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ナインテイルより愛を込めて。  作者: 檸檬飴
異世界の始まり
6/18


「一週間経ったけど、戦闘には慣れたかな?」


 ヒルヒメ達第一部隊が出かける準備をしていると、玄関で伊舎那に問われた。

 丁度、戦闘の連帯を行うための練習と素材回収に行くところで、早朝だ。


 伊舎那は〈召喚術師〉(サモナー)らしい布鎧をまとっていた。まだ日が昇り始めた早朝だというのに、どこかに出かける予定があったのだろうか。それとも出かけたあとなのか。


 現在ヒルヒメ達はオーク達のいる森を抜けて、今は様々なゾーンに足を運ぶようになっていた。範囲は1日で移動できる距離の中に留まっているので、さすがに〈ユフインの温泉街〉や〈ロングケイプ軍港〉に行くほどではない。他、〈ナカスの街〉に近いダンジョンの〈火雷天神宮〉に挑むことも未だしていない。ただ、もう少し戦闘に慣れてきたら入場する予定はあった。

 レベル90とはいえ、少し慎重にやっているのだ。新パッチの〈ノウアスフィアの開墾〉が恐らく導入されている現在、今までに見たことのない強いモンスターが現れる可能性があるから。


 一週間経った今では80レベルのモンスターにも余裕で対応できる。ゲーム時代から慣れ親しんだ6人パーティだからこそ、一週間というこの速さで活動できているのだ。


「まあまあだな」


とタケハヤ。さらに上を目指しているタケハヤには80レベルもまだまだらしい。きっと90台に挑むくらいを目指しているのだろう。現在のヒルヒメ達が経験値を獲得できる程度といえば、レベル85から95程度のモンスターになるからだ。


 80台のレベルのモンスターは、レベル90のヒルヒメ達にとってはまだ余裕で叩き潰すことができる程度である。強さの感覚で言うと、小学生の中学年くらいの子供を相手しているような感じだろうか。油断さえしなければまあ対処ができる程度、だ。

 それよりもレベルが下がるとはっきり言ってヒルヒメ達が一方的に蹂躙するような状態になる。正しく赤子の手を捻るように、容易である。ただ赤子と違うのは、彼らは状態異常を付与するようなステータスを保持していたり、増殖してかなりの集団でやってくることがあったりすることだろうか。

 ヒルヒメ達第一部隊のパーティにはウケモチやシイナ、大市のような回復職がついているのでそこまで怖くはない。だが回復職のいないグループにとっては状態異常の付与や増殖は結構痛手になりそうだ。


「連帯もそれなりにできるようになってるよっ!」


シイナが自慢気に告げた。

 それに満足そうに頷いて伊舎那は第一部隊のメンバー全員に視線を配る。その途端にみんなは『何か頼まれるぞ』と気を引き締めた。


「じゃあ、そろそろ地図作りとかお願いしても大丈夫な頃合いかな?」


にこやかに伊舎那は問いかける。だがこれはきっと伺いではなく決定事項だ。現に顔が『大丈夫だよね?』と確信を持っている。


「うちはもう6人パーティだけどどうするの」


「パーティを二つに分けて援護するとかどう?」


その証拠に、ヒルヒメが問うとすぐ答えが返される。パーティは6人が限度なので7人以上で活動するとなるとパーティを二つ以上に分ける必要があった。


「パーティの分け方にもよるけど、75のところまでなら余裕だよ。それ以上はまだ難しいかも」


 周囲も同様の認識らしく異論の声はない。だがこれはフィールドゾーンに限った話だ。密な行動が求められるダンジョンゾーンに入る場合は60程度がせいぜいだろう。


「分かった。とりあえずそこまででいいから、地図を作ってもらおうかな」


伊舎那はヒルヒメ達に「パーティを二つに分けといてね」と声を掛けた。


「パーティ二つに分けるんならいっそのこと、6人パーティを二つ作ってレベル上げを兼ねて広範囲で活動した方が良くない?」


そこに寝起きらしき黄泉津が現れた。ぼさぼさの髪に〈エルダー・テイル〉のファンタジーな世界観に似つかわしくないプリントシャツとホットパンツ姿である。(因みにシャツのプリントはとんでもなくダサい。何かとのコラボした記念Tシャツらしい)


