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ナインテイルより愛を込めて。  作者: 檸檬飴
異世界の始まり
8/18


「レベルを100まで上げて欲しい……って」


 伊舎那の言葉を受け、第一部隊のメンバー達は顔を見合わせる。ツキヨミとタケハヤは何か考え込む様子で居た。


「ゲームだった頃はともかく、さすがに今じゃあ結構きついと思うよ?」


「上げられるならば上げるつもりですが……なぜ、私達に()()をするのですか」


シイナとツキヨミが伊舎那に意見を述べる。だがそれは想定済みのようで伊舎那は動揺した様子を見せない。


「僕はギルドマスターだし黄泉津もサブマスターだ。僕達もレベル上げはやるつもりだけれど――君達が一番身軽なんだ。分かるだろ」


「わたしもか?」


『レベルを上げて欲しい』という集まりにスイテツが呼ばれたことを踏まえると、恐らく自分も含まれているのだろうと考えたらしい。スイテツが問うと「もちろんだよ」と伊舎那は頷く。


「スイテツは彼らの武器のメンテナンスをメインでやってるだろ? だから君も、上げてくれ」


「……わかった」


実際、〈鍛冶屋〉であるスイテツは積極的にレベルをあげなくとも良い気がする。だが扱うアイテムのレベルなどを考慮するとレベルはより高い方が、強いて言えばメンテナンスを行うメンバー達に合わせた方が、適した素材も扱えるはずだ。


「性急ですね。……何かありましたか」


「うん。鋭いね」


極冷静にツキヨミは伊舎那の方を見た。すると「やっぱりわかっちゃうか」と伊舎那は肯定する。


「ミナミで何か起こりそうなんだ。だからその保険。勿論、新しく入ってきた子達はミナミとは関わりのない子達のはずだよ。料理人以外の子達は、間違いなく戦力向上要因だ」


その証拠に、料理人のメンバー以外はレベルは90程度だった。ただメンバーを増やすだけなら、あえて90台の者を呼ばなくとも、〈料理人〉のメンバー達の様に低いレベルでも良かったのだから。


「そういうことかよ」


タケハヤは面倒そうに息を吐く。


「一応、他のみんなもレベルを上げるようには言ってる。最低限のレベルを50くらいにしてもらいたくて」


新しく入った料理人の子達の中にはレベルが10程度の子も居たので難儀だな、とヒルヒメは思う。料理人の子達は彼らでパーティを組んで、黄泉津の指導の下でレベル上げを重ねるらしい。


「もしかしたら、ギルド全員で大規模戦闘(レイド)とか行けたりしてね」


軽い調子で言っているが、伊舎那はかなり本気めに告げているような気がした。それは第一部隊のメンバー達やスイテツも同様で、『期待に添えるよう、頑張ります』と肩を落とした。

 まず一番頑張ってもらわないといけないのは第四部隊や料理人チームのようなレベルの低いメンバー達だろう。ギルドメンバーだけで大規模戦闘(レイド)を行うには最も高レベルの第一部隊との差があまりにも激しいからだ。

 「彼らには彼ら向けのクエストや準備を整えてるから大丈夫だよ」と伊舎那が告げていたので、まあなんとかなるのだろう。それに冒険を始めたばかりの頃は高レベル帯に比べて必要な経験値の量は少ないので、レベルは上がりやすい。

 概ねレベル40から50台に乗ってからが大変になる。無論、それでも90台の者が一つレベルを上げるよりは容易だろうが。



 ともかく、それからは第一部隊は装具部隊のスイテツと共に、よりレベルの高い場所へ向かうようになった。遠方に向かうことが増えたので、ギルドキャッスルに戻らない日もザラにあった。そうは言ってもすぐに戻れるようにと2日や3日の遠出なので、そこまでギルドを空けた感覚はない。移動には馬を利用した。


「ついでに簡易的で良いから通ったゾーンの地図も作っといて。猪突くんのレベルが上がるまでそれ使ってて欲しいんだ」


と言われて居たので軽く地図も作ってある。行けた場所は九州で言えば長崎や鹿児島の北の方だったりするが、それでも思いのほか広い範囲を回ることができた。

 渡ったフィールドはやはりゲームで見たところと概ね違いはない。今回はレベル上げや大まかな地図作りを兼ねてざっと回った程度だった。フィールドゾーンをざっと巡っただけで、大きな街には立ち寄っていない。なので、次回はもう少し時間をかけて回ろうと計画を立てているところだ。


