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2024/05/29、「異世界の始まり6」の文字数を追加して6と7に分割いたしました。
師範システムについて言及したり、少し内容を詳しくしたりした程度です。
ギルド〈やおよろず〉では、夕食の時間が決まっている。朝食と昼食はウケモチがあらかじめ作っておいた味噌汁とおにぎりをもらっていくか、メニューで作られた湿気った煎餅味の食事を各々自由な時間で口にする感じだ。ウケモチは第一部隊での活動がありながらも、毎日朝食や昼食、夕食を用意してくれる。そのことにヒルヒメ達は頭が下がる思いだ。
そのためにウケモチを連れ回す第一部隊のメンバーは食器を洗ったり食材を切ったり(食材をただ切るだけの作業はどうやら調理に換算されないらしい)している。
ちなみに運が良ければウケモチの試作品の味見もできる。主に試作の味見ができるのは調理の手伝いや片付けを行ったメンバーだけである。なので、ウケモチの手伝いはギルドの中では割と人気の手伝いである。
そして、みんなの揃う夕食の時間はギルドマスターの伊舎那から全体に向けてのお知らせの時間でもあった。
その夕食の時間に、真剣な表情の伊舎那が周囲に伝える。
「そういえば最近、PKが出てるらしいんだよね」
『PK』その単語を聞いて、〈やおよろず〉のメンバー達は姿勢を正す。
それは、大らかで寛容とも言えるギルドマスターの伊舎那が最も嫌いな種別の行為であった。
PK。それは『プレイヤーキル』、もしくは『プレイヤーキラー』の略称だ。モンスターではなく同じプレイヤーを攻撃し、死に至らしめる行為やその行為を行なうプレイヤー自身を指し示す。
ナカスの街では戦闘行為禁止だが、そのゾーンで殊更に『禁止』すると言うことは、それ以外のゾーンにおいてそれらは『禁止されていない』事を指した。
〈エルダー・テイル〉ではプレイヤー間の戦闘行為は運営側としては容認している。それもゲームの一部なのだ。
しかし〈エルダー・テイル〉における様々な要因、たとえばPKの成功率の低さであるとか、リスクの大きさ、日本サーバーの文化的な問題(日本人はオンラインでも規律正しくプレイヤー間の暴力を好まない)などを加味して、PKはあまり遭遇しない、流行らない行為だったのも事実だ。
〈エルダー・テイル〉におけるPKの成功率が低かったのは、画面上に表示されるミニマップに周辺の存在のおかげだった。つまりプレイヤーだろうがモンスターだろうがノンプレイヤーキャラクターだろうが、とにかく一定の距離以内に存在するキャラクターは全て表示されるという仕様。
また、高レベルのキャラクターはプレイヤーが操作しなくても、自分の持っているスキルに応じ『加えられた攻撃を回避する』という仕様もPKの成功率を低下させた。
つまり、不意打ちの効果が低かったのだ。
さらにいえば、〈エルダー・テイル〉においてPKは禁止されていなかったが、嫌がらせ行為は禁止されていた。PKそのものは嫌がらせではないが、同じ相手に対する執拗なPKや、戦闘相手に対する侮辱的な言葉遣いなどは嫌がらせと認定されることもあった。その場合、運営会社から警告やペナルティを受ける可能性が高かったのだ。
だが嫌がらせ行為などは、かなり曖昧で主観的な基準に基づいて判断されるものだ。通報を行うだとか、被害者が強烈に運営にアピールするなどで、許容されているPKが嫌がらせと認定される。そういう事例もあり、いきなりアカウント停止を受けるなどといった話さえあった。
そんな事情でPKはリスクが大きいとされていたのだ。
だがそれも異世界に巻き込まれたとなれば事情が変わる。
この異世界において、ミニマップは脳内メニュー内部にも存在しない。それにいくら高レベルの冒険者であっても、本人が意思をしない限り無意識の回避等はあり得ない。プレイヤー本人が武術の達人でもない限り、だが。
また、嫌がらせ行為は運営会社の担当が事件後にゲーム記録を調べて処分を下すという手続きを経て実施されていた。ゲームだった頃の〈エルダー・テイル〉はそうした運営会社の『神の手』によって秩序を保たれていたのだ。しかし、いまのこの世界に、そんな都合の良い救いの手は存在しない。
