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ナインテイルより愛を込めて。  作者: 檸檬飴
異世界の始まり
4/18


 広間に向かう廊下を二人で歩く。ミシリ、とツキヨミの足元で床板の軋む音がした。


「やっぱり、建物も本物なのかなぁ」


「そうなのでしょうね。まあ今ここで床板が抜けてもらうと困りますし」


 振り返らず、足も止めずにツキヨミは返す。

 それもそうかとヒルヒメは思い直した。自身が今身にまとっている衣類もきっと本物なのだ。何でもかんでも疑ったら気が持たない。


 初夏のような瑞々しい空気のにおいは間違いなく本物だ。少なくとも、ヒルヒメはそう感じている。温かい気温も、回廊から見える中庭の景色も、きっと本物。

 そうなると、やはり建物も本物なのだ。


「綺麗だね、ここの景色も」


「そうですか。……貴女はそのまま、いつまでも穏やかな貴女でいて下さいね」

「? うん」


 零した言葉にツキヨミは小さく笑う。よく分からないがヒルヒメは頷いておいた。


「あ、ヒメ、ツキヨミさん、こっちだよ!」


 回廊を抜けるとシイナが待っていた。シイナはドワーフの〈施療神官〉(クレリック)である。だが、サブ職業が〈祈り手〉なのでヒルヒメやツキヨミと同様に和装だ。

 シイナはドワーフの女性らしく、低身長で愛らしい顔付きをしている。そこに人懐っこい笑みを浮かべていた。


「シイナ! よかった、無事だったんだね」

「ヒメの方こそ! ツキヨミさんに守ってもらったんだって?」


 ヒルヒメはシイナに駆け寄り、互いの手を合わせたり嬉しさを隠し切れないのかぴょんぴょん跳ねたりする。同窓会で再会した友人同士のようだ、とツキヨミは小さく息を吐くがそれは呆れと言うよりは微笑ましさを含んだ。

 実際、ヒルヒメとシイナはリアルでも同級生である。なのでお互いの無事が確認できて本当に安堵している様子だった。


「シイナさん。もしや案内役なのでは。ならば、広間にまで案内して下さいませんか」


「あ、そうだった」


 は、とシイナは動きを止める。「広くて大変だろうから」と黄泉津に頼まれたらしい。またシイナはヒルヒメとツキヨミとも交流がある。だからこその人選なのだろう。


 障子の並ぶ廊下を進んで角を曲がり、(ふすま)の並ぶ場所に着いた。


「ここだよー」


 そうシイナが声を掛け、一拍後にその襖が一つスライドする。


「待ってたわ。早くこちらに来て頂戴」

「としみちゃん!」「大市って呼びなさいよ」


 襖を開けたのは大市。狐尾族の〈森呪遣い〉(ドルイド)だ。シイナと同様にヒルヒメとリアルでの同級生である。そして、サブ職業が〈祈り手〉なので同様に和装だ。

 すらりと背が高く、冷静で冷ややかな美人。だがその美しい顔の上に狐尾族らしく狐の耳がにょっきりと生えていた。尻尾の方は消しているらしい。美しさと可愛らしさが合わさった感じだな、とヒルヒメは一人納得する。


「もしかしてウケモチさんも居る?」


「当然にね。貴女の結婚式に来ていたでしょう」


 ヒルヒメの問いかけに大市は肯定した。ギルドメンバーの大半は結婚式に居たし、話によるとログインしていたメンバーは全員このギルドキャッスル内に揃っているらしいので当然の話か、と思い直す。


「そっか。……パーティメンバーはみんな揃っちゃったね」


「ある意味、それは幸運でしょうね」


 肩を落としたヒルヒメに大市は冷静に返した。ヒルヒメとツキヨミ、タケハヤ、シイナ、大市とウケモチ。この6名でいつもパーティを組んでいるのだ。〈やおよろず〉第一部隊と呼ばれている。