「〈ユフインの温泉街〉とか〈陽光の街ヒュウガ 〉とか行きたいね」


とマップを眺めながらシイナが告げていた。そこら辺だと主に観光に似た感じになってしまいそうだな、とヒルヒメは思ったが、ヒルヒメ自身も温泉街やヒュウガの〈ヒムカの花畑〉を見てみたい。ゲーム時代でもそこそこに人気の在った観光スポットだったのだから、解像度が抜群に上がった今ならば相当に眺めはよいだろう。

 そう言った話をシイナと二人でしていたところ、案の定「観光に行くんじゃないわよ」と大市から注意が入ったが、ウケモチが「各地域のご飯、特産品……気になる」と思いのほか乗り気だった。タケハヤは「レベル上げが重要だからな」とは言っていたものの、息抜きは大事だと思っているのか、特に咎める様子は無い。


 ツキヨミさんはどうなのかな、とヒルヒメは彼を窺い見る。


「私は、ヒメが行きたいなら何処にだってお供しますよ」


そう彼は返した。それは遠慮している風ではなく、本心からそう述べている様子だ。


「それって『どこでもいい』とか『どうでも良い』って言ってるの」


少しつまらなく思って、あえて意地悪っぽく言ってみる。すると、「私はヒメが楽しんでいる様子を見たいので。ヒメが楽しめる場所が良いです」と思いのほか熱烈な理由が帰ってきた。


「えへへ、そっか」


照れてしまい、なんだか笑ってしまった。「イチャついてんじゃねェよ」とタケハヤが顔をしかめたが「まあまあ。2人は夫婦でしょ」とシイナがとりなす。



 それから、少したったある日。

 第一部隊のメンバーは〈ナカスの街〉で情報収集やアイテム購入などを行っていた。


 ヒルヒメとツキヨミ、シイナと大市がそれぞれ二人で行動し、タケハヤとウケモチは一人で好きなように歩いていた。恐らくタケハヤは武器の手入れや身体強化に必要なアイテム探し、ウケモチは食材探しをしている。


 〈エルダー・テイル〉に酷似した世界への異世界転移があってから大分経つが、ナカスの街が変な感じ、とヒルヒメ達は思っていた。


 大規模な異世界転移――確か巷では〈大災害〉と呼ばれている――が始まった日から、〈ナカスの街〉は変わっていないのだ。


 広場では相変わらず死んだ顔で食事を口にする者や虚脱した様子で立ち上がらない者で溢れていたし、街の周辺の地域ではPKが横行している。遭遇する度に第一部隊はPKを屠っていたが、今度は第一部隊以外を狙うようになっていたらしい。特にレベルの低いプレイヤー達はそれの被害に遭っているらしく、「〈ナカスの街〉から出られない」とまで言う始末だった。


 おかげでPKを良しとしない動ける高レベルのプレイヤーが〈ナカスの街〉周辺のパトロールを行うようになったらしいが、効果は微々たるものだ。


「PKは横行してるし、動かないプレイヤー達は多いし。ほんと嫌になるねぇ」


と伊舎那は溜息を吐いていた。


「口を開けてりゃご飯が貰えるなんて、子供か新規プレイヤーだけの特権だよね。まあ新規プレイヤーだって何かしらの行動は移すよ。〈やおよろず〉(うち)に来たメンバー達みたいにさ」


かなり手厳しい意見だが第一部隊のメンバー達は概ね同意である。だが、第一部隊のメンバーや〈やおよろず〉のギルドメンバー達は〈大災害〉の諸々をどうにか乗り越えた者達だ。未だに(うずくま)っているプレイヤー達はきっとまだ乗り越えられていないのだ。

 腹は減るので最低限の動きとして食事や生理的な活動はしている様子だが、所持品のアイテムが尽きた時に彼らはどのような行動をするのだろうか。マーケットの品物の価格は高騰しているし、NPCが売る商品以外は時間の経過に従い個数は変動する(主に低下傾向だ)。

 もしかするとその行きついた先がPKだったのかも……とヒルヒメは青ざめるが、だからと言ってPKをしてレベルや経験の若いプレイヤーから所持品をかすめ取っていい理由にはならない。


「(みんな、どうにか立ち上がってくれたらいいのにな……)」


そう思っていることを口に出せば、きっとツキヨミに『甘い』なんて言われてしまいそうだが、せっかく〈エルダー・テイル〉に酷似した世界に来たわけなのだから楽しんでくれたらいいのにと思うのだ。

