第28話 二人の潜在能力を解放しちゃえばよくない?
「とりあえず、ここら辺を歩けばいいのよね?」
言われた通り、東條はダンジョンの入口周辺を歩いてくれる。
背筋はピンと伸び、長い脚で踏み出す一歩は歩幅も大きい。
東條が堂々と歩く姿は、まるでモデルのようだった。
「ああ。500歩だな。今は……220歩。残り280歩だ」
東條の残り歩数を確認しつつ、俺も足を止めない。
すぐに終わらせたい気持ちで一杯だったが、ミッションには“歩く”と指定があった。
そのため、走りたい気持ちをグッと我慢して足を動かし続ける。
「すまん、西園寺。後……200切った。ちょっとだけ待っててくれ」
「うん、私は大丈夫だから。二人を応援してるね!」
健気に見守ってくれている西園寺のため、必死に歩き続ける。
「頑張れ頑張れ!」
無邪気に応援してくれる西園寺に、少しだけ注文を付けたくなる。
西園寺さん……。
その“頑張れ頑張れ”、語尾にハートマークとか、つく感じになったりしません?
えっ、いや、特に他意はないんですけどね、うん。
その方がより元気が出そうなんで。
ええ、はい。
……何度も言うようですが他意はないですよ、他意は?
「あっ――」
西園寺の献身的な声援もあって。
時間をかけず、二人で500歩ずつを歩ききる。
そしてすぐに、東條の身体に報酬の光が走った。
[ステータス]
●基礎情報
名前:東條雪奈
年齢:17歳
性別:女性
ジョブ:なし
支配関係:主人 雨咲颯翔
―保有調教ポイント:100
【調教ミッション】の報酬が、ちゃんと反映されていた。
「あっ、二人とも! ちゃんと“調教ポイント”が100、入ってるわ!」
自分のステータスでそれを確認したらしく、東條も若干だが興奮気味だった。
「おう。じゃあ、改めてこの“調教ポイント”の説明をするが――」
紙とペンを取り出す。
だがそれに書き込む前に、西園寺へと左手を向けた。
「……えっと、西園寺。【調教ミッション】が“5分間、素手で握手する”だったんだが、頼めるか?」
東條のミッションで歩いている間に考えた末、こう提案することにした。
“肌を触れ合う”そのままを伝えると解釈の余地が広くて、変にエッチな誤解を生むきっかけになる。
だが握手と限定して伝えれば、その危険性もない。
素手同士の握手も、立派な“肌の触れ合い”だ。
「もちろんだよ! むしろ私のミッションに、雨咲君が協力してくれるんだから。遠慮せず言ってね!」
西園寺はすぐに、二の腕まで覆う左腕のグローブを外す。
次に右腕のグローブまで取って、両手を素手状態に。
そして西園寺の方から積極的に、俺の左手をギュッと握ってくれた。
「これで、どう? 大丈夫そうかな?」
アイドルの握手会みたいに、俺の左手を両手で優しく包み込んでくれる。
そこに、異性の手に触れることへの躊躇や嫌悪感みたいなものは一切なかった。
屈託ない笑顔まで向けられて、流石に照れが生じてしまう。
“現在:00:09.37”
「……ああ。タイマーも動き始めてるよ」
「そっか。よかった!」
【調教ミッション】の画面でちゃんと確認できた。
それに乗じて。
手は西園寺に握ってもらったまま、改めて東條へと向き直った。
「……そうよね。一番大変なのは、雨咲君よね。二人分のミッションを、一緒にこなさなきゃいけないんだもの」
東條は俺を見ながらも、自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。
「いや、全然しんどいとかないから、気にするな。むしろご褒美まである」
むしろ【調教ミッション】のおかげで、俺は得しかしてないまである。
美少女と直に触れ合えたり、エッチな光景を間近で見ることができたりと。
【調教ミッション】に混ぜてもらえて、感謝しかありません……。
「ご褒美って、あなた……でも――」
だが東條は真面目なのか、なおも気にしそうな雰囲気だった。
なので多少強引にだが、その話題は打ち切ってしまう。
「――それで“調教ポイント”の話な。東條の【調教ツリー】を書くから――」
左手が塞がっていて少し書き辛さはある。
だが時間の有効活用だと、そのまま東條の【調教ツリー】を書き写した。
◆ ◆ ◆ ◆
[調教ツリー 従者:東條雪奈]
保有調教ポイント:100
●〈基礎〉―全能力値+3
●〈ジョブ〉―強撃
―マジックショット
― ― ― ― ―
「“保有調教ポイント:100”は、今正に【調教ミッション】で獲得した100ポイントだな」
【調教ツリー】スキルで展開し、俺にだけ見えている画面。
そこから書き写した紙の方に視線を移し、“保有調教ポイント:100”の文字にペン先を合わせながら説明する。
「なるほど。……この100ポイントで【全能力値+3】とかを解放していくわけね。これは確か、50ポイントで解放できるってことで合ってるかしら?」
事前に簡単なレクチャーをしていたこともあって、東條は自分でどんどん理解を進めていく。
「ああ。こっちの【強撃】と【マジックショット】はどっちか択一。50ポイントだ」
「私はちなみに【マジックショット】を選択したよ。でも東條さんの能力だから、自由に選んでね」
西園寺も俺の手を取りながら会話に加わる。
チラッと時間を確認すると、すでに3分以上が経っていた。
この説明中に、西園寺のミッションも達成できるだろう。
……それはそうと、手をモミモミしてくるのは無意識なんですかね?