 火力の高いタケハヤとツキヨミをヒルヒメ達が援護をする、生き残り重視型のパーティである。


「だって。全く知らない相手じゃなくて、動きの癖を知ってる人達が一緒なんだから」


 きっと、この世界に巻き込まれた人の中にはいつも一緒にパーティを組むようなメンバーが揃わなかった人達もいる。そう考えると、パーティメンバーが揃った自分達は本当に幸運だったのだ。


×


 広間にはギルドメンバーが揃っていた。襖をとっぱらったり小さな台の(ぜん)を置いたりしていて、まるで宴会場のようだった。


「さあ、座って」


 ギルドマスターの伊舎那に勧められ、空いている席に座る。ツキヨミはタケハヤの隣に座った。ヒルヒメの向かい側である。

 ヒルヒメの横に案内役のシイナが座り、その隣に襖を閉めた大市が座る。その際にタケハヤの隣の席が空いていることに気付いた。周囲を見回すとウケモチが居なかったので、きっとそこに座るのだろう。


 ギルド〈やおよろず〉はこの騒ぎに巻き込まれたのは32人で、全員がナカスの街に居たそうだ。ヒルヒメとツキヨミの結婚式のために主なログイン勢はほぼフルメンバーで、結婚式に参加していなかったタケハヤや数名も揃っている。

 このギルドは基本的には戦闘の援助を行う戦闘系ギルドに分類されるが、職人の援助を行う生産系ギルドの要素も持っていた。


 〈エルダー・テイル〉には様々なサブ職業が存在する。その中の生産系サブ職業による、アイテム作成を行なうプレイヤーを『職人』などと呼ぶ。その職人達のために素材の一括購入や倉庫での管理などをギルドが行なっており、〈やおよろず〉は数名の職人のメンバーを抱えているのだ。


 職人達は自ギルドのプレイヤー達のアイテムを強力にするため居た。だが職人のメンバーの要望に合わせて材料をかき集めたり販売したりもしている。

 また、〈やおよろず〉は基本的にイベントに関連する戦闘を行うギルドで、イベントアイテムだけなら豊富に揃っていた。だから、以前行われた〈ジューンブライド〉イベントのアイテムを揃えることができたのだ。

 本気目の戦闘は攻略サイトを見ながら、ぼちぼちでやっている。ツキヨミやタケハヤのような戦闘重視の者は個人で外部のプレイヤーと野良パーティーを組んで大規模戦闘(レイド)に挑むこともあった。


 ヒルヒメは目の前に置かれた膳に視線を向ける。小さな平皿が乗せられており、その上にはおにぎりが二つと緑茶らしきものが湯呑みに入っていた。双方共にできたてらしく湯気が立ち昇っており、実に美味しそうだ。

 お茶請けにしては不思議な組み合わせだ、と思いながら待つ。


「さて。では全員が揃ったので一度挨拶……の前に。ウケモチから言いたいことがあるらしいよ」


 そう伊舎那が全員に通達する。何だろうと周囲が小さく細波(さざなみ)のように小さく騒いた。

 ウケモチは〈やおよろず〉内では滅多に発言しないタイプだからだ。それに、いつも文字のチャットでしか話さないし、パーティを組んだ時でさえも必要最低限しか会話をしない。そんなウケモチが自ら話があるというなど、大変に珍しいことだった。


 襖が開き、一人が部屋に入ってくる。ウケモチだ。

 さらさらのストレートロングの髪に、〈神祇官〉(カンナギ)らしい和装。法儀族だからか、顔の半分以上が淡い紋様に覆われている。だが、それでも非常に愛らしい顔付きであると容易に分かった。すごい美人さんだったんだな、と少しズレたことをヒルヒメは関心する。


