第22話 助けちゃえばよくない?
「っ!! ――雨咲君っ、どうしよう!?」
助けを求める悲痛な声。
西園寺が即座に反応し、判断を求めてくる。
……どちらかというと、行きたそうだ。
正直、俺としてはどっちでもいい。
冒険者になる際は誰しも必ず。
“自己責任”という言葉を、繰り返し何度も聞かされる。
だから近くにいたからといって、救助に向かう義務はもちろんない。
また行かなくても何か罰があるというわけでもないのだ。
「……そりゃ、行くしかないだろう」
――だが行かなかった場合。西園寺との関係で、明確にデメリットが生じる。
それは“西園寺から異性として嫌われるかもしれない”みたいな、俗的なことではない。
……いや、もちろんそれもあるんだろうけど、本質はそこじゃなくて。
“自分が何かあった場合、見捨てられるかもしれない”という不信を抱くきっかけになるのだ。
つまり主従としての信頼関係にヒビが入り。
結果、【ヒロインテイマー】を根幹とした不労所得生活の計画も、破綻してしまうかもしれない。
……となると、この状況では行った方がいいことになるんだろうなぁ。
「あっちだっ――」
あまり気のりはしないが、声のする方へと駆け出す。
「っ! ――うん、雨咲君っ!」
嬉しそうな顔をして、西園寺もついてくる。
その目は決断の速さに感心するように、喜びと尊敬のこもった眼差しだった。
……あ~。
そんな、高尚な判断過程じゃないんですよ。
だがその誤解を今、わざわざ立ち止まって解くつもりはない。
こんな緊急時にすることでもないだろう。
「――いやっ! やめてっ、くっ、離してっ! ……んんっ、んん~!!」
女性の声が近い。
恐怖の入り混じったような、強い拒絶の叫び声。
その後、何かを口に詰め込まれたような、声にならない音になる。
状況が差し迫っていることが、嫌でも伝わってきた。
曲がりくねった大きな道。
その横にあった、比較的小さな脇道へ進む。
音は明らかに、この先から生じていた。
意を決して、速度を落とさず奥へと進む。
すぐに、一際広いドーム状の空間に出た。
「――GUGYAA、GUSYASYAA!!」
そこは今正に。
一人の女性が、ゴブリンに襲われているところだった。
◆ ◆ ◆ ◆
目に飛び込んできた情報が、頭の中で高速に処理されていく。
女性が、複数のゴブリンに組み敷かれていた。
「んんっ~!! んっ、んっ~~!?」
四肢の内3つを、それぞれ1体ずつが抑え込んでいる。
右脚だけは空いているものの、太もも辺りに矢が刺さっているのが見えた。
そしてリーダー格のゴブリンが、身動きの取れない彼女にのしかかっている。
――その手は。大きく実った果実をもぎ取ろうとするように、女性の胸へと真っすぐ伸びていた。
「っ!!」
そこまで認識した時点で、止まっていた脚を再び動かした。
だが頭は思っていた以上に冷静で、視野も広く保っている。
義憤や義理・人情から来たわけではないことが、精神面で良い方向に働いていた。
女性・ゴブリンの周囲に“弓”がないことを確認し、視界をこの空間全体に広げる。
――いたっ! ゴブリンアーチャーっ!
岩壁の端。
ずる賢そうに弓を構えたゴブリンを見つける。
Eランクダンジョンから出現する、弓を扱うゴブリンだ。
「――【マジックショット】!!」
真っ先にそいつを狙った。
普通は状況的に、女性を襲っているゴブリンから攻撃したくなる。
だができるなら、厄介な後衛から潰していく。
ゲームでも、現実の戦闘でも、変わらないセオリーだ。
「GOBUBU!? GOBU――」
飛んでくる魔力の球に気づき、ゴブリンアーチャーは慌てて逃げ出そうとする。
だが鈍臭く、運動神経の悪い反復横跳びみたいな動きしかできない。
そのうちに魔力球に弾き飛ばされ、壁に叩きつけられて消滅した。
「GOBU!?」
「GOBUGOBU!?」
残ったゴブリンたちも、流石に乱入者に気が付いた。
「っしゃ、おらあぁぁ!!」
気合いを入れて叫ぶ。
未だ女性に組み付くゴブリンへと突撃した。
万が一に女性へ当ててしまうことを考え、剣ではなく木盾を振り回す。
「GISYAAA!!」
凌辱を邪魔されたリーダー格が、怒り狂ってナイフを手に取る。
我を忘れたように奇声をあげ、飛びかかってきた。
「っら!!」
それを、力任せに木盾で押し返した。
「GOBUSHI――」
――と思ったらそれ以上の力が出て、殴りつけたような威力になった。
リーダー格が弾き飛ばされ、ゴブリンたちに僅かに動揺が走る。
それを見逃さず。
