第3話 学校帰りにダンジョン寄っちゃえばよくない?
癒しの日曜日が終わり、絶望の月曜日が始まる。
なぜ人は“曜日”などという制度を考え出してしまったのか。
また仮に思いついてしまったとして、なぜ週休7日制は考え付けなかったのか。
これだけ月曜日に憂鬱になる人が多いのだから、月曜日は他の曜日負担を肩代わりしていると言っていい。
こんなの欠陥制度だ。
よって“月曜日”は、今後“日曜日”に改めよう。
つまり日日火水木金土となる。
これは見方を変えると日火水木金土日ともいえるだろう。
そうするとオセロ理論(最強)により、日曜日に挟まれた“火水木金土”もひっくり返ってオール日曜日になるのだ。
……凄い、天才的な発見をしてしまった。
自分の才能が恐ろしい。
【ヒロインテイマー】による不労所得計画もありだが。
ノーベル休日賞並みの発見で、働かずにお金を貰い続ける未来もありかもしれない。
「おはよ~」
「うぃ~っす」
「昨日さ、××ダンジョンに行って6階層まで……」
そんなどうでもいい思考で現実逃避を続けていると、とうとう学校についてしまった。
周りの学生たちは、月曜日特有の雰囲気など全く感じさないハツラツさ。
友人を見つけては、休日のダンジョンでの成果などを語り合っている。
……なるほど。
楽しい話題を共有しあえる仲間がいる場合、月曜日はむしろそんな相手に会うための素敵な曜日になるらしい。
「…………」
我関せずに周囲を観察しながら。
いつも通り誰とも言葉を交わさず、静かに自分の席に座る。
そしてこう自分に問いかけるのだ。
――話す相手がいないボッチはどうすればいいですか?
どうすることもできません。
おとなしく死んだように生きて、灰色の学生生活を送りましょう。
あ~つらい。
そうして“そろそろ俺も異世界転移しないかな~”とかバカなことを考えて時間を潰していた。
すると俄かに、廊下がより賑やかになってくる。
これは――
「――おはよう~」
「あっ、耀ぃ~! おはよう!」
のんびりした調子の声に、多くのクラスメイトが反応する。
西園寺が登校してきたのだ。
「おはよう西園寺」
「あっ、大野君。おはよう。聞いたよ? ダンジョン攻略、大活躍だったんだって?」
大野君は学生冒険者の中では有望株らしい。
顔も悔しいが爽やかイケメンで、クラスのトップカーストの一員だ。
「そんなことないさ。パーティーのみんなが支えてくれたからだよ。それで、西園寺は――」
クラスの中心人物が集まり、自然と人の輪のようなものが出来上がっていく。
いつもの光景だ。
クラス内力学では、冒険者として活躍しているかどうかが重要なファクターとなる。
ダンジョンで華々しい成果を上げた者。
学生にもかかわらず大金を稼ぐ者。
高ランクな者。
そうした分かりやすい要素を持つ者が、人気者となりやすいのだ。
……そんな中。
冒険者として一切の実績がないのに、トップカースト内にいる西園寺さんマジパネェ。
本人の圧倒的な見た目の可愛さ、誰にでも好かれる性格や人となり。
冒険者としての活躍なんてなくても、それらが西園寺を人気者たらしめるのだろう。
――えっ、つまり俺が西園寺を育てると、そこにさらに冒険者実績まで加わるかもしれないってこと!?
……なるほど。
俺は要するに化け物をつくりあげようとしていたのか。
西園寺、すまない。
俺はそれでも、君を陽キャたちの化け物にしなければならないんだ。
なんたって夢の不労所得生活がかかっているから――
「――おはよう、雨咲君」
「ひゃいっ!?」
び、ビビったぁぁ。
いつの間にか輪から離れた西園寺が、俺の席の横に立っていた。
驚きすぎて変な声出ちゃったよ。
「お、おはようございます西園寺さん。今日も良い天気ですね」
頭の中での仕打ちがバレたのではとビビり、ついよく分からないことを口走っていた。
「ふふっ。雨咲君、何で敬語なの? 天気は良いけど」
『天気は良いけど』の“けど”って何!?
