第31話 ご機嫌をとって、その後に食事すればよくない?
「えっ? ケガもしてないのに。【ヒール】を使うの?」
ダンジョン外に出て、近くの簡易建物に入る。
東條は、綺麗なその目を丸くして確認してきた。
「ああ。実は俺の【ヒール】はちょっと特殊でな。従者に使うと疲労回復する効果があるんだ」
【ヒロインヒール】は、従者に使用する場合に効果が変わるスキルだ。
東條はまだ【調教Lv.】を持っていないが、それでも従者だから疲労回復の効果自体はある。
なのでご機嫌取りの一環として提案してみたのだ。
「へぇ~。……でもいいのかしら? そんな贅沢させてもらって」
東條が食いついた。
気持ちは傾いているものの、自分の一存では決めかねるらしい。
背中を押して欲しいのか、西園寺に意見を求めるようチラチラと視線を送っていた。
「あ、あはは。私は、その……うん。えっと、【ヒール】受けようかな?」
何かを誤魔化すように、西園寺は照れ混じりで応える。
【ヒロインヒール】を受けた時のことでも思い出しているみたいに、その顔はほんのりと赤らんでいた。
ふっふっふ。
西園寺、常連さんになってくれて嬉しいよ。
「えっとね? もっと育成してもらうと東條さんも多分【調教Lv.1】っていうステータスを得られると思うんだけど。これがあるとさらに効果が上がるんだ」
西園寺は、誰かとその気持ち良さを共有したいというように。
頼んでもいないのに、東條へと熱心に【ヒロインヒール】の効果を宣伝してくれる。
「おかげで、毎日ダンジョンに行っても、次の日はスッキリ目が覚めるんだ! とっても気持ちいいよ? 凄く高級なマッサージでも受けたみたい。……って言っても、そんなの受けたことないんだけどね、えへへ」
「……西園寺さんがそこまで言うのなら、お願いしようかしら?」
東條はそう言いながら、自然に背中を向けて来た。
はいはい、新規のお客さん1名追加でぇ~す!
「恥ずかしい話だけど私、よく肩が凝るの。今日も重たい剣を一杯振り回したから、少しでもケアしておきたくて」
自分の左手で、右肩を揉む仕草を見せる。
要するに、肩に【ヒール】をお願いしたいということらしい。
……まあ、そんな立派な胸があったら、肩も凝りますわな。
「じゃあ、行くぞ――」
肩揉みするように、両手を東條の肩付近へと伸ばす。
タッチまではしない距離で、【ヒロインヒール】を発動した。
手の周囲を覆った黄緑色の魔力が、すぐさま薄桃色へと変色する。
色はそれ以上濃くなることはなかった。
やはり【調教Lv.】を持っている従者の場合のみ、濃いピンクになるのだろう。
「んっ……あっ、んっ」
前を向く東條から、優しい吐息が漏れ聞こえた。
最初こそ肩が強張っていたが、次第にリラックスする様に力が抜けていく。
「凄く、あっ、気持ち良い、わ。んっ……」
喉の奥から漏れ出るような甘い声。
時々くすぐったそうに、肩がビクッと反応する様子も色っぽい。
西園寺の、強化版【ヒロインヒール】の時とは違って。
本当に、普通のマッサージを受けているようなリアクションだ。
それだけに、東條の反応によりリアルさを感じてしまう。
マッサージしたら、東條ってこんな風にエッチな声を出すのかな……みたいな。
「――ふぅ……ありがとう。凄く良かったわ。肩だけじゃなくて、全身がとても楽になったし」
「うぃ。そりゃ良かった」
一通り終えると、東條は笑顔で振り向いた。
【ヒール】前よりも明らかに元気で、血色も良さそうに見える。
お世辞で言ってるのではなく、ちゃんと疲労が取れているのだと伝わった。
「……じゃ、じゃあ、雨咲君。お願いします」
続いて、西園寺の番となる。
【ヒロインヒール】への期待からか、どことなくソワソワしていた。