――不意打ち成功率の増加。そして嫌がらせ報告リスクの軽減。
加えてPKには大きなうまみがある。
モンスターと戦闘をするよりも、遙かに大きな見返りが。
それは倒したプレイヤーがその時所持している現金全てと、アイテムの約半分を奪い取れることだ。
アイテムの中には決して紛失しない属性を持つものもあるが、鞄の中の通常の取引可能なアイテムの約半分は死亡した瞬間に辺りにばらまかれてしまう。
デメリットとメリットの逆転。
それがこの異世界の〈エルダー・テイル〉において、PKという行為を増殖させた原因だった。
「……ということで。今までよりももっと、街の外に出る時は班行動を重視してね」
あまり見ない冷ややかな表情で、伊舎那はメンバー達に伝える。
彼の嫌いな行為が蔓延しているそれを許せないのかもしれない。
「タケハヤとツキヨミも、気を付けるんだよ。二人とも単独でモンスター討伐しに行ってる事ぐらい知ってるんだからね」
「PKは夜中とか暗い時間帯によく出るらしいからね」と言われてツキヨミとタケハヤは「承知しました」「わかったよ」と返事をしていたが、行動を見直す見込みは低そうだった。
そして、地図作りに一定の目処が立った頃。
第一部隊はPKに出会ったのだ。
それは材料調達の帰り道。雲が月を隠す、暗い夜だった。
ヒルヒメ、シイナ、大市、ウケモチの四人で帰るところだ。ツキヨミとタケハヤは少しやっておくことがあるから、と後で合流する予定だった。
暗い夜道をMPの多いシイナの〈バグズライト〉で照らし、周囲を警戒しながら歩く。それは特定の何かを警戒している、というよりも『夜の暗がりに紛れて現れるかもしれない何か』という全般的な警戒だった。
街灯のない暗い道、葉と葉の合間から覗く月が、何度か陰る。周囲の気配に気を配り、四名はまとまって歩いていた。
「っ!」
突如、ヒルヒメの身体に魔法らしき攻撃が直撃した。それと同時にヒルヒメの持っていた〈白のヒトカタ〉が燃え尽きる。攻撃を代わりに受けてくれたのだ。
奇襲だ。
咄嗟に武器を構えて、ヒルヒメ達は防御体勢を取る。
「(気配は……5人?)」
咄嗟にウケモチと大市も〈バグズライト〉を発生させて周囲の明度を上げた。そうして周囲の気配に気を配り、周囲の確認を行う。
それなりに予想していた事態だったが、いざそうなってみると口中が干上がるのを感じた。モンスターとの戦闘とは全く違う、嫌な緊張感が身体を襲う。
「なんだ、弱っちそうなパーティじゃねぇか」
「回復職と〈吟遊詩人〉か。弱いなぁ」
暗闇から現れたのは前衛二人と双剣使い一人、魔法職一人、回復職一人、なかなかバランスの取れたパーティだ。
対してこちらは四人。数で負けているし、今は攻撃メインの二人が居ない。PK達のレベルは90ではないがそれなりに高く、MP次第の勝負になりそうだった。
「荷物を置いてくれりゃあ命までは取らねぇよ」
相手が回復職や女子の多いグループだからか、PK達は余裕そうな表情でにやにやと笑いながらこちらを見ていた。
まさに悪党のような台詞に、ヒルヒメは「(マンガかアニメの見過ぎじゃないかな)」と内心で呆れる。呆れはするものの油断はしていない。耳を澄ませて相手方が不審な動きをしないか注意している。
ウケモチはいつでも通常攻撃や〈勾玉の神呪〉が放てるように武器を構えているし、シイナや大市も口を結んでそれぞれ武器を構えた。ヒルヒメも武器を構え、まずは何を発動させようかと思考を巡らせる。出来れば、穏便に事を済ませられたら良いのに、と内心で溜息を吐いた。
「あいにく、うちには素材が必要な仲間がいっぱい居るもんでね。あげるわけにはいかないな」
ウケモチが強気な口調で、ヒルヒメ達を庇うように一歩進み出る。
「女どもを甚振る趣味は無ぇんだけどな」
「ボクは男だ」
言い返すウケモチに「そんなのはどうでも良い!」と叫び、PK達は襲いかかってきた。
それらを躱わしたり〈禊ぎの障壁〉で遮断したりして、被害を最小限に済ます。前衛らしき男が剣を振り回して直接攻撃を行い、それを援護するように後衛が魔法攻撃を放つ。