 そして皆が見守る中、ウケモチは口を開いた。


「この世界、食べ物が絶望的に美味しくない」


 程よく低い声だ。どうやら男性だったらしい。一同は一旦それに驚くも、彼の発した『食べ物が絶望的に美味しくない』という発言の内容に首を傾げる。


「そこに置いてある『おにぎり』。自分達から見て右側の方、まずは食べてみて」


 言われて、周囲は恐る恐るおにぎりを口に運ぶ。ヒルヒメも温かいおにぎりを口に運んだ。

 だが。


「わ、……なにこれ」


 なんだか妙な味がした。

 強いて言えば、ふやけた煎餅のような。何というか不味くはなかったが微妙な味だ。

 そして、数名が『お茶』を口にしたようで、そこでまた()せる。


「……ただの、お湯?」


 それを口にしてみて、ヒルヒメは周囲の反応の理由を悟る。

 明らかにお茶の色合いをしているのに、味が無かったのだ。香りも全く無い。

 戸惑っていると、手に残った『おにぎり』の中に何かが入っていることに気付く。赤っぽい色合いのそれ。おにぎりの中に入っているそれは間違いなく、梅干しだった。

 だというのに、梅干しの味がしない。


「わかる? これ、『メニュー』から操作して作った『梅おにぎり』。どんな食料も、『メニュー』から調理して作るとこうなる」


 言われて、衝撃を受ける。もう一口、ヒルヒメは口に運んだ。


「でも、まあいけなくはない」

「まあいけますね」


ヒルヒメとツキヨミは呟くが、周囲は微妙な反応だ。ツキヨミと味覚が似ているらしいと妙なところでヒルヒメは嬉しくなる。だがそういう場合では無いのだろう。


「この世界、多分食べ物の材料は豊富にある。だから、飢えることはない」


 だけれど、『食の楽しみがない』。そういうことだろうか。

 ヒルヒメは少なくとも飢えることはないのか、と少し安堵する。そもそも、腹が減ること自体まだ気付いていなかったが。

 お湯を飲んで、少し喉が渇いていたらしいことに今更気付いた。なので、きっと空腹にもなるのだ。


「でも、残った方。左側の『おにぎり』、食べてみて」


 『メニューから作った料理なら同じ味になる』と先ほど言われたばかりなのに何だろうか、と首を傾げた。周囲も同様の疑問を持っていた様子で、訝しみながらそれを口にする。


「……あれ」


 明確に『塩味』があった。そしてふっくらした米の食感と香り。食べ進めていくと昆布を砂糖と醤油で甘く煮たものの味がする。甘じょっぱい味が良いアクセントだ。

 先ほど口にしたおにぎりと比べると、圧倒的に美味しい。


「そっちは、ボクが『直接』、『コンロや手などを使用して』作ったおにぎりだ」


 驚く周囲をよそに、ウケモチは淡々と説明を続ける。


「つまり。メニューを使うと味気ない料理になるけど、リアルと同様に普通に調理すれば味のある料理はできる。そういうお知らせ。あと、さっきギルドマスターに調理を手伝わせたんだけど、食材を火にかけた途端に炭化した謎の物体になった。当然、食べられない」


 「おかげで食材がいくつか無駄になった」と不満気なウケモチが、ちら、と伊舎那に視線を向けると彼は「不可抗力です」と言いた気に肩を竦めた。


「多分、ボクは〈料理人〉だから料理ができるけど、他の人は料理ができないみたいだ」


「……というお話だそうだよ」


 伊舎那が言葉を締める。全てを言い切って満足したのか、ウケモチはそのままタケハヤの横の空いた席に向かった。周囲は「ふーん」と言いた気に大した反応は示さなかったが、ツキヨミとタケハヤは少し険しい表情をしている。

 味のある食事をしたい場合、ウケモチに頼む必要があるんだな、とヒルヒメは頷いた。


「じゃあ。これから本題に入ろうか」


 伊舎那はギルドメンバー達に声をかける。ウケモチの話はおまけだったらしい。おまけとして処理するにはかなり大きな内容だったような気がするのだが、周囲はあっさりと流しているのでヒルヒメもそれに合わせるしかなかった。


「まずは、みんなが無事に集まってくれて本当によかった」


 穏やかな声だった。ツキヨミが告げた『犯罪を起こしても誰も裁く人がいない』との言葉を考えると、何が起こってもおかしくないこの世界でログインしていたギルドメンバーが全員揃ったこの状況は大変に幸運だったのだと思える。