「黄泉津、またそんな格好して……人前に出るんならもうちょっとマシな格好をしてってあれほど」

「はいはいそのお説教は聞き飽きてるからまた今度ね」


あくびを噛み殺しながら黄泉津は洗面所方面へ向かっていった。


「ごほん……でもまあ、レベルが若い子達を連れて行くのはまあまあアリ、か」


 ということで結局、パーティを二つに分けて他のメンバーの経験積みを兼ねるようだ。「だから、今日の練習はもうちょっと待ってね」と伊舎那はヒルヒメ達に告げる。唐突に朝の予定がなくなった第一部隊のメンバー達は仕方なしに自己鍛錬を行うことにした。ツキヨミとタケハヤは庭の広い場所でそれぞれ身体の動きの確認をしているようだった。

 「この世界で筋トレをしても恐らく意味が無いだろうな」とタケハヤが言っていた。それにはツキヨミも同意見のようで、「行えるトレーニングは恐らく感覚を研ぎ澄ませることだけです」とのことだ。


 彼らの意見にはヒルヒメとウケモチ、シイナ、大市も概ね同意している。なのでヒルヒメ達も感覚を研ぎ澄ませるように何かしらの練習を行う。例えばシイナの場合はパーティメンバー達のHPを素早く確認するだとか、攻撃に合わせた回復を行うだとか。ウケモチはダメージ遮断の障壁を張るタイミングについてである。なので、ツキヨミやタケハヤの動きを観察している様子だった。

 大市は他のメンバーが撃ち漏らしても大事にならないようにタイミングを見て持続回復を行ったり回復職のメンバー達を守るよう立ち回ったりするので、イメージトレーニングを行うようだ。


 戦闘に関しては、ヒルヒメは主にヘイトコントロールと効果の付与を行う。なのでメンバー達の技の名前や出すタイミング、集めるヘイトについてなどを知る必要があるだろう。なのでよく耳を済ませて、素早く対応ができるようにしたいと考えている。



「よ、よろしくお願いします!」


 集められた6人とヒルヒメ達は対面する。


「彼らは第四部隊の子達だよ。レベルが若い子のグループだから、優しくしてあげてね」


 この一週間の間に、〈やおよろず〉のメンバー達は第一部隊をはじめとして高レベル順に6人パーティの班を作っていた。部隊は第一部隊から第四部隊、職人達で構成された装具部隊である。

 ギルドマスターの伊舎那とサブマスターの黄泉津は部隊には含まれていない。

 第四部隊というと、装具部隊を除いて〈やおよろず〉内で最もレベルの低いパーティだ。


〈地図屋〉のプレイヤー猪突はドワーフの〈武闘家〉(モンク)だ。彼は素直で真っ直ぐな子だった。年を聞いたところ、中学生らしい。

 他に集められたのは〈武士〉のヒノエ、〈森呪遣い〉のまよい、〈盗剣士〉のサトリ、〈妖術師〉のかざみ、〈神祇官〉の狛犬というプレイヤーだった。彼らも声や雰囲気は若く、聞くと中学生から高校生程度のメンバーらしい。


「レベル20とか40のメンバーばかりじゃねぇか。……一番高くて45か。半分だ」


「大丈夫かよ」とタケハヤは心配そうにしていた。恐らくそれは『レベルが低くてやりにくい』等と言う理由ではなく、彼なりの心配だ。第一部隊のメンバーは皆成人なので落ち着いているが、第四部隊の彼らは中学生や高校生だ。大学生ならともかく、こんなに若いのに(こんなにも不本意な形で)家族の元を離れてサバイバルをするなんて日本ではかなり酷だろう。


「とにかく、レベル上げと戦闘訓練もかねていっぱい連れ回してあげて」


「でも待って、わたし達と第四部隊の子とじゃあ、レベル差があり過ぎてヘイト管理うまくいかないと思うよ」


慌ててヒルヒメは伊舎那に意見を述べた。


「そういう時こそ『師範システム』でしょ」


「まあそっか……」


 だが、それも想定済みのようで、あっさりと提案される。それに納得してヒルヒメも引き下がった。

 師範システムとは、レベルの高いプレイヤーが低いプレイヤーに合わせてレベルを下げ、一緒にプレイするためのシステムのことだ。


 パーティでの戦闘においては役割分担として、挑発などの特技で戦士系職業が敵をひきつけ、回復系職業がそれを回復することで、武器攻撃系職業、魔法攻撃系職業が安心して攻撃できる。

