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ナインテイルより愛を込めて。  作者: 檸檬飴
異世界の始まり
5/18


 夕飯は質素に根菜類の味噌汁とご飯ときゅうりの浅漬けだった。

 味噌汁には程よい大きさに切られた野菜がたっぷり入っており、汁も出汁が効いていて味に深みがある。話によると昆布を煮出したらしい。浅漬けはただ軽く塩を揉み込んだだけ、とウケモチは少し不満そうだった。もしかすると本格的な漬物を作りたいと思っているのだろうか。


「もっと豪華なご飯が食べたかったら、明日から材料の提出よろしく」


 と澄ました顔でウケモチが告げたので、明日以降の食事の出来栄えはギルドメンバーの頑張り次第のようだ。



 夕食が終わったあと。

 食器類の片付けられた広間に、ギルドマスターの伊舎那とサブマスターの黄泉津、ヒルヒメ達〈やおよろず〉第一部隊のメンバーが残される。


「さて、これからやることなんだけどね。『これからのこと』について、話し合いたいと思って」


 ギルドマスターの伊舎那は周囲に声をかける。


「待て。何で装具部隊のスイテツまで居るんだよ」


周囲に視線を向け、タケハヤは訝し気に問うた。確かにそこには職人の活動を重視する装具部隊のスイテツが堂々と居座っている。

 スイテツはドワーフの〈守護戦士〉(ガーディアン)で、サブ職業が〈鍛冶屋〉のプレイヤーだ。ドワーフの愛らしい顔付きだが目付きが鋭い。


「居たら悪いのか」


と威嚇するかのような低い声でスイテツは問い返す。それを受けタケハヤは表情を険しくした。


「スイテツは装具部隊で唯一の90レベルだからね。彼女の意見も聞きたいし」


 今にも喧嘩を始めそうな二人を押し留めて伊舎那は話を進める。タケハヤとスイテツは前衛職としてのスタイルが違うので以前から時折意見がぶつかるのだ。二人共に(恐らく)大人なので、大きな喧嘩に発展することはない。


「じゃあ他の90台のメンバーも呼べば良いだろ」


「それはそうだけど、まずみんながギルドの古参だから呼んだんだよ」


 不満気なタケハヤに黄泉津は困った様子で小さく息を吐く。


「大きい戦闘ギルドだとギルド幹部とかいうらしいじゃん? そういうやつのつもりだと思って。それに、少なくともみんなプレイ年数は5年以上あるでしょ。古い知識が必要なの」


黄泉津は「そうでしょ?」と伊舎那に目配せをすると、伊舎那も頷いた。そこでようやくタケハヤは押し黙る。ヒルヒメやシイナ、大市の5年が最短で、確かにここにいるメンバー達はプレイ年数が長い者達ばかりだからだ。


「『これからのこと』とは。まずは何をするつもりですか」


空気はまだピリついていたものの、ツキヨミが話を促す。今は争っている場合でもないし、無駄な時間を過ごしている場合でもない。


「周囲の地図を作ってもらおうと思って。ほら、レベル低い子も居るし、安心して材料採取してもらいたいでしょ」


「ナカスの街周辺で死ぬとかレベル1くらいだろ」


「それはそうかもなんだけど。一度、90台のみんなで周囲の探索をお願いしたい」


 拗ねたように呟くタケハヤをとりなしながら、伊舎那はヒルヒメ達に視線を配った。周囲の探索、というとつまりはナカスの街ではなく周囲の森や草原のゾーン、さらにその周囲のモンスターの出没するゾーンに向かう必要がありそうだ。


「地図ってどうやって作るつもり?」


 そうヒルヒメが問うと


「うちのとこ、一人だけ〈地図屋〉の子が居るだろう? その子を連れて地図を作って欲しいんだ」


と伊舎那。

 〈地図屋〉とは地図の作成や複製を行う地図の専門家のサブ職業のことだ。地図を書き起こしたり、既存の地図を複製することができる。また、暗号で書かれた地図の解読を行うこともできるのだ。