マッサージみたいで気持ちいいので、ミッション後もこのまま続けてくれてもいいんですよ?
「【強撃】は俺も使えるが、戦闘系の能力だ。【マジックショット】は、その名の通り魔法系のスキルだな」
「…………」
西園寺や俺の話を聞きながら、東條は穴が開きそうになるほど紙を凝視する。
無言で熟考する様子は真剣そのものだった。
急かさず、本人の考える時間を尊重する。
「――あっ、やった! 【調教ミッション】の5分、終わったみたいだよ!」
その後。
西園寺の【調教ミッション】が先に達成される。
西園寺は“保有調教ポイント:170”となっていた。
それと同時に、残念ながら西園寺の両手が自然に離れてしまう。
未だ掌、手の甲、指先全部に。
西園寺の体温が、じんわりと残っているように感じられた。
……今日帰ったら、左手って洗わないとダメですかね?
流石にダメか……しょんぼり。
◆ ◆ ◆ ◆
「……決めた。【強撃】にするわ」
一度ダンジョンから出て、再び簡易建物へと移動する。
その時には東條も、どうするか決まっていたようだった。
「二人に助けてもらった時、つくづく感じたの。――自分で自分の身を守れる、そんな直接的な力が欲しいって」
ゴブリンに物理的に抑え込まれ、危うく貞操や命を失いかけた。
その経験から、東條はより切実に。
目に見える形の“物理的な力”を、潜在的に欲しているように感じた。
「OK、わかった」
その判断を、俺は尊重するのみだ。
東條が【全能力値+3】と【強撃】、その二つの【調教ツリー】を解放することは決定として……。
「西園寺はどうする? 170ポイントあれば、1個は解放できるはずだが」
〈基礎〉の枝から伸びた先【HP+5】や【MP+5】などは、1つ150ポイント。
俺の【調教才能Lv.1】で50ポイント割り引かれるので、100ポイントで解放可能だ。
〈ジョブ〉の【ヒール】から伸びた【ホーリーパワー】と【ホーリーシールド】。
これらは元がどちらも300ポイント必要だったので、170ポイントしかない今はスルーでいいだろう。
[調教ツリー 従者:西園寺耀]
“〈調教〉:調教帯×2”
調教帯を2つ、自由に呼び出せるようになる。
調教帯:【調教Lv.1】以上有する従者が装備可能。
装備している間、能力値を制限する効果を付与する。
また、調教ミッション時に得られる報酬が各能力値+1、調教ポイント+50になる。
主人の許可で、着脱ができる。
保有調教ポイント:170
必要調教ポイント:150(200-50)※調教才能Lv.1
・
・
・
●〈調教〉―調教Lv.○―【調教帯×2】
― ― ― ― ―
「この【調教帯×2】ってやつも解放可能だ」
本来なら200ポイント必要なところを、やはり俺の【調教才能Lv.1】によって150ポイントで済むようになっていた。
【調教才能Lv.1】の効果には【調教Lv.1】を要するので、つくづく【調教Lv.1】の恩恵が凄まじいとを感じる。
「えっ、それは凄い! なら【調教Lv.1】の“+1”の効果と合わせると、単純に【調教ミッション】での報酬が“+1”から“+3”になるってことだよね!?」
【調教帯×2】の効果を読み上げると、西園寺は興奮した様子を隠そうともしない。
目をキラキラと輝かせて、東條と俺を見上げてきた。
「えっ、でも……うっ。――え、ええ、そうね。西園寺さんの言うとおりだわ」
あっ、東條が西園寺の可愛さにやられた。
一瞬何か言いたそうにしていたのに。
西園寺の発するヒカリウムを吸って、完全に言葉も飲み込んでたぞ。
同性、しかも東條ほどの美人相手でも、やはりヒカリウムは効果絶大らしい。
……おっ、俺は屈しないぞ!