同時に、あまりに強い快感へどうなってしまうのかと、一抹の不安感も同居しているような顔である。
それでも。
西園寺は自ら【ヒロインヒール】を受けたいと言ってくれるのだ。
……これはもう立派な【ヒロインヒール】の虜、名誉常連さんですね~。
「おう――」
西園寺も、東條の様に背を向けた。
何も注文がないので、同じく肩でいいということだろう。
【ヒロインヒール】を使用する。
手の周りにまとわれた、霧のような淡い光。
それがすぐさま黄緑から薄桃色、そして濃厚なピンクへと色を変えた。
「っ!? んっ~!!――」
直後。
両肩が雷に撃たれたかのように、西園寺は飛び跳ねんばかりの反応を示す。
そして思わずと言った風に、西園寺は両手で自分の口を押さえつけていた。
そうでもしないと、大声が漏れ出てしまいそうだというように。
また肩を中心にヒールしているが、その影響は肩だけにとどまらないらしい。
「あんっ、あっ、あっ――」
右手は口元にあてたまま、左手で右脇をつかむようにする。
かと思うと左右の手を交換し、右手で左脇を押さえたり。
……どうやら脇周りも相当に気持ち良いらしい。
だが両手を脇に持っていくと、口を塞ぐものが何もない。
そうなると、絶対に声が漏れてしまう。
そんなジレンマに陥っているようだ。
西園寺はとにかく交代で口と片脇を押さえつけることで、何とか凌いでいるように見えた。
「えっ……?」
そして状況を見学する東條も、顔が真っ赤になっていた。
西園寺が【ヒロインヒール】を受け、気持ち良さを隠せない。
その姿は同性の東條から見ても、これ以上ないほど刺激的なようだ。
ハッとして目を逸らそうとするが、ついつい視線が西園寺に引き寄せられてしまう。
それほどまでに魅惑的な光景となっているらしい。
「……東條も。これからどんどん頑張って【調教Lv.】を獲得できたら、これくらい凄い【ヒール】になるからな?」
「えっ? ……あっ、ええ、うん、頑張るわ」
殆ど上の空みたいな反応だった。
……まあいいけど。
「――終わったぞ、西園寺」
【ヒロインヒール】を終えたので、前にいる西園寺に声をかける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……え? あ、うん。ありがとう、雨咲君。今日も、凄く、気持ち良かった、よ?」
だが東條の時とは違い、西園寺は振り向く余裕もなさそうだった。
こちらが動いて、西園寺の正面に回る。
呼吸は荒く、じんわりと汗もかいていた。
目の焦点は合わず、トロンとした眼差し。
普段の、花のような甘く良い香りのする西園寺とはまた別の。
異性の本能を直接的に刺激するフェロモンのような、とても良い匂いがした。
「……そっか。それは何よりだ」
【従者果実】で必要になったご機嫌取りは成功したらしい。
だが今度は。
【ヒロインヒール】の余韻から回復するために、もう少し休憩が必要になるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「お待たせいたしました。今回の換金額の合計が10520円、ですね。西園寺様と東條様で半分ということですので、それぞれ5260円となっています。お確かめください」
外の風に当たって火照った身体を冷まし。
最寄りのギルド会館にて、魔石の換金手続を行っていた。
「おぉ~! 1万円の大台に乗ったよ!」
「凄いわね!」
お金を受け取った二人は、興奮した様子で戻ってくる。
「雨咲君、ミニゴーレムの単価が凄くおいしいよ! 最初に倒した奴が2500円超えだったみたい」
西園寺はすっかり【ヒロインヒール】の余韻が抜けていた。
嬉しそうに明細書を手にして報告してくれる。
「ゴブリンも、塵も積もれば何とやら、ね」