 ミニマップ表示やそのオートマッピングなど、ゲームシステムの補助が受けられなくなった今、それは確かに重要なことだった。


「で。まず明日はその前準備みたいなものをしよう。君達の実力を測るのもあるけど。それと、地図制作についてはすでに話がつけてある。『みんなの役に立てるなら』と結構乗り気だよ」



 その後、ヒルヒメ達9名は覚えている限りの範囲内で、一旦ナカスを中心としたゾーン同士の接続図を書いた。

 日本サーバに存在するゾーンは数万を超えるが、それは宿屋の一室や小さな廃ビル、ギルドホールのようなプレイヤーに貸し出されるプライベートなゾーンを含めての数だ。


 森や丘陵や、朽ち果てた市街地、遺跡などを含んだ屋外を表す『フィールドゾーン』、古い神社や巨大建築物などの『ダンジョンゾーン』はそれよりもずっと少ない。少ないとは言えそれだけで数千はあるし、ヒルヒメ達だって全て把握しているとは言えない。


 しかしそれでもヒルヒメ達は少なくとも5年のキャリアを持つ古参プレイヤーなのだ。他のプレイヤーよりはずっとこの〈エルダー・テイル〉の世界に慣れ親しんでいるはずだ。古いゾーンについての知識も十分だった。みんなで記憶を照らし合わせ、おそらく非常に不完全ではあるがゾーン接続図を書き上げる。


 多くのゾーンを書き込み、その接続を線で表した図は、ヒルヒメ達が普段行動するようなフィールドゾーンを中心に数百の名称が挙げられていた。


 このひとつひとつを調査していく事が必要なのかは判らないが、手元に何もないよりはまだマシだろう。


「ひとまず、目安の地図はこれくらいにしておこう」


 その意見には周囲も同意する。これ以上は細かく書いてもあまり意味を為さないだろうからだ。


「明日は第一部隊の君達はモンスター退治に行ってみてくれる? 装具部隊のみんなは手持ちの設計図とかで使えそうなものを作ってほしい。他のメンバー達は確実に安全な場所で食料や材料調達だ」


 その予定だ、と伊舎那は告げる。黄泉津も頷いていたので二人の中では決定事項のようだ。ギルドマスターとサブマスターが定めたのなら、と異論は無い。


「ところで。なんでアタシ達はモンスター退治なの?」


 シイナが首を傾げる。他のメンバー達は材料調達なのに第一部隊だけはそれが免除されていた。これからの生活を考えると材料調達の手は多い方が良いはずなのに。


「リアルでの『戦闘』を早いうちに経験しとけって話。どうみても半分くらいは喧嘩慣れしてないでしょ?」


 伊舎那は素直に答える。恐らく、現代の日本で普通に生活している限り皆そうだ。だが、なんとなくタケハヤは喧嘩慣れしていそうな印象があった。

 あまり想像できないけれど、伊舎那は喧嘩慣れしているのだろうか。


「後輩達の前でみっともない姿を晒す前に、ね」


 と、お茶目なウィンク付きだった。余計なお世話である。

 だが、実際の戦闘を経験しておくことは大切だろう。どうなるか想像が付かないが、じわじわと緊張してきた。


「言い忘れていたけど、アキバもシブヤもミナミもススキノも同じ状況らしいよ」


 だとすれば、日本サーバーの五大都市全てでこんな状況だということになる。知人の多い伊舎那は、念話機能で確認をとったのだろう。


「もしかして、今って」


「ああ、うん。都市間のトランスポート・ゲートは機能を停止しているみたいだよ。大変だよねぇ」


 は、と気付いたヒルヒメの疑問に、伊舎那はさらりと答える。それは新しい情報だった。


 アキバ、シブヤ、ミナミ、ススキノ、ナカス。この5つは日本サーバにおける5つの大型プレイヤー都市だ。それ以外にも商店があったりノンプレイヤーキャラクターが住んでいる街はいくつもあるが、サービスの充実度でいうとこの5つが群を抜いている。