 しかしレベル差が大きいと、このバランスが崩れ、敵をひきつけるはずの戦士系職業ではなく、レベルの高い者に敵が集中してしまうのだ。


 師範システムを用いることで、この問題を解消してレベル差のあるプレイヤー同士が遊ぶことができる。


 ヒルヒメ達第一部隊のメンバーは師範システムを使いレベルを低下させた。

 組み合わせとしては〈武士〉のヒノエに対して〈神祇官〉のウケモチ、〈森呪遣い〉のまよいには〈暗殺者〉のツキヨミ、〈盗剣士〉のサトリには〈森呪遣い〉の大市、〈妖術師〉のかざみには〈吟遊詩人〉のヒルヒメ、〈神祇官〉の狛犬には〈武士〉のタケハヤ、〈武闘家〉の猪突には〈施療神官〉のシイナである。

 パーティを組む際にもこの組み合わせを中心にパーティを分けることになる。


「うわ、なんか急に身体が重くなった気がする」


シイナが怪訝な表情で自身の身体を見下ろす。確かに、ヒルヒメもなんだか身体が重くなったような心地になっていた。それは他のメンバーも同様のようで、少し険しい表情をしている。


「……レベルが下がると、筋力にも影響が出るのでしょうか」


ツキヨミは自身の弓を見ながら呟く。もしそれが本当ならば、ヒルヒメ達はいつも通りの戦闘が行えない可能性があった。それを心配しているようだ。


「でも、装備はそのままだよね? なら基本的な火力の問題はないはずだよ」


極めて冷静に伊舎那は周囲に告げる。ヒルヒメ達がステータスを確認するとレベルだけではなくHPや能力値、攻撃力など、全般的なステータスが大幅に低下していた。

 実際、第一部隊のメンバー達は同レベル同職業のキャラクターと比べれば、圧倒的に裕福な装備をしている。しかし、その差はレベルに換算して1~2というところだ。一緒に冒険をすることになる第四部隊のメンバー達にとっては丁度良いところではあるが、高レベルで高火力だった第一部隊のメンバー達にとっては一抹の不安がある。


「まあ、師範システムを利用すればこうなりますね」


やや諦めた様子でツキヨミが溜息を吐く。確かツキヨミは〈エルダー・テイル〉がゲームだった頃にも、師範システムを利用して若いプレイヤーを育てていた。

 随分と昔の話らしいので、その若いプレイヤー達はもう中堅のプレイヤーになっている頃だろう。話によると、その育てていたプレイヤー達もこの異世界にきているらしい。


「とりあえず、動きの確認してからレベル上げ兼地図作りだな」


面倒そうにタケハヤが言い、それに第一部隊のメンバー達は同意する。一緒に冒険する第四部隊のメンバー達は申し訳なさそうにしていたが、若いプレイヤーに合わせるなら当然の話だ。


 そうして〈やおよろず〉第一部隊と第四部隊の混合パーティはギルドキャッスルを出る。旅立つパーティ達に「気を付けて行ってらっしゃーい」と伊舎那は呑気に手を振っていた。



 それから数日過ぎた。

 地図作りは順調に進んでいる。

 レベルの低いゾーンの地図作りはあっさりと進み、あとは第四部隊より高いレベル50以上のゾーンやダンジョンの地図だけだ。


 そして第四部隊の彼等のレベルは連れ回されているうちに40台に近付いてきていた。レベル30以下のメンバー達には〈EXPポット〉もあるので、そのおかげで経験値をより多く獲得できているはずだ。


 彼らは素直で呑み込みが早い。はじめに低レベルのモンスターの攻撃を敢えて受けさせた後からは段々と戦う恐怖に慣れて行き、ヒルヒメ達第一部隊メンバー達の援護ありきではあったが30台のモンスターとも打ち合えるようになっていた。

 パーティーに入れたメンバー達と同等およびやや高いレベルのモンスターが現れるゾーンを中心にしつこいくらいに何度も回っていたお陰ともいえる。これはツキヨミとタケハヤの案で、『習うより慣れよ』とのことらしい。


 他の〈やおよろず〉のメンバー達も街で情報収集していないときはモンスターの出没するゾーンへ出発し、戦闘慣れの訓練を行っているようだった。伊舎那と黄泉津もギルドキャッスルから出て外のゾーンに出たり街で情報収集したりしている。

 話によるとレベル90台のメンバーが多く居る第二部隊はそれより少しレベルの低い第三部隊と合同で戦闘訓練を行っているらしい。お陰でギルド全体のレベルは上がってきているようだ。