「とにかく、僕達は異世界にきてしまった訳だけれど、多分数万人の日本人が居る。海外サーバの連中も居るとすれば、数十万人。境遇が同じ連中がこれだけ居るなんて、最悪からはほど遠いだろう?」


 確かに、この世界には〈やおよろず〉のギルドメンバー以外にも沢山の人達が居た。そう考えると、少なくとも孤独ではない。


「言葉も通じるし、手持ちの財産も多少はある。こんな風に異世界にほぼ身一つで投げ出された直後に、こうやって部屋の中で話してられるのが最悪から程遠いその証拠だ。無人島に島流しだったら、まずは棲家を作るところから始まるからね。このギルドキャッスルがあって本当に助かった」


 確かに孤独ではないし、その上ほぼ見知った人達に囲まれている。屋根のある建物の中に入れているし、少なくともギルドキャッスル内には食料が保存されているのだ。だから、しばらくは食べ物に飢える心配もない。


「あと、まだ確認した訳じゃないけど、僕達は体力もキャラクター次第で強化されてるだろうし、魔法や剣技だって使える。つまり、この世界で生き抜く力は最低限は備わってることになる。だから、異世界漂流や次元島流しの古典的ファンタジーに比べて、僕達は相当に恵まれてる」


 そうギルドマスターの伊舎那はメンバー達に告げる。唐突に異世界に移動してしまった訳だけれど、確かにいわれてみればその通りだ。どうやら物事を悲観的に見過ぎていて、素直に受け取れなくなっていたらしい。


「そして。僕達〈やおよろず〉は、メンバーである君達全員に、なるべく快適に過ごせるような環境を提供するつもりでいる。そこだけは理解してほしい」


 真剣な声色で、それはギルドマスターの伊舎那が心の底からそう思っていると真摯に伝える。優しい人だな、とヒルヒメは思った。だって、そうでなければギルドマスターの権限を使って自分だけが快適に過ごすような命令も下せたはずだからだ。

 こんな何が起こるか分からない時に集団から離脱しようとする者はそう居ない。だから、ギルドマスターに搾取されようとも逃げられないのだ。伊舎那もそれくらいは思いついているはずだ。だが、彼はそんな命令は下さなかった。


「だけれど。その環境の提供は、君達の協力がなければ成り立たないものだと考えている。例えば食事が欲しい時は、何らかの方法で食材を調達しなければならないし、必要があれば調理の手伝いをする必要がある。それくらいは分かるだろう?」


周囲は頷く。ヒルヒメもそうだと思ったので頷いた。


「生活をすれば、必ず汚れが出る。この場合、ゴミとか脱いだ服とかそういうものだけれど。……簡単に言えば、みんなが快適に過ごすために役割分担とか決めたいと思います。異論がある人挙手!」


周囲は少し騒ついただけで、異論を唱える者は居なかった。


「おっけい。みんな良い子だね、安心した。食事当番は当分はウケモチが担当するとして……食料調達とゴミ掃除はルーティンにしたほうがいいかな?」


ちら、と伊舎那は黄泉津に視線を配る。彼女は頷き「当番表とか作るからね」と周囲に声を掛けた。


「あとね、トイレとお風呂はオブジェクト(そういう形)なだけで機能しないっぽい。使用前に確認したから間違いはない。そこんとこ覚悟しといてね……ってことで。まずは生活環境整えるためにトイレ関連の設備整えるぞー。あと女子は身支度に必要な設備色々提案しといて。男子じゃ分からないことも多いと思うし。男子でも提案あったらよろしく」


 ……ということで、ギルドキャッスルの庭の一角に(かわや)ができたのだった。ギルドメンバー総出で穴を掘って立板や壁などを作り、何とかそれっぽいものができた。

 それに、昔あったスーパーモチーフのイベントのレシピでトイレットペーパー(12ロール)のオブジェクト設計図があったため、材料さえあればトイレットペーパーには困らないで済んだ。その他、細かい生活用品の設計図もあったためティッシュやゴミ箱もできたのだった。