 文化圏でいえばアキバとシブヤが〈自由都市同盟イースタル〉、ミナミが〈神聖皇国ウェストランデ〉、ススキノが〈エッゾ帝国〉、ナカスが〈ナインテイル自治領〉のプレイヤー都市だ。〈フォーランド公爵領〉には大きなプレイヤー都市は無い。


 これら五大都市は拡張パックと共に追加されてきた、初心者がスタートをすべく設計されている街だ。だから、日本サーバーの全てのプレイヤーはこの5つの街のどこかをホームタウンと定めて活動する。


 そしてこの5つの街には互いを繋ぎ一瞬で移動を可能にする転移ゲートが設置されていた。その転移ゲート――トランスポート・ゲートが機能を停止している。


 都市間ゲートが機能停止ということは、遠方の都市との連絡は一気に難易度が上がったことになる。たとえばナカスは、現実の日本地図でいえば福岡の位置にあるプレイヤータウンだ。そこからミナミに行くのならば、陸路で大阪に行くようなもの。相当数のゾーンを経由する必要がある。


 おそらくゲーム内で旅をするとしても、1週間以上掛かってしまうだろう。それはもちろんゲーム内時間なのだが、このゲーム内時間はもはやリアル時間そのものだ。


「しばらくは他の都市に行くような用事は無いだろうからそこまで気にしなくても良いけど、何かあった時に厄介だ」


一応覚えておいてね、と伊舎那は忠告した。



 その夜。

 ヒルヒメは自室のベッドに横たわっていた。だが、なかなか眠れない。


 寝返りをうつが、落ち着かない。


 諦めて薄らと目を開くと、部屋の窓から月が見えた。

 くり抜かれたようなその姿に小さく溜息を吐く。


「(……目が覚めたら、元の世界に帰ってたりしないかな)」


 今の環境に不満があるわけではない。だが、やはり慣れ親しんだ世界に帰りたいと思う。


「(ツキヨミさんが居なかったら、もっと違っていたかもしれないけど)」


 彼がいなければきっと、ヒルヒメはもっと悲惨だった。ずっと聖堂から出ることはできなかっただろうし、精神も今ほど安定していたとは限らない。もしかしたら、ずっと「帰りたい」と嘆いて変な行動をしていたかも――もしかすると、帰還を求めて死に続けるとか――考えるとなんだかありえなくもない気がして、怖くなる。