「お陰で肉類の材料には困らないけど」


集まった肉達を見、ウケモチは呟いた。

 今回はギルドの倉庫を整理するために第一部隊のメンバーが集められていた。「雑用係じゃないんだけど」とシイナは不満そうだったが、「他のみんなは情報収集とかしているんだからたまにの雑用くらい良いじゃない」と大市がとりなしていた。


 ギルドの倉庫いっぱいに肉がある。アイテムになったおかげかしばらくは腐らなそうだが量がとんでもない。やや呆れの混ざった様子だ。主な内容は豚肉である。やはりオークのおかげだろうか。


「もう少し野菜が多くても良いと思う。というか、ボクは野菜が食べたい」


 端正な顔を少し歪めてウケモチが溢す。

 贅沢な悩みだ。だが、他のメンバー達もいい加減肉の多い料理以外が食べたそうだった。実のところ、ヒルヒメ達第一部隊のメンバー達も口には出していなかったがそろそろ野菜を食べたい頃合いである。


「野菜か。マーケットじゃかなり高額になってるぜ」


腕を組みタケハヤは言葉を溢す。どうやら『味のする食材』の価格が上がってきているらしい。通常の調理法ではふやけた煎餅のような微妙な味にしかならないので当然の話だ。

 特に果物類は価格の高騰が凄まじかった。ゲーム時代では初心者でも数個は買えるような価格だったというのに、今では中堅の冒険者が辛うじて一個購入できるかぐらいである。


 肉類に関しては少し上がった程度だろうか。仮に直接口に含んでも問題がないとしても、基本的に未調理の生肉を直接食べるなんてあまりやりたいものではない。


「じゃあ、ギルド内で菜園でも作る? 丁度〈農家〉の子もいることだし」


 伊舎那は提案した。〈農家〉というと第四部隊のまよいの事だ。指名された時は大分驚いた様子だったが、照れた様子で「任せてください」と張り切っていた。聞くところによると、実家が農家で彼女自身も農業系の高校に通っているらしい。


 ということで、ギルドキャッスル内に菜園を作ることに。

 菜園でどのような野菜を作りたいか軽く第一部隊のメンバーで話し合い、『サラダに使えるような野菜』を中心に、ウケモチの作りたい料理に関連する野菜を植えることに決まった。もっと細かい話は菜園を作った後や実際に野菜を作ってから考えるという話になったのだ。


 その夜に〈やおよろず〉のギルドメンバーを集めて「菜園を作ろうと思ってるんだ」と伊舎那が話した。そして翌日には早速菜園を作ろうと思っている話も。


「明日はみんなで菜園を作るからね」


と伊舎那は通達した。「みんなの食事事情がかかってくるから、全員参加ね」と続けた彼にやや不満そうな声が上がったが、大したことではない。冒険者にとってはモンスターを倒すこと以外の、例えばクエストを行う時と似たようなものだ。「参加してくれた子にはご褒美あるよ」と告げていたので、ギルドマスターからのクエストなのだと受け止めたメンバーも居た。



 翌朝。

 〈やおよろず〉のギルドキャッスルの庭にギルドメンバー達が集まる。ギルドキャッスルの庭は思いのほか広い。

 ギルドキャッスル自体が和風の邸宅として形が出来上がっているからか、庭も見事に美しい。


 木製の門はしっかりとした作りで重厚感があり、外と邸宅を分ける土塀も蔦植物に覆われているものの大きく崩れている箇所は無かった。

 庭には紅葉や桜など、各季節を彩る植物が植えられている。ゲームだった頃は季節で姿を変える庭を眺めるのが好きだった。それが現実になってしまったのかと思うと、なんだか泣きたいような気持ちになる。


「どうしましたか」


優しい声でツキヨミが声をかける。ヒルヒメが顔を上げると、雑面で隠れた顔があった。不思議と目があったような気がする。くす、とツキヨミが笑った気配がした。


「……いつまでこの世界にいることになるのかなぁ、って思っちゃって」


ぽつりと零したヒルヒメの言葉に「この世界は嫌いですか」とツキヨミが問いかける。

 この世界、というとそれはゲームだった頃の〈エルダー・テイル〉を含むのか、この〈エルダー・テイル〉によく似た異世界のことを指すのかはよく分からなかった。多分、どうとでも取れるようにわざと曖昧な言葉を使ったのだろう。