 このあと、この厠を巡って一騒動起こる。隠してもしょうがないので簡潔に述べると、糞尿の臭いにキレた一名の〈施術神官〉がそこに〈ジャッジメントレイ〉を放った。すると、トイレ設備は破壊されずに糞尿だけが綺麗さっぱり除去されたのだ。その結果、トイレ処理は〈施術神官〉の仕事になったのだった。

 ついでに言うとトイレの細かい汚れもそれで綺麗さっぱり除去できるらしい。汲み取り役なのでトイレ以外の掃除やその他調達などの仕事は免除された。「ウンコって敵扱いだったのか?」とタケハヤは呆れ混じりに呟いたそうだ。


 風呂に関しては、しばらくは水のシャワーで我慢してくれ、と言う話になる。不満気な者は居たが、それはそれで仕方のない話か、と渋々ながら納得してくれた様子だった。


×


「ギルドマスターって異世界とか漂流記系の話に強かったんだね」


「サバイバル関連の知識も高そうでしたよ」


 広間で行われた、宴会のようなものはあっさり終わりを告げた。(かわや)(トイレ)の制作や風呂の設備管理を行うためだ。そしてそれらが終わった後は自由時間となる。

 だが外はもう夕暮れになっており、今から外に出てもモンスター達の危険度が上がっていそうだった。なので「今日はみんな一旦ギルドキャッスルに待機ね。お風呂の時間とかも決めなきゃだし」とギルドマスターに止められていたのだった。

 風呂については女子を早めの時間にして男子がその後、と言う順序になった。それ以外の時間での入浴は許可を取るかきっちり鍵を閉めること、だそうだ。朝風呂派の者達は早い者勝ちになるのだろうか。


 今はメンバー全員の入浴を済ませており、夕食待ちの時間帯だった。夕食は〈料理人〉のウケモチが作るので味は付いているだろうが、彼一人で作るだろうから大変そうだ。

 ちなみに他のメンバーも「手伝おうか」と願い出たが「20レベル以上の〈料理人〉か〈見習い徒弟〉になってから出直しな」と素気無く言われたらしい。


「ギルドマスターって何者なんだろ」

「考えてもしょうがないでしょう。直接聞きに行きますか?」


 ヒルヒメとツキヨミは部屋に戻ってもすることが特にないから、と二人でギルドキャッスル内を探索がてら暇つぶしである。実際、探索しているのはヒルヒメだけでツキヨミはただヒルヒメに付き合っているだけかもしれないが。


「わざわざ聞きに行くレベルじゃないな」

「そうですか」


 宴会場を抜けると調理場らしき場所に出る。たちまち夕飯準備をしているらしい、良い匂いが漂ってきた。そこではきっとウケモチが一生懸命に32名分の夕食を作っているのだろう。邪魔にならないうちに通り抜けた。

 調理場の先には玄関とは別の出入り口がある。きっとこちらは勝手口なのだ。外で購入した食材などを直接的に調理場周辺に届けることができるだろう。


「これからどうしようね」


 困った笑いが溢れる。ツキヨミを振り返ると顎に手を遣り真剣に考え込んでいる様子だった。


「当分は仲間の連絡を密にして、混乱を避けるのに集中すべきかと思います」


 ツキヨミは至極冷静な判断を述べる。ヒルヒメもその意見には賛成だ。あまり遠い先のことは考えずに今できることをやらないと“飲み込まれる”。それがヒルヒメ達の持っている印象だった。


「しばらく寝泊まりは……少々窮屈ですが、集団で行なった方が良いと思います。野営をしている場合ではない」

「そうだねぇ」


 ヒルヒメは大学時代まで実家で暮らしていたので集団生活には慣れている。だが他のメンバー達はどうなのだろう。話によるとツキヨミは随分と早い段階から一人暮らしで、集団での生活は久しぶりだと告げていた。何らかのストレスを抱え込んでしまわないか心配である。


