第32話 食べて英気を養って、明日に繋げればよくない?
「いらしゃいませぇ~!」
入店すると、活気ある声が出迎えてくれる。
レジ前にいた店員がすぐに気づいて、傍までやってきた。
「何名様でしょうか?」
歳も近そうな青年は明るく、元気のいい笑顔である。
だが無意識にか、チラチラと西園寺や東條の方を見ていた。
若干だが、鼻の下も伸びている。
……あ~。
まあどちらもタイプは違えど美少女だし、気になるよね。
思春期男子にとってはむしろ正常な反応なので、武士の情け的にスルーしてあげることにした。
「3人です」
「畏まりました。お席空いてますので、ご案内します――3名様ご来店で~す! いらっしゃいませぇ~!」
青年の声に合わせるように、店内のあちこちから『いらっしゃいませぇ~!』の復唱が上がる。
店の方針というか、接客マニュアルの一つなのだろう。
客としては歓迎されているようで気分がいい。
だがここでバイトすることになったら、1日でやめる自信がある。
そうならないためにも、西園寺と東條には頑張ってもらわないと。
俺の不労所得生活を実現するべく、この食事で英気を養ってもらうのだ。
「へぇ~……」
その東條は、物珍しそうに店内を見渡している。
外食店そのものが初めてみたいな反応で、どこかソワソワしていた。
普段はクールな表情を殆ど崩さない東條が、だ。
好奇心いっぱいの子供みたいな姿をしていて、とてもギャップがあり可愛かった。
「こちらへどうぞ」
奥の角、窓際のテーブルへと案内される。
スペースがかなり広くとられており、荷物の多い冒険者でも十分くつろげるようになっていた。
西園寺と東條が隣り合うようにして座ったので、その対面に腰掛ける。
「荷物、こっちの席に置いていいから」
「うん、ありがとう雨咲君」
「ありがとう、お願いするわ」
一人になるので、余ったスペースを有効活用する。
西園寺と東條からそれぞれバッグなどを預かり、隣の空席部分に置いた。
「本日はご来店いただき誠にありがとうございます。当店【冒険バイキング】へは初めてご来店ですか?」
着席したのを確認して、店員さんが話を進めてくれる。
接客の際、膝をつくようにしてしゃがむことも、マニュアルの一部なのだろう。
丁寧な対応という印象はあるが、それで、目の前の東條を見上げる形になってしまっていた。
青年よ、おっぱいに目が釘付けになっていては、丁寧さを演出しようとするマニュアルも台無しだろう。
「えっと……」
東條が不安そうな表情になり、俺と西園寺を見てくる。
「あっ、大丈夫です。私、来たことあるから。システム、バッチリわかってます!」
西園寺が乗り出すようにして、代わりに応えてあげていた。
……ドヤ顔で俺に褒めて欲しそうな西園寺、超可愛い。
「あっ、えっと、ありがとうございます……。――で、ではタッチパネルでコースをご選択ください。中央の火、おつけしますね。ごゆっくりどうぞ」
そして笑顔の西園寺があまりに破壊力抜群だったのか。
店員の青年は顔を赤くし、早口でまくし立て、そそくさと行ってしまった。
……まあ、西園寺さん、ヤバいレベルで可愛いもんねぇ。
だが当の西園寺は全くそれに気づいておらず。
タッチパネルを手に、東條へと親切にレクチャーしていたのだった
西園寺、罪な女じゃ……。
「……確かコースって3つあるよな? どうする?」
品数を絞り、時間も他より20分短い『お手頃コース』。
それより選べる種類が増えた、定番の『冒険コース』。
最もお高い『Sランクコース』の3コースだ。
最安値の『お手頃コース』なら、税込みでも報酬の2000円内に収まる安さとなっている。
【冒険バイキング】はその名からも連想できるように、冒険者を主なターゲット層とした食べ放題チェーン店だ。
ダンジョン周辺地を主な出店場所としており、【ダンジョン&バーガー】の出店戦略を参考にしたと公言している。
【ダンジョン&バーガー】もまたそれを容認しており、両者の良好な関係が今も続いているそうだ。
安い土地を買い、あるいは借りて、広い敷地を確保することで。
その分浮いたお金を、食べ放題価格に還元している。
そうやって、この手頃なお値段を実現しているのだ。
「……今日は『お手頃コース』にしておこうか。3人でもっと稼げた時には、もっとお高いコースにしよう」
西園寺が一瞬考える間があった。
……多分俺の懐具合を考慮したというか、報酬の2000円で収まるようにと配慮してくれたんだろう。
「キャンペーン中で、今なら“ソフトドリンク飲み放題”も無料でついてくるって。東條さん、何頼む?」
「えっと……」
取り外し式のタブレットを中心に、二人で仲良く画面を覗き込む。
その姿は既に仲の良い親友同士のように映った。
美少女同士の、何気ない日常の一コマ。
それが仲の良い感じの光景なら、なおさら目の保養になる。
あぁ~可愛い。
見てるこっちが癒される。
……俺は気にしないから、もっとくっついたり、激しいスキンシップしてくれてもいいんですよ?