天気は良くても私の心中は穏やかではないと、そういう意味が笑顔の裏に込められてるんでしょうか西園寺さん!?
「それで、その、えっと……」
だがその先の追及はなく。
代わりに、西園寺は何かを言いたそうにしていた。
まるでお互いだけが知っている秘密の合言葉を待っている、みたいな。
一瞬何のことかわからなかったが、自分の左上辺りへチラチラ視線を送っていたことでハッとする。
――あ~【調教ミッション】の確認ね。
理解したと、小さく頷くだけで返した。
西園寺もそれを察してくれた様子。
「ありがとう! じゃ、また」
輪に戻っていく西園寺。
グループの女子や大野君たちに何か聞かれているが、西園寺なら上手くやるだろう。
さて――
[調教ミッション]
●デイリーミッション
主人とともに30分間、ダンジョン内にい続ける
報酬:調教ポイント+100
【調教ミッション】、更新されてたなぁ。
◆ ◆ ◆ ◆
「……すでに攻略済みの場所とはいえ、まさか俺もダンジョンに来ることになるとは」
放課後。
学校の最寄り駅から電車で一駅。
集合場所に指定したダンジョン前へとやってきた。
ダンジョンは、その危険度に応じてランク分けがされている。
最難関のSランクから、初心者でも安心・安全とされるGランクまで。
冒険者にもランク付けがあり、自分のランク±1のダンジョンが適正とされる。
そしてここは攻略済みのGランクダンジョン。
それゆえ今のところ、他に冒険者の姿は見当たらない。
時間潰しにスマホを見ると、メールが届いていたことに気づく。
『ごめんね、今駅に着いたから。すぐに向かいます』
先日、親以外で初めて連絡先に登録された相手からだった。
可愛らしく両手を合わせて謝る絵文字つきである。
……女子っぽいなぁ。
「――あっ、雨咲君。お待たせ」
異性からのメールに軽く感動を覚えていると、その本人の声がした。
画面から顔を上げると、西園寺の姿がもうすぐそこにあったのである。
「いや、大して待ってないから大丈夫だ」
「そっか。……でも目的地が同じ場所なんだから、一緒に行けばよかったのに」
いや、それは、あれじゃん。
ただでさえ人気者の西園寺と学校一緒に出るとか、トラブルの元にしかならないでしょう。
それに大野君がなんか誘ってたし、邪魔しちゃ悪いじゃん。
「まあ、雨咲君には雨咲君の考えがあるんだよね、うん――じゃあ行こっか」
何か知らんが、勝手に納得してくれた。
よかった、ふぃ~……。
歩き出した西園寺に合わせ、Gランクダンジョンの入口へと向かう。
「――それで、その、今回の【調教ミッション】ってダンジョンに入ることなんだよね?」
西園寺はさりげなく、何でもないように装いながらそう尋ねてくる。
だが“調教”という言葉を口にすることへ明らかに照れというか、羞恥心が混じってるように聞こえた。
……清楚で無垢な女の子が、それを頑張って隠そうとしているのである。
ここは気づいてないフリをしてあげようじゃないか。
「“入る”だけじゃ足りない。正確には“ダンジョンに30分い続ける”ことが必要みたいだ」
駅にある改札機のような機械に、冒険者証をかざす。
ペーパー冒険者なので、久しぶりに冒険者証を使った。
ちゃんと内蔵チップが反応してくれるかどうか、ドキドキである。
だが軽快な音とともにゲートが開いてくれて、ホッと一安心。
「ふ~ん、そっか。でも30分だったらすぐだよね」
西園寺も続いてゲートの入場を果たす。
縦3m以上はあろうかという大きな大きな穴。
その入口を進んだ先は異空間――ダンジョンの中に繋がっていた。
◆ ◆ ◆ ◆
[調教ミッション]
●デイリーミッション
主人とともに30分間、ダンジョン内にい続ける
報酬:調教ポイント+100
現在00:06.38
西園寺が付いてきているか確認するために振り返ると、その西園寺とともに【調教ミッション】画面が視界に入った。
画面内ではタイマーが追加されており、今なお数字が増加し続けている。
“現在00:11.71”――あっ、10秒超えた。
「ちゃんとスタートしたみたいだ。これで後は30分待つって感じかな」
そう告げると、西園寺もホッと息をつく。
周囲は開けた洞窟となっており、光源がないにも関わらず明るさと視界が保たれている。
とても不思議な空間だった。
「で、どうしよっか? 奥に行くの?」
「いや? 行く必要ないだろう」
他の条件がついているならともかく。
今回は“30分い続ければいい”だけなんだから。
入口がすぐそこという場所で立ち止まる。
そして何もしなくてもいいと見せつけるように、地面に腰を下ろした。
……あっ、お尻痛い。
でも立ち直すのは何か格好悪いので、切れ痔のリスク覚悟でそのままに。
将来の俺、スマン!
