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ナインテイルより愛を込めて。  作者: 檸檬飴
異世界の始まり
3/18


 その後、ギルドキャッスルに向かう前に一度街を一通り見ておこう、と言う話になった。

 話し合っては見たものの、結局は根本的に情報が足りないことに変わりはない。きっとこのままだと他のギルドメンバーも同様だろうと容易に想像できた。

 とにかく、二人は少しでも情報が欲しかった。〈エルダー・テイル〉をプレイしていたときは当たり前だったことでも、いまやそれが通用するかなど判らないからだ。


 念のためにとヒルヒメはツキヨミとパーティーを組む。

 パーティーとは〈エルダー・テイル〉のコミュニケーション機能のひとつで、主に一緒に戦闘を行うチームのことを指す。ギルドと違いパーティーは臨時の関係で、大抵は誰とでも組める。

 このパーティーを組んだ状態になるとお互いのHPや状態異常の確認が出来るし、同じゾーンにいればお互いの存在の方向と距離が判る。


 実際、二人が薬指に着けている結婚指輪(マリッジ・リング)さえあれば、対の相手の元へ一瞬で向かうことができる。だがHPやステータスの異常は分からないので、もしものことを考え組んだのだ。


「今の所、ステータスとしての異常は抱えていないようですね」

「それはそうでしょ。モンスターから攻撃食らった訳じゃないんだからさ」


 軽く言い合いながら街中を歩く。


「……ところで、『犯罪行為を誰も取り締まらない』ってどういうこと?」


 先程ツキヨミの告げた言葉をヒルヒメは問うた。


 ナカスの街は戦闘行為禁止区域だ。

 この街で戦闘行為をすれば、たとえ相手がノンプレイヤーキャラクターだろうと普通のプレイヤーだろうと、途端に街の警備兵が飛んできて、牢屋に強制転移させられる。仮に攻撃を仕掛ける相手が警備兵である場合、それは警備兵に対する反逆と見なされ、その場で対象は討伐される。


 つまり、『戦闘禁止区域で戦闘する違反を行うと罰が下る』。それならある程度の治安維持は行われるのでは、とヒルヒメは思ったのだ。


「戦闘禁止区域で戦闘すると牢屋へ転移させられる、あるいは警備兵に討伐されるそれは、『そういう事象』であって、法律ではありません」


 きっぱりとツキヨミは言い切った。


「それは……そうなのかな」


 改めて言われると、それはそうなのか、と納得してしまった。そもそも法律とは国家の強制力を伴う社会規範のことである。この世界もとい日本サーバーの場合、『国家』というと日本サーバー丸ごとを表す〈弧状列島ヤマト〉ではなく、〈エルダー・テイル〉内で設定されていた五つの文化圏のことを指す……のだろうか。

 〈エルダー・テイル〉内で設定されていた日本サーバーの五つの文化圏は、現実世界でいう北海道〈エッゾ帝国〉、四国〈フォーランド公爵領〉、九州〈ナインテイル自治領〉。そのほか本州の東半分が〈自由都市同盟イースタル〉、西部が〈神聖皇国ウェストランデ〉である。


「つまり、各文化圏の法律に則った行動をすべきってこと?」

「それは多分〈大地人〉に限った話になると思いますよ」


 「法律とか知らないよ」と眉尻を下げたヒルヒメに、ツキヨミは冷静に返す。


 〈エルダー・テイル〉では街に住む人々などのプレイヤー以外のキャラクターが沢山いて、彼らはゲームシステム的にはノンプレイヤーキャラクター、ゲーム内世界的には〈大地人〉と呼ばれる。

 彼らの多くは店員として様々な物を売っていたり、ギルド登録所のようなサービス施設を受け持っていたりする。他にも話しかけると情報を教えてくれたり、クエストをくれたりするのだ。


「仮にプレイヤーであった私達に各文化圏の法律……が存在するかは分かりませんが。とにかく、それが適用されるならばゲームだった頃にも何かしらの干渉は起こったのでは」


「そうかも?」


 戦闘禁止区域で戦闘を行った際に現れる強い警備兵はレベルでいえば100のものも居るために、プレイヤーは抵抗することなど出来ない。

 その上、この街はモンスターの出現がない区域でもあるので、ゲームとしての〈エルダー・テイル〉の常識で云えば、ここは世界で最も安全なゾーンのひとつだということになる。


 警備兵が現れるそれと同様に、プレイヤー達に各文化圏の法律が適用されるのならば、ゲームだった頃から同程度の強制力を持った何かが起こるはずだったのだ、とツキヨミはいう。