「(起きてる……かな)」


 唐突にツキヨミの声が聴きたくなった。念話を使えば直接会いに行かなくとも話はできるだろう。


「(寝ていたら……まあ、なんとかなるか)」


寝ていたら取らないだろうし、それで起こされたと言うなら彼が少し怒るだけだろう。怒らせてしまった時は何かお詫びを提案して彼の行動に付き合おう、と決めた。


 フレンド・リストを出してツキヨミの名を探す。見つけたそれにそっと触れると、遠い鈴の音が鳴りだした。


『……はい。なんでしょうか』


 少ししてツキヨミの声がする。思いの外早い段階で彼は取ってくれたようだ。起きていたのかもしれない。


「よかった、起きてたの?」


『そうですね。……眠れませんか?』


 気遣わし気な声がする。その声を聞くだけでなんだか胸の内側が温まって(くすぐ)ったくなった。


「まあね。ちょっと、きみの声が聞きたかったんだ」


『……そうですか』


 少しの沈黙の後。


『ヒメ。元の世界に戻ったら何をしましょうか』


 彼は少し明るい声で問いかけた。「『元の世界に帰ったら』?」考えてもみなかった、と目を瞬かせる。


「そうだなぁ。まずはお家でゆっくりしたいかな。それで、元の世界の空気感を味わったら……二人で旅行に行きたいかも」


『そうですか。新婚旅行ですね』


「うん。……なんというか。今、とんでもない新婚旅行だよね」


『そうですねぇ……私としては、ヒメが居て良かった』


「……わたしも。だって、きみが居なかったらわたし、こんなに落ち着いていられなかったよ」


『そう言ってもらえて良かった。……とにかく、元の世界に帰るためにも、何かしらの活動が必要なことは分かりますね?』


「うん……」


帰還について、何か情報を集めなければならない。図書館などに行って見つかるだろうか。


『とりあえず、明日はモンスター退治です。明日のために、もう眠った方がよろしいですよ』


「そうだね。……おやすみ」


『はい。おやすみなさい』


 念話が切れた。


「……」


 余韻に浸るように深く呼吸をする。不思議と落ち着いていた。

 彼が居てよかった、と思い直しヒルヒメは目を閉じる。


×


「今日のところは、第一部隊のみんなはモンスター退治。それ以外のみんなは街中で材料集めだよ。安全のために班行動を崩さないようにね」


 ということで、ヒルヒメ達はナカスの街の外に出た。他のメンバー達は伊舎那の指示に従い、まずは街中で材料集めだ。


 この世界にやってきてから初めての外である。ヒルヒメ達が向かった先は、ナカスの街に生えていたものと同様の巨大な樹木達の並ぶ森だ。だが数十m先にはちらほらと草原が見える。いわゆる浅層部だ。

 現在は早朝。日がまだ昇っていないので薄暗い。

 野鳥の鳴き声が微かに聞こえる。


 闇雲に探しても疲れるだけだから、と森の中でヒルヒメ達は待機する。今は周囲にモンスターの気配は無いが、いつでも動けるようにと皆は武器を構えた。


「緊張するよぉー」とシイナ。


「レベル10以下のフィールドなんだから平気だろ」


「油断しすぎも禁物よ」


「食材落ちるかな」


タケハヤ、大市、ウケモチがそれぞれ、思いおもいのことを零す。


「昨日は眠れましたか」


 軽く準備運動をするヒルヒメにツキヨミが声をかけた。雑面のお陰でヒルヒメには彼がどんな表情をしているか分からないけれど、リラックスしているように見える。


「うん、お陰様で」


 ヒルヒメは、にっと笑ってみせた。ついでにピースサインも追加しておく。


「ふ、そうですか。お役に立てたのなら大変光栄です」


 ツキヨミは胸に手を当て、軽くお辞儀をした。余裕があるようだ。


「……全然出てこねェな」


 周囲の気配を探りながらタケハヤは呟く。やはりヒルヒメ達は高レベルのプレイヤーだからか、レベルの低いモンスター達に避けられているようだった。


「もう少し奥のゾーンに行ってみる? そこなら敵意の高いモンスターとか居るかもしれないし」


 恐る恐る、シイナが提案する。この場所はナカスの街を出てすぐの場所だ。もう少し街から離れるとモンスターのレベルが上がるし、レベル差を気にせず突っ込んでくるモンスターもいるだろう。

 ヒルヒメ達はシイナの提案に乗り、もう少し奥まったゾーンに向かうことにした。



 ナカスの街がある〈ナインテイル自治領〉は〈醜豚鬼〉(オーク)の多いマップである。なので、街の周辺には〈緑小鬼〉(ゴブリン)でなくオーク達が多数存在した。

 ヒルヒメ達が足を運んだゾーンはレベル30程度のモンスターが生息するゾーンで、主な生息モンスターはオークだ。


「さすがに、ここより先は無理よ」


 杖を構えたままで大市は呟く。それにはヒルヒメも同意見だった。まだ圧倒的にレベルに差があるものの、余裕を持って倒せそうなのはこのレベルくらいだと感じる。


 木々が鬱蒼と茂り、より深く暗い。木は枝をめいいっぱい伸ばしており、空はほんの僅かしか見えなかった。湿った苔や土のにおいが周囲には広がり、地面も根っこで盛り上がっている箇所がそこかしこにある。所々に低木の茂みがあり、非常に視界が悪い。

