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第23話 外まで送り届ければよくない?

「……よし。これで傷跡は無くなったね!」



 西園寺が満足そうに頷き、東條とうじょうの右太ももを優しく撫でる。

 矢が刺さってできた傷は、見事にふさがっていた。

  


「んっ――」


 

 こそばゆかったのか、東條の右脚全体がピクリと動く。

 反射的に喉の奥から漏れ出たような声も、どこか色っぽかった。

   

 ……西園寺、ナイスエッチ。



「東條さん、凄く脚綺麗だから。傷が残らなくて本当に良かった。ね、雨咲君?」


 

 ……西園寺さん、そこで話を振らないで欲しいんですが。


 治療中は他のことを考える余裕がなかったが、今は普通に邪念が“こんにちは!”をしてくる。

  

 ショートパンツから伸びる、長く引き締まった脚。

 白い太ももは特に見事で、油断しているとずっと見続けてしまいそうな魅力に満ちていた。

   


「ああ、そうだな」  


「そう。ありがとう西園寺さん、雨咲君……」



 東條は、特に嫌悪感や不快感を持った様子はなかった。 

 救出+治療で第一印象が良かったためか、普通に好意的な解釈をしてくれたらしい。


 

「……あの、ごめんなさい。二人とも、“治療費”のことなんだけど」


  

 東條はその綺麗な眉を寄せ、言い辛そうに切り出してきた。


   

「今は手元にまとまったお金が無くて……代わりに渡せるポーションも、その、持ってないの」 


    

 それは何となく想像できた話だった。

 学生冒険者の中で、金銭的に余裕がある奴なんて一握りの成功者だけである。

    

 だからこそ真っ先に削られる準備費用が、治療ポーションだったりするのだ。

 逆にこういう事態に陥った場合、ポーションは最もわかりやすいお礼・換金手段となる。

 ……まあ普通はポーションを自前で用意してたなら、他者から治療を受ける事態になることも稀なんだけどね。



「えっ!? あっ、私は別にいいよ! モンスターの魔石だって貰えたんだから。別に【ヒール】使って損したとかじゃないし」


 

 西園寺の言葉もまた、予想できた内容だった。

 ヒーラーは確かにポーションと違って、費用がかからない。

  

 ヒーラー本人のさじ加減で。

 高額な治療費を請求するのも、善意の治療とするのも自由なのだ。



「それはもちろん! そもそも、私は何もできなかった。あのゴブリンたちを倒してくれたのも雨咲君だし――」     

 

  

 そこで東條が、俺に視線を向けてきた。 



「西園寺さんはこう言ってくれたけど、ちゃんと払うわ! 必ず!」



 それは同情を誘い、俺からも『無料でいい』という言質を取るための演技には全く見えなかった。

 むしろ東條の決意や、芯の強さみたいなものを感じる。

    

 戦闘直後は弱った雰囲気に見えたが。

 今は気高さというか、凛とした高嶺の花みたいな印象を強く受けた。

    


 うーん……。

 ここで西園寺に同調し、俺も“治療費はタダでいいよ~”と締めるのも間違いではないんだろう。

 

 だが東條のプライドというか、自尊心を傷つけるような感じになるのは避けたい。 

 良い塩梅あんばいの落としどころを考え、提案する。



「なら治療費、2人合わせて2万円。だが西園寺は放棄するらしいから、俺の分で1万円」

  

  

 昔の有名漫画の登場人物をイメージする。

 顔に継ぎ接ぎがある、法外な治療費を請求する無免許医師だ。 


 右手の中指を折りたたみ、人差し指だけを立てた状態に。

 東條の綺麗な喉が、つばを飲み込んだように小さく動いた。

 

 頷いて口を開こうとした東條に、被せるように言葉を続ける。  



「――そしてこの1万円。“東條がどうして助けを呼ぶ状況になったのか”。それを聞かせてくれるんなら、1000円にまでまけてもいい」


「えっ!? それは……」


 

 思わぬ提案だったからか、流石に東條は言葉に詰まっていた。

 


「実は俺たち、今日が初めてのEランクダンジョンなんだ。同業者が失敗した話は学びを得られるから、いくらあってもいい」



 これは偽らざる本心だった。

 何かトラップにかかってああなったのか。

 それとも属人的な要因――つまり東條自身からくる失敗だったのか。


 そうした情報を本人から聞ける機会というのは、案外に貴重なのである。

   


 また“タダほど高いものはない”ということが気になる心情も理解できた。

 なので、ちゃんと安くても対価を要求しているという図を提示するのが大事となる。

 

 

「……ありがとう。――わかったわ。有難くそのお話、受けさせてもらいます。何かためになる話になればいいけど」

     