「まあ不適切な発言や付きまとい行為などに運営が直接手を下すことはあったと思いますが、それは運営の権限であって、ゲーム自体のシステムではない」


「確かに、凍結や垢BANの話は聞いたことがあるかも」


 アカウントが凍結されたりアカウントがBANされて活動自体が停止させられたり、などは〈エルダー・テイル〉がゲームだった頃は時折起こった。BAN(バン)とは『禁止する』という意味を持ち、垢BANとはアカウント停止を意味する。

 だが、アカウントが凍結または停止させられるそれは、運営がゲームシステムの外から操作した結果であって、ゲームシステムがなんらかの作用を起こした結果ではない。


「それに。ゲームの世界では起こるはずのなかった犯罪に対して、この世界が対応していると思いますか。……例えば、恐喝とか」


「恐喝?」


「恐喝は言葉で行う脅しの行為です。つまりは剣技や魔法を使用する必要がないので、戦闘行為ではない」


 言われて、ヒルヒメはハッとする。


「ゲームだったら運営がどうにかしたかもしれない言葉の規制はここには存在しないし、システムに接触しない行為はなんでもやりたい放題ってこと?」


「その通り。ゲーム内で規制する必要がなかった犯罪といえば……物理的な接触に関わるものや誘拐、人身売買などでしょうか」


あっさりと肯定され、ヒルヒメはぞっとする。


 街を歩くと、夏の始まりのような、温かく水気を含んだような風が頬を撫でた。きっとこの風は街中に溢れている。呼吸をすれば湿った土の匂いがした。耳を澄ませば風にゆらされた葉や草達がさらさらと音を立てている。

 そんな穏やかな世界なのに、自分達は自力以外に身を守る術がない。また、何かが起こった際に助けてくれる組織も無い。


「だから言ったでしょう。『お互いが居るから安全という訳ではない』と」


「そんな残酷な現実知りたくなかったなぁ……」


 ツキヨミの腕に掴まりながら、ヒルヒメは肩を落とす。プレイヤー達は丈夫な身体を持っているが、このナカスで何かが起こった場合、その対象も十中八九プレイヤーなのだ。


 周囲の風景はあまりにも自然で、ヒルヒメは自分の中からこの世界がゲームと同じ世界だという意識が消えてゆくのを感じる。五感を通して感じられる世界は圧倒的に現実的で、異世界であるという感覚ばかりが強くなる。もはや、ゲームという感じは到底持てない。


 路地を進むと太い道路に出る。その角には沈黙するネオンや看板を掲げた店の残骸。広い河川に、周辺に並ぶ屋台群。

どの建物もツタに絡まれて、あるいはすでに建物は倒壊して巨大な古代樹にとって変わられている。

 そこに現実世界の中洲の賑やかな繁華街としての面影はない。


 色とりどりの看板や派手な電飾もそのままに砕けて、斜めにかしいだり、二つに折れたりして、ビルに寄り添うように巨大に成長した街路樹だっただろう植物の古木に支えられている。

 道路はすっかり土に浸食され、広い通りにはまだアスファルトが見える。だが狭い通りは全て湿った土と腐葉土、碧色の苔に覆われてあからさまに自然の姿をしていた。


 古代の時代から放置されたハイブリットカーは風化し塗装が剥げ、錆び付いてボロボロだ。その上から苔や雑草に覆われ、小動物の住処になっているらしい。

 そんな無残な姿さえも不思議と美しく、それでいて怖かった。古代の時代の者達が一生懸命作り上げたであろう景色は、生命力に溢れた色とりどりの緑に覆われてただの支えとなっている。自然の力には抗えないような、そんな雰囲気を感じたのだ。


 それから、広場に到着した。

 広場の周辺は雑多な建物を勝手に占拠して住み着いたプレイヤーやノンプレイヤーキャラクター達が作り上げた仮設の店舗や出店が並んでいる。その様はまるで南国の屋台のような雰囲気で、それはヒルヒメの知る〈エルダー・テイル〉の故郷、ナカスそのままの姿だった。


 いつも通りの〈エルダー・テイル〉の風景なら、広場にはプレイヤーがたむろしたり、手持ちのアイテムを他のプレイヤーに売りつけようと露天を開いていたりする。その他にも探索や戦闘に出掛けるための仲間と待ち合わせで時間をつぶす姿が見られる、それなりに活気のある場所だ。