「〈アルペジオ〉っ!」
和音が周囲に響く。最初にヒットした目標から色とりどりの音符が飛び出し、周囲にいる敵すべてを一度にまとめて攻撃する範囲攻撃技だ。ちゃんと前衛の男に当たったようで、色とりどりの音符が周囲に撒き散らされた。
それから、いくつものスキルや障壁などでウケモチ達は応戦する。それらは夜の闇に光ってよく目立つ。
ヒルヒメも〈吟遊詩人〉ゆえに派手な音で対応してゆく。
「派手なだけじゃあ勝てねぇよ!」
じわじわと押している状況に愉悦を見出しているのか、勝ち誇った様子でリーダーの男は叫ぶ。だが。
「そりゃあ、そうだろうな」
そう、面倒そうにタケハヤが後方に居た魔法職を斬り伏せ答える。
「な、何っ?!」
「どちらが罠に掛かった獲物だったのか、教えて差し上げねば」
事切れた回復職を地面に放りながら、ツキヨミも答えた。
「ああ、そういえば。草むらに隠れていた貴方方の仲間も、すでに排除しておりますよ」
そう、冷たく告げる。それを聞いた途端にPK達は目に見えるほど慌て始めた。恐らく、このPK達の中で一番強いメンバーだったのだろう、と予想がつく。
ウケモチ達の〈バグズライト〉やスキルで明るい状態に慣れさせ、ヒルヒメの発する音で周囲の異変を誤魔化したのだ。
「お前達だろ? 最近ここいらでPKしてるパーティってのは」
それからは早かった。タケハヤがヘイトを集めて自身に強制的に注目させ、そこを闇に溶けたツキヨミが矢で打ち抜く。
タケハヤは攻撃を受け流すばかりで攻撃は仕掛けて来ず、闇の中からツキヨミの矢がPK達を襲った。ウケモチ達の〈燈明招来〉でPK達の目は明るさに慣れており、暗闇より放たれるツキヨミの矢が見えないのだ。
「弓矢なんぞ、鎧を着ている俺たちには痛くも痒くもな」
余裕ぶっていたパーティリーダーの前で、もう一人の前衛の鎧を矢が貫通して胴に刺さる。
「なんだとっ?!」
「うちの弓使いは必中の〈幻想級〉持ちだからな」
「絶対に当たるんだよ」と、タケハヤはつまらなそうに告げた。
狙った場所に当たるかは実際個人の腕次第だが、放った矢は確実に刺さる。そういうことらしい。
「必中のファンタズマルって……まさか!」
パーティリーダーの男は目を見開く。
ファンタズマルアイテムとはサーバにおける存在個数に制限がある強力なアイテムのことだ。
ファンタズマルアイテムを手に入れた場合、入手メッセージがサーバ単位で流れていた(「プレイヤーAさんが、ゾーンnにおいて、幻想級アイテム『XXXXXX』を手に入れました」といった具合)。このため、ファンタズマルアイテムの取得は隠すことが出来ない。
「そっち知ってるんなら俺のことも知ってて欲しいもんだけどなァ?」
言われて、男は何かに気付いた様子で後ずさった。
タケハヤはファンタズマルアイテムは獲得していないが、〈秘宝級〉のアイテムを多数所持しており、その二振りの刀は攻撃速度を格段に上げるものである。
「理解したんなら大いに結構だぜ」
直後、男は身体に何本もの矢を受けた。だがHPはそれほど削れていない。それに気付いたのか、男は不敵に笑う。
「なんだ、“一撃必殺”や“多撃必倒”ってのはリアルになった途端に弱くなったのか?」
「分かんねェかな。わざとだよ」
「……は?」
「ギルドマスターに言われたんだ。『お前の心を折れ』ってな」
それから、男は闇より襲いかかる矢にじわじわとHPを削られ、ヘイトがタケハヤに強制的に固定されているために自害も許されずひたすら痛みを与えられる。それを何度も何度も繰り返した。
最終的には「殺してくれ」と自ら懇願するまで心を折ったのだ。
「やりすぎ」
散らばったアイテムを回収しながらヒルヒメはツキヨミをジト目で見る。
「しかしギルドマスターには『心を折って差し上げろ』と」
「多分それ『圧倒的な力の差を見せつけてやれ』って意味でそこまで陰湿なやつ求めてなかったと思う」
〈バグズライト〉で周囲を照らし、拾い残しがないか確認をする。ツキヨミとタケハヤはアイテムは拾わず、周囲の警戒を行っていた。
見たところ、新しいPKやモンスターの気配は無い。だがいつ現れるかも分からないので警戒をしておくに越したことはないのだ。