不労所得で食っちゃ寝できるようになったら、肛門科か何かにでも通って治療してくれ。
「じゃないと、こんなモンスターが日に1回湧くかどうかのGランクダンジョンに来ないって。昨日は筋トレ頑張ったんだ。楽できる時は楽しようぜ」
強くなるのに、劇的なことなんていらない。
ああいうのは物語の主人公とかに任せておけばいいのだ。
「そっか、そうだよね……うん」
西園寺も納得したというように、右隣にペタリと座る。
……いや、あの、そんなに近くなくても。
座る場所は他にもいっぱいあるんですけど?
だが指摘するのもなんだし、良い匂いもするので、黙って時間だけを計測することにした。
その後はしばらく、お互い沈黙が続く。
だが嫌に感じない、心地よい穏やかな無言だった。
“現在18:43.11”
……もうちょいで2/3か。
「雨咲君……ありがとう。一緒に来てくれて」
ふと、西園寺が呟くように言う。
「ん? ……ああ。まあGランクとはいえ、人は多い方が安心だろう」
ボーっとしていたのもあって、無難な答え方をしておいた。
「あ、いや、そうじゃなくて――」
強くはない、やんわりとした否定が返ってくる。
「――このミッション。私だけじゃ、ダメなんだよね?」
おっと~。
「……あれ、俺、そんなこと言ったっけ?」
言葉には結構気を使っていたはずである。
なので注意深く思い返してみても、“主人とともに”という部分を西園寺に言った覚えはやはりなかった。
そこで、西園寺からクスクスと楽しそうな声が漏れてくる。
「ううん、言ってないよ。……でも雨咲君の行動見てたら、何とな~くそう思いました。だって私だけでいいなら、雨咲君がここで待つ必要ないもん」
鋭い。
可愛いだけじゃない西園寺さんだな、これは。
「それは、ほら、あれ。美少女とお近づきになりたいという下心だ、うん」
「び、ビショ、ビショ!? ――そ、そういうお世辞で話を逸らそうとしてもそうはいきません!!」
今、なんか変な鳴き声の生き物いた?
一応お世辞じゃないんだけどなぁ……。
それはそうと、美少女が顔を真っ赤にしながらビショビショなんて言って……。
エッチなだけじゃない西園寺さんだな、これは。
「……私に気を遣わせないように、ってことだよね。今みたいに。――うん。私がそう勝手に思っておくから。ありがとう、雨咲君」
何この子。
メッチャ見抜いてくるじゃん。
俺検定1級持ちなの?
手強いぜ……。
[調教ミッション]
●デイリーミッション
主人とともに30分間、ダンジョン内にい続ける
報酬:調教ポイント+100
現在30:00.00 完
そうして、モンスターが出てくるような劇的展開などもなく。
まったりとした30分を過ごしただけで、ミッションを達成したのだった。