 しかし、今こうして訪れてみると、そこにある雰囲気は当惑と混乱、そして錯綜する苛立ちだった。

 ざっと見回しただけでも数百人のプレイヤーがこの広場にいる。

 その上、広場を見下ろす廃ビルの中や、いくつもの狭い路地――もっといえば、崩れて使い物にならないはずの高架線の上からなど、あらゆる場所から人の気配を感じる。


 恐らく皆、何かしらの救いを求めて集まってきたのだ。

 もしかするとこの広場に運営サイドの人間が突然現われ、今回の事件のあらましを説明して「コレでイベントは終わりです。どうですスゴかったでしょう?」……などといってくれるのではないか。そんな希望を持って集まっているのだろう。


 その儚い希望を持ったプレイヤー達でさえも、広場に集まりきったりで他人と打ち解け合うのは怖いのだ。こうやって広場に出てきても、そこで交わされている会話の声はいつもよりずっと低い。

 何人かずつの少人数であちこちに集まり、周囲には警戒の視線を向けている人々が大勢いた。そしてときにはすすり泣きや、耐えかねたような怒声が漏れる。


 意識の有無は関係なく、皆も気が付いているに違いない。こんな状況では何が起きるか分からないということに。

 ヒルヒメはそう思うとわずかな落胆を覚える。


「(この人達、いつまで座り込んだままで過ごすつもりなんだろう……)」


 周囲を見回していると、何かをねだるような不幸を訴えるような視線を向けられた。思わずツキヨミの腕を掴む手に力が入る。


「大丈夫ですよ、ヒメ。私が側にいる限り手は出させません」


 ツキヨミの優しい声に顔を上げる。


「他者に施しをする優しさは、今は不要です。……だが大した情報も無さそうですね。さっさと出ましょうか。精神衛生上も宜しくない」


 ヒルヒメとしてもそこまで自分が繊細だとは思わないけれど、この雰囲気は彼の言葉通り精神衛生に悪そうだった。視界に映る人全てが陰鬱で不幸だと訴えている。あるいは苛立ち怒号を発していた。


「それに……私は苛立ちます。この状況に」


 低く、ツキヨミは呟く。見ると、彼は僅かに眉間が寄っていた。


「自ら立ちあがろうとせず、奇跡をねだるようなその姿が。……実に不快です」


「そう、なんだ」


 だが、ヒルヒメは周囲の光景に不思議と嫌悪感は抱かなかった。

 それは一歩違えば自分もそうなった可能性があると自覚があったからだ。


 ヒルヒメがいまこうやって積極的に動けているのも、最初の悲嘆をうやむやのうちに乗り切れたからだし、ツキヨミとの話し合いで落ち着きを貰ったおかげだということを、ヒルヒメは判っている。

 自分と周囲でうずくまっている人達の間に、そこまでの優劣が存在しないことも。


「うげ、バカップルじゃねぇか」


 唐突に声を上げたのは、一人の男性だった。さほど大きな声ではなかったが、暗い雰囲気で押し黙る人の多い広場では十分目立ってしまう。

 弾かれるようにヒルヒメは周囲を見回す。「ヒメ、向こうですよ」とツキヨミに耳打ちされ、指された方向を見た。


「わ、タケハヤだ……ってか、バカップルって何さ」


「無意識にイチャつく無自覚系バカップル」


 不機嫌そうに腕を組んでヒルヒメとツキヨミを睨むのは、タケハヤという名のプレイヤーだ。二人と同じ〈やおよろず〉のギルドメンバーだ。

 また、ナカスの街の上位ランカーであり、それなりに顔が知れている。また“多撃必倒”の二つ名を持っており、手数の多さで敵を圧倒する戦い方をするのだ。


「このクソ悲惨なご時世に、新郎新婦の格好して腕組んで歩き回ってるペアがバカップルじゃなきゃ何だって言うんだよ」

「しょうがないじゃん! 直前まで結婚式やってたんだからさ」

「マジでやったのかよ。ってかお前も賛同したのかよツキヨミ」

「ヒルヒメがやる気だったのでつい」

「乗っけから惚気るなよクソが」


 しれっとした顔でツキヨミが答え、タケハヤが唾を吐く。

 だが、これから何が起こるかも分からない中で明らかに新郎新婦の格好で歩き回っていた二人には否定材料が無かった。

 ぐぬぬ、とヒルヒメは口をへの字にするが、ツキヨミは大して気にした様子はない。


「しかし。真っ先に貴方に出会うとは……先に着替えておくべきでしたね」

「嫁を見せびらかして今更だろうがよ」

「とにかく。人目が少ないところに行こ、目立っちゃうよ」


 どんどん歩いて広場を離れ、何とか人目に付きにくい路地へと進む。後ろ暗い訳ではないけれど、あの広場の雰囲気は胃に悪かった。それに、これから話す相手のタケハヤはヒルヒメやツキヨミより顔が売れていることを考えても、周囲には気を付けたかったのだ。