そうして3人での食べ放題がスタートしたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「私、飲み物は自分で、勝手にドリンクバーに取りに行くものって思ってたわ」
東條は自分のグラスを見つめながら告白する。
すでにオレンジジュース3杯目の東條は、すっかり食べ放題を満喫していた。
「あ~まあ客が立たない方が、店員も料理を運びやすいとか、色々あるんだろう。……ほらっ、肉焼けたぞ」
肉焼き用のトングから、取り分け用の物に持ち変える。
焼けた肉を、二人の取り皿に1枚ずつ置いた。
「わわっ、ありがとう!」
「ありがとう。……でも雨咲君、さっきから焼いてくれてばかりじゃない。あなたももっと食べたらどう?」
東條の指摘に、西園寺も同意するように頷いている。
誤魔化すべく箸を持ち、頼んでおいた唐揚げをパクリ。
白ご飯もガッツくようにして、口の中にかき込んで見せた。
「いや、食べてる食べてる。こういう食べ放題の店で、あえて食べるサイドメニューとかが美味いんだよ」
そうやってちょくちょく追及をかわしながらも、焼肉奉行の座を守り切る。
俺がそういう性質とか、他人を世話したい系であるとか、そういうわけではない。
これはいわば。
頑張った西園寺と東條のための、ちょっとしたお疲れ様会なのだ。
主賓は目の前の二人なのである。
二人のために肉を焼き、率先して追加の注文をする。
そうして二人のモチベーションを上げてもらうことが大事なのだ。
それが明日のダンジョン探索の活力に繋がり。
ひいては俺の不労所得生活を実現するための一歩となるのである。
グヘヘ。
西園寺、東條。
まだまだそんなんじゃ食べ足りないだろう?
『はぁ、はぁ、もう、雨咲君、ダメぇ~。いっぱいで、あふれちゃうよ~』
『雨咲君、どうして、あなたはそんなに、元気なの? 私も、これ以上は無理よ、入らないわ……』
ってエッチな感じでおねだりするまで、ガンガン焼いてやるぜぇ!
「…………」
……などと考えつつも。
頭の冷静な部分では、ちゃんと常識的な範囲に収められるよう注意していた。
デザートのミニカップアイスで口内の味変を図りつつ、全体の注文量を少しセーブする。
東條は背が高いので、その分多く食べられそうだと勝手に思っていた。
だがオレンジジュースで、かなり胃の容量を持っていかれている様子。
……普段はクールで冷静っぽいのに。
こういう意外な部分で、子供っぽい一面が顔を覗かせるんすね。
むしろ西園寺の方が余裕があり、まだまだ食べられそうな雰囲気だ。
もしかしたら【ヒロインヒール】で疲労を沢山取って、気持ち良くなったこともその一因かもしれない。
……いや、他意はないよ、他意は?
余ったら俺が全部食えばいいか。
だから西園寺も東條も、遠慮なく口をつけていいからね?
……いや、他意はないよ、他意は?
