的なヒーラー不足が顕著か』
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ヒーラーの総募集数は、いわゆるアタッカーの総募集数の実に5倍を超えていた(※9月21日現在、冒険者支援アプリ【ダンサポ】にての筆者調べ)。
また冒険者ギルド発表の統計資料によると、ギルドが把握しているヒーラー数はここ数年ほぼ伸びていないといえる。
つまりアタッカーに比べて、ヒーラー需要に供給が全く間に合ってないのだ。
回復スキルはレアで、ヒーラーの発掘・育成が困難な事情もある。
ダンジョン攻略最前線の冒険者たちを支えるためにも、ヒーラーの国家的な育成が急務といえよう。
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「あ~こういうの、小テストに出そうだなぁ~」
“ダンジョン総合”の加藤先生は、時事的な問題を出す傾向にある。
『ダンジョン史は今なお発展を続ける、現在進行形の学問です。皆さん、最新情報はチェックし続けて下さいね』とは先生の口癖だ。
だから、こういう隙間時間で最新の情報に触れることは案外大事になる。
穴埋めだと……多分このワードが出るな。
“慢性的なヒーラー不足”っと。
「――おっ、“唾ポーション事件”の続報か。……うわ。製造ラインの全商品を自主回収か」
ネットニュースで、他に気になる記事を見つける。
SNSのアプリで投稿された一枚の画像。
それが大炎上した事件だ。
内容は……もう事件名の通り。
蓋の開いたポーション瓶の飲み口部分に、作業着姿の男が舌を接近させた写真を投稿。
そこに『出来立てほやほやのポーションでぇ~す。今頃、冒険者の誰かが俺の唾入りを飲んでくれてんのかな?』とつぶやいたのだ。
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写っていた作業着の襟、ポーション瓶の特徴などから、ポーション製造大手【ドラゴン製薬】の商品であるとすぐさま特定された。
【ドラゴン製薬】は独自調査を行い、投稿した男がアルバイト従業員の男性(23歳)であると発表。
投稿時間や、ポーション製造の工場稼働時間などから特定にいたったと思われる。
本人は事実を認め
『冒険者として挫折して、工場働きしている自分を受け入れられなかった。むしゃくしゃしてやってしまい、今は酷く後悔している』
と謝罪したという。
本件について【ドラゴン製薬】は
『命を懸けてダンジョン攻略に挑まれる冒険者の皆さまの、ポーションに対する信頼を著しく損なう行為。ヒーラー不足が叫ばれる昨今、特に回復アイテムによる自己治癒が推奨される中、許されざる行為だと認識しております。会社として断固・毅然とした対応をしていきたい』
と声明を出している。
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「リアル“むしゃくしゃしてやった”なのか……」
でも後悔はしているらしい。
やっぱりその時の激情に任せて行動したらダメなんだな、うん。
颯翔、また一つ賢くなった!
「――雨咲君、お待たせ!」
ちょうど切りの良いところで、西園寺がやってきたのだった。
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―[調教ミッション]―
●デイリーミッション
ダンジョン内で主人に10回、褒めてもらう
報酬:調教ポイント+100
現在:0/10回
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「――ところで。西園寺は今日も可愛いな! その冒険者着もオシャレで凄く似合ってる」
ダンジョンへの入場を済ませた直後。
早速、ミッション達成へと動いた。
「は、はひっ!? あ、な、雨咲君!? い、いきなり何言ってるの!?」
西園寺は声を裏返し、大袈裟なくらいに驚く。
顔を赤くしてあたふたする様子は非常に可愛らしく、学校では決して見られないレアな光景だった。
“現在:1/10回”
今ので1回計算なのか。
俺的には2回褒めたつもりだったんだけど。
「いや、西園寺の可愛さは、いきなりやってきてない。普遍で不変の事実だな、うん」
「本当に何言ってるのかわからないよ雨咲君!? ……そ、その可愛いとか、恥ずかしいから」
“現在:2/10回”
回数はちゃんと増えていた。
照れて耳まで真っ赤になる西園寺を見ていると、何度でも褒めてあげたくなる。
だが“可愛い”の一点突破は流石に不自然だろうからと、話題を変えて攻めてみることに。
「でも西園寺は本当凄いよ。今日のお弁当もマジで美味かった。改めてありがとう」
西園寺が可愛いのも、弁当が美味しかったのも事実。
嘘をつかなくていい分、とても気が楽だ。
「私、別に凄くないよ。こっちこそ、お礼のつもりだったから。お弁当、雨咲君の口に合ったならよかったけど……あはは」
モジモジしてはにかむ西園寺、可愛すぎかよ。
「……えっと。もしかして今日は“雨咲君に褒めてもらう”、みたいなミッションなのかな?」
恥じらいが残った笑顔のまま、西園寺はズバリ内容を的中させてしまった。
「あ~……バレた?」
残念。
出来れば、西園寺には気づかれずに完遂したかった。
ちょっとあからさま過ぎたかね?
「ふふっ。……うん。雨咲君がその、私に“美少女”とか“可愛い”って言う時、何か話を逸らしたそうな雰囲気あるから」
俺への理解度高すぎない?
何なら俺の両親より、俺のことわかってるまである。
「そっか。西園寺は洞察力も鋭いな~。……でもこれは信じて欲しいんだが、嘘を言ったつもりはないぞ?」
「あぁ~うぅ~」
何だ、この可愛い鳴き声は。
「……その、雨咲君が嘘をつく人だとは思ってないよ? でも、えっと、褒められると恥ずかしいから。何だか全身くすぐったく感じちゃう」
“全身くすぐった”い!?