「で。お前ら何やってんの? マジでバカップルやってた訳じゃ無ェんだろ」


「それは当然に。情報集めですよ」


「情報だァ? なんか収穫あったか? あんな場所で」


 苛立たしげな様子のタケハヤは〈武士〉(サムライ)だ。

 戦士系3職のうちのひとつ〈武士〉はその名が表すように、和風の戦士としてデザインされ、大鎧や刀など、オリエンタルな要素を持つ装備の扱いを得意とする前衛職だ。『自分が倒れる前に敵を倒す』という攻撃的スタイルの盾役で、威力の高い攻撃技を駆使して戦い大きなダメージを与えつつ同時に敵愾心を高める。そうして味方にヘイトが集まらないよう振る舞うのだ。


 戦士職は攻撃力は高いが回復能力をそう持たない。また、モンスターの前に自ら進んで出たりパーティの主戦力になったりと、性格としては前に出たがる者の方が多い。

 その例に漏れず、タケハヤは積極的な性格である。


 和風の装甲に太刀と打刀の二振りの刀を()くその姿はどう見ても(まさ)しく武士だ。狼牙族らしくがっしりした体型をしていた。美形なのは確かなのだが、やはりゲーム時代の造形には無かったやや精悍な顔つきに変わっている。


「収穫は無しです。期待通りの期待外れでしたね」


「だろうな。何も無ェだろうよ。ここにいるのは烏合の集だけだぜ。動けるヤツはもうとっくの内に動いてる。見回ったところギルメン達はここ周辺には居なさそうだし、多分、根城に集まってるぜ」


「じゃあさ、一旦ギルドキャッスルにいこう」


 ヒルヒメは二人をギルドキャッスルに誘う。

 誰も異論はなく、そこまで行けばとりあえずは安心だろうという話なので今度こそギルドキャッスルを目指して移動した。


 ヒルヒメ達の所属する〈やおよろず〉のギルドキャッスルはナカスの広場からやや外れた場所に位置する。恐らく古代の世界の邸宅だったものだ。それを綺麗にして改造を施して、現在の〈やおよろず〉のギルドキャッスルとなっているのだ。


 ギルド個人で持つギルドキャッスルおよびギルドハウスなど、ギルド会館やギルドホールを直接利用しないタイプの施設にはノンプレイヤーキャラクターは働いていない。だから、ギルド未所属の人間がギルドに所属する手続きをとったり、また逆に脱退する処理をしたりする事務作業などは離れた場所にあるギルド会館へ直接赴く必要がある。

 さらにギルド会館には銀行の支店があり、全てのプレイヤーはこのゲーム内銀行に口座を持ち、お金を預け入れたり、貴重品を預かってもらうことが出来る。だがギルド個人で持つギルドキャッスルにはそう言った機能はない。


 無いない尽くしのギルドキャッスルだが、〈やおよろず〉のメンバーの人数がギルドホールで貸し出してくれる31部屋よりも多いので仕方のない話だった。

 ギルドマスターやサブマスターは「好きな外観の建物に引っ越せる」とか「家から銀行や市役所に手続するのと似たようなものでしょ」と気にしていない。


 このギルドに残っている者もそのあたりを気にしていない者が大抵である。

 また、〈やおよろず〉はこのギルドキャッスルの維持のために月々の維持費として家賃の徴収も行われていた。


 大通りから外れて住宅らしき建物が並ぶゾーンへと入る。ここまでくると広場やその周辺の騒ぎなどはもう聞こえなかった。


×


「良かった! ヒメもヨミもタケもちゃんと無事だったーっ!」


 叫んだのはギルドマスターの伊舎那だった。種族はエルフで〈召喚術師〉(サモナー)である。〈カースブレイド〉というサブ職業に就いているが、理由は『なんかかっこいいから』である。今にも飛びかかってきそうな勢いだが、それを後ろの女性が服の後ろを掴んで制止させていた。