 実際、〈冒険者〉としての活動は初めのモンスター討伐の恐怖にさえ打ち勝てば、大きな問題はない。あとは掲示板で毎日募集しているような簡単なクエストさえ受ければそれなりに稼げはするのだ。報酬として金貨がもらえるのはもちろん、素材や武器なども手に入れることが出来る。


 だから、この世界でただ生きるだけなら何ら苦労はないはずなのだ。


「きっと彼等には、ほかにやる事が無いのでしょうね」


とツキヨミが言葉を零す。ヒルヒメの落ち込んだ様子を見て、周囲の心配をしているのだと察したのだ。「貴女は優しいですね」とツキヨミは柔らかい声色でヒルヒメを労わった。


「『他にやること』かぁ……」


 それがないことが、きっと現状では問題なのだ。


 前述したとおりにただ命を繋ぐだけならば、安い食事はある。


 味は基本的に塩気のないふやけた煎餅味だが、それなりに生きていけるので文句をつけるのは間違っているだろう。たとえば元の世界の戦争を行なっている国や飢餓に喘いでいる国々のように、人々がギラギラした瞳で餓えを訴えながら死んでいくような事態にはなっていない。


 それは今後も、恐らくそうはならないと想像できた。


 〈エルダー・テイル〉の世界での食糧アイテムは、素材アイテムの幾つかの合成で作られる。そして素材アイテムはフィールドゾーンで集めることが出来た。具体的には戦闘でモンスターから収集できる肉など、採取などで得られるキノコや山菜類、釣りによる海産物、栽培による穀物、果樹から得られる果実などだ。


 この世界に季節の概念があるかどうかはまだ判らないが、雰囲気からして現在は初夏のようだ。だからか、食材はフィールドに溢れている。


 元のゲームにおいて食料アイテムは個別にレベルや効果を持っていて、たとえば90レベルであるのならば相応しいレベルの食料アイテムを食べないとHP回復速度の上昇などは望めない。だが、『飢えを満たす』という一点に絞るのならば、どんなレベルのアイテムを食べても問題はないようだ。


 だとすると、例え10レベル以下の初心者プレイヤーであっても、ナカスの街近辺の比較的安全なフィールドで食材を手に入れることは可能だ。


 問題は〈料理人〉のサブ職業を持っているプレイヤーが調理をしてくれるかどうかだが、この三週間でどうやら自分のサブ職業を〈料理人〉に変更したプレイヤーは多いらしい。

 栄養摂取は生命の基本なので、それももっともな戦略だと言えるだろう。


 衣についてもそれは同様だ。


 獣から皮が取れるし、麻や絹からは布地が作れる。装備の数値的な性能を気にしなければ、衣服は生産職の職人が一着数十秒で作り出すことが可能だ。靴や生活必需品も、〈裁縫師〉と〈鍛治屋〉、〈木工職人〉がほとんどの領域をカバーしている。少し大きなアイテムは〈大工〉、細かい宝飾品や機械仕掛けは〈細工師〉が担当だ。


 住処については、安全面や快適さを気にしなければ、そこらの廃ビルに上がり込んで一夜を過ごせばそれで事足りる。ナカスの立ち上がらない者達も、主には廃ビルの中で過ごしている様子だ。


 安い宿屋を借りるためには金貨5枚ほどが必要で、この金額も10レベル前後のプレイヤーがゴブリンを数体も倒せば手に入れられる程度だ。もちろん上を見るなら快適な宿屋を借りるだとか、ギルドホールのような団体による居場所の確保、〈やおよろず〉のギルドキャッスルのように一軒家の所有まで、と果てしない。しかし、とにかくただ『寝る』だけならば、お手軽な手段はいくつもある。


 つまりこの異世界において、ただ単純に毎日を生き抜くというだけなら命の危険を冒すことも長い時間の労働をすることも、必要ない。


 つまり現状は『サバイバル』という1点において、そこまで悲惨な状況は存在していないのだ。初めて会った時にツキヨミが告げていたように、この世界に来たプレイヤー達は皆、五体満足の健康体である。病気にかかるのかはまだ不明だが、かなり頑健な体を持つプレイヤー達にとって恐らく病気もさして恐れる内容ではない。