「ギルドキャッスル内に居たら安全……なんだよね?」


「恐らくは。ギルドメンバー以外の出入りは禁じているそうですから」


「そうなんだね」


「……他の細かい色々に関しては、ギルドメンバーを信じるしかないでしょうね」


 実際、個人の財産は個人の鞄の中にあったりや銀行などに預けていたりするので、そう簡単に奪われるようなことはそうないだろう。それに今まで共に過ごしてきたギルドのメンバーが盗みやら何かよからぬことを働くなど、想像はしたくないものだ。


「とりあえず、身を守る事が優先でしょうね」


「それも、ギルドキャッスルの中にいたら大丈夫だよね」


「大抵は。しかし、私達は材料調達に出かける必要があります。〈エルダー・テイル〉でやってきていたように、主な材料調達は採取かモンスター討伐になるでしょう」


「そう? プレイヤーの人達や〈大地人〉がマーケットで売ってる材料とかじゃ駄目かな」


「駄目でしょうね。恐らく、もうじきアイテムの引き上げ等が始まります。何が起こるかわからない状況で己の財産を喜んで手放す者など、よっぽどのお人好しでしょうから」


 マーケットというのは、大規模都市にある特定ノンプレイヤーキャラクターが提供しているサービスだ。プレイヤーは特定のノンプレイヤーキャラクターに、自分の持っているアイテムを預け価格を設定することで手持ちのアイテムを自由に販売することが出来る。

 プレイヤー間の商取引には多くのやり方があるが、生産アイテムや余剰アイテムを(さば)くだけならマーケットは非常に便利な機能だ。


「それに。今はこういう状況なので、古いアイテムであっても、価値が激変する可能性があります。何か新しい効果が加わっていたり、今までにない使い方が発見されたりする可能性もあります。財産がそれなりに手元にある場合、一旦アイテム販売は様子見をした方が良いでしょう」


「そっか。武器以外の薬品とかそう言うやつね」


「武器も、レアな物は手元に置いていても良いかもしれませんね。……それから、私達はもうWebは見られません」


 「そうだね」ヒルヒメは頷く。


 〈エルダー・テイル〉をゲームとして遊んでいたとき、ヒルヒメ達の身体はモニターの前にあった。だからヒルヒメ達は気軽にゲームをしながら、インターネットをすることが出来た。むしろそのスタイルでプレイするのが普通だ。

 〈エルダー・テイル〉の世界は広大で、信じられないほどの複雑さを持ったゲームである。その情報量は一人のプレイヤーが把握しきれる分量ではない。


 そんなプレイヤー達を助けていたのが数多い攻略サイトだった。

 あちこちのゾーンの地図や特徴、接続の経路、出現モンスター、アイテム、何処に行けばどんなノンプレイヤーキャラクターがいるのか。

 それらの情報を見ながらプレイするのは、むしろ〈エルダー・テイル〉においては当たり前だった。

 無論、攻略サイトも万能とはほど遠かったが、それでも人気が高いエリアや効率が良いとされる稼ぎ場所については記載されていることも多かった。

 そして、『絶対に近寄るべきではない危険な場所』についても。


「これから、情報はすごく大事になるでしょう。新拡張パックのこと、覚えてますよね?」

「〈ノウアスフィアの開墾〉だね」


 12番目の拡張パック。それは〈エルダー・テイル〉をプレイしていた者達にとって、楽しみに待ち侘びていたものだった。


「ええ、それで追加されるゾーンだけでなく、今まであったゾーンや街についても……恐らくは情報が必要です。『ちょっと迷ったから攻略サイトを見よう』なんてことは、もう出来ないので」

「そうだよね……」


 しばらく歩いていると、障子と違う硝子の引き戸が並ぶ場所に出る。個人部屋の密集する場所だ。

 今のままでは壁が薄いので、いつか防音設備を整えたいとギルドマスターの伊舎那が告げていた。その他にも、場合によっては部屋の移動があるかもしれない、とも。ゲームの中だけならば分からなかった人間性の相性も、共同生活を重ねるうちに現れるかもしれないから、だそうだ。