「ふーん。二人とも結婚衣装(その格好)なんだ。元の衣装には戻らないの?」


 問うたのはサブマスターの黄泉津だ。エルフの女性の〈武闘家〉(モンク)で〈会計士〉をしている。〈会計士〉は特殊な計算機能を使用できる、銀行の利用に恩恵が得られるといった、一風変わった特徴を持つ。黄泉津はギルド施設維持におけるメンバーの経済的な負担を減らすべく選んだらしい。


「ギルドマスター、邪魔ですよ」


 玄関扉をくぐりながらツキヨミは鬱陶しそうに答える。高身長のためか、少し窮屈そうだ。続いてヒルヒメとタケハヤも玄関内に上がる。


「元の服に着替える場所が無くて……」


えへへ、と苦笑いで受け流す。改めて指摘されると恥ずかしい恰好である。


「靴脱げる?」

「何とか」


 黄泉津に問われて邸宅内は土足厳禁らしいと悟る。ゲームの頃はギルドキャッスルに入る際に靴を脱ぐだとかどうとかそのような動作は必要としていなかった。それは当然の話だが、この〈やおよろず〉の邸宅は土足厳禁、という仕様らしい。


「緊急事態に咄嗟(とっさ)に外に出るとか少し難しくなるかもだけど、やっぱりギルドキャッスル内は綺麗に保ちたいでしょ」


と伊舎那は少し申し訳なさそうに答えた。だが、ギルドマスターである伊舎那が『そうである』と決めたのならば、それに従うのはギルドメンバーの勤めだろう。それが嫌ならばギルドから脱退すればいいだけの話なのだから。

 それにヒルヒメ自身もギルドキャッスル内が綺麗に保たれるのならば、靴を脱ぐ程度の手間くらい平気である。現実世界でだって自宅内では靴を脱いでいたのだ。その場所が異世界に変わった程度だろう。


 ツキヨミも大して気にしていない様子で靴を脱ぐ。タケハヤも少々面倒そうにしていたが素直に靴を脱いだ。


 周囲を見るとギルドメンバーの物らしき靴達が靴箱やそこいらに置かれている。その数を見るに、30人近くはこの邸宅内にいるらしいと分かった。


「もしかしてみんないる?」


「結婚式に参加していた子達はみんなね。タケハヤみたく不参加だった子もいるし、多分ログインしていた子はみんないるよ。リストは確認してるから漏れはないはず」


「そーそー、キミ達が最後。とにかく上がってよ」


ヒルヒメの問いかけに黄泉津と伊舎那は肯定する。

 どうにか靴を脱いだ三人はようやくギルドキャッスル内に上がり込んだのである。


 玄関を抜けると長い廊下がある。その先は回廊になっているようで、中庭らしきものも見えた。

 回廊になっている箇所には障子が並び、他のギルドメンバーの部屋やその他施設の方に繋がっているのだろうと容易に想像ができる。


「やっぱり、ゲームで見た通りだなぁ」


「そりゃそうだよ。皆も……ちょっと違うけど、ゲーム通りの姿しているんだからさ。というか、違ったらそれはそれで怖くない?」


 周囲を見回すヒルヒメに伊舎那は頷く。

 ゲームと違うところ、というとかなりありそうな気がするのだが、それは口にしないでおいた。


「とりあえず、一旦着替えて来な」


 そう黄泉津に勧められ、ヒルヒメとツキヨミは一旦ギルドキャッスル内の自室へと戻る。


 ヒルヒメの部屋は和風モダンを基調としたシンプルな部屋である。――まあ〈やおよろず〉のギルドキャッスル全体としてそのようなデザインなのだが。

 その中でヒルヒメは白木を使った家具を主に置いている。机やベッド、クローゼットなどだ。他にも布の飾りとして茜色のものや白い布などを使用している。

 ちなみにこれを白木を黒い木、茜色の箇所を紺色にしたものがツキヨミの部屋にある。細かい装飾は違うが、主な家具のデザインは一緒だ。


 一通りの家具はギルドマスターやサブマスターが「それっぽいから」といった理由でもれなく全員にプレゼントしてくれたものであり、言ってしまえば他のギルドメンバーともお揃いになる。だが、部屋にこだわるメンバーはそういった家具達は改造あるいは作り替えており、オリジナリティあふれるデザインにしていた。他にも、そもそも家具を配置しないメンバーも居る。タケハヤがそうである。一応家具達は分解したり売ったりせずに手元に置いているらしいが、「地味に邪魔」だと言っていた。それでも分解したり壊したりしないのは、ギルドマスターやサブマスターへの敬意などがあるからかも知れない。