 昼間になっても暗そうな森だ。


「来たよ!」


 気配を探っていたシイナが声を上げる。

 静かな森の中、何かの気配が近付いてきた。肌がピリピリする。恐らくこれが敵意なのだ。

 日本で普通に生活をしていればそう感じることのない体験。緊張で口が渇く。


 ガサ、と茂みを掻き分け現れたのは血濡れの斧を持ったオーク。レベルは35にも満たない、若い個体だ。


 ヒルヒメ達を視界に入れた途端、オークは斧を振り上げこちらに突進してきた。


「おっと、危ねェな」


 金属同士がぶつかる甲高い音が響く。タケハヤが二振の刀で受け止めたのだ。オークが興奮した様子で鳴き声を上げる。


「っつーか思いの外軽いな」


 小さく呟き、刀で振り払う。吹っ飛ばされたオークは木にぶつかり、気絶したのか動かなくなる。

 タケハヤはすぐさまオークの元に駆け寄り、刀を突き立てて確実に絶命させる。するとゲームと同様にドロップアイテムと金を残してオークは消え去った。


「思ったよりは簡単だぜ」


 刀を振って血糊を拭い、タケハヤは刀をしまう。あっさり終わった戦闘にやや不満そうだ。


「そう見えますね」


 至極冷淡にツキヨミは返す。だがまだ実際に戦闘をしていないので断言はしなかったようだ。


「そう、なんだ」


 ぎゅ、と手を握り締め、ヒルヒメは気持ちを落ち着かせる。

 実際、血濡れの斧を振り回すオークにヒルヒメは心臓がキュッとなった。息が浅くなって身体が縮こまって、いうことを効かなくなる。

 どうしようもない恐怖を抱いたのだ。

 『あの斧が当たったら痛そう』だとか『本当に攻撃が効くのかな』とか。ゲームの時には全くの他人事だった戦闘が、こうもリアルに自分に向けられる。

 死んでも生き返るのか分からないので、前に出る勇気が出ない。


 オークが現れた際にあっさりと刀を抜いてゲームと同様に対峙して、対処してみせたタケハヤはすごい。そうヒルヒメは思う。


「また来るよ!」


 シイナの声にヒルヒメは身体を強張らせた。またあの恐怖を味わうのかと思うと腕が震えてしまう。


 次は3体の集団だ。


 1体は先ほどと同様にタケハヤが引き付けあっさりと斬り伏せた。もう1体も、じきにタケハヤに斬られるだろう。


 だが、3体目のオークがヒルヒメに向かって走っていた。


 ――しまった、斬られる。


 武器を構えるのも忘れて、咄嗟に手で防御の体勢を取ろうとしたその時。


 目の前でオークの胸に矢が突き刺さった。

 矢の勢いに負けたのか、オークはそのまま仰け反りながらドロップアイテムとお金に変わっていく。


「ヒメ、大丈夫ですか」


 遠くでツキヨミの声がした。どうやら先ほどの矢は彼が撃ったらしい。彼がオークを打ち殺してくれたそれに心の底から安堵する。ヒルヒメは「ありがとう」と言葉を溢した。


「……動いてるのに、狙えるんだね」


 戦闘終了後、お互いの無事を確認し合う。その最中で、助けてもらった礼を改めてツキヨミに告げた後にヒルヒメは感心の声をかけた。


「まあ、流鏑馬(やぶさめ)などしていましたので。動く的に当てる程度、他のゲーム内でもしていましたし」


「そっか……」


 流鏑馬は彼の実家が神社らしいから奉納していたんだな、と想像がついた。もう一つの方はシューター系のゲームだろうか。一瞬思考してみる。


「おい。こんな低レベルの場所(とこ)、お前のバフとか要らねェから戦闘に慣れとけ」


 刀の確認をしながらタケハヤが告げる。「刃こぼれも無しか。やっぱレベルの差ってやつか?」と呟いていた。


「シイナさん、大市さんも。回復は後回しで良いので、モンスターを殺す感覚に慣れた方がいいですよ。どのみち肉系の素材は殺さなければ()られませんし」


「わ、わかった」シイナと大市は頷き、武器を構えた。ヒルヒメも恐る恐る、オーク達と対峙する覚悟を決める。


 それから少し経ち、またオークのものらしき敵意が近付く気配がする。