 東條は苦笑いしたが。

 そんな表情も美人で、普通に絵になっていたのだった。



◆ ◆ ◆ ◆



 俺も西園寺も【ヒール】で、MPが半分以下になっていた。

 初めてのEランクダンジョンということもあり、無理して探索を続ける意味はない。

 

 なので一緒にダンジョンを出ることにし、その道すがら話を聞こうということになった。 

 


「んっ、しょっと――っ!」



 立ち上がり、一歩踏み出そうとして、東條が少し顔を歪める。

   


「大丈夫!? 東條さん、歩ける?」


 

 心配そうに西園寺が近寄る。

 下から支えるようにして体を入れていた。

      


「ええ。ちょっと痛いけど、大丈夫よ」



 気丈に振る舞っているが、右の足取りがおぼつかず少し不安定に見えた。

   

 見かけ上の傷は【ヒール】で治療できたはずである。

 だが本来の自然治癒を無理やりに早めたせいで、痛みやしびれ、筋肉痛が後追いで来ることはよくあるらしい。


 それすらも感じさせないレベルに至るには【ヒール】のスキルレベルを上げたり、魔力値を伸ばすしかない。

 つまり今治せるのは、これが限界なのだ。

  

 ……すまない東條。

 今からでも500円にまで、まけてあげようかな?

      

  

「ふぅ~……んしょっ!――」



 少し引きずり気味に歩こうとする東條。

 助けを請おうとせず、何とか独力で進もうとする。

 その姿は気高くあろうと努力する芯の強さのようにも、どこか痛々しいもののようにも感じさせた。


 流石に見ていられなくなり、東條の右側によって肩を貸す。



「えっ、あの、雨咲君?」


「なんだ、出会ったばっかの男に、おんぶされる方が良かったか?」



 それならそれで、俺は別に良いけど。

 その場合、東條がぶら下げてる二つのメロンを、背中でじっくり堪能するからね?     

 そして両手で、引き締まった太ももの感触もテイスティングさせてもらうので、そのつもりで。


 ……だからお嬢さん、肩借りるくらいで納得しときなさいな。



「あっ――私、東條さんの荷物も持つから! 雨咲君、東條さんを支えてあげてね」



 西園寺も意図をくみ取ってくれたらしい。

 素早く東條の分まで、荷物を手に持った。

  

 そして俺が童貞力を発揮して宙に浮かせていた左手。

 それを東條の腰まで導き、そっと置いてくれたのである。



 ――うわっ、腰細っ、柔らかっ!! 

    

    

「あの、えっと……あり、がとう」



 東條からは困惑したような声が出る。

 だが拒絶するような感じはなかった。

 

 少し強引な厚意に戸惑いつつも、それを同時に嬉しくも思っている。

 そんな感情が、感謝の言葉から感じられたのだった。



「よしっ、じゃあ行くぞ」


「うん! 私、先導するから! 雨咲君も東條さんも、早かったら遠慮なく言ってね!」


「ええ。ありがとう」



 前を行く西園寺についていく形で。

 ゆっくりとダンジョンの出口へと向かうのだった。



◆ ◆ ◆ ◆

    


「――なんてことはない、単純明快。私の弱さが原因なのよ」 



 真横で懺悔ざんげでもするように。

 東條は、自分の失敗談を語る。


 

「“冒険者科高校”と言っても、私は落ちこぼれの4組。一度もまともにダンジョンで良い成績をとれたことがないの」  


「…………」

    


 前を歩く西園寺は時々振り返り、東條の話に無言で聞き入っていた。


 

「ステータスも見られたものじゃない。ジョブはおろか、スキルだって一つもないもの。ふふっ」


 

 隣から聞こえてくるのは、自虐的な笑い声だった。

 だがそれに同調して笑う声はない。

 

 西園寺はむしろ自身の境遇に重なる部分が多いと、強く共感しているようにさえ見えた。



「それでも。私は諦められなかった。少しでも強くなりたかったの。……でも一方で、弱い自分を誰かに見せたくなかった、知られたくなかった。だから一人ソロで、このダンジョンに挑戦していたの」   



 話が終盤に差し掛かったところで、ちょうど出入口も見えてきた。

 


「一人でモンスターを探していたら、2か所の湧き(リポップ)がちょうど重なって。一度に5体なんて初めてで、処理できなくて」


「……今日、休日で冒険者が沢山いたのが、不運に働いちゃったんだね。来た時にモンスターが全部倒されてたら、どこにいつ湧くかって、わからないもんね」



 西園寺の慰めるような言葉に、しかし。

 東條は頷き返しはしなかった。


 それは出来る限り自分に責任や原因を見出し、向上につなげようとするなけなしの意地みたいに映った。



「あとは、二人のよく知るところよ。――はい、おしまい。どうだった? 私の失敗は、少しでもためになったかしら?」



 今回は、特に俺に問いかけるような感じだった。



「そうだな――」



 ――ごめん、半分以上聞いてなかった。


 

 いや、違うんだよ!