「良いのかな」
「良いに決まってんだろ。人様のものに手ェ出してんだから、逆に奪われる覚悟くらい持ってるはずだ」
不安気なシイナにタケハヤは冷たく言い返す。
実際、先ほどのPK達は『初めてのPK』なんて雰囲気ではなかった。弱そうな相手を見定め奇襲を行い、プレイヤー相手に攻撃を躊躇するような様子は全く無かったのだから。自らの力を過信する程度にはPKには慣れていたのだろう。確かにその手際は手慣れたものだった。
「持ち物しょっぱいね」
「返り討ちに遭う可能性を考えて、こまめにアイテムをどこかに預けるとかするわよね」
ウケモチの呟きに大市が溜息混じりに返す。
拾えたものは僅かなお金と微量のアイテムだけだ。めぼしいものも珍しいものも無い。
「しかし、〈wind of fear〉……か。辻斬りでも意識してんのか?」
「厨二っぽい名前」
「まあまあ。カタカナで『ウィンド・オブ・フィアー』みたいに名乗るよりはまだセンスがあるんじゃない? それでも微妙な気はするけど」
神妙な顔のタケハヤにウケモチが短く返し、シイナがフォローするような雰囲気で止めを刺した。
「(……まあ、わたしも同意見なんだけど)」
ヒルヒメもため息を漏らす。ツキヨミと大市はPKのギルド名など心底どうでも良さそうな様子だ。
〈やおよろず〉のギルドマスターである伊舎那はPKを嫌っているそれはヒルヒメだってそうだ。ツキヨミやタケハヤ、ウケモチにシイナ、大市もそういう行為は行っていないので、それなりに忌避の感情は持っているだろう。事実、タケハヤとウケモチ、シイナはやや不機嫌そうだ。ツキヨミと大市は『自分やその周囲に影響がないなら咎めないでおく』というスタンスだろうか。
しつこいPK以外は運営に黙認されていることを考えると、そう言った立場の方が精神的苦痛は少なくて済むのだろうが。
他のギルドメンバーもそういう行為は行っていない。
PKという行為は、正直に言うと格好悪い。
他人が努力をして得てきた金貨やアイテムを労せずしてかすめ取ろう、という発想がすでに格好悪い。何よりも、そうして得た金貨やアイテムでは、決してトップに立てないという点が最悪に格好悪い。そうヒルヒメは考える。
『他人が得た財宝をかすめ取る』ということは、その財宝が得られるような難関ゾーンには足を踏み入れないということだ。それでは未発見の場所や謎に挑むことは出来ないし、『誰も見たことがないようなアイテム』を見つけ出すことは決して出来ない。PKという手法では、冒険の最前線に立つことは決して出来ないのだ。
それでは他人の成果を盗むしか能のない、どこまで行っても寄生虫でしかない。
「(――こんな異世界に飛ばされたプレイヤー達に格好良いとか悪いとかいっても……それは仕方が無いのかも知れないけど)」
恐らくみんな、精神的には追い詰められているのだろうし。ヒルヒメはそう考える。だが悪いことに、その追い詰められた状態が日常として定着しつつあるのが、いまのこの世界なのだ。
「(なんか、いい感じにみんなが頑張ってくれたり、良くなったりしないかな……)」
と曖昧に世界の安寧を願っても、このままだと難しいだろう。それくらいの認識はしている。例えば日本の法律を知っているようなプレイヤー達が立ち上がって、法的組織を作り上げるだとか、大きな単一のギルドのような自治組織が生まれたりなんかしたら、変わるのだろうか。
「(……なんてね)」
思いはするが、それを自分で行うかといえば話が変わってくる。
そもそもヒルヒメは法律なんかには詳しくないし、多くの人をまとめるような気概もない。こうして〈やおよろず〉のギルドのメンバーとして第一部隊のパーティメンバー達と仲良くしている方が性に合うのだ。
「あ、宝の地図持ってる。まあ普通は換金アイテムだしねぇ」
「うちの〈地図屋〉の子のとこに持っていけばいいんじゃない」
シイナと大市がそう会話したところでアイテム回収を終えた。
帰ってきて早々に玄関にいた黄泉津に広間に行くよう言われ、第一部隊の6人はそこへ向かう。すると、そこで伊舎那とスイテツが待っていた。