西園寺がどれほど可愛かろうと、俺の鋼のような固い意志で――
「雨咲君、私【調教帯×2】にするよ。……他の知らない人が主人なんだったらともかく、信頼する雨咲君が主人なんだもん。だから着脱のデメリットなんてあってないようなものだし、大丈夫!」
「そうだねぇ~うんうん、そうしよう」
――あれっ、俺は一体何を!?
際どいチアガール姿の西園寺が『雨咲君の雨咲君! が~んばれ、が~んばれ!』とハート成分多めで言ってくれた辺りから、記憶が……ん?
……ああ、それは俺が脳内捏造した西園寺ボイスだったか。
だがとても嬉しいことを言ってくれた気がする。
それと同時に、西園寺の信頼を無下にしないよう今後も精進しないと。
◆ ◆ ◆ ◆
「じゃあ行くぞ――」
気を取り直して。
西園寺と東條、それぞれの【調教ツリー】を解放することに。
「うん! お願い、雨咲君」
「……ええ。雨咲君、よろしくね」
西園寺は気負うところなく、自然体。
東條は気丈に振る舞っているが、初めてで少し緊張した様子だった。
「…………」
二人の【調教ツリー】。
その画面にて【調教帯×2】、【全能力値+3】と【強撃】の解放を確定する。
――瞬間。
それぞれの身体からまるで生えたかのように、無数の鎖が出現した。
「あっ――」
「っ!――」
瞬く間に二人の全身は、魔力の鎖によってガチガチに拘束されてしまう。
「うっ、また……」
頭上で手を縛り上げられた形の西園寺。
そこに、以前と同様、怪しく光る魔道具のような黒い布が浮遊する。
そしてユラユラと漂って貼り付き、アイマスクするように西園寺の視界を隠した。
「あっ、んっ、あっ、あっ、んぁ――」
視覚を奪われた西園寺は。
暗闇の中で、光という酸素を追い求めるみたいに、喘ぐような色っぽい声を出し始める。
それはとても淫靡で、誘惑的で……。
異性の本能をダイレクトに刺激したのだった。
「っ~!」
一方の東條は、手を背後に回されるようにして拘束されていた。
緩やかな弓なりみたいに胸が反る姿勢になるよう、宙でピンと張った鎖に立たされている。
辛そうではない。
だが特徴的な胸だけが突き出されるような体勢を取らされ、東條は羞恥心で顔を赤らめていた。
「んっ――」
だが恥じらいを感じながらも、弱い自分に負けないというように。
東條は目をつむり美しい眉をキュッと寄せ、耐えようとしている。
それは目隠しまでされてしまっている西園寺を、視界に入れないようにという意図も感じられた。
“見えてしまうとそこから、自分の恥ずかしい姿を嫌でも客観的に連想してしまうから”という風に。
「大丈夫、こんな、縛られた、くらい、なんでもないわ」
言葉にすることで自己暗示のように、自分を奮起させようとする。
だが“縛られた”というワードを口にするとき、無意識に照れや恥じらいが出ていた。
それはやはり潜在的な意識下では。
東條が拘束された状況に羞恥心を抱いているということを、より強くイメージさせたのだった。
「っ~!」
清楚で穢れない美少女と、自ら強くあろうとする美しい少女が。
並んで拘束され、抵抗できない無力な状態にさらされている。
そんなとても背徳的な光景は、しかし。
ようやく終わりを告げる。
西園寺の胸元に1つ。
東條の方には2つ。
魔力でできた錠前と、それに対応する鍵が出現した。
鍵が穴に差し込まれ、ガチャリと音を立てて独りでに回る。
すると二人の全身を縛っていた鎖は崩れ去るようにして、一瞬で消えたのだった。
西園寺の目元にあった黒い布も、同時に消滅していく。
「はぁ、はぁ……」
「……終わった、のかしら」
未だ現実感が戻らない二人に代わり、それぞれの【調教ツリー】やステータスを確認する。
西園寺も東條も。
Eランクダンジョンの探索を前に、無事【調教ツリー】の解放を済ませたのだった。