 どうにかこうにかヒルヒメはドレスを脱いでクローゼットに仕舞い込む。そうして元々の装備に着替え直す。


「わ、これってどうやって着るんだろ……」


 ヒルヒメは〈吟遊詩人〉だが元々の装備はサブ職業〈符術師〉に合わせて和装である。もっと簡単にいえば少し装飾の多い巫女服(のようなもの)であり、現実のヒルヒメが着慣れていた洋服ではない。「何とかなるか」と半分投げやりにその服を身に付け始めた。


『ヒルヒメ。大丈夫ですか』


 それから数分後。

 扉の向こうからツキヨミの声がした。きっと彼はもう着替え終えているのだ。


「えっと、わかんない」


 思いの外に小さな声が出た。一応服は着替え終えたのだがこれが正しいのか全く自信がないのだ。


『……入っても宜しいか』


 少し呆れ混じりの声が聞こえた。


「……うん」


 異性にコスプレじみたこの格好を見られるのか、と思うと少し恥ずかしくなるが、これと結婚衣装ウェディング・コスチューム以外に服がないのだ。諦めた。

 ヒルヒメが頷くと同時に扉が開かれた。そこにはゲームで見たことのあるツキヨミが立っている。


 彼は〈暗殺者〉だがサブ職業〈星詠み〉のおかげか黒い狩衣に紺色の単の禰宜服である。下半身は暗い紫の地に白い色で何かしらの紋様が書き込まれているらしい。烏帽子まで身に付けている。そして、一番特徴的なのはその顔だった。

 真っ白な布の面、雑面に覆われているのだ。

 だけれど、その雑面の模様は神楽で使われるような、顔を図形化したようなものではなく、何かしらの札のように魔術的な紋様が浮かび上がっているものだ。視界を確保するための穴は空いておらず、顔の横も綺麗に覆い尽くしている。


「ねえ、それ見えるの?」

「不思議なことに。恐らく何かしらの魔法が掛かっているのでしょうね」


 ヒルヒメの当然の疑問にさもありなんと答える。雑面で顔が完全に隠れているおかげか表情が分からなくなってしまった。その上、どういう仕様かは全く以って不明だが顔と接触しているであろう箇所の透け感などもまるで無い。彼の顔面に真っ白な雑面が綺麗に貼り付いているのである。顎関節の可動の影響も受けない様子で実に不動だ。


 せっかくの彼の顔が見えなくなってしまい、ヒルヒメは残念に思う。だがその格好が彼のスタイルなので文句は言えない。二人きりの瞬間などに外してくれれば良いな、と薄ら心の隅で思うのだった。


「でもその格好だと、確かに“一撃必殺”ツキヨミって感じ」

「止めてください。その二つ名そこまで気に入っていないのですから」


 ヒルヒメが感嘆の声を上げると苦笑を返された。ツキヨミも実はタケハヤと同様にナカスの上位ランカーなのである。そしてHPが半分以下になったモンスターを高ダメージで遠距離から撃ち抜いて倒すのでそのような二つ名を賜った、らしい。だが当人は微妙なようだ。


「どう?」


 ヒルヒメは自身の格好をツキヨミに見せる。茜色の袴に純白の上衣である。それに同じく白い千早(上着)を身に付けている。本物の巫女服より大分可愛らしい装飾になっているのは見栄え的に仕方のない話だろう。


「少し曲がっていますので、綺麗に整えて差し上げる」

「わ、ありがとう」


 襟や腰元に少し手を入れられた。着方については文句を言われなかったので大きな間違いはなさそうだ。そのことに心底安心する。


「なんでその服ちゃんと着られるの」

「実家が神社なもので」


 ふと湧いた疑問を口にすれば、新事実を彼は返した。


「……君、会社員だったよね」

「貴女も、でしょう?」


 リアルの方で行った結婚式は神前式だったのでそう言われると妙に納得する。「家を継ぐつもりはなかったもので」と彼は言うが、もう少し何かしらを教えて欲しかった気がする。


 ともかく。こうして二人は着替え終わったのでギルドマスターとサブマスター、タケハヤの待つギルドキャッスルの広間に向かうのだった。


・実際に書いたのはここまで。(4日クオリティ)

・これ以上はオリジナル要素がふんだんに含まれるので設定集と本編(新ログ・ホライズン含む)を見直して設定練り直したい。

・よって次回以降、不定期更新

・みっちり1ページに1万字書き込むの疲れるね。

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