 次は10体の集団である。


「おいおい、もしかしてこの次20体とか来ねェよな?」


 眉間を寄せタケハヤはぼやく。だけれど、なんだかあり得そうな気がしてくる。


 オーク達は斧や弓などを手に持っていた。どれも手入れはされているようで艶やかに光る。


「あれちょっとやだなぁ」

「私も」


 とシイナと大市が弱音を溢した。


「どうする。範囲攻撃で仕留める?」


 静かだったウケモチが周囲に声をかける。「ヤバくなったらな」とタケハヤが返した。10体はまだ余裕らしい。


 タケハヤが数体のオーク達のヘイトを集め、他のばらけるオークをツキヨミが撃ち抜いて行く。

 それでも生き残ったオーク達がヒルヒメ達に向かって斧を振り上げ突進してきた。


「わ、」


 うっかり攻撃を喰らうも


「……あれ。思ったより痛くな」


言葉の途中で目の前のオークの頭が爆ぜた。肉片を飛び散らして倒れる。幸いにもヒルヒメ自身の身体に傷は見られない。


「……い」

「無事ですか、ヒメ」


〈結婚指輪〉(マリッジ・リング)の能力を使ったのか直ぐ側にツキヨミが現れる。尻餅を()いたヒルヒメを助け起こし、様子を確認してくれた。


「うん。大丈夫だけど……」


 心配そうにするツキヨミがなんだか珍しい。

 だが、目の前でオークの頭が爆ぜるシーンなど見たく無かった。


「怖がらせてどうすんの。バカ」

「せっかくの戦闘慣れのチャンスをトラウマに変えてんじゃねェよ」

「思わず」


 ウケモチ、タケハヤがツキヨミに呆れの視線を向ける。だがツキヨミは反省した様子がない。


「血塗れになるところだったじゃん! ほら、ヒメ、〈ジャッジメントレイ〉掛けたげるから。綺麗にしようね」

「大丈夫? 気分が悪くなったら言うのよ?」

「……ありがとう」


 シイナと大市も胡乱な視線をツキヨミに向ける。

 だがヒルヒメはみんなに心配させてしまった、と少し申し訳なく思った。思いの外、攻撃が痛くないことも理解したし、次からはきちんとモンスター退治に向き合えそうだと自身に言い聞かせる。


 耳を澄ますと、僅かに足音が聞こえてきた。きっとオークだ、と武器を握り締める。


 数十体のオークが森の奥から現れた。

 タケハヤが〈武士の挑戦〉を使ってヘイトを集め、後ろからツキヨミが〈ラピッドショット〉で広範囲に矢を放つ。


「馬鹿野郎、俺も射抜くつもりか」


一つ矢を斬り伏せてタケハヤが声を上げた。


「ああ、なるほど。味方にもダメージが入るのですね」


ツキヨミが口元に手を遣り呟く。


「感心してる場合かよ」


「魔法は敵味方を判断するかもしれませんが、物理的な攻撃はそこも考慮しなければなりませんね」


 そうしてヒルヒメやシイナ、大市、ウケモチもそれぞれ実際に攻撃を受け止めたり物理的に攻撃してみたり、スキルを放つなどと、戦闘の仕方を練習した。おかげで周囲一帯のオークはあらかた倒してしまったようだ。


「肉は大量に手に入ったな」

「なんというか、しばらくお肉食べたくないんだけど」

「言ってる場合じゃないでしょ。我慢して食べて」


 お陰で大量の肉を抱えてヒルヒメ達はギルキャッスルに帰ることとなった。シイナはオークからドロップした肉なので不満そうだったがウケモチは調理する気らしい。


×


 ――それから一週間が経った。

 あのふざけた異世界漂流騒ぎから一週間。


 ヒルヒメ達はその後何度かモンスターの出没するマップに出て戦闘を行うようになった。

 まだ自分達より低いレベルの子達を連れて歩けるかは分からないが、それなりに戦闘はスムーズになってきたように思う。

 主な戦い方としては回復職や後衛、バッファーにHP管理をほぼ丸ごと任せて、前衛の者はモンスターとの対峙や戦闘に注視する流れになった。もちろん戦線に立っている以上、回復職や後衛、バッファーも一切戦わないなどはできない。だが全員がHPを管理しながら戦うよりは圧倒的に戦闘に対応しやすくなったのだ。