「(それが『生きる』っていうことかといえば『死んでない』ってだけなのかもしないけれど……)」


 ヒルヒメが思うに、この『生存競争の欠如』そのものが『生きるための目的の喪失』と関係しているように思える。つまりツキヨミが言うように『他にやること』が無いわけだ。もっと言えば、この世界に来てしまったプレイヤー達にはそれぞれの生活があった。それは学生だとか社会人だとか、――もしかすると引きこもりや無職なんて人もいるだろうが――彼等には現実の世界で部活動だとか社会生活をやるとか、受動的能動的を問わず『他にやること』があった。


 それには〈エルダー・テイル〉をやるだとかも含まれるだろうが、〈エルダー・テイル〉だけをやる、なんてことはなかっただろう。


 今まで、それこそ人生をかけて積み上げてきたそれらがすべて、〈エルダー・テイル〉を除いてほとんど喪われてしまった。

 その精神的ショックは大きいだろう。だからといって、ただうずくまっているだけではどうにもならない。


 もちろん、この異世界は自由だ。


 むしろ自由すぎるほどにさえ思える。


 それはタケハヤに言わせれば「生きる目的? 他にやること? んなもん、自分で決めて自分で邁進すれば良いだろうが。仲間を守るとか」となるのだろう。その意見は正論で、ヒルヒメも反論をする気は全くない。ツキヨミは言わずもがな『ヒルヒメ(貴女)と過ごし、護ること』だとはっきり言われた。


 だが、そう言い切れる者とそうでない者がいるようだ。


 そして。自分で決めた打ち込める目的がないと、面倒なことを考え出す存在は何処にでも居る。たとえば、他人を虐めて自分がたいしたものだと思い込むような人間とか。


「(PKだってそうだよね。この世界でただ生き延びるだけなら、遙かに簡単で、遙かに安全なやり方は幾らでもある。それ以前に、暮らすだけなら大金は要らないし。PKしてまで稼ぐ必要性は、どこにもない)」


 そうであるならばPKは『生き延びるための手段』ではない。たとえば非常に貧乏な国の人々が、生き延びるためにやむなく手を染める強盗とは全く性格が異なる。


 PKをする彼らにとって、PKが『他にやるべき事』だったのだろう。


 生き延びる以外に、自分を満たす手段。


 そう考えてしまうと、より可哀そうで格好悪い、というヒルヒメの感想を引き出すのだった。


「相変わらず、広場の空気は最悪ですね。……〈アキバの街〉などは聞くところによると、ここナカスほど悲惨ではないようですよ」


 周囲を見回し、ツキヨミはやや呆れ混じりに言葉を溢す。〈大災害〉の気配を引きずる様子があまり好ましくないようだ。

 立って歩いている人達はそれなりに増えてきたが、路地裏や建物の陰となる場所で項垂れ蹲っている人がちらほら見える。それは、まるで治安の悪い国に来てしまったかのような気まずさがあった。あまり見過ぎないように注意をしながら通り過ぎる。


「他の街だって、多くの冒険者達が活動を始めています」


 例えば〈アキバの街〉とか〈ミナミの街〉など、人口の多い街では活動するプレイヤーが目立ってきている噂を聞いた。


「……みんなを引っ張るような、取りまとめるような人が現れたら……何か変わるのかな」


「現れるとしても、今のナカスでは到底無理なのでは」


 ヒルヒメは呟いてみるも、すげなくツキヨミに否定される。『そんなことないよ!』と言い返したかったが、否定材料がなかった。


 〈やおよろず〉のように、中小ギルドのいくつかは立ち上がって活動を行っている。変わらないでいるのは、さらに規模の小さいギルドや個人ばかりだ。

 ナカスの人口は二千五百ほどで、人口の少なさゆえの心細さが〈冒険者〉の悲壮感を増幅させているのかもしれない。


 広場を抜けて、ヒルヒメとツキヨミはナカスの西側に着く。そこには〈ナインテイルコロシアム〉があった。〈ナカスの街〉は言うなれば日本の福岡にある中洲あたり——もちろん、そこにドームはないのだけれど——〈ハーフガイア・プロジェクト〉によって隣町にあった『福岡ドーム』にあたるものが〈ナインテイルコロシアム〉として併合されているようだ。