虫を振り払うように木盾を振るい、他のゴブリンたちも牽制した。
「んっ、んんっ~!」
ゴブリンが身体から離れ、ようやく女性の全身がはっきりと映る。
長い黒髪をした、とても綺麗な少女だった。
横たわっている背は高く、俺たちとそう歳も変わらないように見える。
だがその顔は、今は苦痛に歪んでいた。
口に布か何かを詰め込まれていたらしく、うめき声のようなものをあげている。
「西園寺っ!」
「うんっ!」
それだけで意思が通じたように、西園寺は女の子の傍へと駆け寄る。
すぐに【ヒール】の光が視界に映ったのを確認し、そちらは任せることに。
「――さぁ、第2ラウンドと行こうか」
残った4体のゴブリンに向き直り、剣と木盾を構え直した。
◆ ◆ ◆ ◆
「GOGYAAAAAA!」
殺意を隠そうともしない声。
ナイフを持ったゴブリンたちが襲い掛かってくる。
お楽しみの時間を邪魔された憎しみと怒りで、顔がこれ以上ないほど醜く変形していた。
「うらぁぁ!!」
それらのモンスターを。
どっしりと、その場で構えて迎え撃つ。
最初に弓使いを潰しておいたのが、功を奏していた。
おかげで白兵戦のみに集中できる。
「――【強撃】!!」
覚えたての【戦士】スキルを発動する。
中古で安物な片手剣。
その刀身が、強い輝きを帯びる。
飛びついてきた2体のゴブリンを、構わず力任せに横から切りつけた。
決して切れ味が良くないはずの剣は。
まるで熱したナイフでバターを切るかのように、ゴブリンを2体まとめて両断したのだった。
――うおっ! やっぱ【戦士】の力、凄ぇ!!
……いや、ここは『うおっ!』ではなく『うほっ!』が適切だろう。
西園寺、お前も鬼にならないか?
……って、そんなことはどうでもよくて。
「GOBUGYA!!」
今死んだ2体を、死角を作る囮のようにして。
残りのゴブリン2匹が、左右から襲ってくる。
「はいはいっ、お勤めご苦労様ですっ!!」
それを、真正面からは戦ってやらず。
ちゃんと木盾で弾いてやり過ごした。
2体の攻撃を同時に受けたにもかかわらず、腕の痺れは全くない。
「っし、っらあ!!」
そのまま、盾を上手い具合に操作する。
ゴブリンたちの身体を捉えたまま、盾と地面でサンドイッチするように叩きつけた。
「GOBUGYU――」
柔らかい物が潰れるような感覚。
同時に、空気が吐き出されるような音がした。
盾を持ちあげ叩きつけるのを、念入りに二度三度と繰り返す。
残ったゴブリンたちも、これで絶命したのだった。
「ふぃ~――」
それを確認し、ようやく安堵の一息。
額に浮かんだ汗を、手の甲で拭う。
「終わったぞ。そっちは大丈夫か?」
振り返ると、西園寺は未だ、手に【ヒール】の光を宿していた。
救出した少女の、右脚太ももを治療中らしい。
抜かれた矢は地面に捨てられており、鏃には生々しい血がついている。
……二人でやった方が早いか?
特に深い考えがあったわけではなく、今回は純粋な親切心からだった。
少女の真ん前に近寄ってしゃがみ込む。
「【ヒール】」
短パンタイプのボトムスから露出した太ももへ、そっと手をかざす。
黄緑色をした淡い魔力の光が、手を覆った。
従者以外に使うため、魔力の色は変化せずそのままである。
「えっ――っ~!」
一瞬、その綺麗な顔が驚きの表情に変わった。
だがすぐ後、鋭い痛みが走ったように顔を歪める。
「どうかな? 大丈夫そう?」
西園寺が優しく問いかける。
少女は苦痛に耐えながらも、しっかりと頷いた。
「……ええ。痛むけど、治ってる感覚はあるわ。二人で【ヒール】をしてもらってから、治りも早くなってるみたいね」
「そっか。よかった……」
西園寺は手を動かさないまま、ホッと息を吐く。
誰かを自分の手で救えているという実感からか、その嬉しさが表情ににじみ出ていた。
「――私は西園寺耀。こっちはクラスメイトの雨咲君。高校2年生です」
西園寺が自己紹介に合わせて、俺のことも簡単に説明してくれた。
【ヒール】の手は太ももから離さず、コクリと頷いてそれに応じる。
「私と同学年だったのね。なのに二人とも【ヒール】を使えるし、強いし、凄い……」
少女は羨望にも似た目で、眩しそうに俺と西園寺を見た。
だがハッとして、慌てたように頭を下げる。
「改めて。二人とも、助けてくれて本当にありがとう。おかげで命と、女性としての尊厳を奪われずに済んだわ。――私は東條雪奈。冒険者科高校の2年生よ」
長い黒髪が似合う美人な少女――東條は似合わない、どこか自嘲的な笑みを浮かべたのだった。