そうやって二人の状態を観察していると、店員が近づいてくる。
「空のお皿、お下げします」
普通なら気が利く店だな、だけで終わる。
だが、さっきから回収しに来る店員が男子ばっかなんだよな……。
……いや、俺が女の子の店員を見たいとか、そういう趣旨じゃなくてだね。
「あ、どうも」
今回も俺が空いてる皿を渡すと、表面上は笑顔で受け取ってくれる。
だが露骨に“お前じゃねえんだよ!”と顔に書いてあった。
……まあ、そうだよね。
美人の東條から、お皿渡してもらいたいのが男心ってもんか。
あわよくば『ありがとう』と何気ない言葉をかけて貰いたい、と。
もしかしたらバイト仲間同士で、西園寺や東條のことが話題になっているのかもしれない。
それがまだ理解できたので、そこまで気にしないでおいてあげたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「うぅ~お腹いっぱい。もう食べられないよ~」
「私も。こんなに沢山食べたのは初めてね……ふぅ」
西園寺も東條もデザートまで食べ終え、少し苦しそうに上を向いていた。
だがそれ以上に、満足感が表情一杯に表れている。
二人とも、食べ放題を満喫できたようだ。
ちょうどタブレットにも『食べ放題の時間が終了しました。またの冒険をお待ちしております』との表示が出てくる。
要するに、会計してくれということだろう。
「よし、じゃあ行くか――」
立ち上がり、退店の準備をする。
西園寺も立とうとするが、流石に一番食べてただけあって少しゆっくりしていた。
……荷物は俺が持つか。
「……私が会計してくるから、西園寺さんはゆっくりで大丈夫よ」
東條も同じことを感じたらしい。
西園寺に少しでも楽させようと、率先して申し出てくれた。
……グヘヘ。
東條さんも、俺と以心伝心だったんだね。
つまり俺と西園寺と東條の3人は相性ピッタリ、略して3Pってことか!
……ごめん。
俺もちょっと食べ過ぎで、頭がおかしくなってるらしい。
「助かる、東條。これ、俺の分な」
報酬だった2000円を取り出し、東條に預ける。
西園寺もその厚意に甘えて、自分の分を渡していた。
「ありがとう東條さん」
「ええ」
先に行った東條を追いかけるように、荷物を持つ。
西園寺の分、自分の分と持って手にかけ、広い通路を歩いて行った。
「……ごめんね雨咲君。大丈夫? 無理しないでね」
「ああ、大丈夫だ、問題ない」
嘘ではなく言葉通り、全く腕の辛さは感じなかった。
ここに西園寺本人が加わっても、まだまだ行けそうなくらいである。
……どうです西園寺さん、今からお姫様抱っこされてみる気はないですかい?
レジ付近にやってくる。
ちょうど東條が、女性の店員さんを相手に会計をしているところだった。
「ご来店ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております!――あ、あの。お姉さん、とてもお綺麗ですね!」
「え? そう? ふふっ、ありがとう。また来させてもらうわね」
微笑を浮かべた東條のお礼に、女の子の店員はキュンとなっていた。
……東條の高嶺の花みたいな美人さに魅了されるのは、どうやら異性限定ではなかったらしい。
まあ東條、凄く綺麗だもんね……。
心の中で『東條さん、俺にも笑顔ちょうだい!』と書かれた推し活うちわを掲げる。
だがもちろん通じるはずもなく素通りだ。
しょんぼり……。
そのまま3人で店外へと出たのだった。
「…………」
改めての帰り道。
空腹が満たされて、涼しい夜風にさらされる。
心地良いフワフワした雰囲気が、辺りを包んでいた。
「――雨咲君、西園寺さん。今日は本当にありがとう」
そんな中。
東條が唐突に、感謝を切り出してきた。
「誰かと一緒に食べるごはんがこんなに美味しくて。こんなに楽しいとは思わなかったわ」
それは嘘偽らざる東條の本心だと、すぐに伝わってくる。
西園寺や俺といる時間。
それを居心地良いものだと感じてくれていると分かり、素直に嬉しくなった。
「うん! 私も東條さんと、雨咲君と。一緒に晩御飯を食べられて楽しかった!」
西園寺が笑顔でそれに応じる。
「でも、これで終わりじゃないよ? また何度でも一緒に行くからね!」
そして何か含むように俺をチラッと見て、言葉をつづけた。
「――もっと3人で沢山ダンジョンに潜って。もっと沢山お金を稼いで。もっと、もっと、もーっと一緒にごはん、食べようね!」
西園寺の混じり気ない、純度100%の気持ちだった。
「西園寺さん……ええ、ええ。もちろん。私と、西園寺さんと、雨咲君で――」
西園寺の真っすぐな言葉は、東條の胸にこれでもかと響いたようだった。
東條の声が若干震えていたが、俺も西園寺もそれに触れることはない。
明日からまた始まる冒険者としての日常に。
これ以上ないほど弾みがついたのだった。




