第5話 周囲の変化を感じて、とうとうモンスターを倒しちゃえばよくない?
翌日の火曜日。
俺は相も変わらず登校していた。
「…………」
――そして相も変わらずボッチのままですが、何か?
当たり前だ。
人間関係が激変するような行動なんて何一つとってないんだから。
……なのに学校来ないといけないの、マジ人生の罰ゲーム。
俺、人生と言う名のゲームで『友達がいない学校で独り寂しく過ごす。3年間お休み』がずっと続いてるんですけど。
そんな苦痛を唯一癒してくれるのは、昼休みに食べるコンビニ弁当のみ。
誰もいない空間を見つけては“おっ、よさそうな場所じゃないか!”とか。
脂っこい唐揚げを一噛みした後に白ご飯をかき込み“へ~こういうのでいいんだよ、こういうので”とか。
脳内で独白し、ボッチグルメを楽しむのである。
……俺の高校生活、灰色過ぎんだろ。
「――おはよう、耀!」
「おはよう~」
一方の西園寺さんは、本日も変わらず人気者である。
どこかのボッチとは大違いだ。
女子仲間はもちろんのこと。
関わりの薄いクラスメートや男子にも気さくに声をかけている。
あんなに可愛い子が笑顔で挨拶してくれたら、それだけで勘違いしてしまう異性もいよう。
「あれっ、耀ぃ、なんか今日は一段と機嫌よさそうだね!」
「えっ、そ、そうかな~?」
クラスの中心人物たちが集まると、自然に話も盛り上がるのだろう。
机に顔を伏せて寝たフリをする、ボッチスキル発動中の俺にも声が聞こえてきた。
「そうそう。いつも耀ちゃんは可愛いけど、今日は明らかにもっと可愛いと思う」
「そうだよ! なんか昨日よりも明るいというか、うん可愛い!」
「ふふっ、何それ。私、女の子にナンパされちゃってるの~?」
女子同士の仲良し会話はいくらあってもいいですからね~。
「白状せいっ!」
「彼氏か、とうとう純真無垢な耀にも彼氏ができたのか!? 彼氏色に染まっちゃうのか!?」
「か、かれっ、彼氏!? ち、違う違う! 全然、そんなんじゃないよ!!」
西園寺の焦り困ったような声も可愛いし、いくらあってもいいですからね~。
そうしてその日は。
何とはなしに、西園寺周りを観察した。
肌感覚だが。
やはり西園寺へ注がれる視線というか、関心が、昨日までよりも強く、より多かった気がする。
特に男子のボーっとしたような、夢中になって見ている目をいつも以上に目撃したのだ。
罪な女じゃ……。
要は西園寺が【調教ツリー】で、【全能力値+3】やスキル【マジックショット】を得たことが要因だろう。
自分の確かな成長を実感し、そこから生じた自信が。
やはり表情や仕草に、にじみ出ているんだと思う。
つまり俺はただでさえ可愛い西園寺に、自信というさらなる武器を与えてしまっているのだ。
すまない、みんな……。
だが周りがどれだけ西園寺の魅力や、可愛いの暴力にさらされようと、俺は止まれないんだ。
俺の不労所得生活のため、尊い犠牲になってくれ……。
◆ ◆ ◆ ◆
そしてそんな可愛いの化身――西園寺は。
今俺の目の前で、とても無防備な姿をさらけ出していた。
「――っ~~~~!!」
Fランクダンジョン周辺に建てられた、簡易の準備施設。
その一室にて、西園寺は冒険者着へと姿を変えていた。
両目を“くの字”の左右対称にしたように、可愛らしくつむっている。
また、大きく息を吸い込んで呼吸を止めていた。
そのため防具に包まれた魅力的な胸は、膨らんだ肺に連動するようにして突き出されている。
ともするとその魅力的な唇さえも、何かを物欲しげに待っているように見えなくもない。
どちらも俺が手を伸ばし、触れようとさえ思えば簡単に届く距離にあるのだ。
これを何度も自制させられる方の身にもなってほしい。
これがパイタッチ待ち・キス待ちならどれほどよかっただろう。
罪な女じゃ……。
―[調教ミッション]―
●デイリーミッション
息止め1分以上 5回
報酬:MP+2
現在00:48.38
息止め1分以上 4/5
― ― ― ― ―
なんて事はない。
ただ単に、本日の【調教ミッション】に挑戦中なのだ。
ん、そろそろか――
「…………」
西園寺の左斜め上。
【調教ミッション】画面にある“現在秒数”を確認し、そーっと手を伸ばす。
……今、“とうとう犯罪に手を伸ばしやがったか!”とか“いつか西園寺のパイに触わると思ってたんです”とか考えた奴。
後でダンジョン裏に集合な?
胸なんて触んねぇよ。
ちげぇし、“肩”だよ“肩”。
「っ~~~!!」
顔を赤らめ、必死に呼吸を止め続ける西園寺。
時間が1分経っても気づかないだろうからと、終わったら叩いて知らせるよう頼まれているのだ。
実際にこれまで成功した4回も、彼女は1分経っても息を止め続けている。
俺が触って教えてあげないと――
……ごめん、今のは俺でもキモかった。
“俺が触って教えてあげないと”だけ切り抜いたら、誤った使命感を持った変態の独白っぽ過ぎるもんね、うん。
動きやすいよう腕全体が露出した、ノースリーブデザインのトップス。
肘上までピタリと覆う、吸汗性と伸縮性のある生地を使ったグローブ。
その二つの布の間に生まれた、むき出しになっている白く滑らかな肌部分。
自分の指先を。
西園寺の二の腕辺りにできた、その肌領域から10㎝近くで待機させた。
“現在01:00.00”
「西園寺、お疲れさん――」
西園寺の肌にトントンと2回タッチする。
同時に、西園寺の体に淡い光が宿り、全身に駆け巡った。
「ぷはぁっ――はぁ、はぁ、終わったの?」
西園寺は肺に詰まった空気を吐き出し、新鮮な酸素を求めるように何度も呼吸する。
その度に膨張と収縮を繰り返す、異性の象徴たる二つの果実。
本能的な動きが、異性の本能を刺激してやまない。
意識して視線をそらさないと、ずっと目を奪われるような魅惑に満ちていた。
ちょうど西園寺のステータスが更新されていたので、ありがたく視線をそちらに張り付けさせてもらおう。
[ステータス]
●基礎情報
名前:西園寺耀
年齢:17歳
性別:女性
ジョブ:なし
支配関係:主人 雨咲颯翔
―保有調教ポイント:0
●能力値
Lv.1
HP:6/6(+3)
MP:1/1(+3)→3/3(+3) New!