きっと、以前やったような重要な話をするのだとヒルヒメ達は察する。
「どうだった?」
「退治してきたよ。でも、あれで反省するかと言えばそうでも無いんだろうけど」
問うた伊舎那の意図を読み取ってヒルヒメは答える。だが、あの方法だとむしろ激昂してまた襲いにくるかもしれないとちらりと思うヒルヒメだった。悪い予感を振り払うように頭を振る。
「だろうねぇ。……どうにか排除できるシステムとか……まあなくは無いけど、うちじゃあお金が足りないからねぇ」
「方法って?」
「買うんだよ、土地を。購入できるようになってるからさ。で、土地を購入したら〈やおよろず〉のギルドキャッスルみたいに、入場できる対象を設定できるでしょ」
ヒルヒメ達も土地が買えるようになっているのは知っていた。だがそこまでは思いついていなかった。しかし、言われてみればそれは確かにそうだ。土地さえ購入してしまえば、あとは購入者の自由に設定できてしまう。ヒルヒメ達は納得する。
「だけど、ナカスのギルドの規模じゃあ無理だろうね。アキバやミナミならともかく。……そこだけが安心材料かな。あとは、アキバやミナミの連中がナカスまで来るとかいう奇行さえしなければ、このままそれなりに安泰だとは思う。PKとか自衛しなきゃならないことは多いけどね」
そう、伊舎那は頬杖を突いた。……PKを完全に撲滅できないことが少し気に食わないらしい。
それについてはヒルヒメ達も概ね同意見だ。だってPKを排除できないということは、またどこかでPKが行われる可能性があるということと同義だからだ。恐らく、いや絶対、どこかで再びPKは行われるだろう。より慎重になって、より効率的に。そう予想ができる分、一層に胸糞の悪さが残った。
「それと、うちのギルドの人数調整をしようかなって思ってるんだけど。このままメンバーを増やすかどうかで、ちょっと悩んでるんだよね」
「要は、もう少しギルドを大きくしたいっていう話。ほら、うちのギルドはまあ今の人数でそれなりに安定してるからさ」
戸惑う周囲に黄泉津がフォローを入れる。
「ここ数日間、ギルド未所属のプレイヤーの勧誘を他の多くのギルドがやってる。これはちょっと警戒しなきゃなんだよね。さっき言った通り、どこの土地も購入できるようになってる。みんなはあんまり気づいてないけど」
伊舎那は周囲に視線を配る。そうして周囲の理解度を確認しているようだった。
「ここナカスには、アキバみたいに大規模なギルドは無い。だけれど、この混乱に乗じて大規模なギルドができてもおかしく無い事態になってるだろう。多くの人が集まると多額の資金を持つことになる。そのお金でナカスの土地でも購入されてしまえば、もしかするとナカスの街に入れなくなるかもしれない」
〈ナカスの街〉に入れなくするには出入口周辺の土地を購入してしまえば容易にできてしまう。
だが、もしも、それが現実化してしまえば大変なことになる。復活できる大神殿はこの周囲にはナカスの街しかないからだ。ナカスの街には入れなくなるということは大神殿の利用もできなくなる。そうなると、外で死んでしまったプレイヤー達はどこで復活をすれば良いのか。
仮に大神殿での復活は『仕方ない事象』として可能だったとしても、『利用料を取ります』だなんて言われてしまえば、土地の購入者以外は従うしかない。
「で、『数には数を』……ってことで人数増やすかどうかを考えてるところなんだけど。戦力向上も含めて」
「ボク無理だよ。これ以上の人数分の食事毎回作るとか。第一部隊の活動とも両立しなきゃだし」
「……だよねぇ」
伊舎那にウケモチが反対する。ただでさえ32人分の料理を作るのも大変なのだから、さらにもっと、と言われるとウケモチ一人で用意するのは無理だ。それに他のメンバー達も〈料理人〉であるとはいえ、ウケモチたった1人に調理の殆どを任せてしまっているそれを申し訳なく思っている。『味のある食事』を作るためにはスキルやメニュー画面などを利用せずに直接調理をせねばならない。だが、〈料理人〉でないウケモチ以外が調理行為を行おうとすると炭化した謎の物体になってしまう。この不便さと過重ともいえる負担をどうにかせねばなるまい。