東條も西園寺ほどではないが、明細書と手にしたお金を交互に見比べて喜んでいた。
倒せなかったモンスターを倒せるようになったり。
あるいは新しい能力を手に入れて成長することも、ダンジョン冒険者の醍醐味ではある。
だがやはりそれと同じか、もしくはそれ以上に。
自分が命懸けで戦った成果が目に見える形、お金となって支払われるというのは。
冒険者にとって、ダンジョンに潜る強い動機の一つと言えるだろう。
「へいへい、よかったなぁ~。西園寺も東條も、これで億万長者だ」
適当に相槌を打ちつつも。
二人が嬉しそうな姿を見て、こちらも嬉しい気持ちになる。
ちゃんと西園寺や東條が報われるくらい、育成が上手くいっているということだからだ。
そう思っていると、空腹の主張は強いのに、何も入らないくらい胸がいっぱいになる。
この尊い光景を見られただけで、十分だ。
もう、今日はこれ以上、何もいらない――
「――雨咲師匠! 月謝ならぬ日謝です、どうかお納めを!」
「はい、これ。私からも契約分の二割よ。受け取って、雨咲君」
二人は1000円札と硬貨数枚を、それぞれその手に持って差し出してきた。
「これはこれは……いつもかたじけない」
二人の手から紙幣だけを受け取り、礼を表現するように片手をあげた。
……おかしいな。
さっきまで胸が詰まったみたいに満たされた気分だったのに。
1000円札2枚を見た途端、スッと詰まりが解消されました。
いや~変な病気とかじゃなくてよかったよかった。
「細かいのはいいよ。ありがたく1000円ずつ貰っとくわ」
「え? でも……」
東條が、硬貨の方も渡そうとしてくる。
「東條さん、貰っておかない? 雨咲君なりの気遣いだと思うから」
「そう、なの? ……わかったわ」
西園寺が上手くとりなしてくれたらしく、東條も引き下がってくれた。
東條の真面目さも西園寺の柔軟さも、どちらも大事でとてもありがたい。
おかげで今後も上手くやっていけそうだと感じた。
◆ ◆ ◆ ◆
「ふぅ~」
外はもうすでに暗くなっているが、町の賑わいはむしろ強くなっていた。
これで換金も済んだし、後は帰るだけとなる。
並んで帰り道を歩いていた。
「…………」
だが、先ほどから東條の様子が少し変である。
もしかして、報酬の2割のことをまだ気にしているのだろうか?
……と思ったが、どうやら違うらしい。
通り過ぎる外食店の建物を、物欲しそうにチラチラと見ていたのだ。
「何だ、東條。どっか店でも寄りたいのか?」
「えっ!? い、いえ、別に」
咄嗟に出てしまった否定の言葉。
そんな風に聞こえた。
内心はやはり食事に行きたいけれども、誘いの言葉が出てこないのかもしれない。
真面目でありながら、どこか不器用さみたいな部分もあるのだなと感じた。
「――そっか。うぅ~でも私、実はお腹ペコペコなんだ。雨咲君、東條さん。一緒に晩御飯、食べて帰らない?」
そこで、西園寺が切り出してくれた。
俺の方を見て、パチッとウィンク。
叫び声をあげたくなるほどあまりに可愛らしい、魅力しかない仕草だった。
どうやら、同じようなことを感じてくれていたらしい。
……西園寺さん、俺たち以心伝心で相性バッチリだね。
グヘヘ。
……ごめん、今のは自分でもキモかったわ。
「あ~そうだな。ちょうどお金も入ったことだし、パーッと沢山食べたい気分だ。……東條も、付き合ってくれないか?」
「西園寺さん、雨咲君――ええ。ありがとう二人とも。ぜひお供させてもらうわ」
街灯と、店の窓から漏れる光に照らされながら。
東條は心から嬉しそうに、小さく笑った。
それは表情の変化の少なさがむしろ東條らしく。
逆にとても喜んでくれているのだと、わかりやすく伝わってきた。
そうして3人で。
超お手頃価格の有名食べ放題チェーン店に入っていったのだった。