 そして、リアル時間の2月14日に冒険者同士の闘技大会が行われていた。普段からもそれなりに利用できるものではあるけれど、その日の盛り上がりようは格別なのだ。

 起源としては、〈大地人〉の男性達が惚れた女性達に強い所を見せるために開かれた、とされている。

 『コロシアム』の名前の通りに、街の中でも常時戦闘行為ができる唯一の場所だ。中央に戦闘ができるステージがあり、その周りを観客席が固め、外の渡り廊下でつながっている。

 外観としては蔦や木々の侵食があり崩壊した場所もあるが、最もドーム状の形が残った建物だ。

 体力は『HP減少抵抗【1】』という効果のおかげでHPは1で必ず止まるようになっているので、コロシアム内でプレイヤー達が死亡することはない。一応。


「ツキヨミさん、今年は参加するの?」


何に、とは具体的には言わなかった。だがそれでもツキヨミには通じたようで、彼は少し答えにくそうな、やや面倒そうな様子でヒルヒメの方を向く。


「参加しませんよ。このような事態になって、参加している場合でもない。それに、コロシアムには“流星”が居るではないですか。勝てない勝負にわざわざ挑む馬鹿は……まあ居ますが。私はその部類ではないので」


「ふーん」


 “流星”と言うと、ナカスで有名な中小ギルドのホネストだ。〈守護戦士〉らしい重装甲と速度重視の流れるような剣筋が特徴なプレイヤーである。話によると伊舎那やツキヨミはフレンド交換を行っているらしく、彼もまたこの世界に来ていることは知っているという。


「負けるのが悔しいの?」


「恐らく基本的な総合ステータスには大差は無いのですがね。彼は〈守護戦士〉ですし、距離を詰めてくるのですよ。私は基本的にスナイパースタイルなので相性が悪いのです」


 からかうようにツキヨミを見ると、彼がムッとした気配を感じた。

 ツキヨミの使用している武器の弓は、近距離の敵に対してオートアタックが停止するのだ。だから、弓の弱点を突く戦い方が苦手なのだとか。


「彼の話は今、不要でしょう」


と話を切り上げられる。少し不機嫌そうだったので、自身が負けた時のことでも思い出してしまったのかもしれない、とヒルヒメは想像した。


「2月14日……ってバレンタインデーだよね」


 闘技大会のことを思い出したついでに、その日付のイベントを口にする。


「えぇ、冬の時期です」

「冬かぁ」


 ゲームの頃の〈エルダー・テイル〉の冬を見たことはあるが、この世界の冬はどんな感じなんだろうとヒルヒメは思う。


「その頃には、元の世界に帰れるかな」

「さぁ。帰られない、と考えたほうが良いと思いますが」

「だよねぇ」


「コタツとか防寒着の用意が必要かな」と呟けば「設計図はあったはずですよ」と答えてくれる。コートはやはり洋風なものになってしまうだろうか。マフラーは、手袋は、そんなことを考えるときりがない。


「あ、その前にクリスマスと年明けが来るね」

「そうですね」

「10月にはハロウィンだ」

「イベント事ばかりですね」

「別にいいじゃん。楽しいことは多いに越したことはないよ」


 呆れるツキヨミに頬を膨らませて抗議する。くす、と彼が小さく笑い、「もう」とヒルヒメは脱力した。


「とりあえず、元の世界に帰られなくても。わたしはきみと、ギルドメンバー達と仲良く過ごせたら良いなって思ってる」


 本当は、元の世界に帰りたい。でも、それが叶わないのならば、それでも良い。


「……みんなで、いっぱいお祝いしようね」


滲んだ視界を拭い、明るい声を出す。ツキヨミの笑った気配がした。


「あ、そうだ。みんなの誕生日とかも、お祝いしたいかも」

「……そうですね。祝うのは当分先かと思いますが」


 とりあえず色々が落ち着いてからだ、とツキヨミは主張する。もちろん、それにはヒルヒメも同意だ。今すぐ祝うとか流石にどうかしている。

 そして誕生日を祝うならば、まずはメンバー達の誕生日を聞かねばならないだろう。どうやって聞き出そうかな、とヒルヒメは思考するも、何も思いつかなかった。


「みんなでケーキ……を作るのは無理だけど、何かやってあげたいじゃん」

「好きにしてください。まずはギルドマスターかサブマスターに提案してみるのはいかがですか」

「そうだね」


 一通り〈ナカスの街〉を回って見たものの、あまり大きな変化は無かった。



 再び、ヒルヒメとツキヨミの二人は広場の方面に戻ることにした。そうしてシイナと大市、タケハヤとウケモチと合流しようと考えたのだ。どうせ昼食にはギルドキャッスルに戻るのだが、早く情報交換がしたかった。