「その時は〈料理人〉の子とかをどうにか捕まえてみるよ」
「それなら大丈夫かな?」と問われて「……まあ、できるんならね」とウケモチは頷く。
それから3日も経たぬうちに十数人程度もギルドメンバーが増えた。夕食の時間に「新しいメンバーだよ」とあっさり紹介される。それと同時に、どうやらログイン日数が一定以上を超えたメンバーは除名したらしい旨を伝えられる。ギルドのメンバーリストを確認すると数名の名前が無くなっていたのだ。それをヒルヒメは少し物悲しく思うが、当然と言えば当然の処置なのだ。いつまでも『思い入れがあるから』と引退したメンバーを残していてもしょうがない。このギルドキャッスルには収容人数にも制限があるし、いつまでたっても戻ってこないメンバーのためにわざわざリソースを割いておく暇などは無いのだ。
おまけに新しく追加されたメンバーのうち、料理人が6人も居た。
法儀族で〈森呪遣い〉のさくら、法儀族で〈盗賊剣士〉のバイカ、狼牙族で〈守護戦士〉のトオル、猫人族で〈施療神官〉のゆずき、エルフで〈吟遊詩人〉のあずき、狐尾族で〈付与術師〉のあんずである。因みにチーム名は料理人チーム。
料理人以外は、法儀族で〈召喚術師〉のえんじゅ、エルフで〈暗殺者〉のツバキ、ドワーフで〈施療神官〉のえのき、猫人族で〈盗剣士〉のキササゲ、狐尾族で〈暗殺者〉のひいらぎ、ヒューマンで〈守護戦士〉の杜で、サブ職業はそれぞれ〈秘書〉〈メイド〉〈家政婦〉〈庭師〉〈清掃人〉〈執事〉である。料理人でない追加メンバー達は皆レベルが90台だった。彼らは恐らく戦力増強の要因なのだろう。第五部隊として括られるが、ほとんどがソロ活動をメインに行っていた者達らしいので、遊撃隊的な活動が期待されているという。
それでみんなは気付いたのだ。『伊舎那が話題に出した時点でそれは決定事項』なのだと。強い反対を出す者がいないか確認するために話題に出し、反対意見も想定内なら対抗案を出して実行する。そういう手口だった。
レベルの若い料理人以外の者は伊舎那や黄泉津の知り合いで、少数(過ぎる)ギルドだったりソロだったりした者を勧誘したそうだ。
「料理人以外の人達もそれぞれギルド管理で役立ちそうなサブ職業にしてもらっているから、遠慮なく色々と頼っても良いからね」
どうやらレベル90台の追加メンバー達もサブ職業に指定があったようだった。「ちゃんと同意の上だから大丈夫だよ」とは告げていたものの、なんとも言えない気持ちになった。だが、自己紹介の際に「元から今のサブ職業には興味があった」と答える者がほとんどだったので一応円満での転職なのだろう。因みに元からそのサブ職業だった人もいた。特に〈メイド〉のツバキは「〈エルダーメイド〉になる予定です」と答えている。
夕食後、案の定に第一部隊とスイテツが呼ばれたので、みんなはここぞとばかりに伊舎那を軽く責める。だが伊舎那は「大きな不満はないでしょ」と軽く受け流すだけだった。
「よく捕まえられたモンだな」
「おまけに料理人を6人も」とタケハヤはもの言いた気に伊舎那を軽く睨む。他のメンバー達も伊舎那に視線を向けた。
「あはは、まあね。何人かはサブ職業を〈料理人〉にしたら良いよって条件付きで受け入れたから」
「料理人の子、ほとんどみんなレベル低い子達じゃない」
「悪どいね」
軽く笑う伊舎那に大市とウケモチは冷たい視線を向ける。
「失礼な。保護するんだからそれくらいの条件は飲んでもらわなきゃでしょ」
それはそうかもしれないが、方法がいささか強引すぎるような気がした。安寧を求める者に条件を出して保護するなんて。
「それに、薄々思っていたんだよ。『ウケモチだけに料理の負担をさせて良いものか』って。それに、みんな料理はできる子らしいから料理の味の心配もそういらないと思うな。まあ悪かったら悪かったで、料理を覚えてくれたらそれで良いんだけど」
伊舎那はあまり気にしていない様子だった。
「これでウケモチも第一部隊の仕事に注視できるようになっただろう」
言われて、ウケモチは不承不承頷く。それに満足そうに笑って頷いた後、周囲に告げた。
「君達にはレベル90を超えてもらいたいんだ。強いて言えば、100まで」