 また、ヒルヒメ達は戦闘を行わない時にはナカスの市街を巡り、馴染みのプレイヤー何人かと情報交換を行なった。

 それからの一週間をほとんど情報収集と戦闘訓練に費やした。


 当前だが、毎日のように新事実が判明する。

 まず、簡単に判ったのは、ヒルヒメ達はちゃんと腹が減るという事実だった。

 朝起きた時、昼間、夕方頃など、食事前には空腹感を感じ、食事を行うと満たされる。当たり前の欲求だ。

 そして、腹が減った時に食べるものは、味の付いた美味いものの方が良いことも。〈大地人〉や他のプレイヤーの販売する食物は全て同じ味。

 食事係のウケモチのありがたさを身に染みて感じたギルドメンバー達だった。


 身体は丈夫だが疲れたら眠くなるし、眠る際には装備が邪魔になる。その他、装具を身に付けたまま日常の活動すると動きに制限が出て過ごし難いことも。不思議と装備の重さを意識することは少ないらしいが、すれ違う時や狭い箇所は通り難い。

 だから、ギルドキャッスル内では軽装になる者も増えた。その上「もっと過ごしやすい装備はないのか」という声が出る始末。レシピがないのだから作りようがないのだが、「考えてみる」と装具部隊の者達は答える。

 装具部隊の〈裁縫師〉であるメンバーが「みんなの部屋着を作ってみる」と告げていた。そのため、材料収集が食料の次に優先すべきものになる。


 その他、気になっていたひとつの事実も判明した。


 今現在の世界においても、死からの復活はあるということだ。この世界で死んだプレイヤーはしばらくのタイムラグを置いて、ナカスの街の聖堂で復活を遂げる。

 もとのゲームの常識通りならば、経験値や所持金に一定のペナルティを受けて居るはず。だが、それについてはヒルヒメ達は直接経験した訳ではないので判らない。


 死からの復活が存在するということは最悪の可能性――死ねばそのまま消滅する――が無くなった訳だ。その意味では朗報といえたが、死ぬことで元の世界に復帰するという望みが絶たれたことも意味した。


 ヒルヒメ達がこの復活に気が付いたのは、二日目の夕方のことだった。

 初めての戦闘の帰りにナカスの街を歩いていると、一人のプレイヤーが突然に街の衛兵に襲いかかったのだ。街中であるにもかかわらず。

 非戦闘地域の衛兵に直接攻撃を仕掛けるのはどう考えても自殺行為だった。……きっと、その彼は本当に死を望んでいたのだろう。

 瞬く間に、彼の身体は衛兵の巨大な剣に刺し貫かれて息絶えていた。数分後、その身体が光を放って消えたのを確認したヒルヒメ達は、もしかしたら、とそのまま神殿へと向かった。そして、そこで彼が復活するのを目撃した。

 そのプレイヤーは虚脱したような顔で座り込んでいたが、復活するのは間違いないらしい。


 味気ない食事と復活する死。


 これらのことから判るのは、どう控えめに言ってもここがひどく矛盾して歪んだ世界だということだ。

 この世界は一見すると〈エルダー・テイル〉のゲーム世界を忠実に現実化しているように思える。〈エルダー・テイル〉の仕様のほとんどが再現されているからだ。

 しかし、そのせいで実際に肉体を持って過ごす場所としてこの世界はひどい矛盾を抱え込んでしまったようだ。


 〈ナカスの街〉では死んだ顔で食事を口にする者や虚脱した様子で立ち上がらない者で溢れていた。


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