 少し考えて、ヒルヒメは口を開く。


「別に、嫌いじゃない。嫌じゃないよ。……でも、一生このまま、ってのはなんだかちょっと困るよ、やっぱり。会いたい人もいっぱい居るし」


家族とか、友人とか。それに、勤めている会社の方でもどのように扱われているのか気になって仕方がない。無断欠勤となって元の世界に帰った時にはクビになっていた、とかそんな事態になっていたら嫌だ。


「この世界には、私が居ます。それに、シイナさんや大市さん、タケハヤやウケモチさんも。……それでも、帰りたいですか」


「うん」


迷いはなかった。ギルドマスターの伊舎那やサブマスターの黄泉津、タケハヤやウケモチのようなリアルではあまり会わないようなパーティメンバー、ギルドメンバー達に会えたことは嬉しい。だが、それはそれなのだ。


「でも、『この世界に居るしかない』ってなったら、それはそれで仕方がないとは思ってる」


ツキヨミ(きみ)が居てよかった」とヒルヒメはツキヨミに笑いかける。


「だって。きみがいなかったら、わたしこんなに安定してなかったと思う」


「そうですか。……元の世界に、一緒に帰れたら良いですね」


ツキヨミの言葉に「うん。一緒に帰ったらまずはお家でゆっくりしようね」とヒルヒメは頷いた。


 ちなみに庭の裏手に当たるやや日当たりの悪い場所に増設された厠があった。見た目は和風だが中身は洋式。とりあえずの措置として作っているだけなので、やがて屋敷内のオブジェクトとしてのトイレがきちんと作動するようになったらお役御免である。


 あまりにも見事な庭だが、庭の手入れとかしなくて良いのかな、とヒルヒメの頭に少し過った。だが、伊舎那に視線を向けると「手は打つつもりだよ」と笑顔が返される。どうするつもりなのだろうか。


 服装に関しては、ほとんどが軽装になっていた。鎧や分厚い布の装飾を外し、作業しやすいようにである。ヒルヒメとツキヨミはコラボイベントで貰ったジャージを着ており、タケハヤとシイナ、大市はスポーツウェアを着ていた。

 他のメンバーも何かしらのシャツ姿だったり、ウケモチのように軽装にして腕まくりなどをしていたりする。


 菜園の位置については


「日当たりのいい場所がいいよね。あと風通しも良い場所」

「だけどこの屋敷の景観を壊したくない」


などと畑の性能に関わるものや外観的な問題など、色々な意見が出る。まあ大半が『野菜が食べられるならどこでも良い』だったのだが。

 それを伊舎那や黄泉津がうまくすり合わせ、最終的に屋敷内や外から見えにくい一角を畑にすることになった。


「肥料とかどうなるの」


イベントアイテムで有った気がするけど、とヒルヒメは畑の場所決めの喧騒をよそに伊舎那に問う。畑を作るのは良いが、実際にヒルヒメ達に必要なのは『食える野菜』である。食べる場所のない弱い野菜は求められていないのだ。


「本来ならトイレのやつを使いたいところだけど……」


思考するように視線を動かして伊舎那が呟くと、周囲のメンバーが「うっ」と言いたげな顔をする。


「まあ使わなくとも大丈夫な気がする。ダメだった時は我慢してね。その時は汲み取りの設備を作る必要があるかな」


「とにかく。まずは畑作んなきゃでしょ」と考え込む伊舎那を黄泉津が小突いた。


 みんなとの相談の結果、勝手口側の広い空間に畑を作ることになった。外観的にも問題がなさそうで日当たりも風通しも良い場所だ。

 畑にする区画を決めて、土を柔らかくしていく。


 力仕事は〈守護戦士〉や〈武士〉、〈武闘家〉などの前衛職に頼んで、他のメンバーは肥料などを用意した。肥料とは言っても何かの糞などではなく、素材としてドロップする木炭や貝殻などである。