 広場に足を踏み入れたその時。


「もし、あなた達は〈冒険者〉殿で御座いましょうか?」


 そう、声を掛けられる。

 振り返ると、赤い毛並みの猫人族の――


「……〈大地人〉、の人?」


にこやかに微笑む、商人風の者がそこに居た。温和な雰囲気で、どこか招き猫のような風体をしている。

 ゲームだった頃には見かけたことのない〈大地人〉だ。もしかすると新拡張パックの〈ノウアスフィアの開墾〉で追加されるクエストの新キャラかもしれない。


「あ、申し遅れました。ぼく、コバンと申しますにゃ」


 コバンと名乗った〈大地人〉は懐から名刺(と思われる小さなサイズの紙)を出し、ヒルヒメに差し出す。「よしなさい、ろくな気配がしません」と止めるツキヨミをそのままに、「あ、どうも」とヒルヒメは反射的に、会釈と共にその紙を受け取ってしまった。


「受け取ってくださって、ありがとうございますにゃ」


にっこりとコバンが笑みを浮かべるとともに、クエストを受諾した気配がした。


「……え?」

「……はぁ」


驚愕にヒルヒメは固まり、ツキヨミは肩を落とす。


「軽率でしたね」

「どうしよう……」


うろたえるヒルヒメにツキヨミは「仕方ないので最後まで付き合いますよ」と溜息を吐いた。


「ええと。そこまで露骨に嫌がられると傷付きますにゃ」

「あっ、ごめん」


 しょぼん、と悲し気に落ち込んで見せたコバンに罪悪感が湧き謝る。


「それで。要件は何ですか」


 やや冷たい声でツキヨミはコバンを見下ろした。ヒルヒメを真っ先に狙ったというところが気にくわなかったのだ。現にヒルヒメはあっさりとクエストを受諾してしまったわけだし、それに合わせるようにツキヨミもクエストを受諾してしまった。おっとりした見た目に対してかなりやり手かもしれない。そう警戒しているのだ。


「話が早くて助かりますにゃ。あなたにも名刺を渡しておきますにゃ」


先程の態度が嘘かの様にけろりとした様子で懐から名刺を取り出しツキヨミに差し出した。やはり食えない性格をしているかもしれない。

 差し出された名刺をツキヨミも受け取り、数秒見つめた後に鞄にしまう。ヒルヒメも名刺を見つめるが、特に変わったところのないアイテムだった。ヒルヒメも鞄にしまう。


 それを待ち、コバンは要件を語りだした。


「ぼく、まだ駆け出しの商人なのですが。色々なところと繋がり(コネ)が欲しいんですにゃ」

「色々なところ?」


訊き返すヒルヒメに頷き、コバンは周囲を見回す。釣られてヒルヒメも周囲を見回した。なじみ深い〈ナカスの街〉の広場前だ。ちなみにツキヨミは微動だにしなかった。


「この〈ナカスの街〉に来たのも初めてで。まずは、この街の紹介をしていただけませんか?」


「……まずは?」とツキヨミは柳眉を寄せる。それをそのままに


「出来れば〈ナカスの街〉の隅々まで知りたいですにゃ。ぐるっと一周回る感じで」


とコバンは要望を伝えた。


「わかった。〈ナカスの街〉全体を回ればいいんだね」


ヒルヒメは確認をし、「ちょっと待ってね、待ち合わせしてる仲間がいて、その人達に連絡しなきゃいけないから」とコバンに一言断る。


「良いですにゃよ。お待ちいたしますにゃ」


 呑気な声色でコバンは承諾した。それに安堵し、ヒルヒメはツキヨミに視線を送る。「分かりました。私も手伝います」

 そして、ヒルヒメはウケモチとシイナ、大市に、ツキヨミはタケハヤに連絡を取った。それぞれから呆れ交じりの了承を得る。


「じゃあ、まわろう! どこがいいかな?」

「まずは商人に必要だと思われるマーケットを巡るのはどうですか。それから名所に向かいましょう」

「分かった」


そうして、ヒルヒメとツキヨミは〈ナカスの街〉をコバンと共に巡り歩き始めたのだった。



ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』

https://ncode.syosetu.com/n2639dc/


のネタを幾つかちりばめております。


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