筋力:1(+3)
耐久:1(+3)
魔力:0(+3)
魔耐:2(+3)
敏捷:2(+3)
器用:4(+3)
※(+3)=【全能力値+3】
●スキル
【マジックショット】
◆ ◆ ◆ ◆
「……ここが、Fランクダンジョンなんだね」
緊張が混じった声で、西園寺は洞窟内を注意深く眺めていた。
「昨日行ったGランクのと、そこまで大差ないだろう。違うのは出てくるモンスターと階層数だけだ」
横を歩きながら、西園寺が肩の力を入れすぎないよう気を配る。
Fランクダンジョン。
定期的に弱いモンスターが湧くため、初心者が実戦経験を積むのにはうってつけと言われる。
またGランク冒険者である俺たちが今入ることができる、最上級ダンジョンでもあった。
「そう、だよね。……うん、大丈夫。雨咲君と一緒に、頑張って強くなったんだから」
西園寺は、自分に言い聞かせるように小さく呟いていた。
俺は別に頑張ってないんだけどな……。
だが野暮なツッコミはせず。
西園寺のダンジョン挑戦を成功させることに集中する。
何せ今日は“初のモンスター討伐”へ挑むのだ。
つまり討伐に成功すれば、モンスターから魔石などが得られるようになる。
そうしたドロップ品をダンジョン外にあるギルド支部へと持っていき換金すれば、それが報酬になるのだ。
西園寺の報酬、その2割を俺は受け取れる契約になっている。
そう、他でもない。
俺の不労所得生活、それが現実のものとなるかどうかの試金石が今日なのだ!
そして10分ほど歩き続け――
「GRIYAAAA!」
――いた、モンスター!
「ゴブリン1体だ、西園寺!」
「う、うん!」
見通しのよい一直線。
相手もすぐにこちらに気づく。
子供ほどの体格。
深緑色のような、気味の悪い皮膚をしている。
邪悪そうな目は西園寺の姿を捉え、口元からダラダラとよだれを垂れ流す。
極上のメスを見つけたことへの喜びを表すかのように、その顔はこれ以上ないほど醜い笑みに歪んだ。
「――はいは~い、お時間ですよ~」
その視界を遮るように、ゴブリンと西園寺との間に割って入る。
“下卑た視線、通行止め!”と示すように、中古で買った木製盾もバッチリ構えて、だ。
これは、廃棄となった木のドアをリサイクルしてできた中古品である。
そして前の所有者が、冒険者引退なり買い替えなりで売られてしまったリユース品でもあった。
つまり超エコで。
不労所得生活が軌道に乗る前の俺にとってはお財布に優しく、非常にありがたい防具なのだ。
「GRYSYAAA!!」
だがゴブリンにとっては逆らしい。
そんな粗末なもので。
自分の欲望のはけ口――つまり西園寺へ続く道を邪魔された。
そのことが不快で、我慢ならないことらしく。
怒り狂ったように奇声を上げて突進してくる。
「――っと!! そういうのは事務所通してね~」
「GIA――」
木の盾を強く前に突き出し、ゴブリンに打ち当てる。
強い反動が腕に返ってきたが、左手が軽くしびれた程度で済んだ。
「雨咲君っ!!」
背に庇った西園寺から、短く声が飛ぶ。
それだけで意図を察し、木盾とともに真横に避けた。
「いいぞっ!」
「うん――【マジックショット】!!」
突き出された西園寺の右手。
グローブに包まれたその掌の先に、直径1mほどの魔法陣が出現した。
そこから、大きな魔力の塊が勢いよく飛び出す。
「GYURYA――」
盾で跳ね返され、床に尻もちをついていたゴブリン。
そこ目掛けて一直線に。
魔力の弾丸が、目にも止まらぬ速さで駆け抜ける。
「GI――」
魔力の塊はゴブリンに見事命中。
胴体の上半分を消し飛ばし、奥の曲がり角にぶつかるまで直進したのだった。
わおっ。
昨日の試し撃ちも見たけど、改めて中々な威力。
「や、やった……」
西園寺はしばらく固まっていた。
「――やったよ雨咲君!!」
だが徐々に実感が湧いてきたらしく。
感動を抑えきれずというように、いきなり飛びついてきた。
「うわっと!?」
思わず盾を手放し、両手でその体を受け止める。
肌の露出した腋辺りに触れてしまい、女の子特有の感触をこれでもかと指先に訴えてきた。
きゃー!
西園寺さんのエッチ!
こんな刺激しかないやらしい体で異性にダイブしてくるなんて。
これってセクハラだと思うんですけど!?
「ありがとう、雨咲君のおかげだよ~!」
だが純真で喜び一色に染まっている西園寺を見ると、焦り慌てる気持ちもたちどころに沈んでいく。
西園寺はとうとう、モンスターを倒せる段階にまで成長したのだった。