 引き戸の並ぶ廊下を歩くと、各部屋から何かしらの生活音らしきものがわずかに聞こえていた。仲間同士で話し合う声だとか、武器や道具の手入れをする音だとか。引き戸の硝子の部分から光が漏れているので、中に居ることが分かる。


 だが、しばらく歩いているうちに灯りのない部屋がちらほら見えてきた。そこはログインしていないギルドメンバーの部屋だ。


「この部屋の子、随分と長い間ログインしてない子なんだよね……」


 引き戸に下がっている味気ない名札を見、ヒルヒメは呟く。この部屋に住んでいたプレイヤーは、以前はかなり積極的に活動していた。だが、ある時突然ログインしなくなったのだ。


「リアルの方が忙しくなったのかな……」


「単に飽きただけ、と言うものもありますが」


「そうかもね」


 しんみりとしたヒルヒメにツキヨミが冷淡に返す。だが、個人の事情は他者には分からないものだ。考えるだけ無駄だとツキヨミは言いた気だった。


 このギルドキャッスルには2階もあるお陰で50名程度が寝泊まりできる空間はどうにかあるが、それ以上となると難しくなる。「そろそろメンバー整理しておかなきゃなぁ」と以前ギルドマスターの伊舎那が呟いていたことを思い出した。


「メンバー整理とかして人の数を調整したら、ここの部屋とかなくなっちゃうのかなぁ」


「そうだったら少し寂しくなるかも」とヒルヒメは呟く。この部屋の持ち主とは何度か一緒にパーティを組んだ記憶があったからだ。だが、このギルドに入ってからすぐに活動しなくなった子なども見かけているのでまあ仕方ないか、とも思う。


「貴女はそう考えるのですね。所詮はゲームだというのに」


 ツキヨミは何とも思っていない様子で呟いた。現実の付き合いではないのだから考える必要はない。それは確かにそうだ。きっとタケハヤも同じようなことを言うだろうな、とヒルヒメは思う。


「でもきみだってその『所詮はゲーム』に、上位ランカーになるまで努力してるよね」


「……そうですねぇ」


 ヒルヒメがじっとりとした視線を向けると、ツキヨミは視線を逸らした。


 と。


「あ、居た。おーい、ヒメ、ツキヨミさん。やっと見つけたー」


 とたとた、と小走りでシイナが後ろから追いかける。どうやらヒルヒメとツキヨミの二人を探していたらしい。ヒルヒメとツキヨミの二人は足を止めて振り返る。


「そろそろ夕ご飯できるみたいだよ。それと夕飯が終わったら、第一部隊のみんなで相談だって」


「第一部隊のみんなで? なんだろう」


「ギルドマスターからですか?」


「うん、そう。あと、ウケモチさんの調理道具の手入れのお手伝いもやってってさ」


「わかった。ご飯のお世話になってるから、それくらいは大丈夫だよ! ね、ツキヨミさん」


「ええ、やぶさかではありません」


 広間に行きすがら詳細を聞くと、同じ第一部隊であるウケモチが第一部隊での相談の打診があった際に「相談に参加する代わりに手伝わせて」と指定したらしい。シイナと大市はヒルヒメとツキヨミと同様にそれを受け入れた。だが、まだタケハヤにはその話をしていないそうだ。


「今から言いに行くの。多分、二人が参加するならやってくれそうだと思うんだけど……」


×


「分かったよ。やりゃ良いんだろ」


 面倒そうにしながらも、タケハヤは提案を飲んだ。


「思いの外あっさり」

「俺を何だと思ってんだ。リアルじゃ兄弟世話してたんだぞ。家事力舐めんな」


 驚くシイナにタケハヤは些か拗ねた様子で顔をしかめる。


「兄弟達はみんなもう一人立ちしてるから気にすることでもねェよ」


とも付け足した。

 こんな状況になって、兄弟達の世話は大丈夫なのかと思ったそれを察したらしい。


 それからヒルヒメ達四人は広間へと向かった。

 シイナが他の部屋のギルドメンバー達にも「もうすぐ、あと5分くらいでご飯の時間だからねー!」と声をかけていたので、数名のメンバーとも一緒だ。


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