 東條が、エロいのが悪いんだ!! 

   

 だって肩貸してるってことはだ、体がかなり密着してるってことだろ?

 それで東條の右メロンが、俺の左半身に当たってくんだよ!


 至福の柔らかい感触がムニュンと当たっては逃げ、当たっては逃げで……。

 もうこれ悪質な当て逃げと一緒ですわ!   

 当てるなら当てる、当てないなら当てるでハッキリさせてくれ!! 

 


 そしてそんなエッチい無自覚誘惑が続く中、真横で吐息を聞かされる方の身にもなってほしい。

 西園寺ボイスに続いて、東條ASMRまで脳内データに強制保存されたわ。


 凄い良い匂いだってしてくるしさ、もう拷問かと。 


 ……えっ、俺が前かがみになってた理由?

 そ、そりゃもちろん東條が辛くないよう、高さを合わせるためだって。

 それ以外にどんな理由があんだよ、あぁん!?

 

   

「雨咲君?」

 

 

 な、何かな西園寺さん!? 

 なってない、なってないよ!?

 雨咲さんにはなってない、雨咲君のままだって!!

 

 だから、できるだけ前を向いてて欲しいなぁ~。

 何なら後でまたお尻見せてあげるから、ねっ、ねっ!?

 


「……凄く参考になったよ。9000円割り引くだけの価値は十分にあった。何なら9500円引きにしてもいいくらいだ」


「ふふっ。結局0にはならないのね」

 

  

 だがそれでも。

 東條は軽いやり取りを楽しむように、横で品良く笑っていた。


 お世辞や建前でないことを伝えるため、念を入れて続けておく。



「Fランクの単なる1つ上、くらいに考えてたが。Eランクダンジョンは“ソロ”のリスクが結構高いんだな。……西園寺と“今後の方針”について、もう一回ちゃんと話し合った方が良さそうだ」      


「あっ――うん、そうだね」


 

 俺の言いたいニュアンスが伝わったのか。

 西園寺はハッとして、察したというように短く頷き返してくれた。



「そう。ならよかったわ」



 出入口にたどり着き、会話もちょうど切りよく終わる。

 外に出るとまだ日は明るかった。


 

「ここまでくれば、もう大丈夫ね。おかげで脚の痛みも随分引いたわ。……ちょっとだけ待ってて。お金持ってくるから。西園寺さんを借りるわね」


 

 東條は肩から腕を外すと、一人でゆっくりと歩き出す。

 ダンジョン内の時よりも、その歩行姿は普通に見えた。

 嘘でもやせ我慢でもなく真実、時間経過で楽になったのだろう。

  

 西園寺を伴ったのは、自分が逃げないということを担保として示すためか。

 ……別に疑ってないし、何なら逃げて踏み倒してくれてもいいのに。

  

 義理堅いというか、生き方が下手というか……。

 俺みたいにもっと楽すればいいのにね。

    


「――お待たせ、雨咲君。……助けてくれて、それどころか治療までしてくれて本当にありがとう。……あの、本当に1万円じゃなくていいの?」


 

 1000円札を差し出しながらも、東條は未だ迷うように尋ねてくる。



「一応、1万円札も準備したから。気が変わったとかなら、全然そう言ってくれてもいいのよ? 当然、それだけのことをしてもらったと思ってるから」


「……うん。気が変わった。ほれっ」



 1000円札を受け取り、500円硬貨を東條の手に乗せた。

 


「へっ? ……雨咲君、あなた、もしかして計算が苦手なのかしら? 1000円の会計で1000円をもらったら、お釣りってないのよ?」



 なにそれ。

 煽ってます?

 

 時速50㎞の徒歩で買い物に出かけたたかしくんに。

 3時間後、けんたくんが時速100㎞の同じく徒歩で追いかけたら。

 凄い世界になると分かるくらいには計算が得意だよ。



「わかってらぁ。……さっき言ってた、さらなる500円の値引きだよ。俺の気が変わらない内に、ほれっ、さっさと帰って寝な」

 


 しっしと邪険に扱うように手を振る。

 だが東條はそれで不快感を覚えた様子はなく。

 むしろ嬉しそうに小さく笑って頷いたのだった。



「ふふっ、ありがとう。――西園寺さんも。改めて、本当にありがとう」


「うん。どういたしまして。お大事にね」



 西園寺と別れのあいさつを交わした後、東條はゆっくりとその場を去って行く。 

 その姿が見えなくなるまで見送り、西園寺と二人でギルド会館へと向かったのだった。

 


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