“感じちゃう”!?
……西園寺さん、ちょっとセクハラはやめてもらえませんかね?
後々何かあった時の証拠として、脳内ボイスレコーダーにきっちり録音させてもらいましたから!
むしろよほど恥ずかしいワードを口にしていたのだが、西園寺にその自覚はないらしい。
本当に純真無垢というか、穢れを知らないというか……。
「――でもミッションだもんね。雨咲君にばっかり負担かけてるというか、私だけ得するみたいなことになっちゃって申し訳ないな……」
いえいえ。
そんなことはないですよ。
こちらも貴重な音声データをいただいてますからねぇ~。
お互いwin-winというか、むしろ俺が得してるまである。
だから気にしないで大丈夫っすよ~。
その後。
西園寺は恥ずかしがりながらも、ミッション達成に協力してくれた。
10回目を“西園寺は可愛い”で締めた時。
真っ赤な頬に両手を当て、照れを隠そうとする西園寺はやはり可愛かった。
◆ ◆ ◆ ◆
[調教ツリー 従者:西園寺耀]
保有調教ポイント:300
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●〈ジョブ〉―強撃
―マジックショット 〇
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―ジョブ 魔法使い
―ジョブ 神官
「ちゃんと調教ポイントも100入ってるな」
ミッション達成後、西園寺の【調教ツリー】を確認。
この100ポイントはジョブ以外の何かに使えばいいだろう。
「……それで。ジョブをどうするか、決まったのか?」
【調教ツリー】を解放する前の、最終確認だ。
西園寺はそこで、迷うような仕草は見せず。
しっかりと目を合わせ、頷いて返してきた。
「うん。――【神官】のジョブをお願いしても、いいかな?」
ほう。
「【魔法使い】も凄く魅力的だったけどね。小さい頃は、変身して戦うアニメの魔法少女? みたいな存在にも憧れあったし。あはは」
西園寺は恥ずかし気に打ち明けているが、そこに未練のような気持ちは全く感じなかった。
「……でも実際に自分が冒険者として生きていくのなら。誰かを回復して、助けてあげられる人になりたかったから」
そう口にする西園寺の表情はとても凛々《りり》しかった。
……あれほど可愛いと褒めてきた西園寺を、その直後にカッコいいと思うことになるとは。
悔しいけど、感じちゃう!!
「そっか、わかった。……じゃあ【神官】だな――」
西園寺の覚悟は伝わった。
そこへ“本当に良いんだな?”と重ねて聞くのは野暮だろう。
【調教ツリー】のスキル画面で、【神官】を選択する。
そして調教ポイント200を消費し、〈ジョブ〉にある【神官】の取得を確定させた。
――そして能力の解放が始まる。
「あっ――」
西園寺の周囲に、魔力の鎖が次々と出現する。
鎖は瞬く間に西園寺の全身へ絡みついていった。
まず両腕が、頭上で拘束される。
西園寺の左脚も、地面に縫い付けるように縛られた。
最後の鎖は、右脚の膝にグルグルと巻き付く。
「ダメっ――」
――そしてピンと伸びた鎖に引っ張られるように、西園寺の右膝が宙に吊り上げられた。
“へ”の文字みたく持ち上げられてしまった右脚。
その魅力的な太ももに引っかかるようにして、丈の短いスカートもめくれあがってしまう。
「んっ、やっ、雨咲君、あんまり、見ないで……」
西園寺の声からは余裕が無くなっていて。
代わりに羞恥心を必死に押し隠そうとするような、とても強い色っぽさがあった。
スカートも一緒に持ち上げられてしまったために。
西園寺の穢れなさを表すような、純白の布が露わになってしまっているのだ。
「拘束、凄くて、んんっ、全然、動かせないよぉ……」
少しでも下着を隠そうとしてか。
西園寺が弱々しい声とともに、右膝を内側へ動かそうと試みる。
だが脚はビクともせず。
声にならないような、甘い息を吐き出すだけに終わってしまった。
つい先ほど、強く印象に残るようなカッコいい西園寺を見たばかりなのに。
こんなに異性を感じさせる西園寺を、直後に見ることになるとは……。
「あっ――」
そんな桃色の雰囲気に、ようやく終止符が打たれる。
白い南京錠が、西園寺の前に現れたのだ。
そして魔法の白杖を模したような白い鍵が、穴へ差し込まれる。
鍵が90度回ると、ガチャリという解錠音がした。
その音と同時に。
西園寺を束縛していた魔力鎖のすべてが、一瞬にしてバラバラに砕け散っていった。
[ステータス]
●基礎情報
名前:西園寺耀
年齢:17歳
性別:女性
ジョブ:なし→神官Lv.1 New!
支配関係:主人 雨咲颯翔
―保有調教ポイント:100
●能力値
Lv.3
HP:11/11(8+3)
MP:7/7(4+3)
筋力:6(3+3)
耐久:6(3+3)
魔力:5(2+3)
魔耐:7(4+3)
敏捷:7(4+3)
器用:9(6+3)
※(+3)=【全能力値+3】
●スキル
【マジックショットLv.1】→【ホーリーショットLv.1】 New!
そして。
西園寺は念願のジョブを手に入れたのだった。