「こっちの世界がどれくらいリアル寄りなのか気になるけど、まあダメだった時はその時だね」


 と半ば諦めた様子で伊舎那は告げた。

 材料を砕いて混ぜ、肥料を作る。

 それから畑の区画もできたので作った肥料を敷いて、土を被せた。そうして『簡易的だけど無いよりはマシ』な畑が完成したのだ。


「種いっぱいあったけど、ここで使うことになるとは」


 種を蒔きながらヒルヒメは感心する。ちなみにモンスターからドロップした謎の種はしばらくはお預けということになった。


 イベントや色々で貰った野菜の種などを畑に蒔き、水をかける。


「美味しい野菜になってください!」


 手を合わせてシイナは祈った。


「植えたからってすぐ成果が出る訳でもないでしょ」


と横で大市が呆れていた。



 だが、翌日には綺麗に生えていた。


「うーん、『ゲーム仕様』ってやつ?」


 採れた野菜達を前にヒルヒメは首を傾げる。

 朝の野菜達の収穫は丁度起きていたヒルヒメ達第一部隊のメンバー達で行われた。


 そして野菜がなくなった後の畑には再び種が蒔かれた。


 食卓に野菜がならぶ。それは肉ばかりの料理に飽きていたメンバー達にとっては非常に嬉しいことだった。


 野菜達はとても美味である、というわけではなかったが、マーケットで手に入る野菜よりやや良質に思えた。


「一日でこんな野菜作れるんなら本物の農家も世話無ェよ」


 そうタケハヤが呟いていたが、


「ゲーム仕様に感謝だねぇ」


と伊舎那は嬉しそうだった。


「回復職、特に〈森呪遣い〉に庭仕事系は任せようかな。時折見に行って土が乾いていたら水をあげる程度で良いだろうし。ああでも、〈森呪遣い〉は今のところ二人しか居ないから、辛い時は暇な人に手伝ってもらう感じかな」


「だったらトイレ掃除係の〈施療神官〉も三人しか居ないんだけど?」


伊舎那の提案にシイナは頬を膨らませて抗議する。


「ごめんね、〈ジャッジメントレイ〉は〈施療神官〉しかできないだろう? みんなはトイレを綺麗に使うように気を付けてね」


 だが〈施療神官〉の役割は変わらなそうだ。


×


 第一部隊と第四部隊での混合2パーティでの活動に慣れた頃、伊舎那が


「次は第一部隊と第四部隊に分かれて活動してみようか。同行はしてもらうけど、そろそろパーティでの連隊も確認しなきゃだしさ」


と告げた。なので第一部隊は数日振りに第一部隊のみでパーティを組んだ。


「一人立ちってやつかな」

「寂しくなるね」


とヒルヒメとシイナはしみじみしていたが「元に戻っただけだろ」とタケハヤ(とツキヨミとウケモチと大市)は結構ドライだった。


「師範システムについてはどうする」


伊舎那にタケハヤが問う。現状では第一部隊のメンバーはレベルの低い第四部隊のメンバーに合わせて師範システムでレベルを落としているのだ。


「同行が終わるまでそのままにして……って言いたいところなんだけど。もしかして、何か不都合があった?」


「いや、聞いただけだ。気にすんな」


「そろそろ元のレベルでの活動を再開したい、と考えてるだけですよ、タケハヤは」


歯切れの悪いタケハヤを補足するように、ツキヨミはが答えた。師範システムで下がったレベルとそれに伴う各能力値の低下がやはり気になるようだ。


「お前も『腕試しがしたい』的なこと言ってたじゃねェかよ。俺だけを売る気か」


眉を寄せ、少し拗ねた様子でタケハヤはジロリとツキヨミを睨む。だがツキヨミは気にしていない様子だった。


「そうか……まあ、レベルを下げるっていうのは思いのほか負担がかかるっていうことかな? ゲームだった頃ですら戦闘の勝手が違ったわけだし。リアルになった分、そのやりにくさが顕著に出たって感じかー」


腕を組み、伊舎那は考え込む。

 だが師範システムでのレベルの低下は一時的なものだし、システムを解除すればいつでも元のレベルには戻れる。


「そうだね。じゃあ、同行の一回目はレベルを下げたままにしておいて、それ以降は様子を見てレベルを戻すか第一部隊と第四部隊のメンバー達で話し合うってのはどう?」


「……それなら、まあ」


どうやらタケハヤは納得してくれたようだ。



 第四部隊だけでの連帯は大変そうだったが、第一部隊との混合パーティで培った経験が生きている様子だった。

 回復のタイミングやヘイトコントロールなど、高レベルのダンジョン攻略などを行う第一部隊にひたすら指示されたからだ。同レベルのプレイヤー達よりは良い経験を積めただろう。


「これで第四部隊だけでも活動できそうだね」


 よかったよかった、と伊舎那は満足そうだ。


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